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2010年9月 2日 (木)

高島城で発見、信濃・諏訪市②

朝から贅沢な食事をとった。その前に大浴場に入った。気持ちいい事・・・・・
旅館でお土産を買い、出発!

Suwa_6_2 まずもう一度高島城に行った。今度は天守閣の中に入った。展示物を見ていると、昨日書いた「諏訪御寮人」の話が、同じ事が書いてあった。自慢にもなりません。
そこで珍しい物を見つけた!河合曾良である。河合曾良が諏訪市の生まれだったのは知らなかった。河合曾良は松尾芭蕉と奥の細道を同行した。
以前NHKで、この話が推理の対象になっていた。
松尾芭蕉は伊賀の生まれである。旅日記が、曾良と芭蕉のとが違っているところが多い。
結論は芭蕉が幕府隠密で、仙台藩を探りに来ていたと言う話だった。
詳しい内容は忘れたが、もっと具体的に何かの修理か造営に、いくら出せるかとか言う話だったと思う。
別の小説には、曾良にすざましいビンずれのあとがある。と逆に曾良が公儀隠密の話もあった。確か新宮正春だったと思う。
嬉しくなってきた!

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公園内に護国神社があり、そこでもびっくりした。永田鉄山の像があった。
調べると、ここ諏訪の出身だった。
生きていれば間違いなく、陸軍は変わっていたと言われていた。
企画院総裁だった鈴木貞一は戦後、「もし永田鉄山ありせば太平洋戦争は起きなかった」、「永田が生きていれば東條が出てくることもなかっただろう」と言っていた。
「永田の前に永田なく、永田の後に永田なし」と言われた英才であった。
良く覚えているのは、陸軍軍人の視野の狭さを嘆いていた事だ!
二郎はこの話はよく読んでいる。が少しいい様に考えすぎではないか?
永田鉄山の故郷と知らないで来たところに、何か縁があるのかと思いたくなる。
二郎流の旅の楽しみである!

Suwa_8

その後「諏訪大社 本宮」へ行った。昔は国内をこう言う風に旅行したものだ。
そんなに敷地も広くはないが、木が一杯あっていい感じである。お土産やも並んでいる。
ここで諏訪観光は終わった。
次は塩尻へ!

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