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2010年11月

2010年11月26日 (金)

トルコの軍楽隊の演奏

たった3週間前だが、トルコの軍事博物館での軍楽隊の演奏が懐かしい。
さすが奥さんだ!演奏のCDを買って来ていた。嬉しい限りである。
何といっても実物を見て来ている。そのイメージが残っているので聞いていても楽しい。
栄光のオスマントルコである!
日本でやれば、識者という人達が何を言わんか
CDは2トルコリラもしない。安かった!
買って帰る人もいるのだろう。
何度聞いても楽しい。奥さんに感謝だ!
知り合いには、呆れられそう?


2010年11月24日 (水)

プロレスよ、永遠なれ!

今またユーチュ-ブにはまっている。
検索したわけではないが、たまたま出て来たプロレスだsign01

馬場・猪木の全盛の頃のものだ。
特に気にお入りはスタンハンセンだ。
改めて見たが、凄い迫力だthunder
ウエスタンラリアート15連発とか、寒気を感じる。
三沢が亡くなったが、あのウエスタンラリアートを受けていたのが原因かと思ってしまう。
ドリーファンクJr等懐かしい!
変ったところでは、ラッシャー木村のマイクパフォーマンスも面白かった。
あまり良いファンでは無いので、最近はほとんどプロレスを見ていない。
がお客さんがマイクを握らねば返してくれなかったのも分かる。
面白いshine

しかし見るのは思いで深いものばかりだ。
ジャンボ鶴田・天竜・長州力・二代目タイガーマスク・ファンクス・ハンセン・ブッチャーと言うところだ。
古舘の絶叫もあるpunch
ああプロレスよ、永遠なれsign03

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2010年11月14日 (日)

ブルガリアで思ったこと

今回ベネッタちゃんの家に招待してもらった。楽しかった。が、巡り合わせを感じる。
前回のブルガリア旅行ではボヤナ教会は観光予定に入っていなかった。
たまたま熱心なガイド、マリアさんが、「世界遺産の教会があります。どうですか?」 と言う事で、観光に行った。そこでベネッタちゃんに出会った。その時間に行ってなければ会えなかったかも知れない。
それで又ブルガリアに来る事になり、招待までして貰い、家族にも会えた。
感動物である。ベネッタちゃんは、お母さんが 「部屋を見てやって欲しい」 と言うほど、部屋をきれいに飾っていた。奥さんが送ったプレゼントも飾っていてくれた。今回プレゼントした日本人形も非常に喜んでくれた。

おばあちゃん、おじいちゃん、お母さん、お母さんの妹さんにも会えた。美味しいブルガリアの手料理でもてなしてくれた。ベネッタちゃんはいろいろ話してくれた。(一番喋ったのはお母さん!)
日本のアニメ、忍者物(NARUTO)が好き。桜が好き。日本語を覚えたい!(もっともお母さんには、先に英語と言われているようだが・・・・)
卵をデザインをしたのを飾っている。二郎が見つけベネッタちゃんを指差したら、嬉しそうにうなずいて説明をした。
自分のアルバムを持ってきて、小さいときからの写真を見せてくれた。
再会できて本当に良かったと思う。出会いと言うものは、大切にしなければならないと改めて感じた。又会える事を信じたい!

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トルコで感じた事

カッパドキアのガイドさんが言っていた事だが、トルコ人も結婚する時、男性が女性のに行く。その時トルココーヒーを出すが、男性だけ塩を入れるらしい。最近は唐辛子もあるそうだ。愛があるなら飲めるはず、と言う事らしい。みんな知っているので、楽しんで飲むのを見ているそうだ。

こちらの南京は種だけ食べる。実は家畜の餌との事。又寿命が65歳と言っていた。

日本語を喋る人が多い。これだけ日本語を現地で喋った事は無かった。親日の国である。
大事に付き合いたい国では! 何と言っても西欧を恐怖におとしいれた国である。今も活気がある。イスタンブールは大きな町である。人も多い。

トルコ料理は美味しかった!!ピラフもあるので米も沢山食べれた。

今回ほど小学生達に挨拶をした事は無かった。写真まで一緒に撮った。楽しいひと時だ。

宗教に対してはアバウトである。たまたまか、あまり厳格なイスラム教徒と出会わなかった。それぐらいのほうが良
い。日本と共通するところがあるかな?と思ってしまった。

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2010年11月13日 (土)

パリの空港で、感謝ふっとぶ!

11月10日

パリ最後の日だ。
やはり名残惜しい。
朝食をとりチョット外へ出た。
小雨になってきたのでホテルに帰りロビーで休憩。
それから荷物を取りに部屋に帰った。
びっくり!掃除に入っていた。黒人のおばさん。平謝りで、いつも置いている枕銭を、メルシーボーク、と礼を言われた。

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(妻コメント:これで種類少ない?)

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(散策しました)

タクシーで空港まで。
奥さんがフランス語で運転手に喋ったので、「トレビアン、マダム」と誉められたみたい。喜んでいました。

それからが大変!
荷物でひっかかった。
自分で1個23kgまでと言い自分で心配している。関空・イスタンブール・ソフィアと何とかなったので、勝手に大丈夫と思いこんでいる。
見事に引っかかった。
6kg出せばOk!みんなの見ているところでトランクを開け荷物を出した。
情けない!恥ずかしい!
もっとも横で日本人女性が同じ事をしていたが・・・・・
そちらは添乗員が手伝っていた。
こちらはそれからが又大変!
今度は出した荷物が手荷物検査で引っかかった。
蜂蜜・ジャムだ!急いで重いものから出したので引っかかった。本人は分かっていたようだ。
持って帰るのがしんどいと言っていて、二郎が買うなといっても買う!
捨てられてしまった。
全部どうなるか自分で分かっていてやっている。今度の旅行のために、大きなトランクを買っている。余計に重くなっている。
マッチポンプそのものだ!
つくり笑いでごまかしている!
最後の最後でボロを出した。
感謝の気持ちが一瞬で吹き飛んだ!

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(パリ シャルルドゴール空港 2Eターミナル)

パリ二日目

11月9日

雨だ。土砂降りではない。昨日も雨だ。二郎たちというか、二郎を嫌がって泣いているのか・・
朝食は美味しかった。バイキングだがそんなに種類は多くない。

朝はゆっくりめに出発。マネの美術館だ。マルモッタ美術館。奥さんが行きたい所だ!
地下鉄を乗り継いでいく。きっちり乗り換えの表示もしてあるので分かり易い?
間違わず目的の駅で降りる。その通路で付近見取り図を前にして何か男性が夫婦に説明している。奥さんは直ぐに美術館までの道のりだと分かったようだ。
ここもうちと同じ。奥さんが聞いている。教えている男性は聞いていてもはっきりと言葉を選んで説明していたと思う。奥さんが「美術館ですか?」と嬉しそうに聞いていたら、うなずいてくれた。
地下通路から地上に上がり歩き出した。夫婦について行ったが又わからなくなり聞いていた。こちらも奥さんが通行人に確認した。
男性だったがイヤホーンを外して教えてくれた。方向変換して少し回り道(と言っても一筋ずれるだけだが・・・)をして連れて行ってくれ、美術館と分かるところまで連れて行ってくれて、元の道へと向かってくれた。
感謝感謝!奥さんのフランス語も役に立つ・・・・
美術館の入り口には人が多かった。10時半前に着いたが11時開館。
奥さんにしては珍しいミス?

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(案内してもらってます)

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(マルモッタン美術館)

時間をつぶして戻ってみれば、長蛇の列。
ようやく中に入れた。奥さんは感動している。
(マルモッタン美術館は小さい建物ですが、住宅地にありしっとりとして落ち着きます。大きな窓から入る光で、モネの作品はとても美しく観えました)

地下鉄の駅まで戻り、その近くで昼食をとった。
それから地下鉄を乗り継いで、新市街地の新凱旋門まで。
大きい!有名な凱旋門が見える。一直線だ!ここは新しいビルばかりだ。
びっくりした!奥さんがビルの高さに制限は無いのかナ?と言っていた。
確かにバラバラだ。広場は多分クリスマス市の用意の最中だった。

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(新凱旋門)

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(さまざまなビルの形)

ここで休憩してから旧市街に戻り、買い物に行った。ブランド品である。
昨日と同じで売ったていると言う感じがしないでもない。
接客は品のよさそうなおばさんで感じ良く買い物できた。
やはり日本人が多い。どこが不況なのかと思ってしまう。
とりあえずネクタイを買った。
ブランドはエルメスだ!
支払いを円かユーロか選べた。

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(サント・オノレ通りのエルメス本店 ディスプレイ)

その後ホテルに戻り夕食にでかけた。
最後のパリが過ぎていく。2日では奥さんは物足りなかったと思う。
明日は「さらばパリの灯よ!」だ。

パリ一日目

11月8日
いよいよソフィアからパリは出発だ。朝の7時からの朝食を、マリアさんが6時50分から出来るように交渉してくれた。7時半にロビーに集合。手数料を払いソフィア空港へ。
楽しかったブルガリアを後にした。マリアさんは本当に名残惜しそうだった。

一路奥さんの大好きなパリだ。機内は空いていた。半分程度か・・・・・・
無事パリ空港へ。手続きは早く済んだ。タクシーでホテルまで。
雨だったがホテルの近くで昼食後、市内散策へ。
うろうろしてまずルイヴィトンに行った。行きたくはなかったが、奥さんが頼まれていたものを買いに行った。
入り口で傘を入れるビニール袋を配っていた。イケメンの男性が奥さんを見て「いらっしゃい」。
このビニール袋も物が違う。まず厚い。それにLYと印刷されている。
人は多い。アジア系が特に目立つ!どこが不景気なのかと思う?
頼まれていたものは印刷して持っていっている。流石奥さんだ!
黒人の男性に探して貰った。3つのうち1つしかなかった。ここはフランス語で通した!
仕方が無いが頼まれるとこういう時に困る。これからは引き受けるなと、又奥さんとおかしくなりかけた。頼むときは考えて頼む必要あり。何でも頼むのは間違い!

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(パリ、シャンゼリゼ通りのルイヴィトン本店)

それから目をつけていたモネの展示会に行こうとしたが、2時間待ちなので奥さんも諦めた。
この辺りで小学生の団体にあった。可愛くない!誰も挨拶なんかしないし顔も上げない!
百貨店に行った。いろいろ見て周った。しかしアジア系が多い。ニイハオと何回か言われた。
奥さんが言うまでも無く、今後世界は中国語抜きに成り立たないのでは?
観光案内も中国語が入るのも時間の問題だ!
夕食にキッシュとパンを買ってからホテルへ帰った。
ご苦労さんでした。

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(百貨店ラファイエット)

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(ホテルで夕食)

ベネッタちゃん宅で

11月7日夕方
花屋によって花を買い、ソフィア郊外のベネッタちゃんの家の近くまで行った。
マリアさんが連絡するとベネッタちゃんが迎えに来ると。
ドキドキと、期待に胸を膨らまさせて待っていた。
向こうから一人の女の子が来る。誰か分からない。がベネッタちゃんだった。
まずマリアさんに抱きついた。次に奥さんだ。最後が二郎だ。顔が崩れまくった!

凄く大きくなっていた!13歳だ!嬉しそうな顔をしてくれた。2年半ぶりだ。
近くの家まで案内してくれた。3階建てで1階をベネッタちゃんところが使っている。
上がおじいちゃん。3階にいとこが住んでいる。
庭も広く花も多い。
入り口で丁度出て行く男女、ベネッタちゃんの叔母さんとお父さんの二人がいた。挨拶をして家に入った。
まずベネッタちゃんのお姉さんかと思う女性がいた。もしかして、もしかした。お母さんだ。若い35歳だそうだ。奥さんもびっくりしたようだ。
その母親、つまりお祖母ちゃんもいた。これも若い。皆美人ぞろいだ。
ともあれお土産を渡した。人形と本とお菓子だが、とても喜んでくれた。

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そこから大変。ベネッタちゃんの部屋を、この日の為に飾ってくれていたのを、皆で見た。
奥さんが今までに送った物を、きれいに飾っていてくれていた。
色々説明を聞いた。ベネッタちゃんは、将来デザイン関係に進みたいらしい。
それから1階の部屋全部を見てまわった。みんなきれいだ。

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2年前のクリスマスに送った岩崎ちひろのジグソーパズル

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去年送ったクリスマスカード

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リビングにパソコンがあり、写真を見せて貰った。海水浴の親子の写真があったが、どう見ても姉妹だ。
会話はマリアさんが通訳するのと、お母さんが英語を話す。ベネッタちゃんも習いたての英語で会話する。二郎は?
食事になった。おばあちゃんの手作りのブルガリア料理だ。チーズ・ジュースまで手作りだ。詳細は食べ歩きで


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(興奮していて写真がぼけているbearing

おばあちゃんは高校教師だったが、今は退職して家庭教師をしている。食事の途中におじいちゃんが帰ってきて、挨拶してくれた。家の中で最後に風邪になって、まだ治ってないので同席を遠慮するが、次回は是非ご一緒したいと言った。
食事は6人でブルガリア料理。後で種明かしをしてくれたが、何を出すか2週間前から近所の人と考えてくれたそうだ。感謝感謝!
会話は弾んだ。ベネッタちゃんは、
I LIKE JYAPANと何度も言ってくれた。
お母さんと奥さんとの英語の会話が弾んでいた。
ベランダがある。お母さん、おばあちゃん、マリアさんと煙草を吸いにベランダへ出る。
メチャメチャ楽しかった!

お母さんは22時頃までと思っていた。
ベネッタちゃんは23時と思っている。だから自分の写真を持ってきた。可愛らしい!
ところがマリアさんに緊急事態発生。
泣く泣く21時過ぎに帰ることになってしまった。
お互いに名残惜しい。
車までお母さんとベネッタちゃんが送ってくれた。行く道中ずっとお母さんと奥さんは会話していた。
ベネッタちゃんとは抱擁して別れた。
招待してくれて感謝感謝!
今度はこちらが招待したい。
奥様にも感謝しています!関係者全員ありがとう!

ブルガリア三日目

11月7

今日はソフィア市内観光だ。

8時に朝食をとったが最初の客だったようだ。

9時から市内観光。ミサを見せてくれた。

最初は聖パラスケバ教会のミサだ。チョト場違いか?

歌声は天使のようだ!参拝者も熱心だ。しばらくしてから教会を出た。

次はアレクサンドル・ネフスキー寺院だ。同じだ。

信者は並んで高位の僧侶に頭をなでて貰っている。祝福してもらっている。

感動物である。早々に教会を出た。

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奥さんの希望で、英語ブルガリア語の辞書を買いに行った。露天だが並んでいる。

お目当ての辞書と、それ以外の掘り出し物を見つけたようだ。

嬉しそうだった。露天で新品を売っているのは、意外な感じがした。

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その後山上のドラガレフスキ修道院へ。

ソフィア市内が一望できる。ここも人で一杯だ。家族連れが多い。ここは名水だそうだ。

飲ましてもらったし、アンゲルさんはペットボトルを持ってきていて水を詰めていた。

見ていて僧院はどこも同じような造りと思った。

次にスーパーに寄った。なんでこんなに奥さんは買い物が好きなのか?

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それから昼食だ。

昼食後この前の旅行で来た土産屋さんによった。

前回はここで地下鉄工事の大成建設の人達に出会った。

今回は未だ工事中だが看板は無かった。きれいになっていた。

大分進んだのだろう!

土産物屋の女性は疲れ気味。後で聞けば何処から転落したとの事。

元気が無かったが買い物はした。

それから一度ホテルに戻った。

18時に着けばよい。途中花を買って行くので、1645分に出発ということで休憩となった。

ドキドキしながら待っていたheart04

ブルガリア二日目

11月6日
今日はギリシャ国境の村、ソフィアから190km離れたギリシャに近い町、メルニクに行った。
今日はブルガリアは日本のお盆のような日で、みな教会、僧院、お墓に行くそうだ。

8時出発。広陵の中の道を走る。結構なスピードだ。信号もあまり無い。
ワインの名産地でもあり、かっては人口も2万人だったようだ。
豪華な屋敷、ワインを試飲させてもらった。
地下はトンネルが掘られ一定の温度のようだ。ワインの保存にもよい。
どうやって掘ったんだろうと思った。
屋敷後では団体客と一緒になった。学生かどうか分かりにくかった。色々な人の組み合わせだったみたい。見学後、屋敷前で団体とがっちんした。
こんにちは、と挨拶した男性がいた。皆ニコニコしてくれていた。
トイレで女子トイレから出てきた可愛らしい学生が、男子トイレの前をふさぐようにしていた。一緒の女性が男子トイレを使っていたからだ。マリアに説明して分かった。

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川沿いの町並みが綺麗だ。
昼食をとり町並みを散策。観光客は多かった。日本人は見かけなかった。
それからロージェント修道院へ行った。ブルガリアの修道院は山の中と言うか、人里離れたところに造られている。今は日本で言うところのお盆にあたる。それで人も多いのだろう。

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お土産物は自家製のワイン・ジャム・蜂蜜も売っている。ワインはブルガリア人も買いに来るそうだ。
デイリーワインと言うか安いようだ。結局ここでは絵葉書1枚しか買わなかった。
蜂蜜・ワイン等買ってもいいのだが、持って帰れない。
木造の建物も多く維持が大変と思った。
途中、マリアさんにベネッタちゃんから連絡があった。
「何処にいますか?今何してますか?」楽しみである。
夜になり暗い道をソフィアまで帰った。
食事だ!

ブルガリア一日目

11月5日
朝ホテル廻りを散策した。ホテルは★★★★!
朝食は7時からとった。
ここはスモークサーモンとベーコンがある。牛乳もあった。
レストランは広く綺麗だ。詳細は食べ歩きで。

8時半にロビーで待ち合わせて出発。2時間ほどかかる。
行き先は「コプリフシティツァ」周囲を山にかこまれた小さな村。
ソフィアから車で2時間ぐらいかかる。道路からの風景は時たまの集落以外は丘陵である。緑が残っている。
村は古い建物が並び、石畳で美しいところだ!川のせせらぎが感じよい。
「美術館都市」でもある。
ブルガリアにとって、トルコは忘れられないようである。
1876年の4月蜂起の宣言された場所らしい。慰霊碑もあり献花もされている。

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古い家がミュージアムになっている。蜂起に参加した人を展示している。
歴史的な場所なんだろう。大学生?と小学生の遠足もあった。
最初に行ったところで、「こんにちは!」と綺麗な学生に声をかけられた。
またまたビックリ!ソフィアの日本語センターで勉強している。
向こうも急いでいるので、少し話しただけだ。

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まわっていて小学生のグループと一緒になった。
旅のメモに何か書いておこうと座って書いていた。書き終わり顔を上げたら小学生が二郎を取り囲んでいる。何事かと思った。みんなニコニコしている。奥さんはマリアの説明を聞いていていない。とりあえず「ハロー」だ。
皆返事してくれた。それからが大変。仕方が無いので二郎が喋った。
単語を並べただけだ。「アイ、フロム、ジャパン、コウベ!」
皆うなずいた。次に逆に「ソフィア?」と聞いたら「ヤーゴ?」と答えがきた。
後でマリアさんに聞くと理数系の優秀な学校らしい。よく分からない。
逆に男の子で、「スピークイングリッシュ?」と聞いてきた!
あせった。このガキ、どついたろかと思った。
そうしているうちに先生(怖そう)の説明が始まるので、皆名残惜しそうにいってしまたった。ホッとした反面寂しくなった。
帰るとき一部の小学生達が挨拶してくれた。にやけるのが分かるだけに辛い。
人のいいおっちゃんや!

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教会を除くと展示物は同じに見える。マリアさんにしかられるかな?
昼食を取ってから、観光を少しして帰った。ホテルに着いたのは17時半前。
19時から奥さんは、マリアさんとオペラを見に行く。
一人寂しくホテルの部屋に戻った。

トルコからブルガリアへ

11月4日
14時に乗り合いのタクシーが、ホテル迎えに来た。自分達だけだった。
海岸通を滑らかに走る。道路の状態もいい。来る時のガタガタだったのはなんだったんだろ?
空港ではやはり引っかかった。通過するときにブザーが鳴る。2回共だ!サスペンダーが悪いのか?
搭乗は305ゲートから乗ると思い待っていると、何かおかしい。奥さんが再度確認したら214に変更になっている。30分遅れていて助かった。が、あせった。
又手荷物の検査だ。又引っかかった。

ともあれ無事出発。席は空いていた。2/3ぐらいか・・・・
トルコ航空だが、スチュワーデスはブロンドの美人だ!ブルガリア人か?
一時間ほどで着くので早い。だから機内食も直ぐに配る。回収するのも直ぐだ。終わっていない。あわてて食べた!

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無事到着!早く行かなければ。ガイドのマリアさんが待っている。
しかし入国に時間がかかった。テロの関係か審査が慎重だ!ある女性のパスポートがおかしかったらしい。確認に二郎のパスポートも照合している。時間がかかった。最後から2番目だ。
荷物を取って出口に急いだ。マリアさんが待っていた。
熱烈に歓迎してくれた。「岩井さん!」と懐かしい声を出した。奥さんとしゃべりまくっていた。
ホテルはマリアさんが手配してくれている。
当日下見に行って、ホテルと交渉し広く良い部屋を選んでくれている。
「私はベテランです!」 確かにそうだろう。
フロント女性が綺麗なので見とれた。又ポーターもイケメンだ!
何を考えているのか?
部屋にはマリアさんからの歓迎のメッセージがあった。花とチョコレートが置かれていた。
夜に来て朝に出発なので、丸々3日間は観光できる。
3日目にベネッタちゃんに会える。待っているとのメールも来た。
来たかいがある。明日から楽しみだ!

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2010年11月12日 (金)

イスタンブール最後の日

11月4日

朝の早くからホテル廻りを一人で散策した。ひんやりして気持ちが良かった。
海岸を城壁のあとを見ながら歩いた。曇り空だった。
奥さんは荷物の整理で忙しくしている。
わがままなのか?

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食事をしてチェックアウトを済ませて、荷物を預かってもらって観光に出かけた。
アヤソフィアに行った。観光客だらけだ!こんなに多いと思わなかった。
入場するのに並んでいたら観光案内を売りに来た。この人達も努力はしているのか・・・・
片言の日本語で勧めてくる。「全部で1000円」とか 「おまけをつける!」
奥さんが根負けして25リラで買った。おまけ付きである。20リラと10リラしかなかったら、20リラでかまわないと。
得したのかどうか・・・・

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ともあれ入場だ。沢山の観光客だ。でも入場できる広さはある。高さもだ!
修復中で足場を組んでいる。大変だ!凄い所と思った!感動ものだ!
ここも遠足に来ている子供達も多かった。
かわいらしい女の子達が「ハロー」と言って近づいてきた。
いつもの様に調子に乗って「ハロー」と手を振った。
カメラを手にしていて、手振りで一緒に写そうと示している。
チョッとあせった。本当かなと思った。奥さんが「ツュギャザー」と聞いたがそうらしい。
奥さんも入り子供達と写真を写した!
急いでいるのだろ。直ぐに「バイ」と言って走って行った。
子供達の記憶に残ってくれたらいいのにと思う。
舞い上がってしまった。人のいいおちゃんです。あるいは女好きのおっちゃんか!奥さんが呆れ顔で二郎を見ていた。

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日本語ガイドをイヤホーンで聞きなが見物した。日本の団体も多かった。
満足してアヤソフィアを後にしたら、同じおにいちゃんが又売りに来た。
覚えていないのか思うと情けない。

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しかし最初は「コリア?」。ニハオとも言われた。アジアと言うか日本・韓国
・中国の観光客は多いのだろ。ここのガイドは、トルコ・英語・ドイツ・フランスにインドがあった。将来は中国語もか?

昼食をとり、トルコのアイスを食べながらホテルまで帰った。
いつもだが去りがたい!

2010年11月 8日 (月)

ソフィアからパリへ

ソフィアからパリへ
今ブルガリアソフィア空港だ。
今からパリへ向かう。
ブルガリアはシーズンオフだが、楽しすぎた。
ベネッタちゃんと再会出来て喜び過ぎた。
間の出来事はすぐにアップできるだろう。
今からは奥さんのお供だ!
残り少ない時間を楽しもう!

2010年11月 4日 (木)

イスタンブール観光、軍事博物館

昨日カッパドキアから帰ってきて疲れていたのか、奥さんは疲れ気味!

朝はゆっくりして洗濯・ブログのアップをしてから出かけた。

アヤソフィアに行った。どうも遅かったのか一杯のようなのでブラブラしていたら声をかけられた。女性で日本人。奥さんが地球の歩き方を見ていたので分かったらしい。

連れの若い男性も片言の日本語を喋る。

こちらで土産物屋をやっているとの事で、店に誘われた。

時間もあるので一緒に行ったら、どこかで見かけた風景だ。

いきなり絨毯屋のおじさんの顔が見えた。

どちらもビックリ!

なんと共同経営者らしい!

あらマァ・・・・・・

昨日のカッパドキアでの焼き物の話をした。

奥さんに言わせれば、嬉しそうに話していたと。

また商談が始まった!

今度は壁にかける焼き物だ。

最後に急がないなら今度日本に行くとき、持って行き宅配で送るから、送料をサービスすると・・・・

おまけに皿を2つ付ける!

商談成立しました。が、ここで言っておかなければいけないと思い、「あれ、3個と違うの?」

とりあえず3個ゲット。

縁があるのでしょう。

偶然は信じない事にしているので、またどこかで会いそう。

ちなみにおじさんは50歳ぐらいかと思ったが39歳。

二郎の方がずっとおっちゃんや!

昼食は店の近くのお勧めのレストラン。詳細は食べ歩きで。

後で店のマグカップをプレゼントされた。

その後絨毯屋の若い男性スタッフ(トルココーヒーを上手く入れる)にタクシー乗り場まで送って貰った。ありがとう!

行ったのは軍事博物館。

団体が多い!小学生の低学年。中学年。制服を着ている小学生。中学生を見かけた。騒がしい。実際は10グループぐらいいたのでは?

ここでも調子に乗って「ハロー」と挨拶したら、向こうものって来てくれて挨拶しまくった!奥さんはあきれ顔。

海外の軍事博物館はよく行くが、やはり現地では小学生から見せている。

トルコもオスマントルコの皇帝の絵画もあり、武器も展示している。

西欧からどう思われようと、やはり栄光の歴史である。

これが日本であれば何を言われるか・・・・・

奥さんに言わせれば、子供達は展示物なんか何も見ていないのでは?

最大の見ものは、軍楽隊の演奏だ。オスマン時代の服装で入場して、演奏(太鼓・シンバル・ラッパ・歌)がある。夏は外で、冬はホールで行う。

赤・緑・黒・グレイと色鮮やかな衣装だ。

陸軍軍人がやっていると思う。はじめは公務員か?と思った。

楽しい!特に一番前に陣取った小学生の団体がのっていた。

演奏に合わせて、手を激しく振ってのりまくっていた!

上から見ていたそこだけ別世界かと勘違いする。

2回入場・演奏・退出とあり楽しめた。やはり行進は楽しい。

ただ演奏中、太鼓たたきの後ろ側にいる剣を抜いたままの二人は構えたままじっとしていなければならないのは可愛そうだった。

50人ぐらいいたが15人ほどは立ったままである。彼らはまだ直立不動なのでマシだ。

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大変楽しく過ごせた。奥さんは録画していた。流石と言うか、あつかましいのか?

こういうのは二郎の好みである。もう一度見てみたい!

2010年11月 3日 (水)

カッパドキア観光③

ここからは個人旅行だ。ガイドと運転手と4人で行く。

だいぶ日は落ちている。ここも日本人観光客は多かった!

迷路のような通路を降りていく。地下4階まで降りた。実際は8階まであるそうだ。危険なのでそこまでしか入れない。が3人でよかった。

狭い通路で上り下りがあり天井も低い。かがんで行かなければならない。3人だったので自分達のペースで行けた。

それにしても目的はあったのだろうが2万とか4万とかの人が、緊急時だけとは言えご苦労さんな事だ。自由も無い共同生活だったんだろう。

食料は洞窟なので保存は効く!空気穴もある。糞尿はつぼに入れ後で肥料にしたそうだ。昔の人は力もあったんだろう!

もう一度入りたいとは思わない!

ガイドさん、ご苦労産です。明日も今日の人を連れて入るのはたいへんです。

二郎家はここまでだった。後は空港まで送ってくれる。

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街灯が無いので暗い道を走って空港へ。

空港で時間も遅いのでレストランで何か食べて帰ることにした。

大したものは無いがパン2ヶとカプチーノとファンタを頼んだ。全部で15トルコリラだった。

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左ゴマ付きパン スリミット 美味しい☆

ここで近くに座っていた人が、こちらをちらちら見ていた。

二郎が立ったときに「日本の方ですか?」と流暢な日本語で喋りかけてきた。

どうもこちらの話がよく聞こえなくて、日本人かどうか分からなかったみたいだ。彼は日本に20年前留学した。東京だ。

日本語の職業についていなので、忘れない為に喋りたかったようだ。

こうなると奥さんの得意分野だ。いろいろ話してアドレスまで教えて貰った。

スイス、チューリッヒの空港で働いている。今年の5月にも日本に来たそうだ。

12月にも来るそうだ。特権で運賃は格安らしい

しかし海外でこんなに日本語を聞いたのは初めてだ!

スイスに来た時は案内すると、連絡先を書いてもらった。

次の旅行先は奥さんの頭の中では、決まったようだ!

あああああああ・・・・・・

カッパドキア観光②

アヴァノスの焼き物屋さんへ行った。実演してくれる。

ここも日本語はベラベラだ。3人ほど喋るのでびっくりした。

ユーモアを交えてうまく実演の説明をする。手作業で模様も描いているのも見れた。

ここには人間国宝がいるようだ。大先生と呼んでいた。

後は買い物の時間である。日本語を話すスタッフが接客してくれた。目的のものは直ぐに決めたが、それからが熱心と言うかしつこい。諦めない!

大先生の観賞用の皿を勧める。高い!10万ぐらいする。

最後は、社長社長、だんなさんと言うので「お兄さん、分かったが今回は遠慮する!」と笑いながら断ったが、諦め切れてなさそう。

それでも奥さんに未だ勧めてくる!

荷物にはなったが、面白かった。

20101102_4

昼食は洞窟レストランで。ツアー参加者と同じテーブルで食事する。

若い二人は横浜からで新婚さん。同世代の夫婦は徳島から。若い一人旅は福岡。

女性の二人連れは別テーブルだったので分からなかった。

奥さんは良く喋る!二郎はひらすら食べている。和やかに食事は終わった。

(詳細は食べ歩きで!)

昼食後、ギョレメ博物館の岩窟教会を見物した。フレスコ画を見る。ここに、そんな交通に恵まれたとは思えない場所に作られた意味は何か?

重要な場所だったんだろう?

今はイスラムの国にキリスト教である。

いろんな歴史があるのであろう。

観光客は多かった。

ガイドが説明しようとした場所には、先にスペイン語の個人のお客さんがいた。全然遠慮せずに、こちらの存在が無いかのごとく大声で説明していたおばさんがいた。たくましい!

夢さんも苦笑いである!

20101102_6_2 

女子修道院

ギョレメ・パラノマ、オルタルヒサに行った。景観地である。

絶景である!

しばらくしてからオルタルヒサの要塞を見に行った。

自然の岩石を利用している。上まで上るのは金がいる。

イタリア人がすべって落ちで亡くなった!

滑りやすいようだ。

ガイドは勧めもしなかった。

20101102_7

オルタルヒサ要塞

ここでみんなと別れた。各自ホテルまで送ってくれる。

さようなら!

カッパドキア観光 ①

イスタンブール2日に、カッパドキア日帰りツアーに参加した。

朝早くの5時半出発である。4時半にモーニングコールをかけても貰った。

二郎が出た。ベラベラ何か喋っているので、「サンキュウ!」で電話を切った。

ホテルがサンドウィッチを朝食に作ってくれていた。チーズサンドである。

二郎は空港で全部食べた。奥さんはお気に入りのスターバックスを探し出してきた。

車で空港まで。空港は込んでいた。検査でピーと音が鳴り2回とも引っかかった。

飛行機の出発が、1時間ほど遅れた。機内で簡単な食事が出た。

カッパドキア地方カイセリ空港に着いた。迎えが来ているはずだ。きていたIWAI KOYOKOとあと二人の名前の神を持っていた。とりあえずホッとした。しかし名前はうちだけ奥さんの名前である。チョッと恥ずかしい?

1組なかなか出てこなかったのでキャンセルかと思ったが、荷物が分からずに遅れたそうだ。

20101102_1

空港からカッパドキア観光地まで車で移動後、観光用の大きな車に乗り換える。

団体客の中に含まれるのかと思ったが違った。59人のグループでもう一組(何処の国かは分からない)の合同の車で移動する。ガイドは英語ガイド男性と、日本語ガイドの女性いた。

集合場所は、ラクダ岩が目の前にある。沢山の観光客がいた。異様な風景が一面に広がった。

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ここで若い女性ガイドさんが自己紹介した。名前は日本語で夢と言う意味だそうだ。

風景を説明してくれて、ラクダ岩の後は、キノコ岩に行った。

やはり異様な風景である。

ここでガイドさんと少し話した。日本語はベラベラだ!

出身地を聞いて驚いた。トロイだそうだ!奥さんは今回の計画の候補にもあげていたが、時間の問題で断念した。

来る途中に気がついた事を聞いた。住居にはソーラーがついているが何かあるのかと?

給湯用だった。楽しく会話できた。

大奇岩郡を見ていると、神様は気まぐれなものと思ってしまう!

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最初に奥さんがドライバーに到着を知らせるために先に出た為、トイレに行けなかった。この空港はセキュリティが厳しいのでもう一度入れない。ドライバーは親切だった。途中のスタンドによって、「急いでください」と奥さんのために止まってくれた。

有難い事である。道路は余りよくなかったと思う。奥さんは気分悪くなったようだ。

40分ぐらい走って集合場所に着いた。

イスタンブール観光 1日目 ②

ガイドがつくと間違いなく、お土産物屋さんに連れていってくれる。

絨毯屋・トルコ石・お菓子屋と・・・・

驚いた事に、みんなバリバリに日本語を喋る!

最初は絨毯屋だ。主人が流暢に喋る。日本人よりうまいのでは?

日本人の友達も多いと言う。大前研一と写っている写真を見せてくれた。

絨毯屋の主人が言っていたが、日本と中国と同じで、ヨーロッパとトルコ。トルコはヨーロッパの生産地になっているようだ。

絨毯もピンキリだ。支払いの通貨で差が出ることもある。

絨毯屋ではトルココーヒーをご馳走になった。これで商談成立だったら、安いコーヒーである。実際安かった!

トルコ石の店はるるぶにも出ている。ここもベラベラだ。贋物の見分け方を教えてくれた。そこから商談に入る。

奥さんがやはり記念に欲しがった。ガイドが聞き間違いを装って値切った!

奥さんは楽しく買い物が出来たようだ。

グランバザールにも行った。門も19あり、店も1千軒を超える。日本人観光客は多いのだろう。

バザールで「持ってけ泥棒!」 「見ていくだけでいいですよ!」と声がかかりまくった。

ここでは旧知のお菓子屋?に連れて行ってくれた。ここも日本語はベラベラダだ!

主人は自分ところの製品に自信たっぷりだ!試食をさせてくれる。

しかし丁度いいと思い、まとめ買いをしてしまった。

その後で子供用のユニフォームを買いに行った。

ここでも楽しく買い物が出来た。

それから二人でバザールを見た。ガイドさんが一緒だと声がかかるので二人を勧められた。

バザールのトイレに行った。大用の個室の入り口の扉の高さが低い。二郎の頭が出てしまう。

チョッとびっくり!

17時過ぎにホテルまで送ってくれた。

そこでありがとうございました、と言うことで分かれた。

奥さんも疲れていたが、楽しめた観光であった!

ガイドさんと、計画した奥さんに感謝感謝!

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スパイスバザールで

イスタンブール観光1日目 ①

昨日はほとんどホテルでは寝ていない。

9時にホテルロビーでガイドさんと待ち合わせ。

時間があるので、一人でホテル周りをを散策。

周りはレストラン・ホテルが多かった。

後で聞くとガイドさんは8時に来ていたが、ロビーで待っている奥さんとサングラスをしている二郎をヨーロッパ人と思ったそうだ。

ガイドは女性で、アンカラ大学で日本語を勉強したそうだ。

昼食のときに携帯の写真を見せてくれたが、可愛らしい子供がいる。

お互いの自己紹介が終わった。

ともあれ歩いてトプカプ宮殿へ!

ブルーモスク・地下宮殿へ行き昼食。

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観光客はメチャメチャ多い!

トプカプ宮殿では遠足に沢山小学生が来ていた。20人ばかりが待っていて、すれ違ったときに最初の男の子が「ハロー」と笑顔で手を振ってくれた。

同じように「ハロー」と、調子に乗って手を振ったら、後の子供たちがみんな同じように「ハロー」と笑顔で手を振ってくれた。楽しい一時だった!

観光はガイドさんの配慮で、すいているときに連れていってくれた。

楽しかった!

昼食のレストランは、表にビルクリントンの写真が張ってあった。

詳細は食べ歩きで。

ガイドさんの親戚に不幸があり電話で大変そうだった。涙ぐんでいた。

それでも仕事と割り切り、最後までやってくれた。

旧市街の雰囲気は味わえた。

焼き栗とトウモロコシの屋台が多かった。

ガイドさんは夏は冷凍の栗を焼いているだけ、と言っている。

頭上を戦闘機が飛んでいた。

すごい爆音だ!少しびっくりした。

2010年11月 2日 (火)

やっと着いた! イスタンブール

イスタンブールに着いたのは朝の一時過ぎだ。それでもやはり人間は相当いた。

まず奥さんが両替に行ったが、ATMコンピューター通信不良で使えない。

それで両替のところで両替をして、タクシーに乗ろうとした。

出口と思い歩き出したが、空港の若い男性スタッフが手でこちらではなく、向こう側と示してくれた。少しするとスタッフの男性は、二郎達が間違っていまいか立ち止まって、こちらを確認した。仕事とはいえ感謝感謝!

乗り合いタクシーは先に女性客二人だった。何処の国の人かは喋っている言葉を聞いても、奥さんは分からなかったようだ。少しして奥さんが前に座っている男性がスタッフと思い話しかけたが、途中で降りたのでお客さんと分かった。ちょっとした勘違いhappy01

車は後ろ向きにすわったので感じが違った。途中暑くて気分が悪くなった。もう少しで着くと我慢したが、あげそうになった。乗っていてよく揺れる!道が悪いのだろう。それと分からないがカーブが多いところだったので、余計に気分が悪くなったと思う!

ともあれホテルに着いた。照明も消してあり分からなかった。が直ぐにホテルから二人スタッフが出てきてくれて手続きしてくれた。もう2時半だ。

ポーターは若い男性だったが親切に対応してくれた。

今回両替して直ぐなので小銭が無い。こう言うときにチップに迷う。

さすが奥さんですワ!少しだけど両替で持っていたので渡した。がそれもまだレートが理解できていないので良かったのかどうか。。

話は変わりますがトルコに着てから親切にしてくれたのは全て男性ですヨ!

これからは「人の良いおっちゃんヤsign01

明日は早いが楽しめるだろう。

いざ出発、トルコへ! ③

パリの空港で、乗り継ぎなのでF50に行かなければならない。少し迷ったが空港の関係者が親切にバスに乗る事を教えてくれた。バスに乗ったのは6人。

空港で待っていたが日本人は見かけなかった。

昔初めて旅行で、ウィーンの空港から市内までのバスの中も日本人は二人だった。

その時は不安だったが、今回はなんとも思わなくなっていた。

時間遅れでイスタンブール便に搭乗した。入り口でフランス人?の男性スタッフに「こんにちは。こんばんは。ありがとう」とにこやかに言われた。

イスタンブールまでは二人とも爆睡。楽しみにしていた食事も無視された。ショックwobbly

結局何も飲まず二人とも寝ていただけ。。

マアそういう事もあるだろう!

いざ出発、トルコへ! ②

エールフランス、飛行機の中は順調である。何事もなく奥さんの根性のおかげで、後ろから3番目の二人席でゆっくり出来た。

映画はロビンフット(ラッセル・クロウ)を見た。映画館へ行かなくてすんだsign02

それとトルコの本(オスマン帝国・イスラム世界の柔らかい専制・鈴木薫)を一冊読んだ!寝ては起き、食べるものは食べた!サンドイッチ・カップ麺も食べた。二郎が通路側であったので、奥さんに「アイスクリームが欲しい」と言われ取りに行ったが、「前にある」言われたので諦めた。

(妻コメント:ちょっと歩いたらすぐになのにangry

搭乗員は男の人のほうが多かったように見受けた。

ともあれ約12時間半、順調にパリまでこれた。

いざ出発、 トルコへ!

1031日(日)出発である。今回はエールフランスである。3回ほどルフトハンザが続いたが、時間と価格の関係で決めたようだ。なんせ奥さんが全て仕切っている。

二郎は金を出すだけ、と言ったら当然と言うかいたるところから、やはり思うところから「間違っている!」とクレームがきたweep

6時半に家を出て、神戸ポートアイランドは8時のフェリーに乗る。朝は高速は空いていたので早い早い!

関空ではゆっくり出来た。最近はモーニングで済ましていたが、今回は奥さんの希望もありうどんにした。やはり高いのでは?

飛行機は奥さんが前日の5時に起きて、インターネットで二人席を予約した。

そういう根性は感心るほどある。あり過ぎるぐらいある。

少し早めに飛行機は出発である。目の件がありサングラスで通す事にした。

パスポート確認ではサングラスをはずすように言われた。

出発だ!

やはりワクワクするsign01

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    呉の大和ミュージアムです。 2012年9月に訪れました。