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2011年12月 6日 (火)

山本五十六 (宣戦布告なき攻撃)

山本五十六に対してのご意見があった。同意見である!

山本長官の真珠湾攻撃は、宣戦布告ありきの攻撃でした。
駐米事務官が遅れてしまうというヘマを、山本長官の責任にしてしまうのは違うと思うのです。

これも半藤一利からの知識だ。
防衛戦争の場合、宣戦布告なしに戦争出来るそうだ。
アメリカ自身、メキシコに遠征軍を派遣して議会の承認なしに戦端を開いた。
太平洋戦争当時、外務大臣東鄕茂德はこれを知っていて、当てはまると考えていたようだ!
しかし勝った方の言い分しか過ぎないのではないか?
現にアメリカは勝っている!
負けた方が何を言っても通らないのではないか?
だいたい防衛戦争の定義はどうなんだろう?
当事者同士でも分からないのではないか?

山本五十六はアメリカを知っていた。
デトロイトとピッツバーグを見たら、アメリカ相手に戦争など出来ないと言っていたようだ!
だから宣戦布告にこだわったようだ!早期講和にかけていたからか・・・・・・
日米開戦時、最後通告の暗号電報の話。これも半藤一利 山本五十六・真珠湾の日に記述されていた。
日米の比較が出ていた。

戦時体制のように緊張していたアメリカ!
それに対してパーティーを優先した日本! 緊張感のかけらもない!
責任をとらない外務官僚!

東鄕外務大臣は、先に開戦の通告文は4千語に及ぶ長文であり取扱いに注意の事。
極秘であり訓示次第でいつでもアメリカに手渡せるようにとのメッセージを送っている。
日米交渉は野村吉三郎と来栖三郎の仕事として、大使館の人間は無関心を装っていたらしい!
その時の情勢を何も感じていなかったと言う事か?

遅れた責任を誰も取らない!
日本の外務省なんていまだ変わらないのでは?
中国の大使館に逃げ込んだ北朝鮮の亡命者の扱いもあった。

本流から外れた杉原のような人が大事をなす!

山本長官は攻撃前に最後通告がなされるように念を押していたようだ!
騙し打ちになったのを知ったのは、16年の暮れか17年初頭と言われている。
やはり、「山本五十六の無念」 と思う。

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