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2013年12月 6日 (金)

大本営参謀は戦後何と戦ったのか・有馬 哲夫

大本営参謀たちにとって、敗戦は「戦いの終わり」を意味しなかった。彼らは戦後すぐに情報・工作の私的機関を設立し、インテリジェンス戦争に乗り出したのである。国防軍の再興を試みた者、マッカーサーの指示で「義勇軍」を作った者、そして吉田茂暗殺を企てた者…。五人の誇り高き帝国軍人は何を成し遂げようとしたのか。驚愕の事実がCIAファイルには記録されていた。機密文書から読み解く昭和裏面史。

著者の本は何冊か読んだ。
特に終戦後の暗躍の話が多い。
前から思っていたが、○○機関と言うのが多すぎるのではないかと!
著者も辛抱強いのではないのか? 公開された資料から読み解く!
終戦後の再武装への暗躍。
参謀たちは責任と言うものをどう考えているのか?
服部、辻と出て来る。 出番だと言う事なのか・・・・・・
機関と言っても運営には金が要る。
どこから金が出て来るのか?アメリカが出す。
不足分は自分たちで稼ぐ。密輸をするのか・・・・・

最初に根本博が出て来る。 台湾に対する「日本義勇軍」の派遣!
10万単位での派遣だったようだ。
根本博が助言した金門島の戦いでの勝利の後、相当数駆け付けたと言う。
日本の軍部は蒋介石より毛沢東を嫌ったのか?
この中心になったのか宇垣一成。宇垣派と言われる軍人の戦争犯罪を免責させ協力したと言う。
宇垣機関の下の相当な数の機関がある。
実態はどうなのか? 河辺機関、有末機関、辰巳機関、服部機関、辻機関。 その下にまだまだ多くの機関がある。

日本・アメリカ、それぞれの思惑がある。
別に日本の将来を真剣に考えたとは思えないが・・・・・
とやかく言われる辻政信! 半藤一利は、昭和の愚将としている。
兵の命を何と思っているのか?
ノモンハン、相手の戦力も無視?して一撃を与えると言うバカなことを考えていたようだが・・・・
シンガポールで華僑の虐殺を指示したようだ。 迫力はメチャメチャあったようだ。半藤一利がそう記述していたと思うが・・・・
死刑になってもおかしくない。現に終戦後は潜伏していた。表に出て来ていない。
ソ連の脅威がなければどうなっていたのか?
もっともシンガポール作戦については、評価する声もある。
潜伏中も助ける人間も多くいたようだ。
面白い事が記述されていた。
アメリカから見れば生かしてやっているのにと思うだろうが、ソ連にアメリカは負けると言った!
数字をあげて主張したようだ。
当然アメリカは激怒した!その後実際にソ連に行って考えを変えたようだ!
要は本当に相手の戦力を理解していたのかと言いたくなるが・・・・・・
服部卓四郎、東条英機にアメリカについての戦力を偽造して太平洋戦争に踏み切らせたと言う!
太平洋戦争に負けたとはいえ、国防軍の再建を夢見る。
宇垣一成。戦争に直接タッチしなかったので乗り出す。その下にかっての部下が集まる。
アメリカの占領政策の対立がある。これに日本の政治家の対立もある。吉田茂、鳩山一郎・・・・・
暗躍する元軍人達。これもイテリジェンスの専門家もいれば作戦課の人間もいる。前線で指揮する軍人もいる。
国防軍を再建、運営できる人間も限られてくる。ここで服部が出て来る。
が吉田茂は太平洋戦争を誘導した服部を嫌っている。
まして辻と組ませれば何をやるか分からない。最終的には切られたようだが・・・・・・
そんな話の中で、吉田茂暗殺計画があったようだが・・・・・・
外務省随一のソ連通と言われていた人物が、ソ連のエージェントだったと言う。
日教組も中国から資金援助をしてもらっている。社会党もだろう・・・・
もっともアメリカも同じことをしている。
こうなると誰が信用できるかなんて分からない・・・・・・
そう言う中で旧参謀たちはどう動いたのか?
面白かったです!          
                      

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