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2014年5月

2014年5月31日 (土)

映画(DVD)・清須会議『三谷幸喜』

映画を観たかったが、時間が無かった???
それでDVDで観た。
ちょっと喜劇じみているが面白かった。
本能寺の変の後の織田家の当主を決める会議である。
本としては小和田哲男の「清須会議」がある。
本能寺の変、山崎の合戦と続き清須会議がある。
柴田勝家と丹羽長秀が組んでいる。そして秀吉と対立する。
家督の後継者は、信長の次男と三男。
信雄と信孝!
どちらも普通の人間だったのか?
信長の息子でなければこの時代生き残れない程度の人間だったようだ。

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清須城は上手く造られていた。
こんな感じだと納得させられる。
この城に織田家の家臣が集まる。
織田家武闘派の巣窟、柴田勝家北国軍団!
上杉と対陣しているために誰が来ているのか?
前田利家は来ている。浅野忠信!

官兵衛が登場する。寺島進!
好きな俳優なので官兵衛を演じてくれて嬉しかった。
策士と言う感じが出ている。
服の色が黒であるのも良い!

映画では宿老4人で会議を行う。
柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉。
本来なら滝川一益が入るが、神流川の戦いで北条に敗れる。
その為に外されたとも言う。
映画では逃げて帰ってくので間に合わなかったと!
一人で逃げ帰ったと言うのが気に入らないが・・・・・
家臣がついているはずと思ったが・・・・・
ここで監督のお遊びがある!
更科六兵衛、西田敏行が滝川一益と会う。
時代設定は合っている?
この場面、嬉しくなって来た!

代わりに池田恒興が入る。
それほどの武将とも思えないが・・・・・・
山崎の合戦では秀吉に味方している。
どちらも恩賞で釣ろうとする。
秀吉は摂津一国!
勝家は越前の美味い米を送ると!
司馬遼太郎言う、大器が天下を取らせる。
秀吉は景気のいいことを言う!

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織田家の当主を決める会議である。よって家康は関係ない。
天下人を決める会議ではない。
織田家の家督は信忠に移っている。
ゆえに織田家の当主は信忠の息子、三法師が筋目になる。
信孝は勝家、長秀が推す!
信雄は秀吉が推す!
が信雄はうつけと言われて秀吉が見放す。
では誰がいる。
変ったところでは織田三十郎信包がいる。秀吉も味方に取り込もうとする。
川遊びしている三法師を見て、秀吉と官兵衛が同じ事を考える。
三法師がいる・・・・・・

その会議までに長いやり取りがある。
お市の方は秀吉を嫌っている。
三法師の母親は?
信玄の娘なのか?違う説もある。
映画ではそうしている。

丹羽長秀が変節する。
秀吉に丸め込まれるのか?
それとも勝家について行けなくなるのか?
3対1で三法師に決まる。

最後に勝家に刺客を放たれるが、逃げる。
逃げ込んだ先が勝家のところだ!
三成が家康の屋敷に保護を求めたのと同じなのか?

織田家の遺領配分の話は無い。
織田家の人間は、信長に似せた顔にしている?
似ている役者を選んだのか?
おね、寧々が中谷美紀である。
大河ドラマでは官兵衛の妻役!役者ですね!上手いです!
面白い映画でした!

2014年5月29日 (木)

零戦 なぜ、これほど愛されるのか・三野正洋

日本人が創った世界最強の技術!それは、技術者・堀越二郎の逆転の発想にあった!零戦の勝利と敗北を語る。

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著者の本は久しぶりに読む。
ほとんど読んでいる。
好きな作家だ!
ゼロ戦の事も沢山記述している。
堀越二郎の晩年に従事している。貴重な経験をしている。
ゼロ戦は今年アメリカに行った時に見た。
ワシントンDC!
スピットファイヤー・メッサーシュミット・P51ムスタングと並んで展示されていた。
大変楽しかった!

さてゼロ戦である。懐古的なのか?

映画で」登場する。
ジブリ、『風立ちぬ』
映画 『永遠の0』
作品は評価されているが、すぐに騒ぐ隣国がいる。『良く分からない・・・・・』
又日本に飛行可能なゼロ戦が、帰ってくると言う。
世界各国に30機程ゼロ戦はあるようだ。

当然日本でも展示するべきである。

子供の頃は戦記物をよく読んだ。
必ずアメリカに数で負けたと!

一対一だったら負けないと!
そう信じていたが、長じるに従って実情が分かって来た。

戦闘機単体として優れているのは間違いない。
著者は他の本で戦闘機の分析を行っている。
それから判断すると、やはり職人芸の世界なのか?
大量生産に向いているのか?
1万機製作されたとはいえ、メッサーシュミット・スピッツファイヤーは3万機造られている。
戦闘機は重戦闘機がいいのか?軽戦闘機がよいのか?
簡単に言うと、一撃離脱型か?格闘戦重視か?
結論は出ていない。そのうちにミサイル全盛になった。

大量生産するには工程が単純な方が良い!
翼がある。アメリカ・ドイツは角ばっている。
造り易い。
子供の頃思った事がある。写真を見て思った。
アメリカ、グラマン戦闘機は空母に乗っている時、翼を大きく畳む。
性能は多少落ちるが機体は小さくなる。空母に沢山積める。
日本のゼロ戦は翼の先の一部しかたためない。
それが戦闘機の性能が落ちないギリギリのところだと!
つまるところ、量が優先される考えである。

著者がドイツの戦車の事を記述していた。
ドイツの戦車も優秀であるが、こだわり過ぎる。
ソ連は割り切っているのか?T-34を5万両制作している。
ドイツは3号から5号パンテルまで2万3千両造った。『数字は前後するかも?』
アメリカもM4シャーマンを5万両造った。
戦争はやはり数が物を言う!
日本の戦闘機の総数は3万機弱。
それに対してアメリカは10万機弱。
それにアメリカは重爆撃も沢山造っている。
B17、B24、B25、B26、B29・・・・・・・

ゼロ戦の特徴。
① 軽いことによる俊敏性、上昇力。
② 長大な航続性能、操縦のし易さ、信頼性の高さ。

③ 機体強度、防弾性の不足。

ゼロ戦の前は96式である。これを堀越は担当した。
次に零戦になるが、堀越はパイロットの考えを理解している。
パイロットに気に入られなければ上手く行かない。
ゼロ戦のエンジンは栄発動機。優秀なエンジンだった。
間違っているかも知れないが、もう一つ候補のエンジンがあったようだ。
これは馬力が高い。が大きい。戦闘機が大きくなる。
これをパイロットが嫌がるのでは?どうしても格闘戦重視で小回りが利く方を好む」。

そう言う戦闘機を造ってもパイロットに支持されない。
著者言う。発展の余裕が無かった。
比較としてスピットファイヤーをあげている。
大戦末期になると別の戦闘機かと思えるほど進化している。
速度も700kmを超えているみたい。

最後の方はかなり品質が保てていなかったようだ。
翼の機銃内で暴発したのも多かったようだ。
機銃もアメリカは統一されている。12,7mmのブローニングが性能が高く、陸海軍、空軍も使っている。
日本は同じ20mmでも陸軍と海軍とでは使えない。
大量生産と言う考えが無いのではないか?
制作した零戦を、又分解して飛行場まで牛車で運ぶ。そこで又組み立てる。
工場に隣接していない。
非効率極まりない!
著者も批判している。

これも子供の頃だが、ラバウル航空戦に興奮していた。
確かに日本の精鋭パイロットが集まっていたようだ。
アメリカも相当な被害にあったようだ。
そう言う戦歴もある。
良くも悪くも日本を象徴する戦闘機だんだろう!

面白い話が記述されている。
中国戦線で、敵飛行場に着陸して敵戦闘機を拳銃で撃破しようとした。
これが評価された。
著者言う。おかしいのではないか?
そんな物は機銃掃射で撃破すればいい。拳銃でなんか撃破出来ない。
それよりも零戦が奪われたらどうするのか?
舐めているとしか思えない!

最後に後継機烈風が記述される。
相当な戦闘機になっていたようだ。
が同時期に開発した列強の戦闘機はジェットエンジンで一世代進んでいる。
それが現実の技術力だったんだろう・・・・・・
久しぶりの三野正洋で楽しかったです!

日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか・竹田 恒泰

マンガ・アニメが席巻し、世界はいま空前の日本ブーム。しかし理由はそれだけではない。食文化、モノづくり、日本語、和の心、エコ―あらゆる日本文化に好意が寄せられている。それなのに自分の国を愛せなくなったのはあまりにも悲しい。なぜ 『ミシュランガイド』 は東京に最多の星を付けたのか?どうして 「もったいない」 が環境保全の合言葉に選ばれたのか? 「クール・ジャパン」 の源流を探ると、古代から綿々と伝わる日本文明の精神、そして天皇の存在が見えてくる。 

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著者は最近よくテレビに出ている。
初めて見たのは、「たかじんのそこまで言って委員会」
宮家創設の話で、田嶋陽子とやりあっていた。
ビックリしたのは、明治天皇の女系の玄孫にあたると言う事だった。
田嶋陽子もよくやると思った!天皇の血筋に挑むなんて・・・・・・
そこで男系を保つための方法?を述べていた。
徳川御三家、徳川御三卿を思った。
そこで印象深かったのは、
女性宮家創設で、どこの馬の骨とも分からないのが入って来て天皇になる可能性に触れていた。
確かにそれはある。
が本人も、華原朋美に熱をあげている。
父親に叱られるのでないかと思うが・・・・・・ 

初めて著者の本を読む。 ちょっと独断が過ぎるのではないかと思うところがある・・・・・・   
海外での日本の評判が良いことをあげている。
アンケートではっきり出ている・ と言うのは、
中韓は反日感情はアンケートに表れている?
アニメの評価等、褒めまくっている。
確かに良いものなんだろう・・・・
もの作りの技術がある。
もの作りから脱却して金融大国を目指すと言う大先生がいるようだが・・・・・ 

台湾の烏頭山ダム。昭和5年に竣工した当時世界最大のダムである。
これを日本の八田與一が担当した。銅像もある。
今でも台湾人は命日には花を献じているそうだ。
日本人の犠牲者も多かったようだ。 

国民党と共産党の対立の時、台湾義勇軍と言うべき根本博もいる。
こう言う話は大きな声では喋らないようだ。
日本は中国の反発を恐れている。

終戦後の強制労働でも日本は手を抜かなかった。
ウズベキスタンの劇場も強制労働で建てられた。『初めて知った話である』
地震でもびくともしなかったようだ。
感謝して貰っているところも多い。
トルコのエルトゥールル号遭難の救助の事ある。
ただこれらは過去の出来事がほとんどで、
現在の日本が感謝されているのかは分からない。   

少し自慢し過ぎなところがある。
日本は2600年の歴史がある。
各国は王朝交代の歴史だが、日本は違うと!
韓国の何でも韓国発祥と変わらない感じがした。
著者は韓国とは違うと言いたいと思うが・・・・・
記紀をどう扱うか?神話なのか?
ここら辺はあまり大きな声で言う必要はないのかも・・・・・
但し主張するのは間違いでない!
世界最古の文明は朝鮮半島にあると言うよりははるかに信憑性がある。   
日本語が海外の言葉になっている。
シカゴの博物館で、津波の実験装置があった。
確かにTUNAMIと表示してあった。 畑村洋太郎の本でそれは知っていたが目のあたりにするとビックリだった!
それほど日本は津波の被害が多いのか? 

中国にも和製漢語が沢山入っている。
がこれは明治の日本の有識者達が、中国古来の正しい造語方法、構成方法を守って優れた漢語を作ったからという。
が、中国の学生は和製漢語を誉めていながら、今の日本人の漢字、漢語能力を幼児並みと言う。

カタカナが氾濫し過ぎる。   
著者はデイトレードで一日中モニターを見て株の売買で儲けている20代を批判している。
これはもっともだと思う!
異論はあるが面白い本でした!


小説集 黒田官兵衛 『黒田官兵衛 鷲尾雨工』

信長・秀吉の参謀として中国攻めに随身。謀叛した荒木村重の説得にあたり、約一年の幽閉。そして関ヶ原の戦いの中、第三極として九州・豊前から天下取りを画策。稀代の軍師の波瀾の生涯を、超豪華作家陣の傑作小説で描き出す!

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著者の本は読んだことは無い。
今回初めて読む。
編者も言っているが史実から外れているところがある。
確かに外れている。
奥方、光からして違っている。
堺の商人の娘と言う。
織田信長に一人息子長政を人質に出すが、妻と一緒に差し出している。
どうなっているのかと思った。
1941年の作品である。
時代の影響がある作品なのか?
アレンジし過ぎている。
編者は読みごたえのある作品と言っている。
が違和感の方が強い!
もっと面白い、読みごたえのある作品はある。
期待外れの作品だった・・・・・・・

日本武将譚・菊池 寛 『小説集 黒田官兵衛の一つ』

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昔読んだ本だ。小説集 黒田官兵衛のなかにもある。
日本武将譚に選ばれている。
そうそうたる武将の中で菊地寛が選んでいる。
平将門・八幡太郎義家・木曽義仲・源義経・楠正成・太田道灌・北条早雲・明智光秀・伊達政宗・石田三成・謙信と信玄。
著者の好みで選んだのか?
著者の戦国物は好きだ!
選ばれているのは、それだけの人物と言う事なんだろう・・・・・

短くまとまっている。
太閤幕下の二兵衛と言う。
竹中半兵衛と黒田官兵衛!
秀吉からは警戒もされていたのだろう。
しかし官兵衛は秀吉に尽くしている。
秀吉も煙たいところはあったが需要視していたのだろう!
本能寺の変で、余計な事を言った為に警戒されたと言う。
が蜂須賀小六も同じようなこと言っていると思うが・・・・・・
一定の水準以上の頭なら、だれでもそう思うのではないか?
本能寺以降も秀吉に尽くしている。

出自は記述されていない。
目薬の事もよく分からないとしている。
正解な記述と思うが・・・・・
小寺家はどちらにつくべきか?
織田か・毛利か?
官兵衛は織田に付くことを主張する。
信長には気に入られたようだ。
そして秀吉と共に戦う。
九州攻めの後、恩賞として豊後12万石を貰う。
これが、大封を与えると反乱する恐れがあるので12万石にしたと言う。
官兵衛にとっては少ないのか?
そんなものではないか?
小早川秀秋は3万の兵を率いて九州に来ている。
が官兵衛は3千の兵だ。
小早川秀秋は52万石。
そう思えば低くは無い。
早々と隠居したと言うが、官兵衛の父も早くに隠居して家督を譲っている。
ましてや天下も秀吉で統一されてきている。
別に隠居しても悪くは無い。

関ヶ原がある。
秀吉亡き後、天下に色気を見せたのは、兼継・家康・三成・官兵衛と言う。
この辺りはどの本もほぼ同じ内容である。
短い短編小説であるが、面白い本である!

2014年5月28日 (水)

悪人がつくった日本の歴史 (中経の文庫) 小和田 哲男

歴史上の「悪人」の中には、時の権力者によって一方的に悪のレッテルを貼られてしまった者たちもいた──。本書は、日本史に名を刻んだ25人の「悪人」に着目し、これまでとは違った角度から彼らにアプローチ。長らく見すごされてきた側面に光を当てることで、悪人たちの実像を検証していく。本・戦国時代は裏から読むとおもしろい!

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『悪』 と付けば、悪者と感じる。
がそうではない知ったのは、読書でだった。
悪源太義平、悪党の末・・・・・・
強いとかいう意味になるのだと理解した。
悪党と言うから、現代では盗人になるが、昔は違う。
と言う事で、本当に悪人か検証している。
歴史は、勝者が書いた歴史である。都合の悪い事は書かれない。
そして誰かの責任にするものだと言う!
責任にされた方が、悪人・悪党になる。

そう言う観点での人物像がある。
①   権力に抵抗して
②   政敵に追い落とされて
③   改革に失敗して
④   適役にされて
⑤   下剋上が「悪」とされて
⑥   御家のために

古代の話はよく分からない。
大陸との絡みがある。
筑紫君磐井。朝鮮半島の情勢にも絡む。新羅と百済!
マア複雑だったんだろう・・・・

悪者と言われる人たちが記述される。
著者言うところの、歴史は勝者が書く!
弓削道鏡、藤原薬子、平将門、梶原景時、阿野廉子、日野富子。
平将門はともかく、他は悪そのものと思われている。
梶原景時の最後の説明は確かにおかしい。偶然ではなくやはり待ち伏せされたのだろう!

しかし阿野廉子は、やはり問題ではないのか?
そして戦国の梟雄。北条早雲、斉藤道三、松永久秀!
悪者ではないと思うが・・・・
それこそ腕を持ってのし上がった。
何も悪き言われる筋合いのものではない!
そうしなければ殺されていたのではないか?
明智光秀・宇喜多直家・陶晴賢・豊臣秀次もそんなに悪なのか?
確かに光秀は相手が悪かっと思う!

淀君!
著者は大阪の陣は正しかったと。
徳川の要求を呑んでも、次の秀忠の時に必ず改易されると!
そうなんだろう!

徳川綱吉。22年から24年間にわたって、「生類憐みの令」 は発せられた。
殺生を慎むのを奨励する。
それがエスカレートしたとある。跡継ぎで苦労したとある。
自身下馬将軍、酒井清忠のおかげで将軍になれなかったかも知れない。

田沼意次。復権の兆しがあると言う。
どうかなと思うが・・・・・・
付け届けは当たり前の時代だった。
貰う額が問題か?
何でも悪く言われる。
著者は政策立案能力を評価している。これだけやったのは、田沼意次だけだと!
悪と言われるにはそれだけの理由がある。

あの戦争と日本人①幕末から・半藤一利

歴史とは、前の事実を踏まえて後の事実が生まれてくる一筋の流れである―明治維新、日露戦争、統帥権、戦艦大和、特攻隊。悲劇への道程に見える一つ一つの事実は、いつ芽吹き、誰の思いで動き出したのか。名著 『昭和史』 に続き、わかりやすく語り下ろした戦争史決定版。日本人の心に今もひそむ「熱狂」への深い危惧が胸に迫る。 

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半藤一利、歴史探偵の昭和の集大成か?
80歳になっているようだ。 貴重な証言を集めている。
著者の本はよく読んでいる。 一番印象に残っているのは 『山本五十六の無念』 これは興奮した本だった。
映画 「日本のいちばん長い日」 この原作者と言うのは知っていた。
特に太平洋戦争の生き残った関係者からのインタビューは凄いのでは?
辻政信の話があった」。服を脱いで裸になり銃弾の跡を見せる。
この玉傷は何処の戦場と説明したようだ!迫力はあったようだ!

あの戦争は、幕末から始まる考えなのか?
幕末から明治維新、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、太平洋戦争までの経緯、終戦、昭和天皇と記述されている。
著者は酒飲みのようだ。

東大を卒業して編集者になる。坂口安呉の担当になる。
この坂口安呉も相当な人物なんだろう。酒飲みだそうだ。なので選ばれたと言う?
泊まりこんで作品が出来るのを待つ。一緒にいるのだがら何かと、歴史の読み方を教えて貰ったようだ。
そうして自分も歴史を勉強したようだ。
それとも一緒に飲んでいたのか?

著者は越後長岡が故郷と言う。賊軍と言われた。会津もそうだ。
司馬遼太郎がその辺は会津、長岡側に立って小説を書いている。
最近は中村彰彦により会津の事は分かって来ている。
活字になった時から、編集時にそのテーマに都合の良いように編集されると言う。
長岡では教科書と違う言い伝えがある。著者はそれを実感している。
明治維新からは薩長の良いように言われている。
徳川時代は悪かったと!
実際はそうではない!

著者は沢山の著書がある。ほとんど読んでいる。
もっとも衝撃だったのは、「山本五十六の無念」
メチャメチャ面白かった。
よく読んでいるので 半藤史観? が身についている。

日本海海戦の真相!
東郷元帥が神格化されている。勝ったので正しい真相を教えていない。
この辺りは信憑性がある!
正しい歴史を教えていない?????
講和でロシアから賠償金を取れない。民衆が騒ぐ!
仲裁役のアメリカルーズベルト大統領があきれた。
朝鮮半島と満州の権益を確保出来たし南樺太も日本領土になった。
何が不満なのか?日本に不信感を持つようになった・・・・・・・
満州の鉄道を日米でやろうととの提案を蹴った・・・・・
日露戦争の勝利で、日本はアジアの各国に希望を与えた。
違う道もあったが、日本は自国が大国と勘違いして欧米と同じことをした。
やがて失望を与える!
こう言う事を教えなければならないと思うが・・・・・

日露戦争後の日本はどうなったか?
①出世主義、学歴偏重主義。
②金権主義の時代。
③享楽主義の時代。
④以上から外れれば、社会主義になる。

漱石が文明批判をしている。
「日露戦争に勝って、一等国になったと言えども名物は富士山しかない。あれば昔からあったものだ。」
要は欧米からの借り物、独創性があるのは無い!

日本に最も影響を与えた作家、司馬遼太郎!
統帥権!
これを司馬遼太郎は批判する。山本七平も批判しているが司馬遼太郎ほどではない。
これが昭和を振り回したと!
著者は違う意見のようだが・・・・・
面白い例がある。
シナ事変。参謀本部は拡大したくなかった。中国との戦争なんかしたくない。
ところが出先の現地軍がかってに拡大した。
勝っているのだから強気になる。
近衛内閣も強気になる。最初の条件を変える。
蒋介石に日本は信用出来ないと言われる。
著者は使う人間の問題と言っているが、使えると分かれば使うのが人間であるのでは。

2014年5月27日 (火)

豪傑組―歴史小説傑作集〈3〉海音寺潮五郎 『一色崩れ』

戦国を生き抜いた武将たちの非情な運命を綴った「一色崩れ」等、武士のありようとは、如何にあるべきかを問う全九篇の短篇集。

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最近は古本屋に行くのが楽しい。行く都度相当買う。
何軒かに行く。だいたいメッソを付けている。近くに行けば今日は半額ではないのかと!
あさましいと思うか?節約家と思うのか?
奥さんは機嫌が悪いが・・・・・・・
自慢にもならないが・・・・・
嗅覚が働く。目次を見てすぐに分かった。
『城井谷崩れ』 『一色崩れ』

小説家は、登場人物の名前と歳を記述するのも大変ではないか?
この作品は一色満信、25歳とある。
もっとも名前は変わるものだと思うが・・・・・
藤孝の娘を一色満信に嫁がせる。
当然政略結婚である。
ここから一色家謀殺の始まるとあるが、そうでは無さそう。
一年経って、本能寺の変が起こった。
細川家は対応を誤らなかった。
光秀に組せず、大返しの秀吉に走る。
そうして一色家の謀殺になる。
著者は本能寺の変が無かったらどうなっていたのかと思っているようだが・・・・
細川も一色も源氏の末である。
一色の為に秀吉にとりなさなかったのかと思っているようだ。
細川親子の欲心があったと言う!
一色も酒の席で殺される。
用意周到に城も攻められる。
細川親子は攻略家である様だ・・・・

後日談がある。
一色の遺児が寺にいる。
これを寺で自ら斬ったようだ。
問題になったがもみ消したと言う!

一色に嫁いだ娘が帰ってきた。
後年、家臣に嫁いだが、今までの家来筋に足をさすってくれと言われて実家に帰った。
藤孝に叱られる。
「女は三従というて、家にある時は父母に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従うを道とする」
と言って追い返したと言う。美談として伝えられている。
が最初の一色満信を殺したのはどうなるのか?

城井谷崩れと言い、戦国武将はこうでなければ家を保てなかったのか?

小説集 黒田官兵衛 『二流の人 坂口安吾』

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二流の武将に甘んじた黒田如水の悲劇を描く。
坂口安吾は半藤一利の記述でよく分かったと思っている。
酒飲みみたいだ。いや酒飲みだ!
官兵衛も二流と言われると辛い!
播州の土豪が織田信長につく。
そして秀吉を助ける。
本能寺も変以降、秀吉に警戒される。
狐と狸なのか?
秀吉亡き後天下は誰が取るのか?
あのチンバだ!それを官兵衛に伝える人がいる。
長政に家督を譲るが、引退は秀吉が許してくれない。
自分を知っていたのだろう・・・・・・

小田原の陣。
26万の大軍を指揮する。今の世におれ以外に誰が出来る。
いや、あのチンバがいる。
北条の重臣に松田憲秀がいる。
長男と共に秀吉に内応する。
が次男が止める。
和平が提案される。武蔵・相模・伊豆を安堵する。
良い条件と思うが・・・・・
が、北条は松田憲秀の首を刎ねる。
これで3か国の話はおじゃんになる。
秀吉は内応を止めた次男の首を刎ねるように。
が官兵衛は長男の首を刎ねる。
わざと間違う!
それだけの力があると言う事なんだろう。

朝鮮半島侵攻!
この話はよく分からない。
朝鮮・明・日本と利害関係が複雑すぎる。
秀吉の軍も寄せ集めである。
全軍を指揮出来る武将はいたのか?
小早川隆景か?
鬼島津と恐れられた島津義久か?
交渉役の小西行長もどうだったんだろう?
官兵衛も朝鮮ではそれほどする事も無かったんだろう・・・・・

関ヶ原・・・・・
秀吉の死と同時に戦争を待ち構えた二人の戦争狂。
如水と直江兼継!
直江山城は無邪気で、痛快で、楽天的なエゴイストで、時代や流行から超然とした耽溺派と言う。
如水は九州で博打を打つ。
長政も官兵衛が後ろで糸を引く。
細川忠興にも入れ知恵する・・・・・・・
博打に負けた後の生き方はすがすがしいと思う!
家康に、如水に加増を勧めた藤堂高虎。
『誰の為の働きなのか?』

題名が少し気に入らないが、そんなものだったと思わせる内容だと思う。
面白かったです!

2014年5月26日 (月)

但馬 竹田城② 本丸へ

竹田城は入城に300円かかる。
傷んでいる補修費に充てているようだ!
これだけ観光客が来れば傷むだろう・・・・・
行く前に会社の同僚に、二郎は体重制限があるので登られへんで!
奥さんしか無理!
言われてしまった・・・・・・

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上まで上がれば広い。
観光客が一杯いる。
ここは一方通行になっている。
登り口と降り口は違う。
狭い道で登る人と降りる人が混じって混雑しないように考えている。
これだけ観光客が多くなれば仕方がないと思う・・・・・

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年輩の観光客が言っていた。
昔の殿様は大変や!
毎日昇り降りしているのか?
ガイドさんが石垣の説明をしている。
穴太衆の説明をしていた。
戦国の異能集団の一つである。
石垣は残っている。

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ゆっくりへたっている暇もない。
下りはやはり早い。
バスで郷まで帰る。
が気が付いたがここは道路も一方通行である。
郷から上までは直ぐだが、帰りは違う。

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竹田駅を通って郷に帰る。
時間的には大分かかる。
狭い道なので仕方がない・・・・・
一度雲海を見てみたいと思う!

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但馬 竹田城① いにしえの城は静かだった・・・・・・

毛利と織田の国境になる。
なので取ったり取られたりする。
織田の羽柴秀長が攻める。目的は毛利軍に帰服している但馬諸将の制圧。
もう一つは生野銀山の確保。竹田城は生野銀山を管轄している。
最終的には関ヶ原の合戦後、廃城になる。

日本三大山城(美濃岩村城・大和高取城・備中松山城)がある。
竹田城は廃城となってなければ四大山城だったかも知れないと言う。
20年前に一度来ている。
20年経てば変わる物なのか?
20年前は車で上まで上がれた。
のどかなものだった。
家族連れが弁当を持って来ていて楽しそうに食べていた。
奥さんが石垣にもたれて休憩していた。

今回はビックリ仰天である!
観光バスが連なって来てている。
山城の郷が第一駐車場であり、観光バスがびっくりするぐらい出ている。
地道な宣伝の結果なのか?

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竹田城は虎が臥せているように見えることから「虎臥城(とらふすじょう・こがじょう)」とも呼ばれている。
秋から冬にかけてのよく晴れた早朝に朝霧が発生することがあり、雲海に包まれた姿や竹田城から見下ろす風景は、まさに天空に浮かぶ城を思わせ、いつの間にか「天空の城」・「日本のマチュピチュ」とも呼ばれるようになったと言う。

平成24年に竹田城跡が「恋人の聖地」として認定を受けた。

東京からヒッチハイクで、学生時代の記念この竹田城へ行こうとしてたアベックがいたが、何故竹田城だったのか?
そういう事でこの但馬竹田城へ行こうと思ったのではないのかと思った!
そう言えば若いアベックも沢山いた。

簡単な資料の展示がある。写真関係が主である。
ここに竹田城の模型があった。
2階の模型と説明を載せる。

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この郷から石垣が見える。
相当な距離と感じた。
奥さんはハナから敬遠している。
時代は変わっている。
上の駐車場まで行くバスがある。
天空バス!
名前が今一か?????
150円である。
知らなかったが出発前のバスに出くわして乗せて貰った。
タクシーも何台か運航している。
もっとも600mから700mは歩かなければならない。
が道は舗装されているしガードレールも整備されている。
100m毎に標識もある。

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門がある。トイレも整備されている。
団体客が多い。
ガイドが大きな声で説明している。
ボランティアか?沢山の年輩の人が交通整理をしている。
20年前に来た話をして変わったと話したら、車で上まで来れたでしょ!
と言われた。
多くなったのは最近の事と言っていた・・・・・・
ガイドが説明していると、道がふさがれる。
朝来市は生野銀山も抱えている。
良い観光資源である!

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2014年5月25日 (日)

軍師 官兵衛(第21回) 松寿丸を殺せ!

軍師官兵衛の第21回。
恐れていたことが現実となる。
前回の放映では、松寿丸のこと等小さな事だと!
信長が言っていたが、村重の奸計にはまり万見仙千代が討ち死にする。
それを信長が、官兵衛の策と思い松寿丸を殺せとなる。
秀吉が必死で止めるが一旦言い出した信長は止めれない。

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信長陣地

分かっている半兵衛が、自分がやると言ってその場を収める。
秀吉も言葉を失う・・・・・・
この頃は半兵衛も自分が長くは無いと悟っている。
出家を考えていたとも言う。
秀吉の顔色が無い。

ドラマでは、半兵衛が単独で松寿丸を自分の領土にかくまう。
が、おねには言っている。
秀吉には内緒と言う事で・・・・・・・

秀吉は松寿丸殺害を自ら黒田家中に言う。
能面のような表情で言う。
いつもの喜怒哀楽の激しい顔ではない。
秀吉を責める光!
何とも言えない場面である。

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松寿丸

牢に閉じ込められている官兵衛は悲惨である。
じめじめしている牢内。
動くことも出来ない。
食事も満足に貰えない。
あきらめの境地になっている。
窓から藤の花が見えた。
生きようとする!
青山の古戦場に、藤の花があった。目薬の木もあった。
目薬の木は、御着城にもあった。
藤の花はやはり有岡城で見たかった・・・・・・
動く事も出来ない。
良く耐えれたと思うが・・・・・

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土牢のセット

栗山、母里、井上らが救出に来ている。
福島リラも来ている。
サア、福島リラはどう言う役割になるのか?
活躍の場があると思うが・・・・・・
期待している。

毛利の援軍を待つ村重。
が宇喜多直家の向背も不明であり、毛利は援軍を延期する。
しょせん無理である。
陸路を通っての援軍派遣は無理である。
そうなれば海路であるが、1回での派遣は3000人と言う。
この補給はどうするのか?
何処へ上陸するのか?
花隈?尼崎?
有岡までは遠いが・・・・・
その時は織田水軍も黙っていない!

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村重

しかし毛利としてはこの時期が援軍のチャンスだったようだ。
織田は、播磨三木城、丹波八上城、摂津有岡城、本願寺と戦っている。
上杉対策に柴田勝家、東方は徳川家康がいる。
しょせん当てに出来ない毛利を頼った反乱になってしまった。
そう言う意味では、毛利の外交は凄い!
安国寺恵瓊の実力か?

官兵衛が救出されるのは10月頃である。
今は年が明け藤の花が咲く季節になっている。
まだまだ先は長い!
村重の脱出はどう描かれるのか?
長い長い場面である!

名所案内は、半兵衛の垂井と関ヶ原だ!
関ヶ原には行っている。
奥さんには、武者の亡霊が肩にのってきて重い!
二郎は軽い軽い!
どちらも行きたいと思う!

2014年5月24日 (土)

小説集 黒田官兵衛 『城井谷崩れ 海音寺潮五郎』

信長・秀吉の参謀として中国攻めに随身。謀叛した荒木村重の説得にあたり、約一年の幽閉。そして関ヶ原の戦いの中、第三極として九州・豊前から天下取りを画策。稀代の軍師の波瀾の生涯を、超豪華作家陣の傑作小説で描き出す!

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何冊かの本を読みたかった。
流石NHK大河ドラマだ!
出版社も儲けようと思っているので、こう言う小説集も出来る。
が選ぶ方は大変だと思うが・・・・・・・
その中で読みたい短編が何冊かある。
入っているとやはり嬉しい!
『城井谷崩れ 海音寺潮五郎』
城井谷の話である。

解説にあったが、宇都宮鎮房と思っていたが、城井谷友房が実際の名前と言う。
講談の影響があるそうだ!
が実際はよく分からない。
一般的な知識は、長政が宇都宮鎮房を中津に呼び寄せ謀殺し、息子朝房は官兵衛が肥後に同行させ殺したと言う。
そして城井谷城は落城した。
ほとんどの一族は殺されたと言う。
人質となっていた鶴姫も殺されたようだ。

海音寺潮五郎は、官兵衛の娘を友房に嫁がしている。
子供まで出来ている。
が見捨てる気で謀殺する。
この小説では、中津城で官兵衛・長政親子がそろって歓待している。
官兵衛は肥後へ行っていない。
誠心誠意嘘をつく。
この歓待ぶりに友房たちは気を許す。
そうして騙し討ちに遭う・・・・・
官兵衛の非情さを描いているのか?
後味の良い小説ではない。
がその情景は迫力がある!

著者には『一色崩れ』と言う短編もある。読んでみたい。
細川幽斎・忠興も同じような事をしている。
官兵衛と幽斎は仲は悪くなかったようだが、長政と忠興は悪かったようだ・・・・・

弓は袋へ・白石一郎 『武辺の旗 黒田長政と後藤又兵衛』

関ヶ原の合戦から20年。戦乱の世は遠く去り、豊臣恩顧の大名たちは次次に排除されていく。当代随一の荒大名福島正則もそのひとりだった。些細な理由で芸備49万8千石からわずか4万5千石へと改易された彼は言う。「敵のある時は弓は重宝なものよ。しかし治国ともなれば袋に入れて土蔵にしまいこむもの」。乱世から治国へ、移り行く時代を生きた人々を描く時代短編集。

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短編集である。この中に「武辺の旗」がある。
黒田長政と後藤又兵衛の確執が主である。
最初から城井谷の宇都宮鎮房の謀殺から始まる。
宇都宮鎮房が中津に来る。
官兵衛は肥後へ出向いていて、長政が迎える。
呼び寄せたのか?
出向いて来たのか?
今となっては何とも言えないのか?
長政は恨んでいる。鎮房に惨敗している。
ここで宇都宮鎮房は討ち取られる。
これに反対したのが後藤又兵衛!
討ってに息子を差し出すように言われるが無視する。

官兵衛に長政と兄弟同様に育てられる。
官兵衛は長政を、自分に似ていないと!
短慮粗暴と言う。荒武者に育ったと言う!
長政と又兵衛の確執が多くある。
この辺りは読んでいて楽しい。
結局又兵衛は黒田家を出る。
仕官を邪魔される。相手が細川忠興・福島正則・池田輝政であっても遠慮しない。
刺客まで差し向けられる。
が人間の器が違う。
手を出せない。
切腹覚悟で長政に本当の事を言う!
長政も無理を認める。逆に加増があったと言う・・・・・・

乞食まで落ちぶれたとは言え、最後は大坂の陣で有終の美を飾れた。
幸せな人生だったのでは?
それに引き換え、長政の晩年はどうなのか?
面白い本です!

2014年5月22日 (木)

オスマン帝国 イスラム世界の「柔らかい専制」・鈴木薫

民族問題を克服した超大国の柔らかい支配。西欧の見た“征服者”は、寛容なる文化国家だった。キリスト教徒や異民族との共存に成功した、トルコ人によるイスラム超大国の「柔らかい専制」の秘密に迫る。

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昔読んだ本を読み返した。
最近中欧によく行っている。 行けばどうしてもオスマントルコの影響が言われる。
ブルガリアのガイドさんは今でもトルコをよく言わない!
我が家はトルコに興味がある。 そう言う意味で読み返した。
トルコについては、逆の意味ではないが、「塩野七生 海の都の物語」 に出て来て、宿敵トルコの章があり、これを読むほうがよく分かるのではないか?
トルコは他の本にも記述が多い。どうしても地中海を舞台にすれば、トルコは避けて通れない!   

六百数十年存続した帝国。一つの王朝で続いている。
首都イスタンブール。かってビザンティン、コンスタンティノープルとも言われた。 1000年の都である。
一度行ったが、喧騒の町だった。凄い街と思った! 
オスマントルコは柔らかな専制と言う。
日本ではそれ程歴史に登場しない。 

メフメット2世が登場する。コンスタンティノープルを攻め落とす。
過酷な抑圧者と思われている。
その当時のキリスト教は、他宗教に対して寛容では無かったと言う。 抑圧者であったと言う。
がイスラムは寛容だったと言う。
問題だったのは、単純に考えてキリスト教徒とユダヤ教徒。
が貢納を選べば、一定の行動制限と貢納が義務化されるが、保護される。
固有の信仰と法と生活慣習を保ちながら自主的生活を営むことが出来る。
「剣かコーラン」の選択は、アラブの偶像崇拝者に対してのものと言う。 

スレイマン大帝の時、反ユダヤのデモが起こったが、鎮圧された。
キリスト教徒の国とは違ったようだ・・・・・
言葉も多言語国家と言う。
シーア派とスンナ派の対立。
中東の大国、トルコ(スンナ派)とイラン(シーア派)。
これは現在まで続いている争いなのか?
そのあたりは詳しく記述されている。   
相続、後継者は将来の騒動の元は絶っている。弟は殺す!
モンゴルは末子相続だったが、トルコは順位は問題ではない。 支持する勢力はどちらもある。
が女は怖い! スレイマン大帝の二人の妃。 当然どちらも子供がいる。後継ぎは自分の子供にならしたい。
そうして争いがおこる。 後妃が有利になるが、子供が3人もいれば又争いがおこる。
後妃も望まぬ息子が後継ぎになる。   

オスマン帝国に赴任したハプスブルク家の大使が記述している。
トルコでは羊飼いの子供でも大臣になれる。
業績と能力の報酬と言う。 しかるにオーストリアは、全てが生まれによって決まる。   

デウシルメ、人材を確保する方法。 キリスト教徒の子息を集める。
8~20歳。 イエチェりの人材を確保する。誰でも良いというわけではなく健康そうで欠点のないものが選ばれる。
そうして教育する。 この中から、サルタンの宮殿に入れば能力次第で宰相までなれる。
いくらでも例があると言う。 裁判も公正だったと言う。
税金のシステム、奨学金等が記述されているが面白い。
世界帝国なのでそれなりに優れている。 
「柔らかい専制」 は“ゆるやかな統合と共存のシステム”と、それを外側から「鉄のたが」をはめる “強力な支配の組織“から成り立っていた。
西欧の軍事的技術格差がトルコに衝撃を与えた。
そうして解体して行く。 分かり易い本です!               


桂ざこば 「女房は旦那に尽くさんかい!」

最近は落語が面白い。
今年になってからだが、落語を聴きに行った。
桂ざこば、桂南光、桂文珍だ!
はまってしまったようだ・・・・・
YouTubeでも聴いている。
ツタヤで借りて、毎日のように聴いている。
その中で面白かった小噺がある。
ざこばである。
落語は、本題に入る前にチョッとした小噺を入れる。
これがまた面白い。
メチャメチャ面白い。
二つの落語の前に話している。
少し、ほんの少しバージョンが違う。

この話は何から始まったのか?
女房が言う事を聞いてくれない。
そこから歌になる。
作詞する。
女房は旦那に尽くさんかい!
女房は旦那に尽くさんかい!
尽くして尽くして尽くさんかい!
死ぬまでズーット尽くさんかい!

これがメインになる。そして次々歌詞がわいて来たようだ!
会社は社員に尽くさんかい・・・・・
政治家は国民に尽くさんかい・・・・・・
女は男に尽くさんかい・・・・・
靴下は靴に尽くさんかい・・・・・
鼻は口に尽くさんかい・・・・・・
極めつけは、「米朝はざこばに尽くさんかい!」

これを歌にしようとして作曲を頼む。
頼めるのは、やしきたかじんか、円広志!
円に頼むが、「こんなん歌チャウ!セリフや!私にどうしろと言うんですか?」
「どんな歌にしたいんですか?」
ざこばが歌うと、そのまま行きなはれ!

CD発売を落語の関係で、東芝EMIに頼むが会議で断られる。
何が?
4番の歌詞がダメだと!

女は男に尽くさんかい、と来てから、
男は女に甘えている!
承知でその気で寝たんやろ!
飽きが来たから別れんかい!
ごちゃごちゃぬかすな別れんかい!
他の男を探さんかい!

そりゃ無理やろ!
なので円のレコード会社で発売した。
一枚700円!ざこばは1000円以上と思ったようだ。
7000枚!
どうも売れていない。
最後に泣きが入る。
「買って・・・・・・」
「もう来月廃盤になる。絶対値打ちが出る!」
「私やったら買うけど・・・・・・」
何度聞いても面白い!
ますますざこばが好きになる。
YouTubeで検索すると、ありましたありました!!!!!

『政治家は国民に尽くさんかい!そやろ! 桂ざこば』

これが題名なんだろうか?
聴いているとメチャメチャ面白い。
当分楽しめそうだ!
アップしてくれている人に大感謝です!

野村ボヤキ語録・野村克也

人はたった一つの言葉でも変わることができる! 野村再生工場の異名をとる著者が経験から導き出した人間再生の極意とは何か。

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一生懸命にやる。 見ていると人は見ている。 努力しなければならない。
そう言う風に感じた本である。
監督は言葉と言うものを重要視している。
監督の本はよく読んでいるの重複する話は多い。が面白い!
格言・名言がよく出て来る。
この本には出て来ないが、『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』   

①やる気を引きだす言葉
②気づきを与える言葉
③やさしい言葉をかけるだけが愛情ではない
④ほめてやらねば人は動かじ
⑤人を見て法を説け
⑥戦略としての言葉   
具体的な例が沢山ある。 それだけに信憑性がある。
誰もが野村監督のように実績がある分けではない。
『俺は出来なかったが、君なら出来る』 元阪急上田監督のホメ言葉だそうだ。
上田監督自身それ程の実績がある分けではない。
が言われた方はやる気になる。   

イチローも、仰木監督になり、シーズンを通して使うと言われて落ち着いたようだ。
少しの不調で直ぐ変えられるのは選手にとって辛い。
相手を見て言葉を選ぶ!
『この試合、お前にまかせた!』
『お前に期待している!』 『誰もお前に期待していない!』 どちらも正しい! 
監督の本を読めば、配給を読む事が重要とある。
器用な選手。才能だけで打つ選手。
限界がある。 どうせなら不器用に徹する。
指示と言うのはシンプルな方が良い!
あれこれ言っても出来ない。考え過ぎになる。
例として、塁に出ろ!その為には転がせ!フライを打つと罰金をとる。 そう言う風に育てて行く。
池山・広沢・門田の例がある。 四球で出塁したくないから三振するのか? と言ったのが池山・広沢。
振り回すなといっても振り回すので、逆にもっと振れと言ったのが門田。 そう言う風にして改めさせたようだ。   「叱る」と「怒る」は違う。 結果論で叱ってはいけない。これは分かる。結果良ければOKになってしまう。 叱った後はフォローを考えておく。
叱ってほっといてはいけない! 監督の考えかどうか? 
『失敗と書いて、成長と読む』 失敗を恐れれば成長は無い。   

監督の言葉は計算されているようだ。 計算している。 ファンサービスもある。
選手の成長を願っている。
マー君、神の子!
神様、仏様、稲尾様!
マスコミ向けのファンサービスなのか?
ボヤキもささやきもかく乱の目的に使っている。   
面白い本でした!          

敵は微塵弾正・中村彰彦

合戦・敵討・妖異譚。戦国の世の武士道に様々な女たちが哀楽の影を落とす。戦国時代短編集。

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短編集でまとめ方が面白い。古本屋で見つけた。
佐久間信盛、細川ガラシャ、微塵弾正、貴田孫兵営、堀主水、石田惣右衛門。
ちょっと変わった組み合わせになる。

紅い袖口。
珍しい武将が主人公である。
佐久間信盛。勇猛な武将である。
このころまでは秀吉もやたらと人を殺さなかったようだ。
賤ヶ岳の合戦で秀吉を侮った?
勝家の言うとおりに引き上げておけばもっと戦えた。
が結局は負けになるだろうが・・・・・・・
佐久間信盛は、お市の方に恋心を抱く?
合戦後、秀吉は助命しようとしたが、本人は死を望む。
最後は見栄を張る??????

ガラシャを棄てて。
細川ガラシャは、松本清張「逃亡者」と同じで鉄砲の名人、稲富伊賀守祐直が主人公?
最初はその技術を忠興に認められる。
弟子も多い。井伊直政も弟子である。
ガラシャは独学でラテン語、ポルトガル語を習得している?????

細川忠興は子供の頃から人を人とも思わない性格だったようだ。
「家来どもには二度までは教え申し候、三度には斬り申し候」
幽斉の息子で、武家故事、能楽、連歌、歌道、茶道に通じている。
武将としても有能である。
稲富伊賀守祐直は関ヶ原の合戦時、細川家から逃げたために忠興の怒りを買う。
最終的には家康がとりなす。
最後は忠興の意地の悪さが面白い。
子孫の事も記述している。

敵は微塵弾正。晋州城の義妓。
連作になる
息抜きに面白いと思う。

亡霊お花。
堀主水。会津40万石をつぶした男なのか?
山田風太郎「柳生忍法帳」に出てくる堀主水。
賤ヶ岳7本槍の加藤嘉明の息子、明成。
意地の張り合いなのか?

白川栄華の夢。
石田惣右衛門の妖異譚になる。結末は想定内であるが面白い。
著者の本は会津関係が多い。
まだまだ読む本はある。
楽しみである。

2014年5月20日 (火)

継続は力なりか? ローマ帝国・韓国・・・・・・・

今韓国の遭難の問題がある。
いずれ日本製と言う事を問題にしかねない。
亡くなった人はどう思うだろうか?

遠交近攻と言う言葉がある。
イスラエルは近くの国とはそんなに仲が良くない。
それより遠い国の方が仲が良い!
トルコ、今は最大の脅威だがイランとも仲が良かった。
中国は孫子の国である。
日本の兵法の教科書だった国である。
韓国ではない!

今度、塩野七生の本を読むつもりだ。
たまたま目に付いた本がある。
ローマ人の物語、ハンニバル戦記!
カルタゴはローマと戦い、結局滅ぼされる。
後世に書かれた文献では、ローマの政治家大カトーがカルタゴとは無関係の演説を行っている時でさえ締め括りに必ず「ともあれ、カルタゴは滅ぶべきである」と付け加えたエピソードがある。
これはローマはカルタゴを恐れていたのか?
カルタゴに対してのこの様な好戦的態度は、結果として第3回ポエニ戦役後、カルタゴの都市を灰燼に帰す原因となった。都市の建造物は掘り返し尽され、生き残った居住民は奴隷として売り飛ばされ、草も生えぬ様土地に塩をまいたと言う!
ローマとカルタゴは、地中海を挟んで隣の国か?
近いのだろうと思う・・・・・

現在の韓国と日本の関係!
何かあれば、『歴史認識』を言う!
神の懲罰があったとまで言われている。
恐らく言い続けるだろう!
あの可愛いくない顔で・・・・
似合わない黄色のスーツを着て・・・・・

継続は力なり!
言い続けることにより、嘘も真実になる。
『嘘も100回言えば本当になる!』
と言ったのはゲッペルス!
実際の訳は違うそうだ。
意味は変わらないと思うが・・・・・・・・
調べてみてびっくり!ちゃんと原典から訳している人がいる。
少し借用させてもらいます。
実際はもしあなたが十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう!
と言う事らしい!
どちらにしても継続は力なり!
と言う事だろう・・・・

韓国の場合、大統領自ら言っている。
悪い頭で考えてみると、1000年謝罪しなければならない。
1000年たったら又1000年と言うのか?
韓国の場合、『加害者と被害者の立場は1000年経っても変わらないと!』

大統領自ら言っている。
悪い頭で考えてみると、1000年謝罪しなければならない。
1000年たったら又1000年と言うのか?
別に今の関係のままで構わないのではないか?
頭を下げる必要なんかあるのだろうか?
何をやっても言われ続けるのだろう・・・・・・

遠交近攻言う戦略がある。
安倍総理は実行しているのか?
ロシア・インド・ASEAN諸国・アフリカ・中近東とかの国を訪問している。
当然イギリス・アメリカは入る。
今はヨーロッパを訪問している!
前政権と違い戦略的に訪問している。
正解なんだろう!
これも継続は力なりと言う事なんだろう!
日本の為に頑張って欲しい!

大河ドラマは地域振興になるのか? 小田原北条も頑張る!が真田がかき回すのか?

先日小田原北条関係の本を読んだ。
面白い記事があった。
山崎の合戦地を訪れた時、明智光秀・細川幽斎・細川忠興・ガラシャと。
この一族を大河ドラマにとあった。
同じ記事があった。
『北条五代を大河ドラマに!』
大河ドラマはそれだけ影響があるのだろう・・・・・・
現に我が家は、『軍師 官兵衛巡り』をしている。
小田原北条巡りは堪忍して欲しいが・・・・・・

五代のドラマだから物にはなると思う。
早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直!
そして武田信玄、上杉謙信、家康、秀吉と登場人物は多岐にわたる。
良く知られていない関東の戦国武将も沢山出て来る。
知られていないとは言っても我が家は神戸なので知らないだけかもわからないが・・・・・

『北条五代観光推進協議会』があるみたい。
北条氏にゆかりある10市2町が、北条を活用した観光事業を展開する。
そして地域の活性化を図る。
大河ドラマが一番の宣伝になるのだろうと思う。
10市2町は下記のとおりみたい。
岡山県井原市、静岡県沼津市、三島市、伊豆市、伊豆の国市、神奈川県相模原市、鎌倉市、小田原市、箱根町、東京都八王子市、埼玉県川越市、寄居町と言う。
岡山県井原市が入っている。
と言う事は、早雲は備中荏原荘出身説になるのだろう・・・・・
これは面白いと思うが・・・・・

調べてみると候補者が沢山いる。
山田方谷、備中高梁。『幕末の強みがある。○』
立花宗茂、筑後柳河。『悪く言われる武将ではない。◎』
徳川光圀、日立水戸。『インパクトが無い。×』
木曽義仲、信濃・・・・・『頼朝から見た義仲を描く。○』
真田幸村、信濃・・・・・『真田一族なら分かる。○』
大友宗麟、豊後・・・・・『晩年に無理がある。×』
保科正之、信濃高遠に会津。『名君である。大賛成。◎』 
上杉鷹山、米沢。  『インパクトが無い。×』
徳川宗春、尾張。  『インパクトが無い。×』
藤堂高虎、近江、伊予、大和、伊賀、伊勢・・・・・『誤解を与える。どうしても主人公にすれば良いように描かれる。原作は?×××××』
島津義弘、薩摩・・・・・・『朝鮮半島侵攻での活躍がマイナスになる。NHKがようやらないと思う。△』
長曽我部元親、土佐・・『四国の歴史が分かっていい。盛親と一緒に。○』
色々あるようだ。
明智光秀と北条五代は大賛成である。◎である。
各自治団体も頑張っている。
再来年は何になるのだろうか?

と思っていたら決まったようだ。
『真田丸』真田幸村
北条にとって真田は因縁の相手なのか?
名前はどうするのだろうか?信繫にするのか?
何より原作は何を使うのか?
一度ドラマ化している池波正太郎は堪忍して欲しいが・・・・・・・
幸村だけで1年はつらいのではないか?
真田十勇士はどうするのか?
真田三代が正解と思うが・・・・・・・

NHKのサイト【真田幸村×三谷幸喜!2016年大河ドラマ「真田丸」制作決定】


洞ヶ峠 筒井順慶、秀吉に付くか?光秀に付くか?

日和見する事を洞ヶ峠あるいは洞ヶ峠を決め込むと表現する。
洞ヶ峠(ほらがとうげ)は、京都府八幡市八幡南山 と 大阪府枚方市高野道・長尾峠町の境にある峠
山崎の合戦の時、光秀の与力だった筒井順慶。
45万石と言われる兵力なら1万は動員できるのではないか?
細川幽斎と共に味方に付かなかったのは致命的と言う。
洞ヶ峠で両軍の戦いを見ていたと言う。
が、史実に反しており、筒井順慶は最終的には洞ヶ峠に着くことなく大和へと撤兵して中立を保ったようだ。

調べると筒井順慶は、神吉城、有岡城の戦いにも参加している。
神吉に来ていたとは・・・・・
大和の国なので松永弾正とは因縁があるようだ。

今回山崎の合戦跡に来たので、洞ヶ峠まで行く事にした。
遺跡としては残っていないようだ。
洞ヶ峠という案内も無さそう。
洞ヶ峠という名称は残っている。
マアこの辺りと言う事で満足しよう!

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軍師官兵衛 光秀は官兵衛に負けたのか?  大山崎の歴史資料館

大山崎の歴史資料館に言ったら面白い物があった。
NHK 大河ドラマ化を!
~絆を信じ生き抜いた波乱の物語~
と言うポスターがった。

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明智光秀・細川ガラシャ・細川幽斎・細川忠興
美濃明智?、越前一乗寺、岐阜、坂本城、亀岡城、勝竜寺城、大山崎、丹波、宮津、田辺。
九州は中津、熊本。
そして関ヶ原と・・・・・・
これだけの町、市、県が協力して宣伝すれば各地も観光客が多いだろう。
がどうも「軍師官兵衛」に負けたようだ!

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資料館の人に聞いたらしばらく無理だろうと。
来年は「花燃ゆ」で幕末である。
昨年も幕末であった。
順番がある。
他にも狙っている地方自治体は多いと思う!
そう思えば無理なのか?
一番有名なのはガラシャだと思う!
原作は何を使うのか?
考えると面白いが、無理なのか?

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山崎の合戦 宝積寺 秀吉が陣所とする

宝積寺、山崎の合戦で秀吉が陣所とする
700年代に建立されている。
聖武天皇の名前がある。
三重塔がある。
かなり古い!

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ここまで上がるのも大変である。
天王山への登り口である。
行くにはそれなりの覚悟がいる。
我が家には今は無い。
次回行きたい!

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「秀吉 出世石」がある。

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宝寺 三福の種守
毘沙門天  健康
弁才天   智恵
大黒天   財産

訪れる人は多そう!

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2014年5月19日 (月)

山崎の合戦 石碑 山崎合戦古戦場

山崎合戦古戦場、まずJR山崎駅に行った。
送迎バスが待機している。
京都競馬場まで行く。
儲けているのだろう!JRNは!
駅は古いが中に観光案内があり女性がいた。
案内を貰って少し教えて貰ったが、丁寧に教えてくれた。
ここは観光客が多いのだろう・・・・・

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とりあえず「山崎合戦古戦場」の石碑に行った。
学校のところにあるが、道路工事中だった。
案内もあると思っていたが今は取り外されているのだろう!

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次回もう少し調べてから来てみたい!

山崎合戦古戦場 :京都府大山崎町

2014年5月18日 (日)

軍師 官兵衛(第20回) 「囚われの軍師」 高山右近の心変り

予想通り信長の右近への切り崩しがある。
有岡、高槻、茨木城と落とすにはいくら信長でも時間がかかる。
右近には弱点がある。
キリスト教である。自分の事だけで済まない。
後の信者への迫害の事もある。
悩んだ末に、高槻を捨てる。
一人のキリスト教徒として生きようとする。
が信長は許さない。
村重の構想が崩れる・・・・・・
毛利頼みである。
官兵衛は毛利は当てに出来ないと言うが、村重は聞かない。
毛利の水軍が出撃してくる。

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村重

ドラマの最初にあったが、毛利が姫路に上陸してきたが、官兵衛に撃退される。
いかに敵より多い戦力があるとは言え、敵の領土に上陸するのは怖い。
何かあれば終わりである。
そんなところに上陸した兵は直ぐに撤退するのではないのかと思う・・・・
尼崎、花隈は海に近い。
が有岡城は内陸である。
どう言う援助が毛利は出来るのか?
と思うと毛利は当てに出来ないと思うが・・・・・・

姫路が動揺する。
官兵衛の生死も分からない。
が織田に付くことでまとまる。
父職隆、光を中心にまとまる。
栗山、母里、井上とおなじみのトリオが有岡城に潜入する。
これは今後の楽しみだ。

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黒田の家

高山右近が織田に戻ったのを見て、中川清秀が織田に帰順する。
余程信長も困っていたのか?
それとも中川清秀ぐらいなら後でどうにでもなると思ったのか?

右近と清秀。
光秀と秀吉の争いの時も、去就が注目される。
村重、光秀にはつかずに勝ち組に付いた。
右近もしたたかな戦国武将だったのだろう・・・・・

官兵衛が脱出を図るが失敗。
もっと条件の悪い土牢に閉じ込められる。
ネズミが這いずり回り、イモリがいる。蟲もいる。
見ているだけで鳥肌が立つ。
ここで救出を待つ。
いずれ藤の花が出て来るのだろう。
来週は松寿丸が処刑される。
半兵衛が暗躍するはずである!
どう描かれるか、楽しみである。

名所案内は鞆の浦だった。
来週は何処だろう・・・・・

2014年5月16日 (金)

神戸フラワーロードの花壇が変わった。南国をイメージしている!

神戸のフラワーロード、みずほ銀行の前の花壇で写真を写している人たちがいた。
何かと思った。
見ていると少し風景が違う。
スペインのカルメンをモチーフしている。
一年を通じて有名なオペラ題材に。

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雰囲気がかわって楽しい!

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2014年5月15日 (木)

備中七城  撫川城

備中七城  撫川城
現在は庭瀬城、撫川城と分かれているが本来は一つの城だったようだ。
隣にあるのでそうだろう。
公園になっている。
駐車場もある。
中で子供が暴れまくっている。
案内にやはり沼城とあった。
ここの堀が残っていて、中は神社である。
徳川時代は、庭瀬藩があり、陣屋を撫川上の跡に持って行った。
城址公園に撫川陣屋総門がある。

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とりあえず備中七城巡りは、一応完了しました。
秀吉、官兵衛、小六!
隆景、元春、元長、広家、恵瓊と登場する場面である。
本能寺の変に絡みどうドラマは展開するのか?
今から楽しみである!

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備中七城 庭瀬城

備中七城 庭瀬城
城主は井上有景。800余人を率い守備する。位置的に孤立した場所にあったため、早々に撤退するように下命されたが、羽柴軍との間で激戦が交わさるが、井上有景の軍勢は羽柴軍に敗れる。

JR庭瀬駅に行く。
この駅もリニューアルされている。
ここの案内はきっちりしていた。
チャンと庭瀬城、撫川城が明示されている。

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ここは直ぐに行けた。駐車場もある。
堀が残っている。
堀と言う感じがしなかったが・・・・・

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町の真ん中で良く残っている。
沼城と言う!
今はそんな雰囲気は感じれないが!

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備中七城 松島城

備中七城 松島城 。
城主は梨羽中務丞高秋。
備中高松城から遠く、あまり戦線に影響がなく攻められなかったようだ。
城址はJR中庄駅の近くにある。
駅は綺麗にリニューアルされている。
東海道本線である。足守駅とは違う!

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駅の案内を見たがはっきり城とは明示されていない。

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調べると川崎医科大学があるところが城址とされている。
小丘になっていて、西側に両児神社がある。
これが城址と思った。

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一応上まで上がったが、何も明示されていない。
案内板もない。
相当ショック!
この丘が全体が城址のようだ。
と自分を納得させた。

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が調べなおすともっとショックだった。
川崎医療短大が松島城址であったと考えられる。
との記事を見てますます落ち込んだ・・・・・・
しかし近いところまで来れたと納得したい!


2014年5月14日 (水)

備中七城 日幡城

備中七城 日幡城には日幡六郎兵衛が在城し、安芸から上原元祐が加勢にきた。
元祐は調略されたようだ。
城主六郎兵衛にも誘いがあったが断り、元祐の槍に突き刺されたようだ。

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ここはまだ分かり易い。
ナビにも城址の名前がある。
川沿いに石碑がある。
石の加工場のような感じがした。
説明も無かった。

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備中七城 加茂城

備中七城 加茂城。
ここも分かり難い。
遺構は残っていないようだ。
全景を写し、この辺りと満足した。
が土台根性が違う。徹底的に調べる人は調べている。
調べていてビックリ!
二の丸跡に説明があるようだ。
丹念に回っているのだろうと思う!
頭が下がります!
桂広重、上山元忠、生石中務少輔が在城していたが、調略され内紛状態になったようだ。
結局落城!
平城なので攻められやすかったんだろう・・・・・・
ここは悔いが残る!

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備中七城 宮路山城

備中七城 宮路山城 。
乃美元信、城兵400人余り、冠山城が落城後開城した。
ここは大体の場所は分かる。
山城と言う感じだ。
説明も案内もない。
そりゃそうだろう・・・・・
冠山城が珍しいと言える!
車で走っている内に分からなくなった。
ここと思うところを写真に写した。

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2014年5月13日 (火)

備中七城 冠山城

高松城に次いで訪れた、備中七城 冠山城。
場所については調べて行った。
きちんと行き道まで記述している人に改めて感謝です!
ファミリーマートの処を曲がり登山口まで行く。
当然山城?平山城と思う。

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城主林三郎左衛門、祢屋七朗兵衛など3百騎、総勢3千6百人と言う。
降服勧告にも応じず、毛利への義に準じた。
織田の大軍に各個撃破される運命にあったのか?

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登ってみると本丸まで以外に近かった。
相当あると覚悟したが直ぐに本丸まで行けた。
本丸跡にはベンチがあった。
訪れる人は多いのか?
山の中と言う感じだった・・・・・・
良く整備されていると思った。

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2014年5月12日 (月)

病気かと思う!奥さんがおかしい???? 『BCR狂いが始まった・・・・・』

7月にスコットランドに奥さんが行く!
ベイシティローラーズ(BCR)のファンイベントがあるそうだ!
又BCR休暇が始まる。
昨年、メンバーの一人、レスリーが日本に来たが、燃えまくっていた!
東京まで行っている。
大阪も行っている。

その時、奥さんはブログでBCRを書きまくり、奥さん言う『お友達』が沢山出来たようだ。
ますます燃えてだした。
今はスコットランドのラジオにまでリクエストしている。

去年のレスリーの日本での公演は何百人のようだ。
先日見た、ポールマッカトニーは何万人だ!
こりゃ奥さんに言わなアカン!
奥さんの機嫌が悪なった・・・・・・
やめとこ!!!!

今年も日本に来て欲しいようだ。
今年は予定がないが、来て欲しいファンが沢山いる。
レスリーの奥さんは日本人だそうだ。
なのでファンからレスリーの奥さんに、日本公演のお願いが沢山あるようだ。
うち奥さんもリクエストしているのか?
簡単には行かない様だ!
日本のプロモーターや世間に、レスリーをアピールして欲しいとの事らしい。
奥さんブログ関連記事

スコットランドまで行くのだからもうええやないかと思うが・・・・・
でも日本のファンの為に何かしたいようだ。
7月で終わるのかと思うが、終わらないだろう!

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2013年12月17日 大阪Muse

軍師 官兵衛(第19回)官兵衛幽閉

荒木村重が謀叛する。
説得に秀吉と光秀が派遣されている。
大物二人が並んでいる。
秀吉は北国戦線から信長に無断で離脱した。
その時は長浜城で陽気に騒ぎまくった。
有岡城で叫ぶ!
「こんなに陰気していたら反乱の用意をしていると思われる」
二人の説得を聞かない。
よく無事に返して貰えたと思う。
光秀が娘を返して欲しいと言う。
安土城に報告に帰るが、二人とも追い返される。
信長は怒っている。逆らう者を皆殺しにすると言う。
実際そうするが・・・・・・

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秀吉

官兵衛の主君、小寺政職が毛利に付く。
出た!「ここが思案のしどころだ!」
官兵衛たちの対策会議がある。
演出がある。
風が強い事を意識している。
花弁が舞っている。明るい風景である。
が松寿丸人質になっている。
長浜のおねはじめ、みんな動揺する。

最近、官兵衛の妻、光がいつも泣いているような顔をしている。
そう言う演出なのか?

官兵衛は小寺を説得に行く。
小寺は村重が翻意すれば従う。
官兵衛が有岡城に行く。
半兵衛は官兵衛を止める。無駄だと!
が官兵衛は一人で行く。
家臣には言わずに・・・・・・

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小寺

官兵衛は村重から逆にともに戦おうと言われる。
村重に哀れを感じると言われる。
小寺政職からの書状を見せられる。
官兵衛を殺してくれと!
実際に手紙を見せられたのかどうかは分からない。
そして牢に幽閉される。
以外に綺麗な牢である。もっと汚いのではないかと思うが・・・・・
毛利の信用がある!
播磨、但馬、丹波、摂津、石山本願寺と言い毛利の援軍が頼みである。
実際に備中、因幡からの遠征が出来たのか?
石山本願寺の兵糧援助は水軍である。
大軍を入れたわけではない。
反乱者たちは、ドイツの勝利頼みの日本陸軍と同じで状況判断が出来ていない。
実際に毛利は三木城、村重を見捨てている。

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村重

いずれ村重から離れる二人の武将。
中川清秀は村重の側にいる。
高山右近は村重を裏切れないと言う。
今回二人の切り崩しがあると思ったが無かった。
名所案内も安土城だった。
この城は一度行っている。夏の暑い時だった。
奥さんが又行くの?
不安げに聞いてきた!
来週の名所案内は高槻城と信じたい!
当然右近の信長の切り崩しがある。
右近の場合はキリスト教徒を殺す?キリスト教禁止?の脅しが効く。
が中川清秀はどうなのか?
恩賞で釣ると思うが・・・・・・

来週は官兵衛の家臣たちが官兵衛の消息を探りに来る。
福島リラが登場すると勝手に思っている・・・・・

備中高松④ 清水宗治の首塚

清水宗治の辞世の句、首塚がある。
高松城攻略史の案内板がある。
良く整備されている。

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辞世の句

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ここは蓮が有名なようだ。
その案内がある。
ええ様に書いてある!

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今回の写真

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1992年7月25日撮影の写真
クリックで拡大します

石碑がある。
『史跡 清水宗治公自刃之跡 入口』

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その方向に行けば家臣の殉死した遺跡がある。
『ごうやぶ遺跡』

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清水宗治が切腹したのは船の上だったと思うが、自刃の跡はどうなるのかと思ってしまった。

その後足守駅に行って、案内と説明を見た。
『高松城水攻め取入れ口遺跡』
ここに先客がいた。
歩いてきている。
ビデオで撮影していた。
学者か先生か?
歴史愛好家か?

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足守駅

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水攻め入り口

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2014年5月11日 (日)

備中高松城③ 資料館

小さいが資料館がある。
中に入ると訪問の名前を書いて欲しいと!
大阪、京都からも来ていた。
ビデオ放映がある。
歴史と言ってもこの水攻めの時期のものだ。

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ここで水攻めは、官兵衛の献策になっている。
が官兵衛は実施者だったと思う。
発案はやはり秀吉ではないのか?
「司馬遼太郎 関ヶ原」にあった。
秀吉がこの陣に大工の頭領を連れて来ている。
高松城の廻りの高さを測らしたとある。
後世秀吉が自慢した水攻めである。
やはり秀吉の発案であろうと思う。
ここはやはり低地であると言う。
台風での水の被害の写真が、普通の時の写真と並べてかけてあった。
何となく水攻めの状況が分かる。

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攻防戦の模型がある。
水が張られている状況がよく分かる。

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清水宗治の木像がある。
が、絵と顔が合っていない感じがした。

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2階も資料館である。
大田、忍城の記録がった。
両方とも水攻めされた。

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良く整理されていると思う!

2014年5月10日 (土)

備中高松城② 城址公園

やはり有名な城址である。
城主は清水宗治!
後世に名を遺した。
道路上にも、高松城の方向を示している案内がある。
城址に近づくと幟もある。
当然官兵衛ではない。
『高松城水攻め』

最初にあった出会った史跡がある。
『史跡 舟橋』

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城址は公園になっている。
案内板もありよく分かる。
外にだが高松城攻防戦の案内図もある。
東西南北に諸将の配置がありよく分かる。

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前も見たと思うが面白い物を見た。
『水攻音頭』
6番まである。
ようやると思うが・・・・・・・

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山陽道 吉備サービスエリア(下り)

賑わっていた。
ここにも売り場に官兵衛のコーナーがあった。

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屋外にB級グルメの屋台があった。
ホルモンうどんもあった。
たこ焼きをはじめ一般的なものがある。
見ていて楽しい。
美味しそうな店があった。
長いソーセージを焼いている。
焼き加減が本当に美味しそうだった!
連休中は流行るだろう!

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2014年5月 9日 (金)

備中高松城① 水攻めの城 七城に行く!

播磨三木城、因幡鳥取城についで備中高松城に訪れた。
20年以上前に一度来ている。
まだ若い!
本はよく読む方なので高松城の支城があるのは知っていた。
備中七城と言う。
秀吉の中国攻めに対する毛利方の防御線で、北から順に宮路山城、冠山城、高松城、加茂城、日幡城、庭瀬城、松島城と七つの城に兵を配置した。
地図に配置すると松島城以外は南北にほぼ一直線に並んでいる。

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良く覚えているのは、「司馬遼太郎 播磨灘物語」でだ。
毛利方、小早川隆景がこの城の七将を集めて言ったと言う。
「織田に付いても構わない。ただ途中で裏切りは止めて欲しい」
毛利も自信が無かったのか?
結局皆毛利に残る。
今回この七城にも行って見たかった。
調べてみるといろんな人がこの七城を書いている。
地図もある。
どれほど助かったか!
ありがとうございました!
参考サイト:清水宗治のホームページ
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早く行きたかった。
家からほぼ高速道路で行ける。

2014年5月 8日 (木)

映画・アメイジング・スパイダーマン2

アメイジング・スパイダーマンの続編である。
アメイジング・スパイダーマン3も出来るんだろう。
そう言う終わり方である。
スパイダーマンが大活躍している。
が世間はそうは見ない人も多い。
警察に任せるべきである。
正体不明である。
が人々はヒーローを求めている。
前作で疾走した両親の謎も分かる。
そしてなぜ主人公がスパイダーマンになれたかも分かる。

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ジェイミー・フォックスが敵方で登場する。
えらい若い!
初め違うのかと思ったが、そうだった。
映画では、スパイダーマンが飛び回っている。
目が回るほどの動きである。
奥さんが3Dで見たら面白いと言っていた。

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バッドマンと同じで、悪役の方がインパクトがある。
ジェイミー・フォックスが名前が分からない敵役を演じている。
オズコープ社がある。
生物兵器を開発している。
オズコープ社に若社長が就任する。
これがスパイダーマンの親友である。
不治の病になり死ぬと思っている。
その治療にスパイダーマンの血を求める。
がスパイダーマンは断る。

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前作から引き続き恋人が出ている。
前作より老けた感じがある。『怒られかな?』
主人公は恋人と分かれなければならない。
この辺りは色々ある。
恋人は優秀である。
奨学金も貰える。
行く道が違ってくる。
映画の最後は続編を意識しているが、その前が気に入らない!
面白かったです!


籠城・野中信二

戦国期の終焉にむけて、大きくうねりだした時代の中、西進する信長軍に抗った清水宗治 『武士の宴』、吉川経家 『首桶』、別所長治 『武門の意地』 の篭城戦三篇を収録。
羽紫秀吉から水攻めや兵糧攻めの策略を受けるも毅然と立ちむかった彼らは、城内で闘志、憤怒、葛藤を繰り返し、遂には、城兵、領民を守るために切腹を決断していく…。壮絶な篭城戦の果てに武士の本懐を遂げた男たちの物語。

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播磨三木城(別所長治)、因幡鳥取城(吉川経家)、備中高山城(清水宗治)の三つの城の攻防戦の物語がある。
三つとも城主が腹を切っている。それにより織田の勝利を示す。
そうして城兵を助ける。

三城とも包囲されて食料が不足になる。

播磨三木城、別所長治。干殺し!
二年もよく頑張ったと思う。
毛利の援軍は期待できず、食料輸送も秀吉にルートを断たれる。
長治、城兵は今までの常識外の戦いになる。
加古川城の平定で得意げに戦略を述べた、叔父別所吉親。
戦ってみて初めて織田の力を思い知る。
レベルが違う!個人の武勇を争う戦いなら対等に戦えるが・・・・・
華々しい戦いではない。

かって読んだ、塩野七生 「海の都の物語」
クレタ島、ロードス島、マルタ島等の島での戦い。
塹壕戦になる。
ベネチュアは慣れている。が応援の騎士団は我慢できない。
華々しい戦いを思っている。死ぬにしてもそうして死にたい。
が土の中で死ななければならない。
それを思い出した。

織田信長の怖さを言われる。
織田に付けばこき使われて、ほりだされるだけである。
毛利はそうではない。
が毛利は三つの城とも助けれていない。
地理的に考えてなんで毛利をそこまで信用できるのか?
これは官兵衛の説得が正しい。

上月城が毛利に落とされる。
そうして三木城籠城中に有岡城、荒木村重が織田から離れる。
この時毛利は秀吉を攻撃するべきであったと。
荒木村重も健在である。武田勝頼もまだ戦っている。
三木城包囲の秀吉を攻撃すべきであると!
信長は上月城を見捨てた。毛利との差なのか?
将来の事は分からない。
毛利は待ったおかげで本能寺の変が起こり、助かった。
がこの仮定は面白いと思う。

因幡鳥取城、吉川経家。渇え殺し!
雇われとは言え名将と言うべき武将である。
ここも毛利は助けれなかった。
食糧援助も三木城と同じで秀吉に阻まれる。
秀吉は学習している。三木城籠城が2年もかかったので早く餓える様に仕向けた。
高値で米を買占め、鳥取城内の米も買い付ける。
播磨、因幡の人間は人が良いのか?
秀吉、織田軍を理解していない。
滅ぶべきして滅んだと言えるのでは!

秀吉は吉川経家を助けたかったと言う。
ホント????????
潔く腹を切る。
秀吉は、「吉川経家」の切腹を利用しようとする。
おのれの名声の為に!
この城攻めは、やはり秀吉の発案であろう。
銭がかかる。やはり秀吉でなければ決断できないだろう・・・・・

備中高山城、清水宗治。水攻め!
毛利はどこまで戦う気だったのか?
ここは国境なので、毛利も全力を挙げて救援に来ている。
が3万の兵と言う。
この時期、武田家は滅んでいる。
秀吉の3万の兵は前衛である。
10万と言われる兵を毛利戦に投入できる。
どちらにしても毛利は勝てない。
小早川隆景は妥協を図りたい。
備中高山城は降伏して欲しい。
そうすれば情勢が変わる。
それで妥協を図りたい。
この辺の攻防は面白い。
この水攻めは誰の発案なのか?
この本でも土嚢の量が計算されている。三成、行長と言った官僚だ。
12日で堤防を造った?
備中一円が狂気になった。元はそこらにあるただの土だ。
これだけの金を使うには信長の許可がいる。
やはり発案者は秀吉なんだろう・・・・・
実行者は当然官兵衛だろう!
清水宗治、安国寺恵瓊、官兵衛、小六・・・・
実際はどうだったのか?
個人的な偏見になるが、この場面、司馬遼太郎 播磨灘物語が一番だと思う!
それぞれの思惑が面白い。

武将たちは、辞世の句を残している。
教養があったんだろうと思う!

播磨三木城、因幡鳥取城、備中高松城も行った。。
どの城も地元に貢献している!
毛利が良く言われるのは、やはり討幕の主役になったからか?

2014年5月 7日 (水)

学生時代を思い出すヒッチハイク!吹田のサービスエリアでの出来事・・・・・

官兵衛巡りを行った。
この4日は京都の山崎に行った。
秀吉と光秀の戦いの場である。
帰りに吹田のサービスエリアに寄った。
車を止めると若いアベックが車が出て行くところで待っている。
学生のようだ。
神戸と書いた紙を持っている。
神戸まで乗せて行ってほしいのだろう・・・・
奥さんが買い物に行っている間見ていたが、車は止まってくれそうにない。
奥さんが事情を聞いてきてあげてよ!
そんなん聞いたら乗せらならあかんようになる。
と思ったが聞きに行った。
ヒッチハイクで東京から来ている。
竹田城まで行く。
竹田城と言えば兵庫県但馬にある。
今度官兵衛巡りで行くつもりの城だ。
そこまでヒッチハイクで行くと言う!

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驚き桃の木山椒の木!
3日に出発して6日には帰る予定と言う!
東京の学生で、出身は北海道!
同郷と言っていたので、幼馴染なのか?
学生時代の思い出に企画したと言う!

学生時代は時々ヒッチハイクをした。
その思い出がある為にしてあげたいと思う!
神戸までと言う事で乗せてあげた。
が他人事ながら神戸から竹田城まで行けるのか心配になる。
上手く竹田城への観光客にでも出合えればよいが・・・・・・
それに6日に東京へ帰るのであれば連休の終わりなので混みそうだ!

ともあれ神戸の街の説明をした。
泊まるのは最近の事だ。
漫画喫茶?インターネットカフェ?
そう言うところもある。
サウナもある。
若さゆえの特権である!
今しかないこの青春の時を楽しんで欲しい!
頑張れ!!!!!!!!

2014年5月 5日 (月)

山城 勝龍寺城② 長岡京市はガラシャに賭けている!

ボランティアの女性が、資料館に寄って欲しいと。
2階が主な展示物である。
忠興とガラシャの絵がある。
本当のガラシャの絵は残っているのか知らない。
が忠興、ガラシャと並んでいるのは見惚れる・・・・・

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手紙、勝龍寺城の廻りの城の状況、山崎の合戦の配置等がある。
ガラシャのふくさも残っているようだ。
瓦も残っている。
この城は、石垣の上に土嚢をのせていると教えて貰った。
『長岡京ガラシャ祭』がある
毎年11月第2日曜日に行列巡行がある。
平成4年からと言う。
これの忠興・ガラシャは本当に結婚するカップルが選ばれるそうだ!
長岡京はガラシャに賭けている!
忠興は付録なのか・・・・・・

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勝龍寺城:京都府長岡京市

 

山城 勝龍寺城① 細川ガラシャの城?『ガラシャにかけているのか?』

亀岡城から長岡京市の勝龍寺城に向かった。
道路は整備されていて直ぐに着く。
城址の廻りの通りが、『ガラシャ通り』
ここはガラシャにかけているのか?
入口の石碑も『明智光秀公三女玉お輿入れの城』だった。

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山崎の合戦で敗走した光秀は勝竜寺城に帰城する。秀吉の追撃を受ける。
必秀は勝竜寺城から坂本城へ落ち延びる途中で落命。
翌日に明智軍を破った秀吉が勝竜寺城に入城した。

城址と言うより資料館と言う感じだ。
堀も狭い。
堀には鯉が泳いでいる。
小さな女の子がパン粉の餌を与えていた。

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公園内で受付にボランティアの女性がいた。
説明しましょうかと言われたが奥さんが遠慮した。
狭い所なので直ぐに見れる。
「ガラシャおもかげの水」
????????
ここで忠興とガラシャが暮らした時に、この水面に姿を映したであろうと・・・・
やはりガラシャにかけている。

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見物していると、ボランティアの女性が来てくれた。
そして説明してくれた。
天王山を示してくれた。
今日は行かないつもりだ・・・・・

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勝龍寺城:京都府長岡京市

 

神戸三宮のストリート・ライブ 武村明衣 『女好きのオッチャン????』

三宮センター街に入り口でストリート・ライブをやっている。
よくやっている。
今日前を通りかかると若いきれいな女性が歌おうとしている。
現役女子大生と言う。
時間が有ったので道の建物側によって見ていた。聞いていたかか・・・・・

そうするとチラシを別の若い女性が配っている。
こちらに来て渡してくれた。
少し話した・・・・・
同じ事務所に3人所属している。
と言う事はこの女性も歌うのか?
見ていても綺麗な女性と思うが、もう追い掛け回す年ではない。
艶歌系だと言ったら納得してくれた。

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2014年3月からライブを始めているようだ。
自分で歌詞を書いているようだ。
綺麗な歌声である・・・・・・

本人だけでなく、周りの女性もご苦労さんです!

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丹波 亀山城 明智光秀の居城

坂本城から亀岡城に向かった。
それほど混んではなかった。
この城跡は、現在大本教の本部が置かれている。
そのままほっておけば整備されていなかったと言う。
つまり城跡は荒れ放題だったと言う!
ここも光秀は善政をひいたようだ。
城址の廻りに『亀岡光秀まつり』の幟が沢山あった。
かってに廻り歩くのはどうなのかと思い少しだけ散策した。 

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それから車で城跡を回った。
南郷公園がある。

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ここに石碑があった。
「明智光秀ゆかりの城下町めぐり」の案内もあった。
亀山城 鯱瓦 のモニュメントもあった。
一般的に解放されていないので観光はしにくいのではないか?

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鯱瓦

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軍師 官兵衛(第18回)荒木村重の反乱

三木城の攻防戦が始まっている。
付け城を造り干上がらせることを考えている。
が三木城側はどこまで理解しているのか?
別所長治と叔父、別所賀相の会話がある。
毛利は約束を守る。必ず援軍が来る。
上月を見捨てた織田とは違う!
加古川で長々と戦略を述べて秀吉と決裂したのは別所賀相!
この時食料の事と言っていた。
芋を植えることを言っていたと思う。自分も好きだと!
さつま芋が日本に来たのは1618年?
どちらにしてもこの時の芋はさつま芋ではない。
三木合戦は1580年前である。
となれば長芋、やまいもの事なのか?

話がそれた!
ドラマでは光秀が信長に信頼されている。
高山右近が宣教師と地球儀の信長に説明をする。
これを信長と並んで必秀が聞く。
地球一周に3年かかったと聞かされる。
小さな日本を知る。
一緒に行こうと言われる。
光秀は、想像も出来ないと言って断る。

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高山右近

前回の放送から万見仙千代が喋り出している。
組織が官僚を求めている。
尊大な感じを出している。
豊臣政権も石田三成を要求したのと同じなのか?
信長の代理なのか言い方が高圧的である!
森蘭丸はまだ出て来ないが・・・・・

毛利、織田双方が調略している。
官兵衛は宇喜多直家を!
恵瓊は荒木村重を!

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荒木村重

荒木村重の配下に中川清秀がいる。
ドラマでは普通に描かれている。変わり者と言うが!
この配下が本願寺に食料を運ぶ!
いずればれると思い、中川清秀が荒木村重に報告する。
そして信長への謀叛を勧める。
そして清秀は兵糧を城に入れている。
荒木村重の不安な気持ちが上手く演じられている。
この中川清秀もどういう人間なのか?
村重に反乱を勧めておきながら、織田に寝返る。
織田に付き、村重の反乱が終わってから光秀に属する。
本能寺の変の後、秀吉に付く。
本能寺の変が無ければ、信長に誅されていると思うが・・・・・・
光秀と万見仙千代が荒木村重に確認に行く。
がこの仙千代の言い方は釈明を聞く態度ではない。
頭から決めつけている!
嫌なタイプ!!!!
「軍師官兵衛」で万見仙千代を演じる田中幸太朗。
「真摯な心で向き合う仙千代に注目してください!」
役者ですよね!
真摯な心??????
申し訳ないが笑ってしまった。

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有岡城攻防戦で戦死する。
因果応報なのか?
村重は安土城に来るように言われるが、殺される恐れがある。
反乱に走る!
止めるのは高山右近だけか?

播磨では小寺政職がおかしい!
来週は官兵衛一世一代の奮闘がある!
信長の高山右近・中川清秀に対する切り崩しがある!
いつもだが楽しみにしている!

今回の名所案内は、有岡城・茨木城だった。高槻城は来週か?
いずれにしてももう行っている。
奥さんに自慢しまくった・・・・・・

関連記事: 有岡城茨木城

2014年5月 3日 (土)

近江 坂本城③ 明智光秀の歌 光秀の意地『異議あり!』

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歌は鳥羽一郎が歌っている。
YouTubeで検索すれば出て来た。
少しどころか大いにビックリ!

坂本は光秀の居城である。
光秀に好意的なのは分かるが・・・・・
あまりにも光秀贔屓である。
これはヒットしたのだろうか?
無理だろう・・・・・

台詞
これが光秀の本音にございます
一寸の虫にも、五分の魂
やらねばやられる、戦国の掟
わしは主を間違えたようじゃ


美濃に生まれて 近江に賭ける
坂本城が命の 男の夢を
心変わりの 信長さまに
義理も恩義も 情けもすてて

俺も男の 俺も男の 意地がある

さわぐ心を 愛宕の山で
かけた願文 勝軍地蔵
時は今だと 決意に燃える

勝つか負けるか 運命にまかせ
修羅の炎が 修羅の炎が 渦を巻く

天下分け目の戦に敗れ
無念 光秀 涙の雨に
風が無情に 袖ふきぬらす
おちて小栗栖 闇夜の藪で
武士は散れども 武士は散れども 桔梗は残る

マア作詞家も苦労したと思う。
が信長配下の武将たち!
能力を買われて出世した。
本能寺の変の時の織田家の軍団長。
柴田勝家、丹羽長秀は宿老だが、滝川一益、羽柴秀吉、明智光秀は織田家でなければあそこまで成れない。
荒木村重もそうなんだろう。
それを、『主を間違えた?????』
面白い物を見させて貰った。
歌も聞けた!

YouTube  光秀(男)の意地

近江 坂本城② 明智光秀の居城 坂本城の移築門と坂本城の石碑「二の丸跡」

坂本城址公園直ぐ近くに、坂本城の石碑がある。
公園から歩いて行ける。
それなりに道は整理されている。
二の丸跡と言う。
ベンチになっていて、赤い傘?がある。
日よけ雨よけなのか?
案内板の字が消えかかっている。

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次に聖衆来迎寺に行った。
坂本城の移築門と言われている。

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寺から若い男性、学生?
が出て来て挨拶してくれた。
寺の関係者なのか。
嬉しくなってきた!

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近江 坂本城① 明智光秀の居城 坂本城址公園

官兵衛巡りが、今回は明智光秀巡りになった。
光秀は最初に貰った城と言う。
城持ちになったのは秀吉より早い。
信長に能力を買われてた。

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比叡山の押さえでもあり、交通の要所と言う。
本能寺の変の後、明智秀満が焼いたと言う。
光秀も築城の才能はあったと言う。
城内には琵琶湖の水が引き入れられて、城内から直接船に乗り込み、そのまま安土城に向かえる。

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城郭の建物が湖水に接した「水城」形式の城のようだ。
「姫路城のような大天守と小天守が並び建つ壮麗な城だった」との紹介もあるようだ。
今は何も残っていない!

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琵琶湖湖畔の坂本城址公園に明智光秀像がある。
少し分かり難いが、走っているとすぐに分かる。
明智光秀は善政をひいたようだ。
領民からも慕われている。

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ここには、案内と城の説明、像、そして光秀の歌がある。
光秀は第一級の文化人であったと言う。
連歌、詩歌、茶の湯の才もある。

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その道路沿いに、坂本城本丸跡の石標がある。
注意してみなければ分からない。
はっきり言って読めない!
字が小さ過ぎるのと、字が彫り込んであるので分からない。
せっかくの石碑なのだから読めるようにして欲しい。

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出雲大社 60年毎、平成の大遷宮!

奥さんのたっての希望で出雲大社に行った。
石見福光城から松江に行く間になる。
奥さんは何度か来ている。
二郎は2回目である。

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参道

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いなばの白ウサギ

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拝殿

今年伊勢に行ったが凄い人出だった。
それに比べると落ち着いている。
奥さんがすぐに見つける。
「スターバックス」
廻りの風景に合わないと思うが・・・・・

大国主命の像があった。
両手を広げている。
若い観光客が真似をして写真を撮っている。
「幸魂 奇魂」
案内にあった。

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時に海を照して依り来る神あり。
吾在るに由りての故に汝その國造りの大業を建つるを得たり。
吾は汝が幸魂奇魂なり。
大國主神これ吾が幸魂奇魂なりけりと知りぬ。

意味は良く分からない・・・・・・
生きるのもが幸福となる、「縁」を結ぶ「えんむすびの神」と慕われている??????

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本殿前

結婚式も沢山やっている。
やっていると言うと怒られるか?
予定表を見ると外人の名前もある。
国際結婚も華やかか・・・・

相撲ノ始祖 野見宿禰神社があった。
ここのお参り方法は独特なものがあるのか?
男性が手を上にあげ、色々演技?していたが・・・・・
遅くに言ったが、17時ごろには出雲そば屋の店は閉まっている。
早く閉める。

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大遷宮の案内

出雲 松江城 山陰に残る天守閣

出雲を治めていたのは吉川広家。
はじめ月山富田城に居住していたが、関ヶ原の合戦後出雲に入った堀尾吉晴は松江に居城を移す。
松江城は、山陰で唯一現存している望楼式五層六階の天守が残る城であり、安土桃山時代の特徴を良く残した天守で、しかも非常に実戦的な天守の構造をした貴重な遺構と言う。
天守閣は残っているし、良い観光資産だと思う。

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結城秀康の子孫である7代藩主松平治郷は、茶道で有名な「不昧公」で、茶道だけでなく藩政改革にも実績をあげた名君であった????
そういう城である。
戦火にあっていない。

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一度来ている。
が今回は思った通りボランティアが沢山いた。
エンジのジャケットを着ている。
別に説明して欲しくはなかった。
行ったときにミーティングをやっていた。

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天守閣には結構な階段を登る

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この城に銅像はあるのか?
誰を持ってくるべきなのか?
そう思うとインパクトがない白だ!
これだけの城が残っていたのだから、末永く保存して欲しいと思う!

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2014年5月 1日 (木)

島根県立美術館 奥さんの希望!『水辺のアルカディア ヒュヴィス・ド・シャバンスの神話世界』

鳥取の方へ行く予定が、奥さんが出雲大社、島根県立美術館に行きたいと。
と言う事で欲が出た。
だから、石見福光城址にも行く事にした。
出雲大社、松江と来た。
美術館は10時に開館である。
それまでに松江城に行って、10時丁度に美術館に来た。
きれいな美術館である。

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ウサギが跳ねている。

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まだ新しい。
ここは係員が多いと思う!

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日本の係員は何処の国とは言わないが、真面目である!
無駄話はしないし、携帯を触っていない。
『水辺のアルカディア ヒュヴィス・ド・シャバンスの神話世界』
開館15周年記念とあった。
展示作品については奥さんのブログを参照ください。

水と言う事なのか?
水にまつわる浮世絵があった。
歌川広重、葛飾北斎!
奥さんは感激してました!

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美術館の展望台より

島根県立美術館のサイト

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    呉の大和ミュージアムです。 2012年9月に訪れました。