« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »

2014年6月

2014年6月30日 (月)

台湾3日目⑥ 鳥山頭ダムへ!八田與一!八田與一記念堂!

二郎の希望でこの鳥山頭ダム、水庫に来た。
感動的な話である。
知ったのはかの有名な竹田恒泰の著書によってである。
行きたいと思った。
今回、知り合いが台湾に転勤になり行く事が出来た。
ツアーは奥さんが申し込んだ!
2014_81

2014_83

最初に八田與一記念堂に行った。
小さな記念堂だが、日本からの物も多い!
八田與一は石川県出身だったそうだ。
工事の写真もあり、苦労の後がしのばれる!
犠牲者も134人ののぼる・・・・・・
DVDがあり日本語で上映してくれる。
日本語の再生が上手くいかない!
別の係員を呼んで何とかなった!
中国語、英語、日本語とある。
中国本土の人間はここには来ないそうだ!

2014_84

この下が旧送水口がある。
終戦後、奥さんはここで身を投げたと言う!
八田與一は1942年に、フィリピンに向かう船を撃沈されて死亡!

2014_85

台湾映画の「KANO」で、八田與一を大沢たかおが演じている。
知り合いは観たそうだ。日本では来年公開

2014_86

台湾3日目⑤ 鳥山頭ダムへ!嘉義駅に着く!水火同源????

嘉義駅に着いたら車が待っている。
フォルクスワーゲン!
まず水火同源に行く!
何か????

2014_91

車の中でガイドさんが説明してくれた。
水に硫黄分が混じっている。
農民が煙草の吸殻を投げ捨てたところ水が燃えたようだ!
温泉も出るようだ!
その燃えている場所に最初に行った。車で50分ほどである。
店も並んでいて観光客も多い!

ダムについては
昔この辺りの原住民は足が黒くなる。
早死にしていたみたいだ!
原因は?
日本の統治時代に調べたそうだ。
この辺りは地下水で農業をしていた。
農民もそれを飲む!
その水に問題があったようだ!
サンゴが溶け混んでいる。太古のからだと言う。
化石水である。
灌漑用の水も無くどうするか?
その為にダムを造ろうとした。

2014_93


2014_92

2014_95

2014_96

台湾3日目④ 鳥山頭ダムへ!プラットホーム=月台

プラットホームと月台は同じ意味である。
何故月台と言うのか。
昔は馬車に乗るところだったようだ。
馬車は昼間事故が多い!なので夜に動かしたようだ。
それで月台と呼ぶようになった。
とガイドさんが教えてくれた。

台湾3日目③ 鳥山頭ダムへ

ツアーで「鳥山頭ダム」に行く。
タクシーで集合場所のコスモスホテル(天成大飯店)に行った。
駅のすぐ横にある。

2014_101


2014_102

ガイドさんは年輩の男性でかなりの日本語を喋る。
無事に会えてよかった。3人のツアーである。
台北駅に行った。
その鉄道は民営化されている。
がこの場所に駅は造れない。
なので既存の駅の1,2番ホームを借りているようだ。
列車は日本の新幹線と同じだと聞いている。
特に大きな問題は無く出発出来た。
1時間半の予定である。

2014_103

2014_104

台湾3日目② 台湾の駅で思った事・・・・・

知り合いのマンションから駅に行った。
鉄道は高架になっている。
なのでエスカレーターがある。
エスカレーターはどちら側を空けるのか?
関西と一緒!
左側が急ぐ人の為にある!

2014_114

駅で思ったが、高架なので改札は中央にあるかと思ったら違った。
そうなれば反対側に行くのにどうするのか?
ここはもう1階上がり向うに渡り又ホームに降りる。
何と言う手間なことをしているのか?
当然エスカレータはある・・・・・・
省エネに反すると思うが・・・・
何か理由があるのか??

2014_115

2014_116

奥さんが日本で台湾のユーカードを貰ってきている。
知り合いに頼まれている。
大阪の観光局からの送ってもらった。
今は丁度キャンペーン中で、台湾への飛行機の予約をしたらプレゼントしてくれる。
50ドルがチャージ済み、イコカみたいなものだ。
これにお金をチャージして使った。
1デイチケットみたいなものはなさそう・・・・・・・

2014_113

台湾3日目① 台湾で思った事・・・・・『消火栓?信号?』

台湾についてから思った事を寝ながら考えてみた。
色々ある。
空港で思ったが、消火設備がある。
日本では、消火栓に消火気だ!
火を消すものだ!
が似て似ざるものなのか?????

消火栓→防火栓
消火器→減火器

日本は火を消すための設備だが、台湾は火事になるまでの予防の事なのか?
漢字から判断すればそうなる。
考えてみるに台湾が正しい?????

2014_111

信号がある。
歩道で青信号になる。
残り時間が秒で表示される。
その残り時間によって歩く絵が変わる。
ゆっくりから走るようになり、最後は全力出走である!
見ていて面白かった!

2014_112

2014年6月29日 (日)

台湾2日目⑫ 本日の最後の観光!士林観光夜市

食事が終わってから夜市に連れて行って貰った。
電車で行った。

0624_0_1

土曜日のせいなのか?
メチャメチャの人だった。
駅のホームにも、夜市の方向が示してある。

0624_0_2

一大観光地なのか?
フルーツの店が多い。
焼き肉、標的(銃や弓もある)、服、携帯のカバー等の店が多いと感じた。

0624_0_3

地下に屋台料理の店が並んでいるみたいだが、よう行かなかった!
それも凄い人と店だった。
警官を見かけなかったのが不思議だった・・・・・・

0624_0_4

見ているだけで楽しかった。

0624_0_5


0624_0_6


ジュースを買いホテルにタクシーで帰った!
長い観光だった。1」知り合い夫妻も、奥さんもご苦労さんです!

0624_0_7

このお店は美味しくて人気がある。


0624_0_8

タピオカミルクジュース、グレープフルーツティー

台湾2日目⑪ 中正紀念堂 『蒋介石総統』

中正紀念堂 『蒋介石総統』 広大な面積である。
1980年に建てられた。 政権の考えにより名称が変更されそう・・・・・

0624_1_1

中正紀念堂は蒋介石総統が亡くなった89歳の年にちなんで、89段の階段がある。
何か催し物があるようだ!  沢山の人がいた! 自由廣場の名称も問題がありそう!

0624_1_7


0624_1_2

コンサートホール、辻井伸之さんのコンサートが催される。

0624_1_3


0624_1_4

劇場、大スクリーンが2つあり、この日はバレエ、ロミオとジュリエットがあるようだ。
外で観劇するのは、無料か?

0624_1_5


0624_1_6

台湾2日目⑩ 街を歩いていて『全家?サムスンは何処か?』

奥さんのBCRの友達がいる。
奥さんのブログだけでなく、二郎のも読んでくれている。
有難い話である!
一昨年、昨年とヨーロッパに行っている。
改めて驚いたが、サムスンのロゴが溢れかえっていた!
それを読んでいてくれたのか、今回の台湾旅行について奥さんに連絡してくれていた。
「台湾では見かけることが無いので安心してください」
何と言って良いのか?
確かに見かけない!
駅の表示も富士通だった。
珍しい!何か理由があるのか?
しかしサムソンだったら青い字で誰にでも分かるようにする。

0624_2_3


日本のメーカーはおとなしいのか?

全家????????
ファミリーマート!
何となく納得!
ファミマとセヴンイレヴンは多い。
ローソンは見かけない。
ロイヤルホストとか日本企業は多い!
韓国企業はあまり見かけない。
それはクーラーによっても分かった。
ヨーロッパの南はエアコンを後で取り付けている。
なのでビルの外壁はエアコンの外機だらけである。

0624_2_2

これがLGが多い。最近特にそうではないかと思う!
が台湾も建物は古いのが多い。
なのでビルの外壁はエアコン外機と言うのが多い。
古いせいか、日本企業のエアコンも多い!

しかしこの古いエアコンはフロンの問題がある。
新しくすると新冷媒になる。
エアコンの更新工事が始まる。
この時が心配である!
頑張れ日本!!!!

台湾2日目⑨ 知り合いのマンションへ!

知り合いのマンションで休憩した。
いたせりつくせりのマンションである。
広い!
入口には係員がいる。
こんなところに住みたい・・・・・・・

0624_3_1

マンションから駅に向かった。
途中面白い建物があった。
外壁にバラのモチーフがある。なんだろう???
結婚式場でした!

0624_3_3


0624_3_4

台湾2日目⑧ 台北故事館『運命をつかさどる』

美術館から故事館に入った。
どんなところなのか?
入れば面白かった。

0624_41_2

展示場は広くない。
百年前の建物を使っている。

0624_46_2

案内の女性が日本人だと気が付いて、日本語の分かるスタッフを呼んでくれた。
職務に徹しているのか?
嬉しくなる!

0624_47_2


0624_45_2

台湾では占いが人気があるそうだ!

0624_48_2

説明を受け生年月日を書く。
旧暦である。鬼谷子の名前もあった。
蘇秦・張儀の先生なのか?

0624_44_2

丁寧に案内してもらった!
展示は毎月変わるので、また来てください! と言われた。

0624_43_2

二郎も占い師に転職しよう!?

台湾2日目⑦ 台北市立美術館『奥さんの希望』

台北市立美術館。
二郎は休憩タイム。

0624_51

奥さんと知り合いが見て回った。
展示は結構良かったそうだ!
建物の外に、木で組んだ足場のような遊び場がある。

0624_52

裏の入り口から入った。

0624_54

そばに民族博物館もある。

0624_53

台湾2日目⑥ 花博公園 『チマキを食べる』

美術館へ行こうとしている。
がよく分からない。案内に聞いたがよく分からない!
花博公園がある。
屋台料理やなんかいろいろでている。

0624_61

ここで中華ちまきを売っていた。
立ち止まると店の人が売り込みに来る。
立ち去ったが未練が残る。
奥さんの勧めもあり、もう一度帰りチマキを1個買った。
店は2個を勧めた。

0624_62

座って食べたが、カレー味がした。
それが少し気に入らなかった。
椎茸、豚肉が入っていたが、二郎には合わなかった・・・・・・

0624_63

ちまきを楽しみにしていたが、普段はあまり食べないそうだ。

0624_64

台湾2日目⑤ 孔子廟

孔子廟は1879年に設けられた。
その後日本の統治下にはいった為に破壊されて現在の地に再建された。
孔子は学問の神様のようだ。
参拝者も多い。

0624_71

0624_79

0624_79_2

楽器を使い演奏の練習をしていた。
漢字の歴史も展示されていた。

0624_74


見ていて楽しい。
ここはハングルの説明もあった。
日本語が無くハングルがあった説明もあった。
そんな物だろう・・・・・・

0624_77

説明をしてくれるボランティアの人もいた。
小学生が遠足に来ていたようだ。

0624_76


0624_78

台湾2日目④ 見ざる、言わざる、聞かざる、出ざる!

信号を渡れば面白い物がった。
サルが4匹並んでいる。
見ざる、言わざる、聞かざる、出ざる!
ここにあるのは何か意味があるのだろう!

0624_8_1

二郎もやってみた!

0624_8_2

台湾2日目③ 孔子廟へ 『台湾人の親切が身にしみる・・・・・』

バスから降りて案内を見ながら孔子廟へ行く。

0624_94

信号のところで案内を見ていると、女性が通りかかった。
歩みを止めてこちらを見ている。
タイミングよく声をかけてくれた。日本語である。
「どちらまで?」
後は親切に教えてくれた。
台湾人は親切だと聞いてきたが、実際にそう感じた!

0624_91

孔子廟まで行くのに店がある。
朝食を食べさせる店、くだもの屋(やさい屋)もあった。
下町と言う感じだ!

0624_92

0624_93



台湾2日目② バス停で

バス停までいく。

0628_103

二人乗りのバイクが多い。

0624

森林公園がある。
かっては日本人の墓地があったようだ。

0628_102

戦後のどさくさに紛れて公園になったようだ。
ただ、鳥居は残っている。

0628_104

バス停で知り合いはバスを手を上げて止めた。
乗っている時にドアが閉まりかけた。
あわてて乗った・・・・・・
バスは快調に走った!

0628_101

台湾2日目① ホテルで・・・・・・

台湾2日目① ホテルで・・・・・・
8時半ごろに朝食をとった。

0628_bk4

いたせりつくせりの内容である。
中華、洋食は勿論、和食もある。

0628_bk1

明日が又楽しみになる。

0628_bk5

9時半にロビーで知り合いと待ち合わせした。
珍しく奥さんがキーを忘れて部屋から出てしまった。
フロントは直ぐに新しいキーを出してくれた。
早いサービスである。

0628_bk6

お客さんも多い。
ホテルの人間も多い・・・・・・・
凄いホテルと感じた!
知り合いの案内で、バス停まで歩いて行った。

2014年6月28日 (土)

国立故宮博物院 書・漢字・陶磁器

国立故宮博物院には、もちろん書がある。
昔はみんな書いていたのだろう。「ワープロではない」
文章が残っている。達筆と言うのか?
漢字がある。
漢文に今の漢字がうっている。
昔の書は、中国人、台湾人と漢字の国の人間でも分かり難いのだろう・・・・・・・
映像で漢字の歴史があった???
どういう事かと言うと、例えば「聞」の漢字がある。
これが最初から今の字になるまで変化が映し出されていた。
結構見ていて楽しかった。

2014_taipei_kokyu1

陶磁器の違いが案内にあった。
ここの案内は、漢字・英語が併記されていて、
時々日本語もある。
ハングルは無い。
ついでに言うと、サムスンの広告も見かけなかった。
陶磁器の違いは日本語でもあった。
材料が違う。
陶器は土の中にある粘土。
磁器は石を砕いて粉を水と練って粘土にする。
成分によって光沢・色も違う。
青みがかった器、白い器等がある。
使用の違いも記述してあった。
結構楽しく見れた。

0627_0_1

歴代シナの王朝の展示物がある。
ここの展示物は大きくは無い。
小さい物が多い。
21時まで開いているので時間の余裕はある。
全部見るのは絶対に無理!
観光案内のようにピックアップしてみるのが早いが、それでは面白くない!
見ていて楽しかったです!

台北・国立故宮博物院

東京で今の故宮博物展が開催されている。
展示会名に「国立」を外した日本。
中国に遠慮している。
これに反発している台湾!
これは台湾に失礼と思うが・・・・・・・

0627_7_3

0627_7_2

国立故宮博物院にはタクシーできた。
よく流行っている!
知り合いが言っていたが、昼間は暑いのと中国からの観光客が多い!
夕暮れから行った方が良い!
金曜、土曜は夜9時まで開いている。

0627_7_5

0627_7_4

ここで有名なのは、清 肉形石!
同じく清 翠玉白菜!

0627_7_1


翠玉白菜は、今は東京の展示会に貸し出し中だ!

入場料は160ドル(約480円)
オーディオガイドは100ドル(約300円)
音声のガイド、わかりやすいが、丁寧でちょっと長い。
もうすぐ入場料は上がるそうだ。

台北・ホテル リージェント『素晴らしい対応』

ホテルは奥さんがHISと決めた。
受け付けから違った。
ネームは日本名だったが、日本人かどうかは分からな。
台湾人で日本人と結婚したかも知れない。
日本語が流暢である!ついでに言うと綺麗な人だった・・・・・・
当たり前なのか・・・・・・・
親切丁寧な対応である。
部屋まで案内してくれて、説明をしてくれる。
◎である。

0627_5_1

0627_5_2

部屋は広く気持ちが良い!
テレビはパナソニック!
トイレはウォッシュレット付き!
値打ちはある・・・・・・

0627_5_4

夜に卓上スタンドがつかない。連絡すると直ぐに来てくれたが直らない。
取り換えてくれた!
来たのが女性だったので少し驚いた!

0627_5_6

朝食の内容はこちら
1日目の朝食
2日目の朝食
3日目の朝食

初めての台湾旅行!夏は暑い?????

知り合いの御主人が台湾に転勤になった。
しばらく台湾の方で暮らすそうだ。
そうなれば奥さんの出番である。
さっさと行く打ち合わせをしている。
知り合いも来て欲しいと!
と言う事で台湾旅行が実現した!

6月27日出発。
本当はもっと早かったのだが仕事の都合で27日になった。
車で関空まで行った。
朝食の目当ての店は10時までに入らなければならない。7分ほど遅れたのでダメだった!
融通の利かないところだ・・・・・・

今回は2時間半ほどのフライトである。
今までのヨーロッパは12時間である。
それから比べると何と言う事は無い!
あっと言う間だ!

0627_1_1

飛行機は空席が目立った。
スタッフは好感が持てる。
女性乗務員は美人ぞろいである。
食事を配る時に、男性スタッフが「ジャパニーズ?」
と確認してから日本語で話しかけた。

0627_1_2

快適なフライトだった。

0627_1_3


航空会社は「チャイナエアライン!」
少し遅れたが無事に台湾に着いた!

0627_1_4

空港にはHISの担当者が待ってくれている。
ホテルまで送ってくれる!
50分ほどの時間だった。
途中、色々と説明してくれた!

0627_1_5

2014年6月27日 (金)

夜の足音『背伸び』・松本清張「短編 安国寺恵瓊」稀代の策士か・ただの陰謀家か?

安国寺恵瓊はよく分からない人物である。
いくつかの恵瓊の本は読んでいる。
が毛利と織田の戦いでは必ず出てくる名前である。
外交僧???
生臭坊主????
軍師ではなさそう・・・・
松本清張の短編時代小説集、『夜の足音』の中にある。『背伸び』
これが安国寺恵瓊が主人公だ。
大変恵瓊の人物が分かる小説である。
題名からどんな人物か想像できる。

生まれ落ちたところが良かったのか。
恵瓊も実力はあるのだろう!
小才だけなのかもしれないが・・・・・

歴史に名を残すには、何か後世に残る事をしなければならない!
恵瓊の場合は、織田信長の高ころびと、秀吉の台頭を予測した。
これが自信になり、出来ぬ事は無いと思うようになるのか?
備中高松城の織田と毛利の調整役。
これは見事に演じた。
やり過ぎとも言う。
交渉役は、官兵衛VS恵瓊!
『司馬遼太郎 播磨灘物語』では官兵衛が言う。
恵瓊は毛利に嫌われる!
やっている事は良いのだが、それが全てによく思われるとは限らない!
本人も背伸びしている。
俺は出来ると・・・・・

関ヶ原の合戦。
次は誰か?家康とは思わなかったようだ。
それより自分が作ったと思う秀吉政権を守る側に立つ。

敗れて家臣に生き恥をさらすより切腹した方が良い。
腹に刀をたてきれず、「首を打て」と言ったが、首をへこめたと言う。
清張の皮肉がある。
三成らと斬られたとき、首をへこめたかどうかは知らない。

恵瓊についての分かり易い短編小説である!

官兵衛の幟・各市町村によって違うのか?

官兵衛巡りをしていて思った。
各自治団体によって幟が違う!
最初が志方城址だった。

20140627_kanbei1

それから広峯神社に行った。

20140627_kanbei2

それぞれ幟が違う。

それから西脇市に行った。

20140627_kanbei3

有岡城は伊丹市。

20140627_kanbei4

上月城は佐用町

20140627_kanbei5

書写山は姫路市

20140627_kanbei6

篠ノ丸城は宍粟市

20140627_kanbei7

長浜・木之本もある。

20140627_kanbei8

あらためて見ると大変面白い。
各市町村の、村は無いか!
意地があるのか?
今回兵庫県に住んでいる幸せを感じています!
これから、賤ヶ岳・長浜とは行った。
しからば、大垣・垂井・関ヶ原と行きたい。清須はどうするか?
四国、九州と回り小田原にも行きたい。
九州は中津・福岡と行くので広範囲になる。福岡・大分・宮崎となる。
大宰府天満宮、岩屋城祉にも行きたい。
奥さんが文句を言いそう。
前回歩かせすぎた・・・・・・
頑張るぞ!!!!


2014年6月26日 (木)

NHKスペシャル 民族共存へのキックオフ ~"オシムの国"のW杯~

オシムの国、元ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナのワールドカップ出場へのドキュメントである。
オシムの本は読んだことがある。
これほどの名将が、よく千葉のチームの監督を引き受けてくれたと思った。
日本代表の監督になりながら病気になり退任。
もったいないと思った・・・・・・

20140626_oshimu

ユーゴスラビアはチトーで有名である。
クロアチアのガイドさんはあまり良いように言わなかった。
映画、「ネレトバの戦い」「風雪の太陽」がパルチザンの物語だった。
ちょっと趣は違うが、「ナヴァロンの嵐」もユーゴが舞台だった。
学生時代に読めなかった本がある。「ドリナの橋」

ドイツのソ連侵攻作戦、バルバロッサ!
この開始時期を1ケ月遅らせたのがユーゴ。
この1ケ月がモスクワ侵攻に響いた。
冬将軍の到来を招いた為モスクワは助かった。
計画通りであればどうなっていたのだろうか?
他の東欧諸国と違い、自力で祖国を解放した。ソ連の援助なしに・・・・・・
そして大国ソ連と決裂して、自主路線を走る。

『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家』と言われる。
第2次世界大戦でチトーが英米からの援助を受けたのは相当後と言う。
アメリカでの議論。
ユーゴスラビアは成り立つのか????
成り立つ!
成り立たない!
意見が分かれた。結局成り立たなかった!
チトーが亡くなった時の葬儀には、日本からも大平総理だったと思うが参列していた。
国民は泣いていた!
がうわべだけだったのか?
ユーゴの監督に就任して、1990年ワールドカップイタリア大会に出場する!
ここで面白い話がある。
各民族のスターばかりを集めた選手起用を求めるメディアに対する当てつけとして、初戦西ドイツ戦で敢えてその要求通りの起用で敗戦してみせ、次の試合では本来考えるチーム編成で勝利する。
最終的には、準々決勝でマラドーナを擁するアルゼンチン相手に1人欠きながら120分間無失点のドローの末、PK戦で敗れた。
この時、蹴ると言ったのは二人だったようだ。
国内事情を反映していたようだ。
脅迫もあったようだ。
ピクシーが蹴っているが、外している。

そうして監督を辞任する。
本人は母国の事を考えている。
セルビア「セルビア正教」
クロアチア「カトリック」
ムスリム「イスラム」
人口構成も問題になる。セルビア人はセルビアに属したい。
そう言うところなので、サッカー協会の代表も各民族の3代表がいる。
これが問題になる。
FIFAとUEFAに、この問題が解決しない場合は資格停止処分を科すと警告され、停止処分になる。
これを解決したのがオシム!
サッカーで国をまとめたかった。
身体も不自由ながらまとめたようだ!

代表の中心選手の家族にもインタビューしている。
ボスニアも撮影には協力的だったんだろう!
沢山の子供たちが亡くなっている。
ワールドカップに出場で来て良かったと思う!

オシムのエピソードがある。
日本のトーナメント制をリーグ制に移行すべきだと語ったといわれている。
理由はたった一つの負けという失敗で選手の闘う権利を奪うのは残酷以外のなにものでもないとのこと。
日本が世界に闘うべきにあたって大問題の一つだと指摘する。
日本に来たばかりの頃は「お釣りは取っておいてくれ」と言っていた。日本にはチップの習慣が無く、この行為が失礼になる事もあると知ってからは、小銭を集め始め、貯まると母国ボスニアの子供達に寄付していたと言う。

病気で倒れたのは残念だった!
日本と同じで、予選敗退である!
オシムの財産が両国にはある。
お互い協力して行こう!

チャーチルとスターリンの東欧分割案!
ユーゴスラヴィアとハンガリーはソ連が50、連合国側が50にわける。
ルーマニアでは90%、ブルガリアでは75%をソ連がとる。
イギリスはアメリカと協定のうえで、ギリシアを90%押さえる。
どう言っていいのか分からないが、小国は悲惨である!
ユーゴは良く頑張ったと思う!

2014年6月25日 (水)

ワールドカップ、ブラジル大会、日本予選敗退・・・・・・

ワールドカップ、ブラジル大会、日本予選敗退が決まった。
選手、ファンの皆様、ご苦労さんでした!
みんな思っていたのかも知れないが、ギリシャVSコートジボアールの勝者が予選を通過した。
コートジボアールが勝つのではないかと思っていたが・・・・・・
朝早くから奥さんは観戦していた。
二郎は見ていないが静かだったので負けたことは分かった。
勝っていれば起しに来るはず・・・・・

20140625_footboll_ji1

ザッケローニ監督、ご苦労さんでした。
グループでランクも一番下の日本が、勝つ気でいたのが間違いだと思うが・・・・・
ヨーロッパ、南米、アフリカ、アジアと地域が分かれてたグループである。
ランク通りの結果なのかもしれない!

20140625_footbaoll_ji2

日本と似た状況にいるのが韓国!
日本と同じである。
グループトップのベルギーに勝たなければならない!
ベルギーがどれだけ本気で戦うのか?
韓国が勝ってもアルジェリアが勝っていれば終わり!
ロシアが勝つと得失点差になるが・・・・・・
苦しいだろう・・・・・・

日本は次の監督はどうするのか?
気になるが・・・・・・

20140625_footboll_ji3
お疲れさま!


風の軍師 黒田官兵衛・葉室 麟

秀吉の懐刀として武勲を立てた官兵衛は、戦況膠着する文禄の役で朝鮮行きを申し出る。しかし知略家・官兵衛の真意は、キリシタンを弾圧する秀吉を討つことだった。関ヶ原の戦いでも伴天連の王国を造るべく九州で挙兵。
下克上の時代、異国の風を受け、夢を追う男の壮絶な生涯。

20140625_book2

風渡るの続編であり、連作集になる。
全くの続きである。
朝鮮半島侵攻から物語は始まる。
まず関白秀次に官兵衛は引退を勧める。秀次は関白にこだわる!
官兵衛はキリシタンが自由に信仰出来る世の中にしたい。
キリスト教を国教とする国家を造ろうとはしていない。
朝鮮の水将、李舜臣がいる。
日本の水軍を苦しめる。
負けただけに日本は敵将を評価している。
向うはして欲しくないだろうが・・・・・
秀吉の朝鮮渡航を策す!
現状を治めるのは秀吉の死しかないと!
途中で朝鮮水軍に襲わせる!
本能寺の変の黒幕の官兵衛だ。
軍師ではなく策士である。
三成を碁が終わっていないと待たす。これも策である。
イタリア、ボルジア家の毒!
これが日本に持ち込まれている。
秀吉毒殺?????
実行犯は石田三成?????
三成は秀吉の死を望む?

サンフェリペ号が遭難する。
航海士が要らん事を言う。
「最初に神父を布教に出して、しかる後にスペイン艦隊が来る。
前もってキリシタンにしておいた信徒を使ってスペインの領土にする」

そりゃキリシタン禁止令も出るだろう!

舞台は関ヶ原に移る。
重要人物、織田信秀。キリシタンと言う!『本当????????』
秀信を盟主にする。チョッと力不足か?
これに細川ガラシャが絡んで来る。侍女マリアの登場する。
陰謀には余程しっかりした補佐役がいる。
官兵衛は中津にいる。操るには無理がありそう・・・・
毛利輝元が策謀する。「これも無理があるのではないか?」
家康と三成を戦わす。
狙いは西国を支配する。
後藤又兵衛が官兵衛の命を受けて関ヶ原に行く。
ガラシャが死ぬが、忠興に殺されたようなものである。
そのガラシャ為に織田信秀は戦う気になった。
つまり細川忠興を討とうとする。
役者が違うのではないか?
官兵衛は九州で大友吉統を破る。
キリシタンである???
最後は風はいつかは去る・・・・・

官兵衛の策謀があり、後藤又兵衛が主家を去る。長政も絡んでいる。
いずれ手切れとなる大阪城に入城する為に浪人となる。
抱えられ無い為に長政が奉公構いにする。
陰謀好きもここまで来ると何を言わんかや・・・・・
大阪城のキリシタン。明石全登、細川興秋。
興秋は忠興の次男で細川ガラシャの息子である。
又兵衛はキリシタンの為に入城していた・・・・・・

「風渡る」、「軍師 黒田官兵衛」
両作品とも長編伝奇小説になる。キリスト教とイエスズ会の陰謀が主体である。
細川ガラシャが重要登場上人物である。
それにしても陰謀だらけの小説である!   

秀吉神話をくつがえす・藤田達生

天下人の虚像を剥ぐ。出自の秘密、大出世、本能寺の変、中国大返し、豊臣平和令。「太閤さん」と愛される不世出の英雄。しかしその素顔は、権力欲のためには手段を選ばない非情な謀略家だった! 中国大返しの真実など「天下人」の謎を解き、その虚像を剥ぐ一冊。

20140625_book1

くつがえす?
そんなもんなんだろうと思うが!
虚像と言うが、実情を記述していると思うが・・・・
最初、明智光秀の本かと思った。
それぐらい秀吉と光秀のライバル関係が記述されている。
本能寺の変を四国関係から、この日しかなかったと!
光秀は元親の兵も当てにしていたと言う!
それはどうかなと思うが・・・・・・
それを裏付ける書状があると言う。
光秀の決意表明である。
上杉への書状と言う!
実際に誰が使者でこれが書状と言うの出ていなかった。
須田満親宛てに密書が届いた。
直江兼続宛ての河隅忠清の書状に残っている。
この書状は本物だと言う!
著者は実際の距離から発信日時を推測する。
これは信じがたい!
こんな情報、変を実行しなければ光秀は終わりである!
無いと思いたい!

密書があり、使者の事が記述されている。
インフォメーションとインテリジェンスの違い!
密書なんて奪われたら終わりだ!
日本は暗号と言うものは発達していない?
関ヶ原で、石田三成の密書も奪われている。
使者も相当な人物でなければ信用してもらえない。
安国寺恵瓊、官兵衛、小六と言うところか・・・・・・・
本能寺の変の密書も秀吉の陣に間違って届けられたと!
著者は懐疑的である!
赤々と火も焚かれているのに、毛利と秀吉の旗印を間違うか?
まして包囲している側は赤々と燃やしているはずである。
毛利の食糧援助等を防がなくてはならない!

ここで著者は中国大返しに疑問符を投げかけている。
でなければあんなに早く返せない!
思い過ぎと思うが、あらかじめ計算されていたのではないか?
これも考え過ぎと思う!
川中島の合戦で、背後から回る武田の兵が通った道を実際に歩いた?走った?
現在と過去は違うが、そう言う確認は必要ではないのか?

その後の政権簒奪は見事と思うが・・・・・・
四国平定後、瀬戸内の水軍を対毛利戦に使える。
九州平定。
島津の使者は、秀吉遅るに足らず!
先に九州統一を、9か国を支配すれば容易に手を出せない。
秀吉が直接来ることは無いと!
完全な情勢判断の間違いである!
面白かったです!

2014年6月24日 (火)

風渡る・葉室 麟 (陰謀が)

「神の罰より、主君の罰を恐れよ、主君の罰より、臣下、百姓の罰を恐るべし」。戦国の世で、神の愛のため戦うと誓った黒田官兵衛。土牢の幽閉から逃れ信長への謀反に暗躍、秀吉の懐刀となり勇名轟かせた策士でもあった。「民を貴しとなす」とした稀代の名将の真の姿が、新直木賞作家による渾身の筆で現代に甦る。

20140624_book2

少し勘違いしたようだ!
伝奇小説とは思わなかった・・・・・・
陰謀小説である。
本能寺の変、黒幕説の小説なのか?
イエスズ会・官兵衛(半兵衛)の合作なのか?
キリスト教が重要になる。日本人修道士も重要な役割を果たす。
ポルトガルとスペインの争いが日本にも波及する。

最初は真面目に物語が進む。
が布石が打ってある。
細川ガラシャの侍女が生まれたころから始まる。
戦国時代の頃は航海も風任せのところがある。
キリスト教を日本に運んできたのも風なのか?
黒田水軍と言うべきものがある。
水軍と言っても海賊である。

官兵衛は冒険家?
あちこちで歩いている。
織田と毛利の戦いが始まる。
これに九州のキリスト教の布教が絡む。
大友宗麟!
キリスト教国家を造ろうとしている。
島津との戦いに負ける。
マア理由はいろりろある。
「滝口康彦 西の関ヶ原」では田原紹忍は良く書かれていたが、この作品では負けを宗麟のせいにしている。
時代の覇者、信長がキリスト教をどう扱うのか?
キリスト教より技術と交易に興味がある。

こういう描き方をされた竹中半兵衛は珍しい。
信長に恨みがある。
浅井長政、松永久秀、荒木村重と反乱させる?
謀叛が流行り病のようにうつる。
自分の命は短い事を悟っている。
荒木村重の説得に行く官兵衛に取引を持ちかける。
何か?
人質に出している松寿丸は殺される。
が半兵衛が助けるので自分の後を継いでほしい・・・・・
『ホンマかいな?』
いままでの反乱した武将は小物過ぎる!
そこで目を付けられる大物。
明智光秀!
足利義昭から密書が、内藤如安によってもたらされる。
『細川忠興を将軍に、光秀の子息を管領に』
忠興の父幽斎は将軍の落しだねと言われている。
つまり足利の血を継いでいる。将軍になってもおかしくない!
忠興は将軍というガラなのか?
ガラシャと次男の洗礼を怒り、侍女を鼻と耳をそいで追放した?

官兵衛が黒幕になる。
堺商人と博多商人の対立。小西隆佐・行長も絡んでいる。
秀吉もいっちょガミしている。

秀吉の九州攻めが終わり、キリスト教が禁止される。
秀吉の天下取りに協力したが果たして良かったのか?
高山右近、細川ガラシャの登場時間が多い。
光秀が謀叛人なのか官兵衛にガラシャが聞く。
そんな事は無いと!
真面目な小説と思って読んだが、少しどころが大幅に違った!
続編もあるようなので読んでみたい!
新たな風は吹くのか?

軍師 黒田官兵衛・高橋直樹

一介の目薬屋から天下を揺るがす稀代の軍師へ!大河ドラマ・主人公の真実の姿を描く570枚書き下ろし長編!
秀吉、三成、家康すら恐れた軍師・黒田官兵衛の生き様を描く!!

20140624_book1

書下ろしである。
ちょっと変わったところを出そうとしている感じがした。
まず竹中半兵衛が出て来ない。
あくまで官兵衛が主人公なのか?
本能寺の変から始まる。
秀吉も分かっているが、官兵衛が背中を押す。
尾張の働き者が天下を取る。
官兵衛は秀吉に協力する。
そうして過去にさかのぼる。
描き方がちょっと違う。
まず官兵衛の父親が面白い。
黒田家は目薬にしろ、金貸しにしろ財を持っていると思った。
が借金まみれだと!
その為に、玉鋼の織田家への輸送を引き受ける。
近江国友である。
そして秀吉に会い惹かれる。
この人の為なら・・・・・
姉川の合戦に参加する。
雑賀孫一と一緒に戦う。ここで家康に会う。
そして織田信長に拝謁する。
播州の情勢を説明する。
あくまで官兵衛単独で動く。
小寺家はかってにせよと言う感じ。

播磨の土豪も全部味方にする気はない。
そうなれば本領安堵になる。織田家の土地が無い。
戦いは必要である。

安国寺恵瓊との交渉。似た者同士なのか?
知者は知者を知る?
策士は策士を知る!
策士、策に溺れる・・・・・

小一郎秀長はよく記述されていない。
官兵衛の調略、宇喜多直家の寝返りを小一郎の手柄にする。
もっとも秀吉は察しているが・・・・・・

琉球帰りの遊女がいる。
これに惹かれる?????
病気を移される。梅毒?
その事を書いていたのは、武将列伝の海音寺潮五郎!
他では見ないが・・・・・・
知らないだけかも・・・・・・
瘡も有岡城幽閉だけのせいでもなさそう。
これを書くなら、光の事はやはり書けない。
実際書いていない。

光秀が信長を討った。
信長に一旦従うが、反乱を起こした武将。
浅井長政、松永弾正、別所長治、波多野秀治、荒木村重、明智光秀・・・・・・
光秀が討たなくても、勝家?秀吉?
誰かが反乱を起したのかも知れない。
そう言う信長の恐ろしさを、安国寺恵瓊、荒木村重が語る。
ちょっと毛色が変わっている作品である。
マアマア面白かったです!

最後に一つ!
雑賀孫市だが、司馬遼太郎が「尻啖え孫市」を書いている。
面白い本であるが、伝奇小説みたいなものなのか?
司馬遼太郎が書いているので、史実に近いと思っていたらそうでもなさそう!
これは司馬遼太郎の責任なのか?

2014年6月23日 (月)

映画・X-MEN: フューチャー&パスト

X-MENの最新作になる。
パラレルワールド、多次元宇宙の世界になる。
映画は面白いが、過去を変えるのはどうかなと思う?
ターミネーター・ルーパー等がある。
成功したら世界が変わると言う設定が気に入らない。
今回は、過去と現在が交錯する。

20140623_film5
現在のミュータント

ウルヴァリンが1973年に行く。
センチネルに攻められて、ニュータントは絶滅寸前である。
その状況を変える為に、何でも変身できるミスティークの殺しを止めに行く。
変身のDNAがセンチネルには必要である。
ミスティークは第3作で、人間に戻るワクチンを打たれて、マグニトーに捨てらる。
そうして何でも喋る役だった!
それが今回非常に重要な役廻りになっている。

20140623_film3

時代を感じる。
自動車!そしてテレビ!ブラウン管のテレビ!

現在はセンチネルに攻められ、全滅寸前である。
中国の僻地に?隠れて、ウルバリンを過去へ戻す。
過去ではプロフェッサーは薬で車椅子ではなく、歩く事が出来る。
が前の能力は無い。
薬を止めて能力を取り戻すが絶対ではない。
前作でウルヴァリンをスカウトに行き、「おととい来い」と言われたのを覚えている。
マグニートーは捕らわれの身である。
ケネディ暗殺に関係している。
救い出される。

ウルヴァリンにはいつもの爪の冴えが無い!
爪は不壊の金属「アダマンチウム」では無い!

20140623_film4
ウルヴァリン

現在の状況を打破するには、センチネル創造のきっかけとなったミスティークによるボリバー・トラスク博士の暗殺を食い止めなければならない。
暗殺は成功したがミスティークは捕えられ、彼女のDNAがセンチネルの設計へと利用されるからだ。ウルヴァリンたちが干渉して暗殺は失敗する。
がミュータントに対する武器としてセンチネルは造られる。
この当時、あれほどのロボットを造れたのか?
空まで飛んでいる。
ベトナムへ投入出来たのでは?

20140622_film1

トラスクを暗殺しようとするミスティーク!
守ろうとするウルヴァリン達!
マグニートーもまた自らの意志で動く。
スタジアム毎動かす。
キューバ危機の時と同じで、少しどころか派手にやり過ぎである!

トラスクを暗殺した為に、未来でセンチネル攻められている。
暗殺を阻止したと言え、初期のセンチネルは造られている。
阻止する為にマグニートーは世界に姿と能力をさらけ出した!
暗殺を阻止したために、別の世界が出来る。

20140623_film2
過去のエリック

暗殺が成功した世界は消滅する。
別の世界には、ジーンも生きている。スコットもいる。

プロフェッサーだけは事情が分かっている。
ウルヴァリンに、よく戻ったと言う!
あまり深く考えない方が良い映画だろう!

ウルヴァリンが戻った時、プロフェッサーは自暴自棄?になっている!
学校も閉鎖している。
今回の事件で元に戻る。
が事件が無ければどうやって元のプロフェッサーに戻るのか?
別の事件があるのか?
いくらでも脚本はありそう!

播磨 山崎城

兵庫県宍粟郡の山崎を訪れた。
篠ノ丸城から山崎城へ行った。
城址は広範囲に広がっているのか?
小学校で運動会をしていた。
新築祝いの運動会みたいだった。
沢山の人がいた。
この小学校の横に門がある。

20140623_yamasaki2

Img_8279

20140623_yamasaki8

本格的に建造されたのは1615年と言う。
城は未完成で陣屋の設置が認められたようだ。
池田氏、松井氏、池田氏と続いて本多氏が入り、廃藩置県まで続いたと言う。
従って篠ノ丸城当然廃城になる。
ちょっと不便すぎる。

20140623_yamasaki4
クリックで拡大します。

20140623_yamasaki5

20140623_yamasaki6

20140623_yamasaki7



軍師 官兵衛(第25)繁栄の極み!『後は落ちるだけなのか?』

小康状態である。
官兵衛の家族も元気である。
宇喜多直家が織田に降る。
安国寺恵瓊は登場しない。次の出番は備中高松城か?
官兵衛に子供が出来る。二人目である。
織田は各地で好調である。
信玄、謙信、一向一揆、村重の反乱も終息した。
最大の敵は毛利になる。
勝頼、九州、四国、関東の北条と残っているが、ここまでくれば時間が解決する。

宇喜多直家は息子八郎を秀吉に託す。
ついでに妻も託す。側室にと!
そこまでしなければ不安である。
実際そうする!
秀吉は、おねに名前を間違い、ばれる!
官兵衛は、直家に秀吉の天下に賭けると言われる。
直家から見れば、信長も危ないと見たのだろう・・・・・

20140622_kanbek2
宇喜多直家、豊臣秀吉

明智光秀の出番が多くなる。
朝廷との取次になるのか?
光秀も気の毒である。
官兵衛が光秀の所に使者としていく。
光秀の娘が挨拶に来る。
荒木村重の長男に嫁いでいた娘である。
娘の表情が硬かった。仕方がないだろう・・・・・

三職推任問題がある。
征夷大将軍・太政大臣・関白のうちどれかに任官することがどちらかから提案された。
この任官を提案したのが朝廷側だったのか信長側だったのかをめぐっては、ふたつの説が対立する。
ドラマは朝廷側からの提案になっている。
もはや天下は信長の物である。
今更そんなもの貰わなくても構わないと言う事なのか?
この辺りは本能寺の変の布石になるのか?

20140622_kanbei3
明智光秀

光秀が官兵衛を引き抜こうとする。
これは無理がある。
5万石と言う!
斎藤利三でもそんなに貰っていないはず!
それにその利三の件で、元の主君稲葉一鉄と揉めている。

少し悲しかった!
鳥取城攻防戦はカットされていた。
吉川経家を描いて欲しかったが・・・・・
飛んで備中高松城になる。
備中七城の城主が毛利に呼ばれる。
秀吉との決戦の場になる。
だんだん毛利の本拠地に近づいて来る。
要は負けている!秀吉とは戦いらしい戦いはしていない。
三木城、鳥取城と籠城戦である!
又備中でも籠城戦である。
その中で高松城主、清水宗治の覚悟は見事である。
実際に実行した!

信長の天下構想は?
世界へ乗り出そうとする。
秀吉・官兵衛はついて行くと!
分かってくれているのは二人だけか?
と信長がこぼす!
実際に本能寺の変が無ければどうなっていたのだろう?

この辺から展開は早いのか?
来週は勝頼攻めがあり、勝頼が滅びる。
『心頭滅却すれば火もまた涼し』
この場面が予告編であった。
展開が早くなりそう!
松寿丸が元服する。又兵衛の帰還も近いだろう!

20140622_kanbei1
松寿丸 あらため 長政

今回のゆかりの地は明智光秀の坂本城だった。
二郎の記事はこちらです。

2014年6月21日 (土)

映画・300 帝国の進撃

予告編を見て絶対に見たかった。公開の日の最後の上映で見た!
300 帝国の進撃。
時代が錯綜する。
前作300はスパルタ王の玉砕の物語だった。
ペルシャも弱くは無い!
スパルタ王の玉砕の前のマラトンの戦いから始まる。
ギリシャ、アテネ率いるは、テミストクレス!
ギリシャへ侵攻したのは、ダレイオス!
息子のクセルクセスが同行している。
ダレイオスは、テミストクレスの放った矢で死ぬ!
クセルクセスは復讐を誓う!
そうして金ぴかの体になる!
神王と言う。

20140620_film5
クセルクセス

この腹心の女が、アルテミシア!
怪しい魅力がある。
よくよく考えてみれば、007・カジノロワイヤル等に出ていた。

ペルシャは陸と海から進撃する。

陸はクセルクセスが率いていて、スパルタの300名の兵を全滅させる。
海はペルシャの大艦隊をアルテミシアが率いている。
ギリシャは都市国家連合軍が出来ない。
テミストクレスが率いる。
初戦は策が講じて勝つ事は勝つ!
がペルシャにとっては微々たる損害である。

20140620_film2

ここまで見ていても明るさのかけらも無い映画だ!
太陽が見えない!
天候が荒れもようなんだろうが、暗すぎる!
ペルシャは専制君主の国である。
負ければ言い訳できない!直ぐに首が飛ぶ!

20140620_film4_2
テミストクレス

石油を海に流して火を付けて攻撃する。
タンカーみたいな船もある。
ペルシャの船の漕ぎ手は奴隷である。鎖で繋がれている。
ギリシャは自由民か?
ペルシャは勝利する。
がテミストクレスは残党を集める。
又ギリシャ都市国家に援軍を求める。
期待はやはりスパルタである。
が王妃は動かない!これ以上何をしろと言うのか?
この生き残りを殲滅しようとする
アルテミシアが直ぐに行こうとするが、王は偵察してからと言うが聞かない!
そうして最後の戦いが始まる。
アルテミシアとテミストクレスが戦う。
これに馬まで持ち込んでいるのがテミストクレス!
お互いの身体に剣を付ける。
いつでも殺せる。
その時風が吹く。
ギリシャの援軍が来る!
スパルタの王妃も自ら船に乗ってくる。
面白かったです!

20140620_film3
スパルタの王妃

少し思う事がある。
①   あれだけの船を造っている。どれだけの森林がはげ山になったのか?
②   何となく航海術ではギリシャの方が上と感じるが・・・・・・
③   ペルシャが象を使っていた。本当かな????
④   海の戦いで海が荒れている。よく立っていられると思った。
⑤   戦いの場面でスローモーから急に動きが激しくなる。気に入らない。連続性が無い!
⑥   アルテミシアとは?
現在のトルコ南西部にあったハリカルナッソスの女王で「戦場を駆ける女」と言われた戦士。ヘロドトスの歴史に登場する史上最古の女海賊で、紀元前480年のギリシア艦隊とペルシア艦隊の間で行われたサラミスの海戦ではペルシア側につき、敗れはしたもののギリシア軍を大いに苦しめたことが描かれている。
⑦   テミストクレスのその後。
ペルシア戦争後、必要以上に名誉と権力を欲したことから信用を失アテナイを追われた。その後各地を放浪してペルシャに亡命する。
ペルシア王からアテナイ遠征のための艦隊を率いるよう命じられたが、祖国に弓を引くのを良しとせず毒を飲んで自殺した。
よく分からない!
映画なので細部は監督の技量で変えてあるのだろう!
アルテミシアのエヴァグリーンが綺麗だった!

20140620_film6
アルテミシア

播磨手柄 栗山善助生誕地『灘菊酒造』

母里太兵衛の生誕地の跡に訪れた。
場所は分かり易い。
灘菊酒造にある。

20140530_kanbei11

20140530_kanbei12

試飲できるのか?夕方だったので誰もいなかった。
黒田家筆頭家老である。
息子は主君と対立して、「黒田騒動」をおこすが・・・・

赤い2階建てのバスがある。
この窓に黒田二十四騎の紹介がある。
栗山善助もある。

20140530_kanbei13

20140530_kanbei18

20140530_kanbei17
クリックで拡大します。

20140530_kanbei16

それよりビックしたものがある。
一般の住居と思うが、栗山善助への応援の垂幕?があった。
地元の英雄なのか?
おかしかったです。

20140530_kanbei14

ワールドカップ C組 あと一試合になってしまった・・・・・

朝から奥さんがテレビを見ている。
日本VSギリシャ!
結果引き分けである。
引き分けが良かったのかどうか?
良かったのではないか!
現状は下記の通りである。

コロンビア     勝点6  得失点差4
コートジボワール  勝点3  得失点差0 
日本        勝点1  得失点差-1
ギリシャ      勝点1  得失点差-3

最終戦が日本VSコロンビア
コートジボワールVSギリシャ

引き分けたおかげでコロンビアは決まり。
残り3チームにチャンスがある。
もし日本がギリシャに勝っていたら、ギリシャは脱落である。
日本・コロンビア・コートジボワールにチャンスがある。
そうなれば3チームとも必死になるはずである。
引き分けた為に、日本・ギリシャ・コートジボワールの3チームに後一つのチャンスがある。
コートジボワールは勝てば文句なしに決勝へ進める。
ギリシャと日本が引き分けた為に、ギリシャがコートジボワールの勝てば勝点4になり、ギリシャはコートジボワールを上回る。
コロンビアはこの時点で決勝に進めている。
と言う事は、日本戦に無理しなくてよい。
けが人でも出る事の方が恐ろい!
と言う事は日本にも勝つチャンスがある。
得失点差もあるが、他力本願でもあり、メチャメチャ自分勝手な考えである・・・・・・

どちらにしても日本は勝たなくてはならない!
ギリシャ戦の引き分けは正解だった!
と言うより戦略だったと言うジョークを言えればよいと思うが・・・・・・
頑張れニッポン!!!!!!!

20140621_fifa
fifaのサイトから

2014年6月20日 (金)

播磨妻鹿 母里太兵衛生誕地『元宮八幡神社境内』

大河ドラマ『軍師 官兵衛』で、官兵衛の家臣のトリオ、栗山・井上・母里の母里太兵衛の生誕地である。
元宮八幡神社の中にある。
石碑はまだ新しい!
小さな神社である。

20140530_kanbei1

20140530_kanbei3

20140620_kanbei1
母里太兵衛役、速水もこみち

母里太兵衛は、酒は強い。
「黒田二十四騎」の中の「黒田八騎」の一人。『黒田節』の主役・
福島正則への使者として、勧められた酒を飲みほして、「名槍 日本号」を貰った。
福岡と博多に像がある。
観に行かなければならない!

20140530_kanbei4

20140530_kanbei5
クリックで拡大します

20140530_kanbei2

元宮八幡神社:兵庫県姫路市飾磨区妻鹿

2014年6月19日 (木)

旅行もセット物は得なのか? 「例えが悪い!マクドナルド?」

奥さんが台湾旅行を計画している。
友人が転勤で台湾に居るので遊びに行く!
計画は奥さんがする。
当たり前である。
汗水たらして働いているのは二郎だ!
金も二郎が出す!
ええかげんこの性格を直さなければならない!
焼いても直らないと言うが・・・・・・

航空券を、HISに頼んでいる。
前回所長さんが担当してくれて大変良かったようだ!
今回も行っているが、若い担当者で奥さんの考えが上手く伝わらない。
飛行機とホテルを、一緒に取った方が良いのか聞いたようだ。
答!
マクドナルドも単品で買うよりセットで買った方が安い!
そうかもしれないが、食べたくないものまで付けられているかも知れない!
本人にとってはもの凄いシャレのつもりなのか?
旅行が心配になって来た!

20140619_set

播磨妻鹿 黒田職隆廟所

官兵衛の父・職隆(もとたか)は天正13年(1585)国府山城で没した。
国府山城の近くにある。
小さな廟所である。

20140530_gobyo3

20140530_gobyo4

20140530_gobyo5

最近は有名なんだろう。
タクシーで回っている人もいる。
ここは駐車場が無い。
無いが駐車場と勘違いさせる場所がある。
分からずに停めたが、前の家のおばさんが出て来て睨んでいた!

20140530_gobyo2

黒田職隆廟所:姫路市飾磨区妻鹿字元宮372番1

播磨 松原八幡宮

播磨 松原八幡宮
訪れた理由は官兵衛巡りでだ。
あまりガラの良い所では無さそう!
灘のけんか祭りがある!

20140530_shirahama1

羽柴秀吉がこの地を平定したとき、神社を城南の芝原に遷すように命じた。
その時、官兵衛は秀吉に松原は由緒ある地だと諭し、この地での存続を懇願した。
千石千貫といわれた社領をわずか六十石に減じらたが、松原八幡神社はこの地で存続することができた。

20140530_shirahama7
クリックで拡大します

20140530_shirahama2

官兵衛は天正十二年に松原八幡宮を復興する際に、拝殿を寄進したと伝えられている。
寄進された拝殿は、後に絵馬堂として移築され、昭和五十六年まで使用されていた。
現在は、老朽化し解体され新たに絵馬堂が新築された。

20140530_shirahama5

20140530_shirahama6

賽銭箱の前に格子の仕切りがある。
取る人がいるのだろうか?

20140530_shirahama8

境内に空き缶とペットボトルが落ちていた。
拾ってゴミ置き場の方に持って行った。
よい事をしたのか?

20140530_shirahama4

20140530_shirahama3

20140530_shirahama9

松原八幡宮:姫路市白浜町

2014年6月17日 (火)

播磨・篠ノ丸城 (兵庫県宍粟市)

三木城陥落後、蜂須賀小六が攻め落とした。
官兵衛も参加していたようだ。
後に1万石を秀吉から与えられて、この城を居城とした。
後に5万石と言う。
この後の但馬、因幡への補給の城になると聞いた。
テレビで宍粟市がここに幟を立てていたのは知っていた。
中国道の山崎インターで降りて北へ上がる。
インターのところで官兵衛が歓迎してくれる。

20140616_4_1

宍粟市も官兵衛にかけている?
道路上に幟も立っている。
幟が立っていると何かありそう・・・・・
幟も宍粟市と姫路では違う。当然加古川、上月、西脇でも違う!
最上山公園がある。モミジの紅葉がきれいみたいだが・・・・・
ここに城への登り口がある。何処かは分からないが・・・・・
駐車場があり、案内もある。

20140616_4_2

地図を見ていて登り口まで車で行けそうだった。
とりあえず行ってみる。
駐車場なんてないと思うが、行ってから考えよう!
登り口は直ぐに分かったが、そこまでも相当な標高になる。

20140616_4_3

20140616_4_5

車に奥さんを残して、一人で登って行く。
20分ぐらい歩くと思うが、二郎の今の足ではもっとかかるか?
登り口に杖があった。
助かる!こう言う気遣いは嬉しい!
道は歩き易いと思う。
かなりの勾配の坂もある。
途中に石のベンチがあった。
石ならば腐らないし良いと思った。

20140616_4_4

20140616_4_6

登っていく時下って来る人に会った。
関係者だろう。誰もいないと教えてくれた。
本丸近くに、幟と柵があった。
これはテレビで放映していたものなんだろう・・・・・
幟は中白の幟だった。
落城は1580年。中白の幟も姫路総社で祈祷を受けたのも1580年。
きわどい感じがしないでもないが・・・・・・

20140616_4_8

20140616_4_9

20140616_4_10

ようやく本丸に着いた。標高324mのようだ。
石碑があり、慰霊碑もある。
休憩所、トイレもある。
公園になっていて、すべり台、鉄棒もある。
すべり台は使用禁止となっている。
必要ないのではないかと思ったが・・・・・
登った充実感はある。

20140616_4_7

誰もいないと思ったら二人連れの女性がいた。
ハイキングで上がってきて弁当を食べていた。
しばらくしてから降りた。
滑らないように気を付けて降りた。
無事に行けました。
但し車でショートカットしている。
年を感じるが・・・・・・
官兵衛はこの城に常駐していない。
秀吉に付いていたのだろう。
有岡城幽閉後なので足が悪い。
登っていけないと思うが・・・・・・・

20140616_4_13

20140616_4_12

20140616_4_11

20140616_4_14
クリックで拡大します。

篠ノ丸城 :兵庫県宍粟市山崎町加生

2014年6月15日 (日)

軍師 官兵衛(第24回)官兵衛大名になる!

三木城が降伏する。
使者には官兵衛も行く。
この場面、別所賀相が反対するはずだがカットされている。
主君が家臣の為に腹を切るなんてことはおかしい。
家臣が主君の為に死ねと!
賀相も切腹しなければならないが、これをぶち壊そうとする!
結果家臣に首を切られる。
講釈をたれまくっていた割には情けない!

20140615_kanbei1
別所家の断絶

情けないと言えば元主君の小寺政職!
自ら責任も取らずに逃げる。
毛利のところに逃げ込むはずだが、毛利も織田を苦しめるほどに戦ってくれたなら保護のしがいもある。
単に逃げて来ただけである。
ドラマでは官兵衛のところに引き立てられる。
官兵衛を村重に殺せと言った張本人である。
家臣に切腹を勧められたが逃げる。
家臣も可哀想だが、官兵衛を斬れと勧めたのも家臣たちである。
官兵衛は主君を斬れず逃がしてしまう。
官兵衛のやさしさなのか?

20140615_kanbei2
捕らえられた小寺政職

司馬遼太郎 播磨灘物語では、元家臣、同僚に、
「おまえはびっこになっただけだ。わしは全てを失った」
そう言われる話もあった。
官兵衛は人が良いのだろう。
官兵衛はここで初めて1万石を貰う。
小寺から離れて、秀吉の家臣になる。
大名になる!
嬉しいだろう・・・・・・

20140615_kanbei5
黒田家の家紋 藤の花

石山本願寺が和睦に応じる。荒木村重が交渉に失敗したが佐久間信盛が後を引き継ぐ!
安土城で評定がある。
家臣の目の前で光秀がまず褒められる。丹波での活躍を褒められる。
次に秀吉が播磨・但馬攻略で褒められる。
柴田勝家も褒められる。
次が佐久間信盛!
本人は褒められると思っているが違った!
逆に追放される。7年前の口答えを責められる。
石山本願寺攻めでの無能?さを責められる。
信盛の家臣は光秀に所属するようになる。
光秀と秀吉は評価されている。
織田家以外では有り得ない話と言う!

朝倉攻めの時、信長の命に逆らったようになっている。
信長の叱責を受けるが、信盛は涙を流しながら「そうは言われましても我々のような優秀な家臣はなかなかお持ちにはなれますまい」と言ったようだ。
良く言った!!!!!
そりゃ執念深い信長を理解していない。
信長から19ヶ条にわたる折檻状を突きつけられた信盛は、嫡男の信栄と共に高野山へと上ったが、高野山すら在住を許され無かったと言う。
佐久間家の郎党も次々に信盛父子を見捨てて、高野山に落ちる時はつき従う者は2、3名、熊野に落ちる時は1名きりだったという。
この時期、林秀貞・安藤守就・丹羽氏勝らも追放されている。
天下統一が近くなり家臣の整理にかかったのか?
狡兎死して走狗烹らる!
これを見ていた光秀はどう思ったのか?

20140615_kanbei3

秀吉は信長の四男を養子に貰っている。秀吉に与えた物は将来織田家に返って来る??
秀吉とおねが、羽柴家はこれで大丈夫と話している。
そうなのか?

次週は宇喜多直家の帰属か?
官兵衛VS安国寺恵瓊か?
官兵衛がだんだん凄みを出してくる。

名所案内は、国府山城(記事)と姫路総社(記事)だった。
どちらも行っている。自己満足に浸っている・・・・・・

播磨 妻鹿城 国府山城址

妻鹿城 国府山城址
官兵衛が羽柴秀吉が姫路に侵攻してきたとき、姫路城を秀吉に明け渡した。
その時官兵衛は、父・職隆とともに移り住んだのが妻鹿城である。

20140615_5_4

荒神社があり、山麓に、妻鹿城址(国府山城址)の碑がある。
そして案内がある。
城の絵もある。

20140615_5_5

20140615_5_6

20140615_5_9
クリックで拡大します。

20140615_5_10

ここから山登りで国府山城址に行ける。
が、さっき宍粟の篠ノ丸に登ったばかりだ。
城一日に二山城は堪忍して欲しい。
登り口には杖が置いてある。

20140615_5_8

『目薬の木』があった。少しおかしかった・・・・・

20140615_5_11

妻鹿城 国府山城址:姫路市妻鹿町甲山

山陽電車 妻鹿駅 ここも官兵衛にかけているのか?

妻鹿城に行こうとした。
山陽電車妻鹿駅が近い。
妻鹿と言うところは面白い。
現在駅のターミナル工事中である。
道路が狭い。踏切では譲り合いの精神がある。
もっともこの道路に、『軍師官兵衛』のちょうちんの案内がある。

20140616_6_5

この駅に案内がある。
よく分かるが、行こうとしていた母里太兵衛も生誕地が明示されていない。

20140616_6_1

20140616_6_2

20140616_6_3

20140616_6_4

川沿いを走って妻鹿城に行く。
ところどころに幟がある。
嬉しい!
ビックリしたが、ここは官兵衛巡りの為に駐車場を設置している。
標識があるのでその通りに行った。
それほど大きくはないが・・・・・
妻鹿連合自治会とあった。
助かります!
こう言う地元の努力は嬉しい!
一つ欲を言えば、ここに案内を乗せて欲しかった。
地図があればよく分かると思うが・・・・・

20140616_6_6

Img_8413

映画・ノア 約束の舟

予告編を見た時から行く気になっている映画だ。
ノア 約束の舟
封切りの日に見に行った。
アダムとイヴの話から始まる。
誘惑に負けて楽園を追放される。
それから子供が出来る。
カインとアベル!
アダムとイヴがエデンの園を追われた後に生まれた兄弟である。
この二人の弟にセトがいる。
カインはアベルを殺して追放される。
映画ではノアは家族を連れて放浪している。
悪を行っている人間が沢山いる。
『番人』がいる。
岩の化け物か?
ホビットに出て来てるのと同じようなものなのか?
ノアがラッセルクロウ、祖父がアンソニーホプキンス、養女的な存在のイラにエマワトソンがいる。

ヤハウェは地上に増え始めた人々が悪を行っているのを見た。
そこで大洪水で地上の全てが滅びる。
「ヤハウェに従う無垢な人」であったノアとその家族のみは生き延びさせるよう、ノアに箱舟の建設を命じた。

映画では思っている疑問に答えてくれた。
どこで材料となる木を集めたのか?
ノアの家族だけでそんなに大きな船が造れるのか?
どちらも神の恩恵がある?

祖父に貰った種が樹木を実らす。
舟は、番人が手伝う。
タールをたっぷり塗っている。

20140614_film4

この噂を聞きつけた、ノアの父を殺したトバル・カインが舟を奪おうとする。
演じるは好きな俳優である。アーサーキングにロンドンヒートに出ていたレイ・ウィンストン。
そこからどちらかと言えば堕落した人間達がいる。

20140614_film1

ノアには3人の息子がいる。
長男はイラと恋仲である。イラは小どもの頃のケガが原因で子度が産めない!

20140614_film3

次男、三男もいずれは伴侶が欲しい。
がそれが出来ない。全て神の思し召しなのか?
次男はノアに反意を抱く!

20140614_film5

最初に鳥達が舟に来る。
一つがいずつと言うが、仲間内でどうやって決めたのか?
次に蛇たちが来る。
舟に入ると落ち着く場所が決まっている。
猛獣たちが最後にやってくる。

次男は人間のところで女性に会う。
彼女と一緒に逃げようとする。
が逃げ切れない!見殺しにする!
空の雲行きが怪しくなる。

20140614_film7

人間達が襲ってくる。
番人と人間の戦いになる。
次々倒れて行く番人たち。
雨が降り、地中から水柱が立つ!
そうして舟は浮かぶ!
浮かぶだけである。動かす動力は何もない。方向も変えれない。
叫ぶ人間達を見殺しにする。
トバル・カインのみ舟に入り込む。それを次男が匿う!
舟の中の動物は薬と言うか薬草で眠らされている!

20140614_film6

舟は漂う!
この時に妊娠しないはずのイラが妊娠する。祖父が何かしたようだ・・・・
ノアはノア夫妻、長男夫妻、次男、三男と順に見送り人類の最後を迎える気でいる。
それが妊娠したとは?
男の子が産まれれば生かすが、女の子なら殺すと!
長男夫妻は小舟で出て行こうとするが、ノアが許さない。

そうしてクライマックスになる。
トバル・カインとの対決。
生まれた双子の女の子をどうするか?
放した鳥が木の葉をくわえて来る。
陸地が近い!

前から思っている事!
①   地球全土を水が覆う。今で言うと1万メートル水位が上がる。雨が降り続いたとはいえどこからそんな水が出て来たのか?又40日で水が引いたようだが、どこへ引いたのか?
②   アダムとイヴの子孫のみなのか?どうやって子孫を増やしたのか?
ノアの箱舟以降も女の双子がいるが・・・・
近親相姦の繰り返しだったのか?
神の思し召しなんでしょうかね?
面白かったです!

2014年6月14日 (土)

山崎の合戦  明智光秀本陣跡

山崎の合戦、明智光秀本陣跡
何もない!
サントリーの工場近くの、道路に説明がある。
わざわざ見に来る人も多いのだろうと思う!
あまり本陣と言う実感は無い!

20140524_4_01

20140524_4_02
クリックで拡大します。

20140524_4_03

20140524_4_04

2014年6月13日 (金)

山城 篠村八幡宮 足利尊氏再起の場!

山城 篠村八幡宮
由緒ある神社である。

20140524_5_01

足利尊氏が、打倒鎌倉幕府の挙兵をした地であることで知られ、1333年、当社に戦勝祈願の願文を奉じ10日間滞在したのち、六波羅探題を滅ぼして建武中興の礎を築いた。
また、後醍醐天皇と決別したのちの1336年に京都攻防戦で敗れた後、2月1日まで当社で敗残の味方の兵を集めるとともに社領を寄進して再起を祈願した。
その後尊氏は九州へ逃れたのち体勢を立て直し京都に戻り室町幕府を開くこととなる。

20140524_5_02

静かなところにある。
本線から外れている。
なので良いのだろう!
土俵があった。整備中と感じた・・・・・
何人か来て整備していた。

20140524_5_03

『足利高氏旗あげの地』の碑があった。新しい!
高氏?尊氏?
尊氏の方が偉く感じる!

20140524_5_07

旗立楊(はたたてやなぎ)

挙兵した高氏が味方武将に所在を知らせるため、4月27日から5月7日までの間
「二引両」の家紋入りの旗を掲げたという楊(やなぎ。柳とは樹種が異なる)。
高氏の時代より6・7代を経て引き継がれているようだ!

20140524_5_08_2

20140524_5_12
クリックで拡大します

矢塚がある。
高氏は当社に願文とともに一本の鏑矢を供えたという。
多くの武将もそれに続けて供え、矢がうず高く積み上げられたという。
これらの矢を埋納した場所が現在も矢塚として残っている。
塚上には椎の木が植えられている(2代目)

20140524_5_11

20140524_5_10

20140524_5_09
クリックで拡大します

高氏はあまり人気が無いのではないか?
静かなものである。
犬の散歩に来ていた人が、神社から出る時、頭を下げていた。

2014年6月12日 (木)

山城 小栗栖 明智藪 明智光秀終焉の場

名前だけは知っていたが、今まで全然探そうとはしなかった。
今回、軍師官兵衛で調べてみて行く気になった。
参考資料は一杯ある。
有難い事です!

分からない場所にある?
と思ってしまう!
小栗栖八幡宮がある。
ここを目印にして来ると、明智藪の表示がある。
矢印が付いているのでその通り行けばよい。

Img_7745

20140524_6_04
クリックで拡大します

Img_7755

20140524_6_07

矢印通りに行くと、左が本経寺、右が明智藪に行く。
本経寺、日蓮本宗とあった。

20140524_6_01

20140524_6_08

20140524_6_09

細い道で、民家の庭みたいなところに出て、
その一角に石碑があり説明の石碑もある。
土民?百姓の襲撃を受けた。
そんな雰囲気のところである。
厳かな感じになってしまった!

20140524_6_10

20140524_6_02

20140524_6_03
クリックで拡大します

2014年6月11日 (水)

「天下を狙った軍師」の実像・諏訪勝則

時代の趨勢を読み、織田陣営についた黒田官兵衛は、瞬く間に頭角を現した。秀吉の右腕として中国経略、九州遠征、小田原合戦など各地を転戦。官兵衛の働きなくして秀吉による全国統一もなかった。「稀代の軍師」とも呼ばれる武将の活躍の実態はいかなるものだったのか。関ヶ原合戦に際して天下を目指したとする説の真偽は―。茶の湯や連歌に優れ、キリスト教信仰を貫くなど、名将の知られざる側面にも光を当てる意欲的評伝。

20140611_book2_2

官兵衛の出自が最初にある。
近江佐々木源氏の末?
播磨黒田庄出身?
どちらも決定打に欠けるとある!
備前福岡も関係なさそう・・・・・
これは仕方がないと思うが・・・・

織田か?毛利か?
播磨は辛い。大国の狭間の小小国である。
官兵衛が織田に付くことで小寺をまとめて、播磨一円を織田方に持っていく。
出る杭は打たれる。
議論に勝ったと言え、門閥家老の恨みを買う。
信長に拝謁して、名刀『へし切』を与えられる。

青山の合戦、英賀合戦とあり、秀吉に信頼される。
中国方面の司令官を秀吉が命じられる。
一人息子を人質に出す。
播磨が織田方になれば、備前侵攻は時間の問題である。
上月城、作用城を落とし、尼子勝久を上月城に入れる。
官兵衛は別所長治の従妹と、息子の攻略結婚を図る。
この本には出て来ないが、加古川城の会議で別所は離脱する。
力ずくで播磨を取らなければならない。
そうしたかったのか?『と言う説もありそう』
毛利に攻められている上月城を見捨てる。三木城へ兵を集中する。
そして荒木村重の反乱。説得に行き有岡城に幽閉される。
官兵衛が荒木に付いたと思われ松寿丸の殺害が命じられる。が半兵衛に救われる。
が著者は殺害の指示は無かったのではないかと推測している。
夢が無くなるが・・・・・・
最初に秀吉から与えられた所領は1万石!
最終は長政が52万石だったので、成功者になる。

鳥取城、淡路で動く。
備中高松城!
勝てば官軍!
最初の上月城を攻めた時、必死に戦わないように逃げ道を作った。
同じ話がある。本能寺の変から、明智光秀の勝竜寺城を包囲した時、北口を開けたと言う。
そこから光秀は落ちて行ったと!
真偽は定かでない。

賤ヶ岳の合戦、四国遠征、九州遠征、中津城での豊前六郡12万石の支配、小田原合戦、朝鮮出兵とある。
最後の博打関ヶ原の合戦。
それぞれの分析がある。
宇都宮鎮房の反乱はやはり失点と言う。
肥後の佐々成正より悪いとも言われる。
関ヶ原の合戦後は、味方に誘った武将については誠実に対応したようだ。
読むたびにロマンが、夢が無くなる・・・・・・

敬虔なキリシタン????
茶道、連歌等文化人としても活躍する。
細川藤孝とも交流がある。
息子同志は仲が悪いが・・・・・
葬儀はキリスト教式で行われた?
官兵衛はどう分析されるのか。
華やかで激しい気性の武将??
それより理知的で冷静沈着な武将か?
誠実に対応する。調略の名手ではないか?
最後に官兵衛以降の系図がある。
官兵衛の血は絶えて養子を迎えて家名の存続を図っている。

「人望」の研究・小和田哲男 黒田長政の意外な一面?

「人望」―この不思議に魅力的な言葉。これはいったい何だろうか?単なるリーダーシップでもなく、人気やカリスマとも違うようだ。また、わが国特有のものなのか、いつの時代にも要請されるものなのか
これまで、どの組織でも漠然と話題にされてきた「人望」について、日本史のなかから、あらゆる切り口によって、その本質を探ろうと試みるビジネスマン待望の一冊。

20140611_book1

最近著者の本をよく読む。
面白いと思う!
リーダシップ、人望、名声、人気、似て似ざらるのもなのか?
人望とは何なのか?
よく言われる。あの人は人望がある。
人気があるので人望があるとは限らない!
源義経は人気はある。が人望があったのか?
あればあのような末路にならいのではないか?

真田幸村、最近は信繫が使われるようだが、家康を苦しめた。
が、人望があるのか?
別物だと言う。
竹中半兵衛!
人気はある。人生半ばで死んだので得をしている。
政治家は死ねば名声が高まると同じなのか?
人気があっても人望があるとは限らない。

遠山金四郎、大岡越前守、大石内蔵助の例えがある。
気骨ある人。
それなりに人望はあったと言う。
人気とごっちゃになり、後世の方が評価している場合がある。
人をその気にさせるのは、口先だけでは出来ない。
それなりの実行力が必要である。
武将なら戦いが上手い事!
演説の上手さも必要と言う。
戦国武将は己の主を選ぶのに、運を大切にしたと言う。
例として出されている将軍がいる。
山口多聞、今村均。陸海の将軍である。
能力もあり思いやりがある。

自ら先頭に立つ。
ほめ上手とやさしさ。
毅然とした態度が人を動かす。

なぜこの人に人望が無いのか?
石田三成。杓子定規と言う。
毛利輝元が季節外れの珍しい桃を献上した。
季節外れの桃を食べて当たったりしたらどうするのか?
取り次ぎもせずに返したようだ。
返された方は根に持つ。

石田三成は相当な権力者であったようだ。
毛利輝元の家臣が持っていた脇差しを三成が欲しいと言った。
輝元は直ぐに三成に渡すように命令した。
その脇差しは、秀次も見ている。
秀次が欲しいと言ったら困るので早く三成に渡すようにと!
謙虚さが足りなのではないのか?

武田信玄も徳川家康も意見は聞いたと言う。
秀吉も晩年は駄目だったが、よく人の意見を聞いたようだ!
黒田長政の話があった。
福岡城内に普段使わない部屋を用意した。
月に2日、朝から夕方までいたようだ。
「家中の者なら誰でも長政に異見のある者はいいに来い。話を聞く」

恐れられても、優柔不断でも人望を無くすと言う。

山中鹿之助。人が付いてくる。
一介の浪人で尼子家再興に立ち上がる。
沢山の人がついてきた。
これは人望があったんだろうと言う!

北条早雲、『慈悲の政道』と言う。
梟雄なのか?
そんな事は無いのだろう。
領民を大事にした。

この本に出て来るとは思わなかった。
『米百俵の精神』
越後長岡藩の小林虎三郎。明確な目標設定が出来ている人と言う。
これも人望にはかかせないと言う!

挫折の経験も必要。
三方が原で負けた家康。沢山の家臣を死なせて家臣を大切にするようになった。
チャレンジ精神も必要。
失敗を恐れない。本田宗一郎!

いろんな組み合わせがあり、人望が形成されると感じた。
面白かったです!

播磨 鶴林寺 西の法隆寺 小学生に時に三重塔の絵を描いた!

子供の頃、尼崎に住んでいた。
実家が高砂にある。
夏休みに実家に帰った時、宿題の絵を描きに連れて行って貰った。
そに一つに鶴林寺があった。
その時は誰でも入れた。
三重塔をを描いたのを覚えている。
「軍師 官兵衛」の名所案内に鶴林寺が出ていた。
加古川城と一緒に出ていたと思う。
これは行かなければならない!
と言う事で、実家の方の用事のついでに訪れた。

20140609_kakuriji_01

西の法隆寺と言われたようだ。
書写山は西の延暦寺と言われた。
播州は色々残っている。姫路城もある。

589年聖徳太子が当時播磨の地にいた高麗の僧・恵便(えべん)のために建立した。
調べると、物部守屋の名前が出てる。迫害した方だ。
崇仏派と排仏派の対立があり、排仏派による僧侶への迫害が多かったようだ。
高麗から渡ってきた恵便法師もまた、迫害から逃れるために都を離れたと言う。
聖徳太子は秦河勝に釈迦三尊と四天王像を祀るための精舎の建立を命じます。
「刀田山四天王寺聖霊院」と名付けられた寺院が、鶴林寺の始まりと言う。

20140609_kakuriji_14

行けば幟が沢山立っている。
加古川は官兵衛にかけている????

20140609_kakuriji_02

鶴林寺宝物館特別展「黒田官兵衛と鶴林寺」が開催中である。

20140609_kakuriji_11
宝物館

20140609_kakuriji_12

20140609_kakuriji_13

宝物館に入れば官兵衛が出迎えてくれる。
晩年の官兵衛である。
宝物の一部紹介記事はこちら

この中に三木城の攻防戦と言うか、播磨の支城の絵があった。
自慢じゃないが、全部行った。
『自慢しています・・・・・・』

20140611_kakurinji_3
クリックで拡大します

20140609_kakuriji_06
国宝 本堂

20140609_kakuriji_05

鶴林寺公園は広い。
入口に仁王像、大きなわらじがあった。年代物である。
案内で聞くと、昭和48年に焼けたそうだ。
それまでは誰でも入れたが、今は入場料がいる。
ただし小学生等の見物は無料だそうだ。

20140609_kakuriji_04

ここに僧兵がいたようだ。
ここも反織田になりそうだったのを官兵衛が説得したと聞いている。
寺としては2万5千石の石高があったようだ。
それが200石になったと言う。
117石と言う話もある。
今を見ていても塀があり、籠城できそうな寺である。

20140609_kakuriji_08
国宝 太子堂

沢山の仏像がある。国宝になっている。
今は官兵衛の影響でもあるまいが、観光客は多いと聞いた。
鶴林寺は良い場所にあると思う。

20140609_kakuriji_10
観音堂

20140609_kakuriji_07
菩提樹

20140609_kakuriji_09_2
思い出の三重の塔

ドキッとするポスター!メトロ神戸?

神戸高速鉄道の神戸駅と新開地駅の間は通路になっている。
そこに昔から卓球場がある。
メトロプレイランド?
そこにポスター?があった。
見ていてビックリ!ドキッとさせられた!

20140610_kobe1

20140610_kobe2

へ~45歳でフリーターなんだぁ

20140610_kobe3

意味のない会議と、意味のない飲み会ばかりで、会社つぶれないってすごいですね

20140610_kobe4

お前がいなくても、会社はまわるし地球もまわる。

20140610_kobe5

会社の悪口言えるのは、リストラされるまで!

20140610_kobe6

30年間窓際ってある意味メンタル強すぎるやろ

ハローワークの宣伝か?
何かよくわからないが面白かった!

これはブラックユーモアなのか?

2014年6月 9日 (月)

軍師 官兵衛(第23回)官兵衛復帰する!

官兵衛が有岡城から救出される。
ここからどうなるのか?
予想は大いに違った!
まず秀吉が出て来た。
三木城をほっといて来たのか?
秀吉が信長の前に官兵衛を連れて来る。

20140609_kanbe13

と言う事は安土城だ。
ここで松寿丸が生きていることを秀吉が信長に伝える。
これは無理があるのではないか?
有岡城から有馬(記事)ではなく、安土城から有馬に行く。

この場面こういうのはどうか?
官兵衛が生きている知らせが信長に入る。
有岡城より知らせが来る。
信長は松寿丸の事があり官兵衛に顔向け出来ない!
そこへ竹中半兵衛の弟か息子が信長に会いに来る。
松寿丸を連れている。
信長:何の用だ?
手前、半兵衛より命じられて松寿丸をかくまっていました。
もし官兵衛が裏切っていたら、松寿丸を刺し腹を切って上様にお詫びしろ!
裏切ってなかったら上様の前に松寿丸を連れて行き、沙汰を受けろ!

信長は何も言えずに、全て不問にする。
どうでしょうか??????

有岡城の女子供が処刑される。
七松(記事)のあたりは、尼崎城(記事)から見えるのか?
見せる為に七松のあたりで殺したようだ。
村重はもう精神に異常をきたしている。
当てに出来ない毛利を当てにした!
安国寺恵瓊も責任を感じて欲しいが・・・・・・
自分が生き残ることが、信長に負けないと思っている。
一人で逃げるようだがどうなるのか?

20140608_kanbei1
村重の妻だしが捕らえられる

有馬での湯治は芳しくない。
光も看病に来る。
官兵衛はうなされる!
やけになりかける!
松寿丸から半兵衛の遺品を受ける。
やる気が戻って来たのだろう。
びっこをひきながら三木城の平井山本陣に戻る!
皆に歓迎される。
半兵衛が亡くなり、皆不安を感じていたのだろう。
ともあれ良かった!

20140608_kanbei2
官兵衛の復帰を喜ぶ秀吉

来週は三木城の話と、村重、主君小寺政職の話だろう。
今回の名所案内は有馬温泉!
摂津尼崎七松は出て来なかった。
確かに放送し難い場所ではあるが・・・・・・

2014年6月 7日 (土)

芸能生活50周年記念 五木ひろしコンサート~ありがとうこの歌をありがとうあなたに~神戸国際会館6月7日17時30分公演

ほぼ一年ぶりなのか?
楽しみして国際会館に行った。
夜の部に行った。
席に行くと誰かが座っている。
座っている人は間違っているなんて思っていない!
中2階と2階を勘違いしていたようだ。
マアよくある話である。
最初は映像による五木ひろしの紹介がある。
これが15分ぐらいあった。
デビューから今までの紹介がある。

20140607_ituki_hiroshi

そうして幕が開く。
最初の名前が松山まさる。
次が一条英一。
そして三谷謙となる。
歌手生命をかけて『全日本歌謡選手権』に出場して再デビューの権利を勝ち取る。
五木ひろしになる。
芸名の数字、一・三・五をたせば9になる。
9枚目のシングルが、「よこはまたそがれ」
ちょっと面白い話だった!

赤の上着に黒のズボン?
それから50分間歌いづめである。
年代ごとのヒット曲を歌う。
レーザーで、歌った時の名前、曲名、年月日、作詞者、作曲者の名前が分かる。
松山まさるもある。
三谷謙で、雨のヨコハマがある。
次が「よこはまたそがれ」なのでおかしかった。
1965年から2013年までほぼ毎年のヒット曲を一番だけ歌う。
良く続くと思った!
熱唱である!
が聞きたい歌が一番だけなのは辛い・・・・・・

そこで休憩で着替えがある。
当然着流しである。
長良川艶歌、高瀬舟、細雪と歌い着替える。
早い早い!
最後まで白のスーツだった。
途中、ギターを弾き歌う!
ほぼ2時間弱、歌い続けた!凄い体力だなと思った!
聞き惚れました!
又来年も来て欲しい!

最後のプレゼントの時、少し手渡しが上手くいかずに歌が乱れた。
愛嬌なのか?
しかし皆なごやかに見ていたと思う。
バックコーラスの女性が二人いる。
いつも思うが立ったり座ったり大変だと思う。
今日の女性の一人はゼスチャー?が激しかった。
歌に合わせて手を大きく動かす!
歌を聞いていたのかと思われそう・・・・・・
楽しいコンサートでした!

老いの坂 首塚大明神

一条天皇の時代、京の若者や姫君が次々と失踪した。
大江山に住む鬼の酒呑童子の仕業とわかった。
そこで帝は995年に、源頼光らに征伐に行かせた。
毒酒を鬼に飲ませ、寝込みを襲って鬼を成敗し、酒呑童子の首を持って京に凱旋。

と言う伝説?がある。

老いの坂 首塚大明神。
国道から細い道路を行く。
対向車線ではない。
歩いて上がったが、矢印がある。そこは建築関係の事務所もあった。
車もそこそこあるのだろう・・・・・・
その方向に歩いて行った。
左が首塚大明神、右が老いの坂(亀岡)とあった!

20140524_5_1

20140524_5_3

20140524_5_4

首塚大明神は、ひっそりたたずんでいる!
暗い感じがしないでもない!実際に暗い。
鳥居があり、手すりもしっかりしている。
休憩所もあり、酒呑童子の説明の紙が貼ってある。
石碑があるが、説明は読みにくい!

20140524_5_5

20140524_5_7
クリックで拡大します。

酒呑童子、光秀で有名なのか?

20140524_5_6

20140524_5_8

20140524_5_9
クリックで拡大します

老いの坂 首塚大明神:京都市西京区大枝沓掛町


老いの坂 亀山城から本能寺へ!

老ノ坂 西に去れば備中の道
鞭を揚げ 東を指せば天猶ほ早し
吾が敵は正に本能寺に在り

と言う言葉は大体知っていた。
この間亀岡城に行った。
近江坂本城から亀岡城に行ったので、老いの坂は通っている。
実際に亀岡城から本能寺まで歩くと面白いと思う。
夜で1万3千の兵は大変だっと思う。
今の道路ではない。
実際にそうした人は沢山いる。
我が家は無理である。
が老いの坂には行きたい。
トンネルがあった。老いの坂トンネル!

20140524_6_1

バス停があり、老いの坂とあった。
バス停は1時間に2本のバスだった。

20140524_6_4

トンネルをくぐれば下りで京都に行ける。
実際は旧道もあるので、この辺りの道を通ったのだろう!
どんな気持ちで兵は進んだのだろうか?
光秀は?
そして斉藤利三は?

20140524_6_2

20140524_6_3

老いの坂;京都府亀岡市

2014年6月 6日 (金)

「軍師」の研究・百瀬明治 『天下を取り損ねた大軍略家』

将の影にあって、組織の存亡をかけた戦略の立案とその完璧な遂行を常に求められた参謀型武将―軍師。彼らは一体、いかに考え、いかに動いて難局を打開していったのか!本書は、楠木正成、竹中半兵衛、直江兼続、黒田如水ら史上に傑出する8人の軍師にスポットを当て、その機略の数々と人間像を描き出すものである。

20140606_book1_2

昔読んだ本である。
播磨町の家に置いてあるのを、探して読んだ。
今は絶版なのか?
アマゾンでは売っているが・・・・・

短編より少し長いのか?
生い立ちから記述している。
近江佐々木源氏の末で、備前から播州に流れて来ている。
ここは爺様が目薬で財を為し、その金を有効に使ったが記述されている。
広峰神社と組む。
広峰大明神推薦であれば、水でも効くか?
それは無いと思うが・・・・・・
爺様は金を貸す。
人の心を金で買う。そうして家臣団を形成する。
金を有効に使い、自家に役立てのだろう・・・・

時代は流れ、播州で諸土豪が争っている時代ではなくなる。
巨大な勢力、毛利・三好・織田!
三好は畿内を支配している。
毛利は隣だ。
ここで織田に付くと言うのは時世を見る眼があったんだろう!
官兵衛は織田に付くことで小寺をまとめる。
議論に勝つが、負けた方は根に持つ例と思う。

秀吉に信頼される。
三木の別所が叛く。上月城が落ちる。
織田の評判の悪さがある。
その中で宇喜多直家を調略する。
しかし荒木村重の反乱がある。
有岡城に幽閉される。
ここで耐えたことにより、信頼を得る。
本能寺の変で、秀吉に警戒されると言うが、それは無いのではないか?
秀吉も官兵衛が同じことを考えていると!
しかしあの状況下では水準以上の人間だったら同じ事を考えるのではないか?

中津城時代は記述されていない。
秀吉が官兵衛を離さなかったと言う!
何かにつけて相談したようだ。
北条、朝鮮半島と忙しく使われる。

最後が関ヶ原だ。
博打に負けた。息子長政をたわけ物と言ったようだ!
言い過ぎではないか?
策士として活躍しすぎた。
福島正則、小早川秀秋、吉川元春に対する調略。
家康に褒められて当然である。
自分の博打が、長政の活躍で関ヶ原が1日で終わった為に負けた。
が官兵衛自身も秀吉の為に働いた。
結果豊後12万石だった。
長政は52万石を貰った。実収100万石と言う!
分をわきまえていた!
官兵衛もただ働きをしたようだが、男の夢を追った!
これを正当な評価と言うのか?
過大評価と言うのか?

2014年6月 5日 (木)

尼崎 寺町

尼崎、七松八幡神社からの帰りに寺町に寄った。
11ケ寺集まっている。
宗派はまちまちである。

20140605_ama_2_0
クリックで拡大します

尼崎藩主であった戸田氏鉄が、徳川2代将軍・秀忠に命じられ、現在の城内地区に尼崎城を築城。その際、尼崎のまちに散在していた寺院を、城の西側に集めてできたのが、現在の寺町と言う。
寺を集めて防御に使えるようにしたのか?
実際に尼崎城とは近い。

20140605_ama_2_7

本興寺に寄ってみた。
寺のおばさんだが、寺に前に居ると見学に来ていると思われ、親切に案内してくれた。
案内の説明もわざわざ持って来てくれた。
有難い事です。

20140605_ama_2_2

20140605_ama_2_3

庭石も綺麗に掃き清められている。
全部は回れなかったが、奥さんは嬉しそうだった! 

20140605_ama_2_1

20140605_ama_2_4

20140605_ama_2_5

20140605_ama_2_6

20140605_ama_2_8

七松八幡神社  荒木村重一族処刑の場?

全然関係ない話から入る。
奥さんが大好きなTVアニメ「忍たま乱太郎」。原作者の尼子騒兵衛は兵庫県尼崎市出身!
と言う事で「尼崎の地名」から名前を付けられたキャラクターが多いそうだ。
「七松 小平太」もその一人だそうだ。

20140605_ama_3_1

この七つ松で荒木村重の一族が処刑されたようだ。
信長が許さなかったので、武士その家族が処刑された。

20140605_ama_3_6

七松八幡神社、狭い境内だが、供養碑がある。
620人の犠牲者がいる。
122人が磔で、500人近くが4軒の家に押し込まれて焼き殺されたと言う。
一向宗でもあるまいしそこまでやる必要があったのか?
この処刑が三木城、本願寺などに影響を与えたと言う。
毛利の援軍も中国に戻ったようだ!
村重の妻子らは京都で処刑されたようだ。

20140605_ama_3_3

「軍師 官兵衛」では「だし」の最後はどう描かれるのか?
悲しくなるだろう・・・・・・

処刑地については発掘等により場所は推測されているようだが、本当の事は分からない。
この付近であろうと・・・・・・

20140605_ama_3_5

道も細く分かり難い!
当然幟は立っていない。
七松八幡神社の幟はある。

20140605_ama_3_4

二郎は尼崎の立花で育った。
小学生の時、習字を習いに行った。イヤ行かされた!
行った先が七松会館!
この辺りは良く遊びまわった。
なのに神社の事は全然覚えていない。
その神社の隣に、鉄塔、消防の見張り塔?が見えた。
「あれッ!」
七松会館に鉄塔があったのは覚えている。
もう50年前である。
近くに行くと「七松会館」があった。
感じ的には似ている。2階で習字を習っていた。
ここなんだろうと納得させた。
それにしても、子供の頃に出会うとは嬉しい限りである!
七松会館の看板も時代がかかっている!

20140605_ama_3_7

20140605_ama_3_8

20140605_ama_3_9

2014年6月 4日 (水)

有馬温泉  湯治場  

神戸の奥座敷、有馬温泉。
秀吉で有名になった。秀吉とねねの像はあるが官兵衛の幟は無い!
が官兵衛が有岡城から救出されて湯治に行った時は、寒村だったと言う!
うらびれた村だったんだろうと思う。
有馬温泉にはよく行く????
よくではないが行っている方だと思う。
神戸電鉄で行ける。
地下鉄で三宮から谷上まで行く。
それから神戸電鉄で三田方面行に乗り有馬口まで行く。
行くと有馬温泉まで行く電車が待っている。
ひと駅である。
山の中を電車が走る。
今は気持ちが良い!

駅を降りればすぐに有馬川と、茶人太閤像がある。

20140527_arima1

20140527_arima8

20140527_arima2

お客さんは多い。
少し歩けば「ねね」像がある。
おねではなく、ねねだった!
小和田哲男先生、まだまだ頑張らなくては・・・・・

20140527_arima4

20140527_arima5

有馬の旅館の案内があった。

20140527_arima6

司馬遼太郎、播磨灘物語では、有岡城から救出されて湯治に来る。
有岡城から有馬温泉まで25kmぐらいある。
栗山、母里、井上の3人が交代で背負って官兵衛を運んだようだ!
池坊と言う坊に泊まった。
有馬温泉は舒明天皇が631年に有馬に行幸して82日間滞在したと言う。
天正4年に大火があり大部分焼けたようだ。
天正13年に秀吉が復興した。
ゆえに官兵衛が湯治に来た時は、掘立小屋?みたいなものだったと言う!
有馬温泉には湯治に来る。病人が来る。
坊の亭主は鍼灸按摩、医薬の心得が無ければならないと言う。
1箇月ほど湯治したようだ。
後半年湯治すれば足も良くなるだろうと言われたが、官兵衛は待てない。
そうして三木城へ行った様だ!

20140527_arima7

2014年6月 3日 (火)

恋人の聖地 神戸淡路鳴門自動車道 淡路サービスエリア

既存の観光スポットを「プロポーズにふさわしいロマンチックなスポット」
恋人の聖地として選定。
兵庫県は5カ所ある。
「神戸淡路鳴門自動車道 淡路サービスエリア」
官兵衛巡りのついでに寄ってみた。
お客さんは多い。

20140601_koibitotachi5

20140601_koibitotachi1

20140601_koibitotachi2

ここに石碑がある。
石碑ではないか?
『恋人の聖地』
説明もある。
がこれだけ人が多ければ、趣旨に反するのではないかと思うが・・・・・・

20140601_koibitotachi3

神戸空港の存続は・・・・・ 太陽光発電

先日三宮センター街でビラ配りと演説に出会った。
要は神戸空港が赤字であると!
開港7年で利用者数を403万人と予想した。
実際は233万人と、目標の6割のようだ。
2007年度の297万人がピークという。
借金まみれと言う・・・・・・
その返済の為に又借金しているという!
利用客の予想をした責任はどこにあるのか?
又誰も責任を取らない!

ビラに面白いことが記述されていた。
神戸空港、150ヘクタールを太陽光発電に使おうと!
その為に埋め立てしたのかと思うと高い買い物と思うが・・・・・・・
10万kwと言う。
先日のニュースで、中国系企業が日本で太陽光発電を行なっている。
自然エネルギーでの電力の全量固定価格買取制度を利用している。
これからは土地余りの日本である。
太陽光発電が主流となるべき意見も有る。
いずれ空港は廃港になるのか?
壮大な無駄使いなのか?????

20140603kobeairport_3


2014年6月 1日 (日)

播磨三木 平井山本陣VS三木城

播磨三木、平井山本陣。
半兵衛の墓の跡に案内の方向に従っていくと平井山本陣に行く。
秀吉の本陣である。

20140601_kanbei_6_1
クリックで拡大します

ここは駐車場が整備されている。
半兵衛の墓には駐車場が無いので、ここに停めて行って欲しいとあった。
トイレもある。

20140601_kanbei_6_2

嬉しい事に登り口に杖が置いてある。

20140601_kanbei_6_11

4台ほど駐車していた。
案内に、国史跡として25年3月に指定されている。
上がる時に降りて来た夫婦に会った。
奥さんが少し話をした。
主郭まで行きました。
我が家もそこまで行こう。

20140601_kanbei_6_3

20140601_kanbei_6_4

最初は階段で、それから坂道が続く。
道は良く整備されている。

20140601_kanbei_6_5

「段状の平坦地群」
説明があった。
兵が駐留できるように斜面地を削ったり、土を盛るとあった。
兵は野宿だろうが、2年近くここで生活したのか?
水に、食事に糞尿の心配をしてしまう!
太閤道もある。

20140601_kanbei_6_6

20140601_kanbei_6_7

そうこうしている内に主郭にたどり着いた。
マア登り易かったと思うが・・・・・
上に大きな幟があった。
「羽柴秀吉本陣」
足元の安定が悪そう・・・・・

20140601_kanbei_6_8

ここから三木城が見える。
何処かの写真を掲示している。
これは嬉しい!
仮の展望台も造ってくれている。
三木市に感謝です。

20140601_kanbei_6_9
クリックで拡大します

20140601_kanbei_6_10


播磨三木 竹中半兵衛の墓『田んぼの中の一軒家か?』

播磨三木にある竹中半兵衛の墓。
ここは官兵衛の幟が立っている。
嬉しい!

20140601_kanbei_7_2

半兵衛の墓と平井山本陣に行こうとした。
大体調べて行った。
後はどうにでもなるだろう・・・・・
案内は出ていた。もう少し大きな案内が欲しいが・・・・・・
墓の場所はすぐに分かった。

20140601_kanbei_7_3

半兵衛だけの墓である。

20140601_kanbei_7_1

20140601_kanbei_7_4
案内と漢詩があった。
36歳で死んだので、評価が高い!『高すぎるとの意見もあるが・・・・・』
特に秀吉の猜疑心を見抜き、出家することも考えていたと言う。
生きていればどうなったんだろうか?

20140601_kanbei_7_5
クリックで拡大します

ここは駐車場は無い。
案内の標識と幟ですぐに分かった!

20140601_kanbei_7_7


軍師 官兵衛(第22回) 半兵衛死す!有岡城陥落!官兵衛救出!

軍師官兵衛の22回は、半兵衛死す!有岡城陥落!官兵衛救出!
今回は色々重なっている。
半兵衛が死を覚悟して三木に赴く!
戦場で死にたいと!

三木城攻めの中で死ぬ。
官兵衛はこの事実を知らない。
善助も悪い出来事は伝えなかったと言う。

今日6月1日、放送の日に平井山本陣半兵衛の墓を訪問してきた。
タイミングが良いのか?

20140601_kanbei2
半兵衛が播州に戻ってくる

三木城攻防戦、別所側が描かれていない。
もう飢餓で苦しんでいる頃ではないか?
あの別所賀相はどうしているのか?
相変わらず憎まれ口を叩いているのか?
映し難いのか?
見たいが・・・・・・

宇喜多直家が調略される。
体調もすぐれない。不安がある。
と言うより勝ち目のある方に付く。
冷静に見れば織田だろう。
実際に裏切るが、秀吉の使者は小六!
半兵衛や官兵衛ではない。
小六も相当な調略の能力がある。
これは信長に了解を取っていない。
信長は天下統一後を考えている。
織田家直轄領は多いほどいい。
その為には既存の勢力を残したくない。
そう言う意図があるから、三木城の反乱は織田が仕組んだとも言われる。
京に近い所は有力な土豪を置きたくない。
それゆえ丹波の攻められている。
宇喜多の勢力は大きい。信長は残したくない。
秀吉は信長に叱られる。
「誰が許可したか?」
後に許されるが・・・・・・

20140601_kanbei3
宇喜多直家

有岡城である。
村重が毛利に直接援軍を依頼しに行く。
その為に有岡城を出る。
尼崎に行く。水路毛利領に行こうとする。
この頃は精神に異常をきたしているのではないか?
水路も陸路も無理である。
そうしている内に有岡城が攻められる。
和議の話がある。
荒木久左衛門が開城を決意したのは、信長から講和の呼びかけがあり
「荒木村重が尼崎城と花隈城を明け渡すならば、本丸の家族と家臣一同の命は助ける」
とした為である。

20140601_kanbei4
村重

久左衛門は手勢300兵を率いて尼崎城に向かったが、村重は応じなかった。
久左衛門は300兵共々姿をくらましてしまった。
ドラマでは雨の中、座って雨に打たれながら村重を待っている。
悲しい場面である。
茶器と言うか、集めた茶道具は毛利への手土産だったようだ。
結局村重は自分が死ねば信長に負けたことになる!
どちらにしても負けているが・・・・・
有岡城が落城して官兵衛が救い出される。
やれやれでした!

20140601_kanbei1
官兵衛を助けにきた家臣

来週は官兵衛は救出されて織田の司令官、信澄のところに連れて行かれると思うが?
どう描かれるのか?さらりと流すのだろうか?
松寿丸が生きていることを信長に誰が伝えるのか?
有岡城の運命は?
670人が処刑されたようだが・・・・・・

メチャメチャ残念であった事は、福島リラの活躍は無かった・・・・・・・

戦国武将伝―リーダーたちの戦略と決断・白石一郎 『竹中半兵衛と黒田官兵衛 知者が知者を知る方法』

権謀術数に明け暮れる戦国武将が生きのこるための条件とは何か。戦国時代をリードした覇者たちの野心と戦略。厳しい生き方を貫いた武将たちを描く19篇の興味深い歴史エッセイ。

20140601_book1_2

恐らく絶版である。昔読んだが面白かったことを覚えている。
今回読み返してみた。
この中に『竹中半兵衛と黒田官兵衛 知者が知者を知る方法』のエッセイがある。
秀吉幕下の張良、陳平と言う。
出自は近江佐々木源氏の末で、備前から播州に流れて来た。
目薬売りで財を成す。
小寺家に仕えて家老になる。
播州の小国としてどの大国と結ぶか?
織田?毛利?三好?
官兵衛は織田に付く事を進言する。
弁舌に伴い、出処進展をあざやかにしている。
秀吉から信頼されて、誓書をしたためお互いに証文をかわしている。
それを聞いた半兵衛が見せて欲しいと言い破って焼いてしまう。
そんなものがあれば慢心の元になる。
子孫もそれを見て増長するかもしれない。

知者は知者を知るとの事だろう・・・・・
官兵衛は主君、小寺政職の優柔不断さに悩む。
そうして主君は織田より毛利を選ぶ。
有岡城に幽閉され、チンバになる。
救われた時は、半兵衛は亡くなっている。
それからは官兵衛の知略が重要になる。

本能寺の変!以降の活躍がある。
毛利と講和をまとめて引き上げる。
毛利の人質を返す。ここまで来たら意味がない。
備中高松城からの撤退に、堤を切りしんがりを務める。
毛利と宇喜多の旗を借りて来る。毛利と宇喜多が秀吉に付いたと思わせる。
姫路城で宿泊すれば緊張感が無くなるので、そのまま進ませた。
これについてはどうなのか?
宿泊したとの話もあるようだ。

天下取りへの知略と才知が発揮されたようだ。
中津城時代、朝鮮半島、関ヶ原の記述は無い。
短くあるが面白いエッセイでした。

« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »

2016年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ

カテゴリー

大和ミュージアム

  • 20120917_yamato12_2
    呉の大和ミュージアムです。 2012年9月に訪れました。