播磨・篠ノ丸城 (兵庫県宍粟市)
三木城陥落後、蜂須賀小六が攻め落とした。
官兵衛も参加していたようだ。
後に1万石を秀吉から与えられて、この城を居城とした。
後に5万石と言う。
この後の但馬、因幡への補給の城になると聞いた。
テレビで宍粟市がここに幟を立てていたのは知っていた。
中国道の山崎インターで降りて北へ上がる。
インターのところで官兵衛が歓迎してくれる。
宍粟市も官兵衛にかけている?
道路上に幟も立っている。
幟が立っていると何かありそう・・・・・
幟も宍粟市と姫路では違う。当然加古川、上月、西脇でも違う!
最上山公園がある。モミジの紅葉がきれいみたいだが・・・・・
ここに城への登り口がある。何処かは分からないが・・・・・
駐車場があり、案内もある。
地図を見ていて登り口まで車で行けそうだった。
とりあえず行ってみる。
駐車場なんてないと思うが、行ってから考えよう!
登り口は直ぐに分かったが、そこまでも相当な標高になる。
車に奥さんを残して、一人で登って行く。
20分ぐらい歩くと思うが、二郎の今の足ではもっとかかるか?
登り口に杖があった。
助かる!こう言う気遣いは嬉しい!
道は歩き易いと思う。
かなりの勾配の坂もある。
途中に石のベンチがあった。
石ならば腐らないし良いと思った。
登っていく時下って来る人に会った。
関係者だろう。誰もいないと教えてくれた。
本丸近くに、幟と柵があった。
これはテレビで放映していたものなんだろう・・・・・
幟は中白の幟だった。
落城は1580年。中白の幟も姫路総社で祈祷を受けたのも1580年。
きわどい感じがしないでもないが・・・・・・
ようやく本丸に着いた。標高324mのようだ。
石碑があり、慰霊碑もある。
休憩所、トイレもある。
公園になっていて、すべり台、鉄棒もある。
すべり台は使用禁止となっている。
必要ないのではないかと思ったが・・・・・
登った充実感はある。
誰もいないと思ったら二人連れの女性がいた。
ハイキングで上がってきて弁当を食べていた。
しばらくしてから降りた。
滑らないように気を付けて降りた。
無事に行けました。
但し車でショートカットしている。
年を感じるが・・・・・・
官兵衛はこの城に常駐していない。
秀吉に付いていたのだろう。
有岡城幽閉後なので足が悪い。
登っていけないと思うが・・・・・・・
篠ノ丸城 :兵庫県宍粟市山崎町加生
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