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2014年7月

2014年7月31日 (木)

ヒト間違い????

阪急岩屋駅近くに行った。
暑い中坂道を上がって岩屋駅の方に行く。
その坂道で、向うから若い女性が下りて来る。
すれ違う前に女性が驚いたような顔をして二郎を見た。
音楽を聞いているのだろう。
イヤホーンを外して、訴えるような目で二郎を見ている。
一瞬考えた。
誰だろうか?
何処で会ったんだろう?
多分顔は崩れていたと思う!

思い出せない。
向うも顔が変わってきている。
間違っているのだろか?

「ナオミ先生ですよね????」
お互い勘違いと分かった!
「そんなに似ている??」
と聞いた。
少し???
大分期待したが・・・・・・

あとでこの話を知り合いに話したら、今まで二郎に似た人なんか会ったことは無い!
真夏の一瞬の幻だったのか・・・・・・

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ナオミ先生って。。こんなイメージか?

2014年7月30日 (水)

本・バサラ将軍・安部 龍太郎

将軍は心に孤独を抱え、武士は破滅に向かって突き進み、若者は己の未来を信じた──。変動の時代、室町を生きる人々を描いた秀作集

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連作小説集である。
足利義直、高師直、土岐頼遠、新田義興、足利義満に像!
著者の作風なのか?
話が飛ぶ!
次の作品に行った時、時代は進んでいてその主人公が死んでいる感じがする。
特に足利尊氏、義直、高師直の人物像は評判通りと思う。
遊びの場面がある。
すごろく、酒、女・・・・・・・
今の時代より激しいのではないかと思う。

高師直の恋で、歌に思いを託す場面がある。
が高師直なんて無学で戦場だけの働きが取柄である。
意味を取り違える。
この場面は想像通りに進んだ!
天皇、将軍の力関係が面白い。
その例が土岐頼遠!
上皇の御車に矢を射かける。
これは尊氏を奮起させるためにするが、尊氏はのって来ない。
高師直も公家?何するものぞと思っている。
この辺は、尊氏、義直、師直の力関係が面白い。

新田義興、新田義貞の息子である。
罠にはまる。罠をかけたのは竹沢右京亮!
が、かけた方も後味が悪い。
裏切りを悪く言われる。
やりようのない気持ちになる。
先を読んで裏切ったがどう思っていたなのだろうか?
そうして最後は自滅する。

室町時代の本はあまり読まない。
鎌倉、戦国時代が好きだが、室町、幕末はそれほど興味が無い!
著者らしいと思う本である。

本・兵庫頭の反乱『ばてれん兜』・神坂次郎

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歴史の陰の巨魁を描く傑作歴史譚8編の一編である。
上杉かぶき衆!
前田慶次がいる。
家康の会津侵攻に対して、名のある浪人が集まる。
この話は司馬遼太郎の関ヶ原で知っていた。
主人公、『岡左内!』
奇妙な癖?趣味がある!
金を貯めることに執念がある。
仕えたのが、蒲生氏郷と言うのが面白い。
蓄財癖がある。
草履つくりに精ををだし、それを売って銭稼ぎに夢中になっている。
評判は悪い!
貯めた金を貸して利息を稼ぐ!

趣味は貯めた銭を座敷いっぱいに撒きひろげ、ふんどし一つでころげまわる!
誰かに言われた・・・・・・
二郎と同じやないかと!
馬の口取りの主に真似て蓄財に励む。
左内が褒める。
その夜“黄金の精”が表れる。
小さな老翁があらわれる。
「金貨の聖霊じゃ!長年にわたる我らへの手厚いもてなしが嬉しゅうて、貴殿と一夜を明かしたい」
一晩語り明かしたと言う・・・・・・

小田原出陣に際して、名馬を小判70枚で買う。
皆、驚く!
氏郷に言われる。「武辺のたしなみあっぱれであるぞ!」
そして加増される。
氏郷亡き後上杉景勝に仕える。
1万石から千石になる。
関ヶ原の合戦、上杉の財政はひっ迫している。
家臣が左内に金を借りに来る。
貸してくれると分かれば次々借りに来る。
そうして主君に永一万貫を献上する。
ここぞと言う時に使う。
官兵衛と同じか?
だれも悪く言わなくなる。

乱戦時に政宗に一太刀浴びせる。
上杉が米沢に移った時、旧主蒲生家に復帰する。
元の一万石に戻る。
政宗にも三万石で誘われるが断る。
死に臨み、主君に黄金を献上する。
人に貸付たる金銀の手形証書を焼き捨てさせる!
奇士?
しかし草履作りはそんなに儲かるのか?
金貸しと言うのも儲かるのか?
官兵衛の祖父も金貸しで蓄財したと言う!

2014年7月29日 (火)

本・戦国の風見鶏「細川幽斉」・神坂次郎

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細川幽斉の短編である。足利12代将軍の落胤と言われる。
足利・織田・豊臣・徳川と生き抜いたと言う。
今回神坂次郎の短編で読んだ。藤堂高虎の次になる。
才人である。
得な人物と思うが・・・・・
幽斉かやれば流石幽斉と言われる。
剣は塚原卜伝、弓を波波伯貞弘、弓馬故実を武田信豊、茶道学問にも通じ、歌道は三条実枝。
古今伝授も設ける!
料理も達者だったと言うが・・・・・
官兵衛とは親しかったようだ。
お茶、連歌、和歌等文化人としてのようだが・・・・

自己防衛にも長ける。
足利義昭を寺から救いだし、やがて信長に仕える。
義昭を見捨てる????
先を見る目はある。
なので本能寺の変の後、光秀につかなかった。
それも批判されてはいない???

小田原の北条が降伏した後、会津に100万石と忠興は言われたが、断ったようだ。
断ったのは蒲生氏郷の思いと同じか?
都近くにいたほうが良いのだろう。たとえ小国でも・・・・

関ヶ原では、500の兵で1万5千の兵の攻撃に耐えた。
これは攻める方がその気がなかったのではないのか?
立ち回りがうまいのではないか?

細心で大胆で情報収集の深さと分析の鋭さ、的確さで常に世の趨勢を見誤らず、危機も好機としてのし上がってきた細川家。
最終的には54万石になる。
4代光尚が31歳で不治の病になったとき、嫡子六丸は6歳。
取り潰しの危機を肥後一国返上を訴えて事なきを得た!
江戸時代は財政難になったようだ。
藩財政は参勤交代の金もないほどだったようgだ。
江戸の市民が嘲笑したようだ。

本・本能寺の鬼を討て・近衛 龍春

織田信長軍に属し、稲葉一鉄に仕えて勇猛果敢に戦う齋藤利三。だが、一鉄とはそりが合わず対立。利三は出奔して伯父・明智光秀のもとへ。光秀は信長の命に承伏せず、利三を手放さなかったが、丹波を平定した光秀主従に信長の折檻が…。さらに非情なまでの国替え。たまりかねた利三は、信長が催す本能寺の大茶会を、好機到来と見て光秀に決断を迫った。

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斉藤利三のが主人公である。
最近の本能寺の変で名前があがる四国長曽我部問題と斉藤利三!
その関係で首謀者とも称される。
斉藤利三主犯説もある。
実力者であろう。
戦場に出れば無比の働きをする。
爽やかなイメージで描かれている。

戦国時代は主君を変えることが出来る。
藤堂高虎が良い例と思うが・・・・・・
稲葉一鉄が主君である。
それまでもいきさつもある。
一徹者の語源とも言われている人だ。
が、教養もあるようだ。
信長に誅されようとするがあることで救われる。
これは「司馬遼太郎 新史太閤記」に記述してあった。
信長の刺客がいることを察している。
が漢詩がある。新史太閤記には漢詩も紹介されている。
これを一鉄は読める。詠み方にみんなが聞き惚れた????
それで救われたようだが・・・・・・

利三は稲葉家を出奔して光秀に仕える。これは問題になったが光秀が身体を張ってかばった。
光秀旗下では秀満と両翼だったんだろう。
利三の眼を通して光秀と秀吉の関係、織田信長が語られる。
あまりよく記述されていない。
利三は更に稲葉家の那波直治を引き抜く????
一徹者のの語源となるほどの男だから執念深い。
信長は光秀に両者を返すように命じたが、光秀がこれを容れなかった。
なので髷を掴み突き飛ばしたと言う。
直治を戻し、利三に切腹を命じる裁定を出した。
変の4日前となる天正10年5月27日と言う。
この本には無かったが、利三の件についてはとりなす人もいたので切腹は免れた。
どちらにしても利三はいつかは信長に切腹を命じられるかも不安がある。
それならば殺される前に信長を討つ!
斉藤利三主犯説、実行犯説だ。

主に秀吉との関係が記述されている。
本当かどうか?
あまりいい関係ではない。
ライバルを蹴落とそうとしている・・・・・・
上杉宛てに出した変をほのめかす密書。
これが毛利、長曽我部に出されている????
他にあるとすれば北条か?
毛利への密書は秀吉に奪われる。
秀吉は光秀の実行を待つ。
それで秀吉はあらかじめ中国大返しの準備が出来ている???
ホンマかいな?
明智光秀は、優柔不断に描かれている。
決断まででなく、実行後の対策も後手後手に回る。
利三は次第に光秀が信じれなくなる。

山崎の合戦は負けるべくして負けたと言う。
利三はそう思っている?
斉藤利三がこれだけ登場するのは珍しい!
面白かったです!

2014年7月27日 (日)

軍師 官兵衛(第三十回)中国大返し~山崎の合戦

秀吉たちが姫路城へ引きあげて来る。
姫路城からの出陣の日にクレームが付く。
二度と帰れぬ 「悪日」 と言われる。
この辺が役者である。利用できる物は何でも利用する。
「勝てば帰ることは無い。これほどの吉日は無い!」
将たる者の演出力か?家臣が奮い立つ!
光秀の陣と秀吉の陣の違い。
光秀は暗く、秀吉は明るい!
片や、主殺しの悪いイメージがある。
片や、仇討と言う大義名分がある!

光秀は最初に戦う相手を柴田勝家を想定している。
なので秀満を安土に派遣している。
織田家武闘派の巣窟と言われる柴田勝家北国軍団!
佐々成政・前田利家らがいる。
北国軍団よりは恐ろしくは無いが、羽柴秀吉も常勝軍団である。
秀吉も負けを知らない。
が配下の武将はそれほど優秀ではない。
官兵衛、小六、秀長、前野将右衛門らがいる。
清正・正則もまだ一軍を率いる将ではない。

有能な競争相手をどう見るか?
認めるか?ことさら無視するのか?
勝家は秀吉を認めていない。認めたくない。
それが遅れを取る理由になる。
光秀を討つのは自分と思っている。
秀吉に、天下取りを勧めた官兵衛あるいは小六のような軍師はいなかったのか?
毛利と講和した秀吉!
上杉と対陣している勝家は講和は出来なかったようだ・・・・・

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戦場が想定される摂津の国。柴田勝家なら近江になる。
摂津衆と言われる池田恒興、高山右近、中川清秀が秀吉に味方する。
荒木村重反乱時、信長は高山右近を切り崩すためにキリスト教弾圧を持ち出す。
味方しなければキリスト教を弾圧する。信者を皆殺しにしかねない。
それほど必死だったんだろう!
どだい信長と光秀の差か????
迫力が違う!!!!!
問題の中川清秀!
本願寺へ兵糧を売ったとされ、村重に反乱を勧めている。
今回も秀吉に付く。
抜け目なく秀吉に言っている。
「お見事な覚悟!」
戦場が想定される地域の大名はほとんど秀吉に付く。

ドラマでは洞ヶ峠まで光秀が行っている。
筒井順慶を待つために!
順慶は来ない!だから順慶は洞ヶ峠で戦いを見ていたわけではないと言う。
この場面、後々の為に嶋左近を出して欲しかったが・・・・・・
結局、藤孝、忠興、順慶、右近、清秀、恒興と秀吉に付く。
山崎の合戦。
光秀の兵は1万3千と言う!
秀吉は4万近い。
丹羽長秀、織田信考が参戦する。
秀吉は信孝を後方に置く。活躍されては後に響く!
官兵衛がそうしているはずである。

秀吉3500人、必秀3000人の死者と言う。
光秀も良く戦ったんだろう。
ドラマでは斉藤利三戦死の連絡が入る。
確か利三はここでは死んでいなはずと思うが・・・・・・・・
光秀は小栗栖で死ぬ!
11日天下である。11日でも天下人である。

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安土城炎上もなければ、坂本城の最後も無い。
明智光秀の娘、秀満の妻を殺し財宝を整理して渡し一族と滅びる。
ここは明智秀満の潔さを演出して欲しかったが・・・・・・

来週は清須会談か???
にやりとする官兵衛が見られそうである。
名所案内は山崎の合戦跡だった。
この暑い時期に行くのは大変と思う。

山崎の合戦がゆかりの地にでていた。
関連時事
山崎の合戦 石碑 山崎合戦古戦場
山崎の合戦 宝積寺 秀吉が陣所とする

2014年7月26日 (土)

道路上の落ち葉は何処へ・・・・・・・

先日仕事の関係で車に乗せて貰った。
事務所に物を取りに行く間、車で二郎が待っていた。
待っているところが、タクシー乗り場の最後尾。
そこへタクシーが入ってきた。
停まると、運転手が降りて来た。
歩道があり街路樹がある。
その枯れ葉が落ちている。
それを運転手が、街路樹のところに置いてあるほうきではき始めた。
少し感心した。
感心しない方が良かったのか????

枯れ葉を一カ所に集めている。
同じところをずっとほうきを使っている。
何と、そこは道路にある排水溝のところである。
道路上の水が流れ落ちる所である、ごみは格子状の排水口で落ちないようになっている。
当然落ち葉が落ちないようにしてある。排水溝が詰まるのを防止している。
そこで何度もほうきを使い、落ち葉を落としている。
落ちなくなったら街路樹のところから、箸を出して来た。
それで落ち葉をつまみ、排水口から落としている。
用意周到と言うか?
何と言ってよいのか?
ほうきと箸を置いてあるぐらいだから、今までずっとやっているのだろう・・・・・・・

やっている本人は当たり前のことをやっているつもりなんだろう。
がやってはいけない事である。
排水溝に物が入らないように、排水口のところが格子になっていて止まるようになっている。
そこでゴミ類は、ごみ袋に詰めなければならない。
見ていて思ったが、このような事を、似非と言うのかと思った!

スコットランドは遙かなり「BCR休暇が終わったが・・・・・・」

奥さんがエジンバラから帰国した!
ベイシティローラーズのファンフェストに参加しに行っていた。
満面の笑みである!
満足しきっているようだ・・・・・・

国際色豊かな催しに出席で来て嬉しそう・・・・・・・
DJさんにも甚平のお土産も渡せた様だ。
それが目的で行ったのだから満足だろう・・・・・・

日本は暑く、疲れた!
一人でのんびり出来た!
自分で好きな料理を作り、好きな事をしていた。
と言ったらどう思われるのか?

友人(X)が、来年アメリカでイベントがあると言っていた。
絶対に行くだろう!
二郎は何と言われても行かない!

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ファンフェスト、去年来日したレスリーがきていたそうだ。

2014年7月24日 (木)

軍師 官兵衛(番外編③) 本能寺の変の使者、伝令は??????

軍師官兵衛の備中高松城への使者がある。
秀吉の陣に駆け込む。
長谷川宗仁からの連絡である。
この使者は落ち着いている。
官兵衛であることを確認して、書状を渡す。

毛利への密書を使者が間違って秀吉の陣に駆け込んだと言われている。
秀吉は完全に高松城を包囲している。
夜に兵糧を運び込まれ無い為に、煌々と篝火と言うか明かりがあるはず。
毛利と秀吉の旗幟を間違うのか?
間違わないだろうと言う。
とすれば陣を間違ったと言う話はどうなのか?
それは無いだろう・・・・・・・
本能寺の変が6月2日。
秀吉が知ったのは、6月3日夜から4日未明と言う。
京から200 km離れた備中高松の地で、わずか1日後に変を知ったことになる。
この使者は、24時間後に着いたとすれば、1時間に8,3km走る。
これが24時間である。この道を誰か走ったと思うが、本当に出来たのか????
街道のましな道ならともかく、そんなに早く走れば怪しまれる。

秀吉があれほど早く大返しが出来たのは、あらかじめ光秀の謀反を知っていた?
との憶測をまねいており、本能寺の変の「秀吉黒幕説」ないし「秀吉陰謀説」がある。
秀吉が引き上げたのが6月4日?6日説があるようだ。
根拠はないが時間的に見て4日は無理だろう・・・・・
馬と歩く事しかできない時代である。
官兵衛が真夜中に恵瓊を叩き起こす?
秀吉の本陣から恵瓊のところへ使者が行き、それから恵瓊が官兵衛のところに来る。
それも相当な時間がかかる。
それから毛利の本陣、高松城(高松城へは船を使う)
時間との勝負である!
これを良くまとめたと思うか?
それとも出来合説と言うのか?

ドラマでは隆景の陣に使者が駆け込む。
息も絶え絶えである。
そんな風に街道を走っていたのでは、すぐに怪しまれる。
吉川元春の陣にも使者が行くのはどうかなと思うが・・・・・
隆景のところは分かるが。
この場面はおかしいと思うが・・・・・
毛利も一応、知っていると思うが万一と言う事で、使者を紀州雑賀衆が送ったと言う。
秀吉は、官兵衛か?秀長か?小六にしろ信長死すの使者を捕まえる為に網をはらせる。
それを縫って使者が行けるのか???
毛利には、隠せないと言う事で秀吉が教えたと言うのが信憑性がある??

5月27日、愛宕山で戦勝祈願の連歌の会に参加する。 
5月29日、信長が本能寺に入る。
6月1日、老いの坂を超える。
6月2日、本能寺の変。
光秀は上杉に密書を送ったと言う。
秘密は漏れる。まして知る人が多くなればなるほど漏れる。

光秀は上杉景勝の家臣・須田満親へ密使を派遣している。その日付が6月3日で、
そのときの口上が上杉家の居城・春日山城の留守居役の手を介して、直江兼続へ伝えられていると言う。
文中の「一昨日」という言葉があり、6月1日には知っていたと言う。
これは計画的であったと言う証拠になっている。
何故須田満親なのか???
越中で佐々成政と戦っていたからか?
この使者は各地に派遣されたと言う。本当か????
使者は誰なのか?
そんなに信頼できる使者を出来る人間が沢山いたのか?
そもそもこの字は誰が書いた字なのか?
祐筆か???
光秀の書状の字を比べた人はいないのだろうか?

昔テレビで光秀が死なずに、天海になった話の検証していた。
光秀と天海の字を比較していた。
似ているが違う!
光秀の書状と言われるものの字を比較すれば面白いと思うが・・・・・・

各陰謀説についても思う。
誰が連絡したのか?
その通信手段は?
双方に連絡係りがいるのでは?
光秀にはいたように思えないが・・・・・・・

人間が悪くなってきている。
直ぐに疑うようになって来ている・・・・・

2014年7月22日 (火)

BCR休暇 エジンバラの衛兵交代「これは見たかった!」

奥さんのブログに寄れば、エジンバラで衛兵の交代を見ている。
恐らく録画していると思う。
してこなければ、二郎に何を言われるか分からない・・・・・・
信じて待とう!

衛兵の交代も、簡単な物から大がかりな物まで色々ある。
イングランド・デンマーク・スウェーデン・トルコ・チェコ・ブルガリア・ルーマニアと見ている。
トルコはオスマン軍楽隊。
スウェーデンは大がかりな楽団。
チェコもそこそこの規模である。
ルーマニアは、アルバ・ユリアで、中世の騎士が登場する。
観光的な演出だが、やはり嬉しい!

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エジンバラはスコットランドらしい服装である。
キルトだろう。
これは見たかった!
グラスゴーで結婚式前の、白いキルトの花婿を見た。
単純なのでこう言うのは大好きである!

期待して待っていよう?????
「写真を撮っていると言う事は、カメラを使っている。おそらくないであろう・・・・」
(奥コメ:ご想像通り撮っておりません)

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2014年7月20日 (日)

軍師 官兵衛(第29回) 和議成立!中国大返しへ!

声が大きい!信長の死は隠さねばならない。
が官兵衛は大声で話している。

官兵衛と恵瓊とのやり取りが面白い。
策士同士のやり取りである。
初め恵瓊は何を言われているのか分からない。
夜中に呼びつけられて不機嫌である。ふてぶてしい態度になっている。
が信長死すを聞き、秀吉が天下取りに名乗りを上げると聞く!
態度ががらりと変わる。策士の本能?蟲がうずく・・・・・
恵瓊はもう毛利から気持ちは離れているようだ・・・・・・
この辺の演出は見せさせる!

一挙に和議に向かう。
清水宗治が切腹する。
自らの死によってこの戦いを終わらせようとする。
毛利は、宗治の死を無駄にしたくない。
恵瓊と隆景の対策がある。この席に元春がいないのが良い。
居れば必ず紛糾する。
急に秀吉が和睦を進めるのを、隆景は疑問に思う。
恵瓊は知っているがとぼける!
この席に官兵衛が来る。毛利の陣まで来ている。これは有り得ないのだが・・・・・・

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光秀が安土城で家臣に迎えられる。かっての信長の立場である。
家臣に信長の茶器を与える。
滝川一益が領土より茶器を欲しがった。
それほどの茶器を家臣に与える。
『俺の天下だ!』
と、ニヤリとする・・・・・
小朝が演じるのでそれなりに見せる。

毛利に信長死すの情報が入る。
官兵衛が和議の人質を迎えに行く。
隆景は信長死すの連絡を受けている。
隆景が官兵衛をなじる!
毛利は秀吉を追撃すると脅す!
光秀と毛利に挟まれたら、秀吉軍は崩壊する。
官兵衛が居直る!迫力がある!岡田准一もワルである・・・・・
ここで毛利は光秀と組んで何の得がある。
それより秀吉に恩を売った方が良い!
官兵衛が隆景に約束する。この恩は忘れないと!
毛利の旗を20本?借りて行く。
隆景が言う。撤退時に堤を切り追撃できないようにしてくれと!
元春を心配しているのだろう。

この後に元春のところに信長死すの情報が入る。
元春は納まらない!武辺の人であり、負けを知らない!
秀吉追撃を隆景に言う。
毛利は天下を狙わない。
秀吉に天下を取らせて、秀吉に恩を売る高等戦略は元春のような武辺者には通じない。

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官兵衛は殿を努める。
毛利の陣を見ている。
追撃か?撤退か?
『司馬遼太郎 播磨灘物語』
この隆景、元春、元長、恵瓊の談合の場面は最高と思う。
この撤退時、吉川元長と広家が撤退を見ている。
元長が広家に言う。我らだけで追うか?
広家は関ヶ原で同じような場面に遭遇する!
結局撤退する!官兵衛はホッとする。

家康の伊賀越えがある。
寺尾聡ではじじ臭いのはよく分かる。
が関ヶ原の家康なら、寺尾聡なら合うだろう。
確かに本能寺の変の頃の家康にはどうかなと思う・・・・・

光秀は味方を集めている。
味方してくれると信じている細川藤孝・忠興が味方しない。
書状で分かる。
光秀の顔色が変わる。戦略が狂う!
と言っても藤孝は本能寺の変の相談を受けていない。味方すると言っていない。
光秀が勝手に思っているだけである。
この場面、藤孝・忠興・ガラシャが出て来てもよいと思うが・・・・・・
忠興・ガラシャが登場するのは関ヶ原か?
それまで登場しないのか!

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中国大返しが始まる。
官兵衛が街道に松明と食料を手配する。
ここまで官兵衛一人で頑張っている。
秀吉の存在感が無い!
秀吉が光秀を討つ!と兵に言う。
従えるのは、秀長・小六・三成・官兵衛である。
三成は無理がある。堀秀政と思うが・・・・・
『映画 清須会議で、秀吉にアドバイスする。名人久太郎である』
ともあれ兵が思い切り走っている。
このスピードでは絶対にばてると思うが・・・・・

予告編では高山右近が出ていた。となれば問題の中川清秀も登場か?

BCR休暇???? 休暇先はエジンバラ!宴は終わらず・・・・・・

奥さんが今日出発した。エジンバラに出発した。
アムステルダムからエジンバラに行く。
KLMで行く。
サッカーワールドカップで、オランダは3位だ。スチュワーデスも機嫌が良いだろう・・・・・・・

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7月19日 オランダ スキポール空港

奥さんは燃えている!
感心するほどハイになっている。
内輪の話だが、急に「甚平」を着るかと聞いてきた。
元町で食事をしている時だったが、その近くに着物屋だが店頭で売っている。
何かと言うと、エジンバラのDJにお土産として持って行きたいようだ。
写真を見て体型が二郎に似ているみたいと思っている。
何度か奥さんも番組にリクエストもしているようが!
試着さされた。

他にもお土産を買っている。
何百人のファンの一人だ。誰も期待していない??
何を考えているのかと思う!
煽り立てられて???????
自分がやらなければならないと思っている!
そんなこと考えているので、空港までのバスの往復割引を忘れて買っているようだ!

BCRのファンの、奥さんのお友達は二郎のブログも見てくれている。
それは有難いと思っている!
改めてお礼を言いたい!
今年は、今のエジンバラ!
9月と12月に又東京へ行くようだ!
よくやると思う!
昨年で終わったかと思ったが、宴は続いているようだ・・・・・・
来年も続くと思う!?

2014年7月19日 (土)

近江・木之本 黒田家御廟所『木之本も官兵衛にかけている!いや長浜もか?』

黒田家の祖である、佐々木源氏の流れをくむ源宗清を祀った御廟所!
1973年に隣に立つ集会場の改修工事の際に「源宗清」の名が刻まれた御影石が発見された。黒田家発祥の地とされる。

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ここの近くには案内があり、どう行けばよいのか分かるようになっている。
駐車場もあるし、バスも運行している。
集会場には、「Welcome」の字がある。

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ボランティアのおじさんが、にこやかに迎えてくれた。
張り合いがありそうだと思ったが、実際にある!
こういう案内は嬉しいが・・・・・
休憩所もあり、この住民が手作りで案内、説明の展示物を作っている。
見ていて楽しい!
黒田家御廟所の前は池がある?????
琵琶湖をかたどっている。
瀬田の大橋もある。
やり過ぎではないか?

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休憩所は冷たいお茶を出してくれる。
黒田家当主も来ているようだ。その写真もある。
ボランティアのおじさんはここが黒田家発祥と疑っていない。
信じる者は強い!
西脇市、黒田庄の名前なんか出せない!

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手作りの案内説明なので温かみを感じる。
が間違いを?見つけてしまった。
説明に、『~有馬幽閉から関ヶ原へ~』
とあった。
有岡の間違いだろう!
言いにくかったがおじさんに、「間違い?勘違いではないか?」と言いました。

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見ている間、気になっていたが官兵衛の歌が流れている。
CDは売っているようだ!
良くやる!!!!!
木之本は柿も名産のようだ。
ここは楽しかったです。
今日は我が家が行くまでに20人近く案内したそうだ!
頑張って下さい!



近江・木之本 木之本地蔵院

木之本地蔵院 、空海・木曽義仲・足利尊氏、足利義昭も参拝したと言う。
眼の仏さま、延命の仏さまとして知られる。
日本三大秘蔵の一つ、6mの地蔵大銅像ある。
眼の仏さまと言う事で、黒田家も参拝していたかも・・・・・・
これはちょっと無理がある!

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由緒あるところと感じた。
境内はそこそこ広い。
『身代わり蛙』
当院に住む蛙は、自ら身代わりの願をかけ、片目をつむり暮らしていると言う!
今の時代はどうなのか?
この季節なら蛙の鳴き声がしても良いのだが、何もしなかった・・・・・
蛙の焼き物が一杯あった。
皆緑がかった色をしていた。
古眼鏡 お納め所があった。眼鏡が入れてあった。

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2014年7月18日 (金)

近江・木之本 樹徳寺 黒田家6代までの菩提寺

官兵衛の名所案内には載っている。
がまわりに幟も何もなかった。
来て貰いたくないのか?????

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黒田家発祥とされている伊香郡黒田村にあった菩提寺と言う。
明治11年に黒田から現在に場所に移築され、昭和33年に鉄筋コンクリート製となった。
本堂前の松は、黒田公の末裔が植樹した。

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近江・木之本 黒田官兵衛博覧会 ながはまの官兵衛見参

黒田家発祥とされている木之本は燃えている????
ボランティアと思うが、係員は赤シャツを着ている。
案内もしっかししていて、駐車場もある。
駐車場は無料なので、係員が整理してくれる。

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展示はそれほど多くは無い。
姫路の方がやはり多い。
系図もある・・・・・
映像もあり、賤ヶ岳の合戦の模型もある。
一番気になるのは、中川清秀の墓があることである。
展示には、圧切の太刀もあった。
本物は福岡だと思うが・・・・・
軍配もあった。

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面白い物を見つけた。
目薬を入れる貝殻があった。
ここに飴状の目薬を入れていたと言う。

ドラマの役柄と俳優の写真もあった。
ナレーターが藤村志保でなく、アナウンサーだった。
ちゃんと変えている。
家康の寺尾聡の写真もあった。
やはり木之本も官兵衛にかけている????
賤ヶ岳で売っているので、七本槍と写真を撮れるようになっていた。

2014年7月17日 (木)

本・明智光秀 天下の謀叛人・神坂次郎 

短編集である。
『明智光秀』『山崎の合戦の雨―光秀と内蔵助』
身を引き裂くような思いで決断を迫られる場合がある。
怨恨説。
刀を突き付け無理やり酒を飲ませた。
甲州攻めで、われらも骨を折ったと言い、信長にどこで骨を折ったのか!
家康の接待役を取り上げられた。
丹波・近江を召し上げ石見・出雲を与える。
と言うのが怨恨説の根拠と言う。

秀吉の応援に行かされる。
その命令書を見て光秀は顔色を変えた。
自分の名前の序列が冒頭でなく中ぐらいに書かれている。
秀吉の下風にたつ事になる。

愛宕山でおみくじを3度引いた。
連歌の席上、本能寺の堀の深さを聞いた。
その席上だされた粽を笹の皮もむかずに食べた。

重臣たちに決断を伝えた。
一旦口に出せばどうしても秘密は保てない。
やらなければならない。
その重臣の一人、斉藤利三!

稲葉一鉄から光秀に乗り換える。
この稲葉一鉄も一徹者の語源と言われるほど頑固である。
信長に利三を返してくれるように願うが、光秀は何を言われようが返さない。
信長にしてみれば、一鉄も一鉄と思うが、それ以上に頑固な光秀にも腹を立てる。
利三はそこまで思ってくれる光秀に全てをささげる!

本能寺の変。
最近では斉藤利三主犯説もある。
四国問題は記述されていない。
成功後、光秀はどう思ったのか?
『ワシが天下人だと!』

山崎の合戦、秀吉3万2千、光秀1万数千で光秀は良く戦った。
合戦前の調略の差と思うが・・・・・・
戦いは秀吉3,500、光秀3,000の死者と、光秀は良く戦っている。
こう言う短編集は楽しい!

明智光秀―つくられた「謀反人」・小和田哲男

信長家臣団のナンバーワンの座を秀吉と競い合い、つねに良きライバルであった光秀。本来ならば名将として歴史に名を刻むべき光秀が、日本史上最悪の「主殺し」「叛臣」の烙印を押されたのはなぜか。丹念な史料検証を通して、「金ヶ崎退き口」の真相や「本能寺の変」などの謎を解明し、いままでに知られていなかった新たな光秀像を描く。

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1998年発行である。
ちょっと時代は進んでいる???
今回改めて読み直した。
何故か?官兵衛巡りで坂本城・亀岡城・勝竜寺城と行った。
ならやはり明智光秀か!
著者の一連の
やはり面白い。
まず、系図・出身地・年齢について推測?する。
推理小説みたいで面白い。

足利義昭から織田信長に仕える。
有能であったのは間違いない簿だろう・・・・・
比叡山焼き討ち!
これを諌めたのが光秀と言うのが通説。
が一通の書状でそうではなかったと!
積極的に加担?
命令を忠実に実行していたと言う。
足利義昭が京に入り、京都奉行に就任する。
秀吉もそうだ。
最初から信長は二人を競わしているようだ!
まったく違うタイプの二人を競わしている。

が勝者が自分に有利なように歴史を誘導する。
金ヶ崎退き口の殿軍を秀吉が務めたが、光秀と池田勝正も務めていたと言う。
家康も協力したとあるが、正確な事は分からない。

微妙に差をつける。
最初に坂本城を貰ったのが光秀。
光秀は惟任日向守、秀吉は筑前守!光秀は姓と官、秀吉は官だけとなる。
茶道具の与え方!
信長の人使いの上手さがあると言う。
もっとも能力のある人間に対してと思うが・・・・・・

しかし織田信長の武将は疲れるだろう!
信長は四方八方に敵がいる。
各戦線に応援に出される。
実際光秀も丹波攻略にかかりきりになれない。
その中で結果を出したのだろう・・・・・・

その中で面白い話があった。
丹波攻め!
細川忠興も参加している。
落城前の降伏を忠興は認めなかった。『忠興らしいと思うが・・・・・』
そりゃそうだろう!
光秀はたしなめたと言う・・・・・・

京の馬揃えの総括責任者になる。
実際に信長に信頼されていたのであろう。
働きも信長に褒められている。
信長も良く見ているのだろう。
失敗の理由も状況を判断しているのだろう・・・・・
リターンマッチも認めているようだ。

本能寺に行く。
謀略説が50もある。
感心するほどある。
否定されている事。
①   光秀の母親を人質に出して殺された事。
②   家康の饗応役を外された事。
今回出て来てい話。
①   勝頼攻略後、苦労のかいがあった。と言って信長に打擲された事。
②   上杉宛てに反乱を匂わせる密書が届けられた事。
③   斉藤利三の話。

著者の独自の解釈。
信長非道阻止説!
信長は正親町天皇を譲位させ、複雑なプロセスを経て新天皇の義父になろうとしていた。
平氏将軍阻止。
新しき世の中にしようとしている。

光秀は疲れていたのだろう。
働きづめであり、秀吉との競争にも負けそうに思う。
変の後の構想も無かったようだ。
細川藤孝にも見限られる。
変を起していなければどうなっていたか?
それもまた苦しい!

2014年7月16日 (水)

本・街道をゆく4『丹波篠山街道・光秀の反乱』・司馬遼太郎

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この本の中に亀岡城が出て来る。
亀岡城から老いの坂、本能寺へと続く!
この最初の挿絵の地図が良い!
亀岡城、老いの坂、長岡京市が描かれている。
光秀が本能寺に向かった夜は月が無かったと言う。
当時の路は狭く、1万3千の兵を進ませるのは苦労したと思う。

亀岡城の話がある。
光秀はすぐれた民政家と言う。
丹波に善政をひいた。
初代城主が光秀で、350年余年後にもう一度謀叛人を出す。
謀叛人と言ったら問題になるか!
出口王仁三郎の大本教がある。
亀岡城の土地を買って整備した。
城主ではないがこのを本拠地とした!
平沼騏一郎と言う検事総長がいる。
単なる官僚でなく、思想右翼の団体、国本社の総師である。
誰でもおかしいと思う。
後に首相になり、独ソ不可侵条約を結ばれ、ヨーロッパは奇々怪々と言って内閣を投げ出した。
著者言う、能力が無いが、能力が無くても権力を握れば弾圧は出来る。
この平沼騏一郎が良い例と言う!
国家主義国家というものは、民衆を動かす強力な民間団体を喜ばない。
そうして些細な事で弾圧した。

丹波は今日に近い。
その気になれば光秀のように京に兵を進めれる。
徳川幕府は丹波に力のある領主を置かなかった。
亀岡城に譜代大名を置き、後は小領主にした。
大本教も亀岡で、天下何するものぞと言う気分がおこった?
との著者の解説がある。

「本能寺の変」はやはり愚挙であると!
成功しても織田の諸将の目標になるだけと言う。
人の為に天下を用意したようなものと言う。
実際に秀吉がそうする。
現在から見れば柴田勝家、徳川家康が候補だろう。
滝川一益、丹羽長秀は脱落したのか・・・・・・

老いの坂を京に向かってくだることで飛躍した光秀の心情は、文学的課題と言うより精神的課題と言うべきものであると、著者は言う。

2014年7月14日 (月)

本・明智光秀・谷口研語

光秀には納得できないこと、信長にキレた理由があった!信頼できる史料から心に秘めた「叛意」に迫る注目の書!

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非常に真面目な本である。
押しつけがましい事が無いのが良い!

光秀の出自を探っている。
結論は、いずれも帯に短しタスキに長し!
これと言うのは無さそう!
親の名前も色々説がある。
美濃の土岐氏の一族なんだろうと思う。
それ以上は分からないだろうと思う。

文書から光秀の行動を探っている。
知らない話も多いので面白い。
足利義昭と信長の上洛から京都の奉行を務める。
坂本城の築城、比叡山焼く討ち、将軍追放とある。
信長に信頼されていると思う。
天正三年(1575年)薩摩の島津家久が伊勢参宮の途中で坂本を訪問したとある。
武田信玄が死に、将軍追放により第一次信長包囲網は瓦解した。

信長の天下になる。
村井貞勝と京都代官を務める。

第二次信長包囲網が出来る。
石山本願寺が中心である。
拡大する織田の戦線。
光秀は丹波攻めを担当する。

光秀の与力大名。
筒井順慶がいる。
本能寺の前に東国への国替えを言われていたようだ。
光秀の石見・出雲と同じなのか?

もしそうなれば、信長の直臣か、毛利の旧臣を与力としなければならない。
今までの畿内衆のようにのような分けにはいかない!
これが光秀のキレた理由ではないかと言う????
光秀が愛宕山に参籠したのが27日、順慶が藤屋に参籠したのも27日と言う。
26,27日頃に内示があったようだ。
29日無防備で信長は本能寺に泊まった。
機会は向うからころがってきた・・・・・・

信長は皆殺しを行った。
別に信長だけではない。
光秀もやっている。
教養人と言うが、どれだけの物だったんだろう???
必ず出て来るフロイスの光秀像!
フロイスは光秀にあったわけではない。
世間の噂を聞いているのだろう。
「裏切りや密会を好み、謀略と忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった。
人を欺く72の方法を深く体得し学習したと言う。
信長に絶えず贈与したと言う」
病気だったと思う!

本・信長の合戦『八つの戦いで読む智謀と戦略』本能寺の変・戸部新十郎

織田信長が日本史上に稀有な大英雄であるのは疑いがない。しかし、群雄のなかから一人抜きん出て天下一統の道を突き進めた秘密は、じつは戦場で干戈を交えるまでの準備段階にこそ隠されている。桶狭間の合戦から本能寺の変に至る信長の八つの合戦を描きながら、その戦い方の卓越性を読み解いた歴史読み物の傑作。

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信長の合戦八つが記述されていて、最後が本能寺の変である。
今、「軍師 官兵衛」も本能寺の変である。
著者の本は大好きである。
この本能寺の変の章もまとまっている。
一番分かり易いのではないかと思う!
だいたい、数多いのか少ないのか分からないが、エピソードを取り上げるのも作家の腕である。
天正十年六月二日に本能寺の変があった。
五月十二日は信長の誕生日である。
この日を『聖日』とする。
「予自ら神体なり」
「神に化身した天下人」

武田勝頼攻めから帰ってきたところで、精神状態はどうなのか?
光秀も同様である。
両者共まともでないもではないか?病気と言う事なんだろう・・・・・
「一度か二度、光秀が反論したので、足蹴にした」フロイス
「甲斐攻めで、光秀が我らも骨をおった。信長に何処で骨をおった」
「家康の饗応で、能の催しで、出来が悪くその場で折檻した」

と言うエピソードがある。
フロイスの明智光秀の人間像。
「才略・深謀・狡猾さがありほとんど全ての者から良く思われない」
「裏切りや密会を好み、計略・策謀の達人だった」
「絶えず信長に贈与し、信長を喜ばせ、必要があれば空涙を流し、信長の同情を買った」
「近江・丹波に取り立てられて、坂本に豪壮華麗な邸宅と城塞を築いた」

光秀では当代随一のインテリと言われている。
がそうなのか?
本来のそう言えるのは、織田家中では細川藤孝だと言う。
やはり戦国武将である。
「仏の嘘を方便、武門の嘘を知略と言う」

なにか支離滅裂な人間像が出来上がっている。
どれも正しいのだと思う!

織田信長の方面軍がある。
光秀は丹波攻略が終わり、次は四国攻めの大将だと思っていたようだ。
が外された。
となれは後は九州か?
中国は秀吉、そのまま九州を担当すれば光秀は秀吉の下風に立たなければならない。
佐久間信盛らの追放!
将来に対する不安か?

謀叛も信長を討つだけなのか?
それとも天下を狙ったのか?
その割には用意がなされていない!

変の後の対応。
細川藤孝・忠興、筒井順慶、高山右近、中川清秀に対する勧誘!
みな味方してくれると思っていたようだ
荒木村重反乱時、信長が高山右近への脅迫がある。
キリスト教を持ち出している。
どだい迫力が違う!
光秀は簡単にあきらめたようだ。
自分の息子、十五郎と忠興に政権を譲り渡すと言う。
今まで、光秀の息子の出来の事を書いた本はあまりないのではないか?

陰謀説は面白いが、成り立つとは思えない。
書状が残っているが本物なのか?
戦国時代に使者が行く。街道だと思う。
どう言う形で送るのか?
越後、四国、中国等へ送るのに何日かかるのか?
いつも思うが、誰が運ぶのか?
どんな格好して歩くのか?

イエスズ会と言うか南蛮勢力と言う黒幕説もある。
がこれは出先機関が勝手にやったのか?
でなければ本国との連絡なんかできない。
下手すれば1年以上かかる。
この本は織田信長の歴史も分かり面白いと思う!

軍師官兵衛(番外編②)備中高松城攻防戦!吉川経家の再戦!(二郎作)

鳥取城攻防戦で吉川経家が腹を切る。
秀吉は助命したかっと言う。
後々の事を考えている。
この時腹を切らずに石見に帰ったとしたらどうなる。
秀吉は帰ることを認めている。
秀吉との再戦を望み、生き恥をさらす????
恥ではないが何か言われるだろう・・・・・
軍使に、秀吉に対する感謝の気持ちを伝える。
そして「次は備中で会いたいと!」
色々言われるが経家は耐える。
秀吉との再戦を望みながら・・・・・・

実際に備中高松城攻防戦に、毛利の援将として来る。
吉川元春、元長、広家と共に備中に来る。
この経家は秀吉の鳥取城攻めを肌で経験している。
援軍として来た時、水攻めを見る。
経家は秀吉の凄さを知っている。
槍働きばかりではない!
人を動かすことも戦術である。
かなわないと思う!戦野であればと思うが・・・・・・
毛利は手を出せない。
ここから駆け引きが始まる!
隆景・恵瓊VS秀吉・官兵衛・小六!
恵瓊が使者に立つ。
吉川一門の中でも経家は秀吉を評価している。
この辺り、元春は気に入らないが・・・・・・

その時、恵瓊に経家も同行する。
まず恵瓊と官兵衛・小六が会う!
官兵衛・小六は一目見てただ者とは思えない同行者に何か感じる。
経家が自己紹介する。
そして生き伸びたことに対する礼を言う。
「戦野で秀吉殿と戦いかったが再び籠城戦となった」と、苦笑いする・・・・・
恵瓊・経家は降服しかないと思っている。
経家は出来るだけ多くの命を助けたい・・・・・・

官兵衛が経家に言う。
秀吉殿に会われないか?
秀吉は飛んでくる!飛んでくるのは竹中直人が上手い!
人たらしの所以である。
経家は秀吉に一目置いている!
秀吉は抱きかかえんようにして経家に接する。
秀吉は経家が家臣に欲しい。

経家が言う。
この場限りの話であると!
鳥取城、高松城との戦を見ている。
三木城の攻防戦も聞いている。
もはや今までの戦いでは無くなって来ている!
毛利はこのような戦いに慣れていないし、又出来ない!
自我の戦力比を冷静に見る事が出来るようになっている。
秀吉・官兵衛・小六は鳥取城から経家には好意を持っている!
ますます秀吉は経家が欲しい!

本能寺の変が起こる。
和議を成立させる。無理やりと言う感じである。
秀吉は撤退する!
本能寺の変を毛利が知る。全員息を飲む!
追撃を主張する元春・元長。
反対する隆景・恵瓊。
織田家の跡目争いに参画するべきではない。
それより秀吉に恩を売る方が良い!
恵瓊もその考えである。
ここで経家が言う!
追撃すべきでない!秀吉と強調した方が良い!
この場限りの追撃は後に何も残さない!
現実に秀吉と、三木城、鳥取城、高松城と戦っていない。
真摯に言う!

流れが撤退に傾く!
後日秀吉はこの話を聞く!
隆景を独立した大名としたように、経家も独立させる。
毛利配下の武将として関ヶ原を迎える。
隆景はいない!
吉川家は広家が継いでいる!
サア経家はどうするか????
こう言うも面白いと思うが・・・・・・

2014年7月13日 (日)

軍師 官兵衛(第28回)本能寺の変!信長死す!

本能寺の変が描かれる。
鉄砲がバンバン撃たれる。
時代考証を担当している小和田哲男が以前それで困ったと記述していた。
鉄砲を撃ったのは、無いとは言えない!
今回撃ちすぎているのでは・・・・・・

変は成功するが、信長の首をさらすことは出来ない。
焼けてしまっている。
濃姫もここで死んでいる。
実際はもっと前に信長と別れていると言うが・・・・・

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公家が喜んでいる。吉田兼見、九条兼孝・・・・・
光秀の娘、倫が父光秀に礼を言う。
荒木村重の息子、村次に嫁いでいたが謀叛時離縁されている。
今は明智秀満に嫁いでいる。
ここは倫だけでなく、細川藤孝・忠興・ガラシャも出て来て欲しいところである。
光秀が一番頼りにしていたのが、細川藤孝・忠興親子と思うが・・・・

ともあれ茶人、長谷川宗仁が放った使者が秀吉の陣に着く。
官兵衛が対応する。
もっとも毛利への光秀の使者が間違って秀吉の陣に迷い込んだ話が有名だが・・・・
それは無いだろう。

驚愕する官兵衛。
すぐさま毛利への密使を捕まえる為に網をはる。
そうして秀吉に報告に行く!
秀吉は寝ている。
官兵衛に信長死すの連絡を読ます。
秀吉は泣き出す!
秀吉と官兵衛は1対1で話している。
官兵衛がニヤッと笑う!
「殿の御運が開けましたゾ!」
秀吉に天下取りのチャンスが回ってきた。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
官兵衛がたきつけている。
が秀吉はまだ立ち直っていない!
「官兵衛におまかせあれ!」
戸部新十郎は焚き付けたのは小六としているが・・・・・

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堺にいる家康は絶望的なるが、家臣に逃げることを勧められる。
榊原康政、井伊直政、本多忠勝らがいる。
今から伊賀越えが始まる。
服部半蔵は登場するのか?
柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益らは今回登場しない。
まず毛利との交渉である。
恵瓊の寝入りばなを叩き起こして来させる。
恵瓊は自分の方が不利なのは分かっているので文句を言いながら来る。
ここの場面は、想像力豊かな方が色々描ける。
官兵衛は恵瓊に信長の死を知らせる。
実際はどうだか分からない?
続きは来週になる。
恵瓊は清水宗治を切腹させるのか?
隆景、元春の信長死すを知った後の対応は?
恵瓊と交渉している官兵衛の、嬉しそうな顔!
軍師ではない!策士官兵衛だ!
次回からは、不敵に笑う官兵衛が多く見られそうである!
光秀も諸将を味方に引き入れる密使を派遣する。
調略VS調略である。

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本能寺の紀行記事

近江・賤ヶ岳④ 信じられない!リフトで上がるより早く登れる。

賤ヶ岳、こんな山頂に何を考えているのかと思ったが、そうでもない・・・・・
リフトで上がる時、丁度歩いて上がる二人の男性と一緒だった。
我が家はリフトに向かった。
彼らは登って行った。
若いと言う事は・・・・・
リフトで上まで登って、300mを歩いて登った。
その途中で二人の男性に追いつかれた!

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昔の武将、足軽たちは鎧兜を身に付けてここを上がったんだろう。
メチャメチャしんどい。
良くやると思ったが、もろくもその考えは崩れた!
山上で声をかけた!
地元の人で良く来るそうだ。
時間があれば来るみたい。
この山上からの眺めが好きだと言っていた。
余呉湖、琵琶湖に反対側の町並!
360度の展望台である。

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リフトで上がって来る時に道があるのは分かった。
リフトと交差するところがある。
ここは当たらないように、頭だが注意するそうだ。
今日も少し時間が出来たので登って来たそうだ。
何と言ってよいのか?

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縁があるのか?
帰りのリフトで降りている時、二人連れが丁度リフトを横斬るところだった。
向うも気が付いてくれた。
飛ぶように降りている。
嫌になってくる・・・・・・・
自分のだらしなさに!
降りてから隣の寺を見に行った。
駐車場に帰ると、彼らが降りて来ている!
ビックリクリクリクリックリ!!!!!!!
こんな風に上り下り出来るなら、陣を構えたのも分かる気がした!


近江・賤ヶ岳③ 賤ヶ岳七本槍!

駐車場から賤ヶ岳七本槍の幟がある。
名前入りである。
リフトの乗り場にも簡単な店があったが、七本槍の幟がある。
そう言えば、奉納されている酒の名前が、七本槍である。

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福島正則が「脇坂などと同列にされるのは迷惑だ」と語ったと言う。
加藤清正も「七本槍」を話題にされるのをひどく嫌ったなどの逸話が伝えられている。
秀吉が宣伝の為に作ったようだ。
戦死すれば名前は残らない!
結局大名で残ったのは、脇坂安治だけのようだ!

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当時から「七本槍」が虚名に近いという認識が広まっていたと推定される。
①   福島正則
②   加藤清正
③   加藤嘉明
④   脇坂安治
⑤   平野長泰
⑥   糟屋武則
⑦   片桐且元

軍師 官兵衛での、加古川評定。
加古川城が糟屋武則の一族の居城だったようだ。
秀吉に付いて良かったのだろう!

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長浜八幡神社にある酒

2014年7月12日 (土)

近江・賤ヶ岳②『山上にて』

リフトで上賤ヶ岳まで上がった。
当然か?

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そこから山上まで300mある。
山道である。
杖があった。嬉しい!
ここに賤ヶ岳の字が入っている。メチャメチャ嬉しい!

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途中で休みながら上がった。
息も絶え絶えで上がった・・・・・
上からの展望は気持ちが良い。
官兵衛の幟もある。

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山上で思ったが、ここは近江である。
記念撮影の看板に、浅井三姉妹があった。
大河ドラマの影響は凄いのか?
自治体も誘致にこだわるのも無理はないと思った・・・・・・

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展望からの眺めは良い。
西側は余呉湖、琵琶湖とあり、東側は街並みが広がっている。
観光客も多い!
武者の像があるが、勝家側なのか?
石碑がある。漢詩なのか?
がもう読めない!
保存も大変だろうと思った!

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近江・賤ヶ岳①『秀吉VS勝家の決戦』

清須会議の後、北国北の庄に閉じ込められている勝家を挑発するが如く、秀吉が策を巡らす。雪解けを待たずに勝家は出兵する。
流石勝家と言うべきか?
ここで対陣がある。
こういう場合、先に手を出した方が負けと言う!

川中島の謙信と信玄。
先に動こうとした信玄のわずかなすきを謙信が突いたと言う!
後年、小牧長久手の戦いがある。
秀吉VS家康。
これも先に動いた秀吉が苦杯を舐めた!

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対陣中秀吉が賤ヶ岳を離れる。大垣城か!
これを見逃さずに、佐久間盛政が攻勢に出る。
勝家は気に入らないが大岩山砦を攻撃させた。
結果を出せば引き上げる条件での許可と言う。
大岩山砦を守っていたのは中川清秀!
村重に謀叛を勧めて裏切った男であり、山崎の合戦では秀吉に付いた。
耐え切れず陥落、中川は討死、さらに岩崎山に陣取っていた高山右近も逃れる。
この成果を得て勝家は盛政に撤退の命令を下したが、再三の命令にもかかわらず盛政はこれを拒否した。
ここで丹羽長秀が参戦する???

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この時、司馬遼太郎 新史太閤記では、
『盛政には秀吉の器量が分かっていない!』
結果その通りとなる。
大垣城にいた秀吉は直ちに賤ヶ岳に戻る。
木ノ本までの丘陵地帯を含む52kmを僅か5時間で移動したと言う!
あらかじめ沿道に松明、食事の補給箇所用意させていたと言う。
秀吉の大軍に驚いた佐久間盛政は同深夜に撤退を開始する。
勝家の応援もあり撤退するが、ここで前田利家の戦線離脱がある!
ここで勝負が決まったようだ!
こんな山の中で良く戦ったと思う。
気候もまだ寒かったと思う!

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2014年7月10日 (木)

本・戦国の異能人『水軍』・戸部新十郎

著者の作品は大好きだ。
剣豪小説に冴えを見せる。
この本は戦国の異能集団を扱っている。
鉄砲、金堀衆、忍者等があり、『水軍』を扱っている。
短編小説である。
先日三田に行った時に見た。『海の九鬼・山の九鬼』
徳川はこの異能集団を恐れた。
ゆえに山に上げた。陸に上がった河童か?
この異能集団の技術は絶えたと言う。

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水軍と海賊とはどう違うのか?
九鬼家は伊勢水軍になる。
村上水軍、松浦水軍と沢山ある。
陸には地元に密着した土豪がいる。三木の別所もそうなんだろう・・・・・
水軍は海の土豪、つまり「海豪」と言う。
分かり易い説明である!
村上水軍は、村上源氏と言う!源氏の末なのか?
水軍(海賊)でも上に立つには権威が必要と言う。
著者の説明に納得する!

水軍の規則がある。
もっともなことが記述してある。
少し抜粋してみる。
①   上下心を一にし、生死を等しくする。禁戒を守り論争しない。
②   船は三艘を一組として早い遅いがあってはならない。
③   船の配列はクジで決め、一日毎に交代する。
④   用事のない者が歩き回らない。裸で歩き回らない。合い言葉を忘れた者も切り捨てる。
⑤   飲むのは真水、使うのは海水。
⑥   酒、博打は禁制。遊女、推児を連れ込まない。
⑦   親子が同船してはいけない。兄弟もであろうと思う。
⑧   船を枕に討ち死にしてはならない。生きて戦う事を考えよ!
守らないアホがいるから規則はある!

石山本願寺へ食料を運ぶ毛利水軍。村上水軍か?
木津川で織田水軍、九鬼水軍と激突する。
九鬼水軍完敗!
技術の差がある。
これを見て信長は玄人の考えを排除する。
村上水軍より10年は遅れている技術の差を違う方法で行う。
つまり鉄工船、鉄張り船を造る。
火に弱ければ燃えないようにすればよい!
近接火術が劣れば遠方より撃てる超大型砲を備えればよい!
信長は天才か!
実際に再戦は毛利水軍の完敗となる。
毛利水軍も鉄工船の情報は入ってきている。
が今までの誇りがある!戦う!
戦艦と魚雷艇、水雷艇の戦いになってしまった。
がこれは織田水軍の勝利であり、九鬼水軍を含む水軍の敗北と言う!
歴史ある操船法、戦略戦術が大鑑巨砲に敗れた。
つまりそれを造りだす大勢力に敗れたと言う!
自主独立集団の崩壊と言う!
水軍の事が大変よく分かった!


アホな兵庫県議員、もはや死ぬだけか!「保険金は寄付したらよいと思うが」

アホとしか言いようがない!
世界中に恥をさらしている!
号泣????
要は泣いて誤魔化そうとする!
マア信じられない!
使った明細も分からずに、信じて欲しい!
まずないが、この金を恵まれない子供に寄付でもしているなら大したものだ!
してたら言うだろうと思うが・・・・・・
時間が経てば経つほどボロが出て来る!
早くゲロした方が良い!
最後の、自分は正しい!との遺書を残して自殺しても構わないが・・・・・・
その方が丸く収まる!
他にも絶対にいるはず!
西宮の選挙区と言うが、選挙民も何を見ていたのか?
何も見ていない!
県議なんてもっと少なく出来ることがこれで分かった!

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「記者会見で見せた醜態は議員としての資質を疑わざるを得ず、議会全体の信用を失墜させた」

県議会も問題があるのでは?
よくあれだけ泣いたと思うが・・・・・・
早く楽になった方が良いのでは!!!!

2014年7月 8日 (火)

軍師 官兵衛(第27回) 備中高松城水攻め!「敵は本能寺にあり!」

備中高松城水攻めが始まった。
毛利は援軍を出すが、手を出せない。
山陽道は小早川隆景が主導権を持っている。
手を出せない毛利は講和を持ち出す。
恵瓊が来る。
和睦の条件は、備中一国の譲渡に城兵を助ける。
毛利は自分の都合しか考えていない。
秀吉は腹がくちい!
余程の条件でなければ信長に取り次がない!
でなければ信長に怒られる。
それが備中一国とは・・・・・・・
城主、清水宗治は死ななければならない。
でなければ秀吉は、3万と言う兵を引き連れているのに何をしたかと叱られる。
勝敗のけじめをつけるには、宗治が切腹する。
秀吉はそれ以上の死者を出したくない????

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清水宗治

同時期に光秀が家康の饗応役を命じられる。
家康は、本多忠勝・井伊直政と連れている。
光秀は、斉藤利三、明智秀満を連れている。
秀吉は、官兵衛に小六か?
役者がそろって来ている。

信長と光秀のやり取りは、さらりと流している。
天皇をどうする?
光秀はそれな成りませぬ!
近江坂本、丹波を召し上げ、石見・出雲を与える。
この話を持って来ている。
実際はどうなのか?
このドラマでは、甲斐の勝頼攻めで、「われらの苦労が実った?」
「おのれがどれだけの苦労をしたのか?」
足蹴にされる場面も無かった。

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演じるが春風亭小春である。
上手く演じている。苦悩が表れている。
亀岡城から老いの坂を通って京に行く。
「敵は本能寺にあり!」
突発的な決断だったんだろう!
おみくじをひく場面がある。
引きなおしたのは事実のようだが、誰が後世に伝えたのか?
ちまきを皮のまま食べた話は無かった。
重臣たちに打ちあける場面はもっと時間をかけて欲しかったが・・・・・

同時期に高松城の講和の場面になっている。
官兵衛は清水宗治を助けたい!
その為に隆景に会う。
恵瓊は独断で5ヶ国譲渡を持ち出している。
これは秀吉は飲むべきと思っている。
黙っていても5ヶ国貰える。
これは信長の直轄領に出来る。
恩賞として与えなくても良い。
が毛利としては飲めないが、隆景はそれしかないと思っている。
この席に元春がいないのが良い!
いればまとまる話もまとまらない!

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状況を変える。その為には清水宗治が織田に付く。
隆景、恵瓊、官兵衛の打ち合わせによる。
隆景もそれしかないと思っている。
が清水宗治は納得しない!
次週はどうなるのか?
楽しみである!

備中高松城の記事

亀岡城の記事

老いの坂の記事

2014年7月 7日 (月)

7月6日 東西吟選落語会~七夕寄席~ 神戸文化ホール

神戸文化ホールで17時からの落語を聴いた。
三遊亭兼好、林家三平、笑福亭三喬、柳亭市場、中入り、
笑福亭銀瓶、桂雀々が出演する。
沢山の浴衣姿の若い女性がいる。
落語に来たのでないのは誰でも分かる。
ニコニコ動画?のコンサートがあったみたい。
賑やかだ!
比べて落語はおとなしい!

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笑福亭 三喬が登場した。
西宮の出身である。今話題の中心である。
こう言うのはネタになる。
西宮出身と言う事で、みんな分かる。
関係ないが頭を下げた!
柳亭市場は良い声をしている。
友人言うところの、南光の声とは違う!

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笑福亭銀瓶は声が通る!
ある落語会で最後に倒れて起き上がると幕が降りる。
先輩にどうせなら倒れた時に、手を振って幕が降りたらどうや?
そうしたようだ。
終わって楽屋に帰ると、ざこば・三枝等がいたらしい。
何かある。
ざこばの真似をする。『これが上手い!』
なんや今のあれは!
要は怒られている。
言った先輩が、「私がやれと言うたんです。申し訳ありません」
と謝ってくれた!
そんな分けはない。黙っている!
そう言う話から入って面白い!

トリは桂雀々!
手水廻し!
最初がバスの中での演技!
うどん・そば・ラーメン・焼きいも・高野豆腐・焼いた餅・・・・・・
上手いですよね!
汗を拭き拭き喋っている。
雀々だけ前にテーブル?机を置いた。
センスとお手拭を置くためなのか?
そして手水廻しに入る。
爆笑の連続である。
面白かったです!

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2014年7月 6日 (日)

台湾で思った事!『台湾と朝鮮半島』

元外交官、東郷和彦が記述していた。
朝鮮半島と台湾を日本は支配した。
同じ時期である。
統治、支配に違いがあったとは思えない!
同じことをしているはずだと!

先日台湾に行ってきた。
台湾では、案内は日本の統治時代と言う言葉になっている。
統治!調べてみた。
「特定の少数者が権力を背景として、集団に一定の秩序を付与しようとすること」
分かったようで分からない!

韓国は日本の植民地時代、植民地と言う。
国外に移住者が移り住み、本国政府の支配下にある領土のことのようだ!
あくまで搾取されたと言いたいのか?

台湾で八田與一の像があった。
鳥山頭ダム建設について感謝の気持ちがある。
今でも訪れる人も多い!
像まで造っていくれている。
日本としては感謝しなければならない!

伊藤博文が暗殺された。
暗殺者の名前は憶えない。と言うより最初から知らない。
暗殺地の中国で暗殺者の像を建てている!
1000年責め続けるだろう・・・・・

東北大震災での義援金が集まった。
台湾からの義援金は群を抜いていたと言う。
旅行で知り合ったクロアチアのガイドさん。
奥さんと連絡を取っている。
台湾からの旅行客に、ガイドさんがお礼を言ったら、
「我々は友達ではないか!」と言ったそうだ!

かたや「天罰が当たった!」と言う国もある!
国民性、風土の違いなのか?
台湾には又行くと思うが、朝鮮半島には行かないだろう!
韓流に興味が無いせいもあるが・・・・・

山城・二条城『ユネスコの世界遺産』

現存する二条城は江戸時代に築造された。
城跡全体が国の史跡になっている。

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ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」として登録されている。
歴史上の大事件の舞台になっている。
徳川家康の将軍宣下に伴う賀儀と、徳川慶喜の大政奉還が行われた城で、江戸幕府の始まりと終焉の場所である。
家康と秀頼が対面した城でもある。

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その説明があった。
会議の状況と思うが、人形で分かるようになっている。
なかなか良い!
徳川はじじ臭い!
老中、大老、若年寄り・・・・・・
老の字が多い!

海外の団体客も多い!
スペインの観光客の団体がいた!
靴下にスペインの国旗の絵があった!
足の悪い年輩の女性がいた。
ゆっくり歩いているので、こちらは後ろにいたのでゆっくり行ったが、
女性が気が付いて、先に行ってくださいと、手振りで示してくれた。
奥さんは「どこから来たのですか?」、と話しかけたかったみたいだが、そのスペイン語しか知らない。突っ込まれると話が続かないのでやめたそうだ。

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賑わっているのは嬉しい!
価値のある屏風なのだろう。
絵が映える!
ゆっくり見て回った。暗い廊下が又良い!
そして庭園を回った!
広大な敷地である!

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山城・二条城『織田信忠奮戦の地!』実際は????

世界遺産の二条城がある。
観光客も多い!
歴史上は下記の5つあると聞いている。

①   二条御所。足利義輝邸
②   二条新御所。室町幕府第15代将軍足利義昭の居城として、織田信長が造った城。
③   二条御新造(二条殿)。織田信長が築城し、京都滞在の宿舎に使ったが、誠仁親王に献上。本能寺の変で織田信忠、村井貞勝が明智光秀と戦い落城。
④   妙顕寺城。羽柴秀吉が聚楽第完成までに使った。
⑤   現在の二条城。徳川家康が、京に滞在中の宿所として築城した。

⑤ の二条城が世界遺産である。
行きたいのは③の織田信忠が戦った城である。

調べれば調べるほど分からくなる。
頭が悪い!
平安女学院のところに石碑がある。
どうも②のようだ!
③では無さそう!
③は妙覚寺に隣接していたと言う。

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本能寺の変後、京都所司代・村井貞勝が駆けつけ、本能寺が既におちた旨を伝え
防御能力に優れた二条新御所へ移ることを進言した。
信忠は誠仁親王らを二条新御所から出した上でここに籠城し、これを攻囲する明智勢と奮戦し、信忠を始め貞勝ら60余名が討ち死!
二条新御所も隣接する妙覚寺と共に灰燼に帰した。
又時間があれば来てみたい!

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山城・本能寺『敵は本能寺にあり!』

現存している本能寺は移設されたものである。
実際の本能寺は石碑しかない。
変が無ければこれほど有名にはならなかったと思う!
石碑は通りをはさんである。
堀川高校を目印に行った。
細い道沿いにある。
京都は歴ある街である。
いくらでも名所・旧跡がある。
石碑だけが従来からの石碑と言う。
ここと特定指定していなのが良い!
ここら辺りだ!

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通りを挟んである石碑には説明がある。
読み辛い!
かがまなければいけない!
ここは若い男性が一人で見に来ていた。
好きなんだろうと思う!

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何故光秀は謀叛に走ったのか?
光秀なりに成算はあったのか?
あったんだろうが、機能していない!
謀叛を重臣に打ちあけたのも決行前である。
配下の武将、細川藤孝、筒井順慶にも打ちあけていない。
そのくせ柴田勝家と敵対する上杉景勝にはほのめかす書状を送っている。
『これは眉唾と思うが・・・・・』
しかし根回しし過ぎても失敗する。
秘密は漏れる!
由井正雪の反乱も漏れた!
家康の家臣、石川数正の出奔も漏れた!
黒幕説は賑やかであるが、実行したのは光秀!
決断は光秀がした!
精神的に追い詰められていたのは確かと思う!
歴史に名を残したが、暴虐な人間としてではない!
永遠の謎である!

これが真実だと言う本もあるが、あまりあてにしない方が良い!
期待して読めば失望も大きい!

2014年7月 5日 (土)

映画・オール・ユー・ニード・イズ・キル

オール・ユー・ニード・イズ・キル 
日本の桜坂洋のSFライトノベルの映画化である。
予告編を見た時から見に行きたかった!
7月4日の最終上映を、ハット神戸で見た!

パラレルワールドと、宇宙からの侵略の物語になる。
地球が侵略を受けている。
宇宙生命体と言う。宇宙を漂って目ぼしい惑星に侵略する。
宇宙人と言うよりはよい!
ヨーロッパが戦場である。負け続けているが、勝利を収める。
それを機に反抗が始まる。
「大陸反攻作戦?」

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主人公ケイジは広報担当で実戦経験が無い。
撮影に反攻作戦の現場に行けとの命令を拒否する。
二等兵で前線に出されて死ぬ!
ここで伝説の戦士、リタ・ヴラタスキに会う。
死んだが同じ日の朝に目覚める。
同じ事の繰り返しになる。
タイムループしている。
やがてリタもケイジの能力に気が付く。
自身かってその能力あったので分かる。
自分を探すように言い死ぬ!

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リタに会う。そうして説明を聞いて納得する。
リタはケイジを鍛える。ケイジは何度も死に鍛えられる。
ループするには、確実に死ななければならない。
下手に輸血でもされたら能力が無くなる。
リタは自身の経験からよく分かっている。
ケイジが骨折したりしたらリタが銃を撃つ!
その繰り返しでだんだんに死ぬ時間が延びる。
侵略者「ギタイ」の頭、オメガを殺しに行く。
ギタイは生命体と言うより、触手だらけの機械みたいなものである。
生命体と言うより、意志である!
大いなる宇宙の意志なのか?

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死ぬまでの時間が延びている。スキルアップしている!
生き返るたびにリタに状況を説明する。
そのうちに、オメガのいる場所が分かる。
これを殺しに行こうとするが行けない。
どうやってもリタが死んでしまう。
ケイジはリタに会わないで、別の世界を造ろうとする。
生き返りリタに会ったが、何も言わずに行く。
リタなしで行くが、罠であった!ケイジをおびき寄せるための・・・・・
そもそも反攻の前に負けているのも罠、作戦である。
オメガは、ケイジの血液が欲しい!
タイムループの原因である。
罠であった!ケイジをおびき寄せるための・・・・・

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反攻作戦の兵士を運ぶのは、オスプレイ?
戦闘スーツを着ている。動きにくい!実際に原作者も着てみたが動けなかったようだ!
リタは接近戦で刀を使う。
この場面は、もっと強化プラスチックなんかにして欲しかったが・・・・・

罠で死に、タイムワープするが今度はリタのところに行き、全てを話す。
リタと作戦を変える。
先が分かるところまでは安心できる。
それから先は完全に死んでワープしてやり直さなければならない!
ところが死なない!輸血される・・・・・
サア大変である!
オメガの場所は特定出来ている。
ルーブル美術館である!
ここから最終決戦が始まる!ここまでの時間が合っていない感じがしないでもない!
やはりアメリカ映画である。
最後まで観させる!
最後はどちらかと言うと、ハッピーエンドである!
結論はパラレルワールドの世界である。
そうなるのも分からないでもない。観たら何故ハッピーエンドになるかよく分かります!
面白かったです!


2014年7月 4日 (金)

軍師 官兵衛(第26回) 長政初陣を飾る! 官兵衛・秀吉VS恵瓊・隆景

長政が初陣を飾る!
官兵衛に次男が生まれる。
よい事が続いている!

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織田の武田攻めがある。
この辺りはあっけない!
快川 紹喜!
『心頭滅却すれば、火もまた涼し』
良く言ったと思うが・・・・・・
相手が悪いと思うが・・・・・・
光秀の苦悩がある。
和尚を救おうと思ったが、出来ない。
さあどうする!

官兵衛は備中七城の攻略にかかる。
高松城城主、清水宗治は毛利を裏切らない!
七城の主城は高松城である。
まず冠山城かを攻める。まわりから攻める。
長政が初陣を果たす!
かなりきわどく演出されている。

ドラマでは秀吉が馬鹿に見える!
何でも官兵衛の指示通りである。
水攻めの発案者は秀吉と思いたい!
が官兵衛が現地で調査している。
土手は百姓たちが主で造る。金が動く!
ドラマでも百姓に金を渡している。
土嚢の量と支払う金は誰が計算したのか?
司馬遼太郎では、小西弥九郎となる。
官兵衛では無さそう!
備中一円が狂ったようになる!

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高松城側な何をしているのか分からない!
清水宗治が何かを感じる・・・・・・
実際に早めに船を手配したようだ。

この頃から毛利と織田は対等ではない!
織田と対等な勢力は無いと言っても良い!
武田も滅びる。
小田原北条と越後上杉では相手にならない。
官兵衛もこの頃からは、強気で調略できる。
織田の、秀吉の威光がある。
毛利も宇喜多が秀吉に付いているので苦しい。

恵瓊と官兵衛が会う!
明らかに主導権は官兵衛にある。
なので恵瓊は、毛利と秀吉とを組ませようとする!「無理があるが・・・・・」
毛利は織田に攻め込まれている。負けている。
戦場が安芸に近づいてきている。
恵瓊も毛利の不利な状況が分かっているのだろう・・・・・
自身の生き残りを図ろうとしている感じがする。

官兵衛の、この時期からの調略は上から目線である!
ますます力を発揮している!
毛利、恵瓊は負け続けている。
荒木村重、一向一揆、三木の別所長治、丹波の波多野氏と負けている。
水軍も負けている。
ここまでくれば挽回は出来ない!
自分の先行きを考える!
もはや毛利から心は離れている!
次週、清水宗治に切腹を勧めるだろう・・・・・・

次週は、光秀が、「敵は本能寺!」と叫ぶのだろう!
展開が早くなってきている!

備中7城のリンクです。
備中七城 冠山城

備中七城 宮路山城

備中七城 加茂城

備中七城 日幡城

備中七城 松島城

備中七城 庭瀬城

備中七城  撫川城

軍師 官兵衛(番外編)鳥取城攻防戦『吉川経家の奮戦!』 (二郎作)

鳥取城攻防戦は放送が無かった。
期待していたので寂しかったです!
三木城から備中高松城へ飛んでしまった。

ここは秀吉の冴えを描くべきと思うが・・・・・・・
1580年(天正8年)秀吉の第一次鳥取城攻めで山名豊国は降伏。
ところが、同月3月毛利の来訪で再度の降伏。
鳥取城は毛利方になる。
この時点で山名豊国は因幡守護であるが鳥取城主ではなくなった。
同年4月、山名豊国は秀吉の下へ出奔する。
残存する山名旧臣は毛利氏への従属を継続したため、羽柴秀吉は二度目の鳥取城攻撃をする。
毛利は何人かの城将の入れ替えの末、吉川一門で文武両道に優れた経家を派遣する。
経家は自らの首桶を用意しており、その決死の覚悟を窺うことができる!
鳥取城は吉川経家を城主に迎える。

秀吉は三木城の兵糧攻めを、ここでも行う。
が学習している。
因幡の米を高値で買い取る。
若狭の方が飢饉と言う事で・・・・・・
経家の来る前に軍資金にと城内の米を売る。
計略だとは思わない!
20日分の兵糧しかなかったと言う。
三木城は別所長治の切腹降伏まで2年近くかかっている。
鳥取城攻めでは兵糧を少なくさせて、早く餓えさせることを考える。
鳥取城は秀吉の思惑通りになる。
河川や海からの毛利勢の兵糧の搬入を阻止した。

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日本海にも水軍がいる。
山陰道なので、吉川元春が主将である。
鳥取城の西側に伯耆 羽衣石城がある。
ここが織田に付いたため、兵糧を運ぶ毛利を攻撃したと言う。
2度と行けない城である!
死ぬ思いで本丸まで行った・・・・・

瞬く間に兵糧は尽き飢餓に陥った。
何週間か経つと城内の家畜、植物などは食い尽くされ、4か月も経つと餓死者が続出し人肉を食らう者まで現れた。
「餓鬼のごとく痩せ衰えたる男女、柵際へより、もだえこがれ、引き出し助け給へと叫び、叫喚の悲しみ、哀れなるありさま、目もあてられず」と言う。
毛利の常識と言うより、今までの常識では、冬になれば雪で秀吉が引き上げると!
が兵農分離が進んでいる織田の兵は、弱い尾張兵とはいえ一歩進んでいる。
いつでも戦える。
降服しかないが、秀吉は経家の奮戦を称え、責任を取って自害するのは森下道誉・中村春続だけでよく、吉川経家は帰還させるとの意思を伝えた。
しかし経家はそれを拒否し、責任を取って自害する。
「毛利と織田が激突した日本二つの弓矢の境目で、切腹できることは末代までの名誉と存じまする」

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この吉川経家は見たかった。進退が爽やかである!
鳥取城には像がある!
経家が一番ふさわしいのだろう!

但馬に、奈佐日本之介と言う土豪?がいる。
但馬の水軍?海賊?
鳥取城に籠城した!
降伏後、奈佐日本之介は秀吉に許されず切腹させられる。
「城山三郎 秀吉と武吉 目をあげれば海」 にあった話である。
この事実を、小早川隆景は、村上水軍の村上武吉に伝えているようだ!
要は織田の世になれば、水軍のいる場所は無いと言うことだろう!
暗に毛利に付けと言っている!

この城攻めは秀吉、官兵衛の頭脳で勝ったのか?
秀吉にすれば楽な戦いだっただろう!
一向一揆とは和睦。村重は逃亡。三木城も落城している。丹波も平定されている。
一時の危機の事を思えば楽な戦いではは無かったのか?

石見福光城の記事

伯耆羽衣石城の記事

因幡鳥取城の記事

2014年7月 3日 (木)

台湾は省エネの国なのか?

台湾は暑いと聞いて来ている。
湿気が多いと。
外に出ると、眼鏡が曇る!
冬は寒いとも言う。

ホテルの部屋が、がんがんに冷やしてある。
空調の温度制御の目盛がある。
15℃から始まるが、部屋に帰ったら15℃より下で設定している。
たまらずにOFFにしたが、それでも朝まで充分に寒い!

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エアコンを止めても、外気から冷たい空気が入ってくる。

人の集まるところは効きすぎるぐらい冷やしてある。
中と外の温度差が激しい!
知り合いにも聞いたが、日本のようにクールビズとかは無さそう!
バタバタしない国民性なのか?台湾は省エネの国なのか?

2014年7月 2日 (水)

台湾のタクシーで思った事。

知り合いがタクシーの行先を大きな字で書いていた。
さもなくば老眼で運転手が見えにくいと!
それでも分からない。
昔はタクシーの運転手は地理に詳しくなければ務まらないと思っていた。
が今はそんな事は無い!
ナビがある!
それに入力していく。
知り合いが、スマホで行先を示す。
その画面を運転手が勝手に大きくして確認する。
そう言う時代なんだろう!
誰でも出来る!
台湾のタクシーで思った事。 知り合いがタクシーの行先を大きな字で書いていた。 さもなくば老眼で運転手が見えにくいと! それでも分からない。 昔はタクシーの運転手は地理に詳しくなければ務まらないと思っていた。 が今はそんな事は無い! ナビがある! それに入力していく。 知り合いが、スマホで行先を示す。 その画面を運転手が勝手に大きくして確認する。 そう言う時代なんだろう! 誰でも出来る!

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台湾4日目⑥ マンゴーかき氷、一番の思い出か?

今はマンゴーが旬である。
美味しいと言われるマンゴーかき氷を2回食べた。
同じ店である。
氷のきめが違う!
安物のかき氷ではない。
知り合いは牛乳を混ぜて?凍らせているのではないかと!
この店はマンゴーのシーズンしかやっていない。
それでも成り立っている。
100元(約350円)は高くは無いと思った!

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種類は多い!
トマトは果物になっている。
スイカ、パイナップルなどもある。
そして小豆もある。
寒天もありそう!
トッピングも出来る!

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お持ち帰りの人も多い!
毎日でも食べれそう!
メチャメチャ美味しかった!

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台湾4日目⑤ 帰国へ

昼食はコースで2時間かけた。
ゆっくりと食事した。
これで観光は終わり!
知り合いとここで別れて、ご主人がホテルまで付き合ってくれた。
ありがとうございました!

ホテルからはHISの送迎が空港まで送ってくれている。
航空運賃とホテルと送迎が料金になっている。
ホテルは超豪華である!
日本人も多い!
とても楽しく観光出来ました!

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空港までの道

空港でも係員が丁寧に案内してくれた!
無事に搭乗できました!

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免税店で1500元のチョコレートを買った。
2個で1個おまけ!
店の人がひつこく勧めた!

飛行機は1時間ほど遅れた。
飛行機の中で何もせずに一時間は疲れる!
無事に関空に着きました!

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台湾4日目④ 台北101 2004年12月31日竣工、当時は世界最高長のビル!

台北101、の地下でお土産を買った。
沢山買ってしまった! 奥さんは控えていた。

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食事まで時間があったので
座って待った!
ファーストフードの店があった。

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500mの高さで、エレベーターは全て東芝製で61基ある。
5月に、1階から展望デッキのある91階までの2046段の階段を駆け上がる「台北101國際登高賽」レースが開催されている。
良くやる!
この高さになると風圧を考慮しなければならない!
その対策もなされている。

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85階のレストランを予約している。
エレベーターは途中で乗り換える。
展望台には行かなかった。
85階から街を見下ろした!
シカゴは104階だった!
凄い建物である!

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正面にニューヨークにもある、LOVE
新宿にもあるそうだ!?

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台湾4日目③ 台北101ビルへ!『小心月台間隙』

龍山寺から昼食のビルに向かった。
地下鉄で行った。
駅の列車への乗り口に「小心月台間隙」の名前があった。
昨日、月台はプラットフォームと教えられた。

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日本でもある。
「ホームと列車に間が空いているので注意してください!」
と言う事は、間隙????
隙まだだろう・・・・・
となれば、『小心』は注意してください!
気を付けてくだい!

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英語の表示もある。
漢字の国だ!こういう場合なんとなく分かる!
話は違うが、言葉が分からなものがこうやって分かり合えるのだろうと思った!

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台湾4日目② 龍山寺 台湾の寺

奥さんの希望で龍山寺に行った。
観光としては最後の訪問になる。

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台湾は特別な宗派は無いと聞いた。
が中に入ってビックリした!
沢山の人間が読経している。

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分厚い本を前にしている。
黒の服が正装なのか?
写真は写しにくかった。

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本尊の観音様

寺のサイドに事務所がある。
扉が開いている。
中から冷気が漂ってくる!
前を通ると涼しい!
何かおかしかった。
特別なイベントがあったのか???
いてはいけない場所にいたのかも知れなかった!

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中庭に滝が流れている

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台湾4日目① ガイドさんの話を思い出す!

ガイドさんが学校の事を教えてくれた。
7月2日から夏休みで9月から新学期が始まる。
2015年から12年の義務教育になる。
6年生、7年8年9年となり、10年、11年、12年生となる。
が台湾も共稼ぎが多い。
子供はお婆ちゃんが育てる事が多いようだ!
どうなるのか?
わがままに育つようだ!
何処も同じなのか????

台湾3日目⑫ 鳥山頭ダム観光終了。台北へ帰る。

車で嘉義駅まで帰った。
順調に帰れた!
ここで運転手と別れた!
駅は新しく綺麗である!
田んぼの中の一軒家か?

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駅の外にマスコット?イメージキャラクターがある。
濃婆??????
ちょっと合わない感じがした!

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予定より早かったので、30分早い列車に変更して貰った!
列車は面白かった。
見ていて楽しい!

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無事に台北に帰れました。
ここでガイドさんと別れました!
ありがとうございました!

台湾3日目⑪ 鳥山頭ダム 八田記念公園

八田記念公園は、4棟の建物がある。
市川及び田中邸。
八田邸。
赤堀邸。
阿部邸。
同じような造りではある。

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週変りで1軒だけ見物できる。
ひな祭りの飾りがある!
ここは幹部級が暮らしていたのだろう。
それにしても水に新鮮野菜はどうしたのだろう?
糞尿の始末もある。
奥さんも何でも出来なくてはならない!!!
さしすせそ全部だろう!
着物を着ていたので和裁も出来なくてはならない!
出来た人だったんだろうと思う!

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日本人として、誇りに思っても良いだろうと思う!
ご苦労さんでした!

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池は台湾の形

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八田技師が植えた南洋桜

台湾3日目⑩ 鳥山頭ダム ガイドの一言!

ここで説明中、ガイドさんが発言した。
台湾は日本に大変感謝している。
何処かの国とは違う!!!!
東北の大震災の時にも寄付は集まった!
事実である!
何処かの国だったら銅像なんか造らない!
あったら壊している。
自分達でやったと言うだろう!
言い過ぎか?
いや二郎はガイドさんと気が合う!

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ガイドの王さん

台湾3日目⑨ 鳥山頭ダム 大活躍のベルギー製蒸気機関車!

小さな蒸気機関車である。
大活躍したようだ。

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大きすぎても使い道が無かったんだろう・・・・・・
展示されているのは嬉しい!

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ダム建設に使われた道具

台湾3日目⑧ 鳥山頭ダム 八田與一の銅像!

食事が終わり、八田與一の銅像を見に行った。
近い!
像があり、後ろが墓になっている。

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ダムを見下ろせる場所に作ったようだ!

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134人の犠牲者の慰霊碑を造る時、国籍に関係なく亡くなった順に名前を刻んだと言う!
今もこうして台湾の人に感謝されている。
素晴らしいと思う!

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台湾3日目⑦ 鳥山頭ダム ダム全景を見る!

鳥山頭ダムの全景を見る!
空中から見ればサンゴのように見えるそうだ。

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歩道がある。
自転車と人しか行けない様だ!

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    呉の大和ミュージアムです。 2012年9月に訪れました。