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2014年8月

2014年8月31日 (日)

豊前 城井神社・扇城神社 宇都宮鎮房謀殺?????

中津城の横に神社がある。
城井神社!

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宇都宮鎮房と、謀殺された時殉じた家臣を祀っている。

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ここは幟の応援がある。
築上町の幟が遠征してきている。
少しおかしかった。
が一番ふさわしい!!!

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今日、8月31日より出演の村田雄浩さんの案内、ここにもありました!

豊前 中津城 官兵衛・忠興の居城 

豊前 中津城 官兵衛・忠興の居城 

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ここは3回目である。
最初は学生時代に行った。
今回は、官兵衛巡りの一環である。
日本3大水城の一つである。
官兵衛が豊前12万石を治める為に、馬ヶ岳城から中津に移ったようだ。

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天守はあったのか?
無かったようだ・・・・・・・
形も想定のようだ。
確かなものは無い。

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学生時代来た時は、外部に螺旋階段があったと思う。
模擬天守は構わないが、これだけ有名な城である。
もう少し考えて欲しいと思うが・・・・・・・
宇都宮鎮房の謀殺の舞台である。
今回は石垣の説明が多かった。

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お客さんは多いのだろう!
女性用の仮設トイレがあった。
団体客が多いと言う事だろう・・・・・・

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夕方だったのでそれほど人は多くなかった。

豊前 行橋市 歴史資料館

豊前 行橋市。
資料館の案内がある。
行ってみた。

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合同資料館みたいなものである。
この中に歴史資料館がある。
駐車場は使える。

ここの中に幟がある。
表に出して欲しい。

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軍師 官兵衛の資料が多い。
レプリカの兜ある。
ビデオもある。

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展示物はそれなりの物がある。
来年はどうするのだろうか・・・・・・・

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2014年8月30日 (土)

豊前 馬ヶ岳城  源平時代からの城 官兵衛の九州での城。

行橋市も、軍師官兵衛に便乗しているのか?
幟が沢山あった。

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「馬ヶ岳城 黒田官兵衛」
わずかの縁、つながりを生かしている。
築城は「源」、源氏であるである。源経基と言う・・・・
この城も大友、大内、毛利によって争われている。
秀吉の九州征伐で、城主は降る。
秀吉が九州に下向した時宿舎になったと言う。
山城である。

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九州征伐後、豊前を与えられた官兵衛の居城となるが、中津に移る。
播州山崎も山城である。ここも山城である。
官兵衛の足ではなかなか登れないのではないか?
中津に移ったのは正解である。

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駐車場がある。そこにプラスチックの容器にパンフレットが入っている。
登山口がある。
そこからは徒歩である。
雨も降っている。
登る時間も無い。それを理由に登らない!

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駐車場、仮設トイレ設置してある。

豊前 馬ヶ岳城
福岡県行橋市大字津積字馬ヶ岳

豊前 築上町 築上町歴史民族資料館

豊前 築上町。
ここまで来たら、資料館も見てみたい。
官兵衛の資料が多いのか?
期待があった・・・・・

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こういうところは、幟があっていいと思ったが、無かった。
場所も分かり難い。
案内の地図で見れば、道路沿いであるが、外れている。
二宮尊徳の像があった。

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行くと閉まっていた。
木・土・日・祝日が開いている。開館である。
この日は金曜日!
泣きたくなった! 

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築上町歴史民俗資料館
福岡県築上郡築上町椎田1645−2

豊前 浜の宮 綱敷天満宮 主祭神 菅原道真

豊前 浜の宮 綱敷天満宮。
大宰府に左遷された菅公が季節風に流されて、この浜にたどり着く。

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神社参拝作法があった。
『二拝 二拍手 一拍』

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駐車場は広い。
ここも幟は多い!

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菅原道真公がたどり着いた海岸

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綱敷天満宮
福岡県築上郡築上町高塚794−

豊前 宇留津城 官兵衛・両川に攻められ落城

豊前 宇留津城。
石碑と案内がある。
公民館と神社の横にある。

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官兵衛、毛利の両川は2万8千の兵で攻めた。守る側は2千人と言う。
周囲を深田と沼池囲まれた強固な城と言う。
攻めあぐねたが、たまたま濠を渡った白い犬を見て渡れると判断して、
城内に攻め込んだようだ!
落城後、400名が磔にされた。見せしめの為か?

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官兵衛たちは真剣に攻めたのだろう。
細川幽斎は500の兵で守った。

公民館の表の言葉である。
『現実を直視し常に反省と努力で創る理想の郷 宇留津』

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豊前 宇留津城
福岡県築上郡築上町大字宇留津(宇留津公民館)

2014年8月29日 (金)

豊前 築上町町役場 築上町も官兵衛にかけている。

築上町町役場(福岡県築上郡築上町)、観光案内を貰いに行った。

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ここは奥さんが、「幟がある」
町役場にあった。
幟を見て嬉しくなった。久しぶりに見た!
「軍師 黒田官兵衛 最大の宿敵 城井 宇都宮鎮房」

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築上町も官兵衛にかけている!! 
受け付けてくれた男性がわざわざ関係の部署に連絡してくれた。
案内を2階から持って来てくれた。
「ありがとうございます」

案内がある!
『8月31日放送より登場。
軍師官兵衛で、宇都宮鎮房役、村田雄浩さんに決定!』

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奥さんがファンである。          
はっきり言って役者としてやりたくないのではないか?
村田雄浩は、坂の上の雲で、乃木将軍の参謀、伊地知幸介を演じていた。
児玉源太郎にののしられる役である。
上手い役者と思うが・・・・・・

この記事を町役場が大きく宣伝している。
築上町も官兵衛にかけているのか?????

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豊前 松山城 官兵衛の九州宇留津城攻めに陣を構える

豊前 松山城。
大友、大内、毛利によって争われた城である。
官兵衛が九州上陸後宇留津城攻めの為に陣を構えた城のようだ。
どちらにしても山城である。

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登り口は案内がある。
案内板は見当たらなかった。
近くにTOTOの工場があった。

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雨である。
こんな日に山登りして滑って怪我でもしたら笑われる。
この辺りと思い満足した。

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豊前 松山城
福岡県京都郡苅田

豊前 小倉城 松本清張記念館

松本清張は小倉で誕生した。
小倉城の敷地にある、松本清張記念館。

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松本清張と言えば親父がよく読んでいた。
それを学生時代に読ませて貰った。
「黒い画集」
興奮しながら読んだ記憶がある。
20年ほど前に定年前のお客さんだったが、今松本清張を読んでいる。
もう忘れているので、初めて読んだのと変わらないと言っていた。
今はじょろうも変わらいと思う。

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作品集、自宅の再現、特に書庫が圧巻である。
これだけに本である。
構造的にも大変だったと思う。
海外旅行の記録もある。
展示については満足した。

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企画展の黒い血の旋舞
この本は読んでみたい!

豊前 小倉城 『舞姫???』

天守に行く途中で面白い物を見つけた。
舞姫????

桜、「日本花の会」が開発した、新種のサクラと言う。
舞姫と言えば森鴎外。
軍医時代に小倉にいたようだ。
それで、舞姫と名付けたようだ・・・・・
こじつけみたいな感じがしないでもないが・・・・・・・・
生誕150年を記念して植樹されたようだ!

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豊前 小倉城 九州征伐で官兵衛が攻め落とした城。

九州に毛利の両川と乗り込んだ官兵衛官兵衛は、翌年に予定されている秀吉本隊の出馬に先だって敵対勢力を除去するため、豊前・筑前の武将に対し、寝返りの調略をおこなった。
秀吉が来た時に、降伏する体勢にしたかったようだ。
つまり秀吉に花を持たせる。
秀吉が備中高松城で、信長に応援を求めたのと同じか?

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小倉城を下す。
後に毛利勝永に与えられる。
九州平定後、官兵衛は豊前6郡、12万石の領主になる。
その時は中津を居城とする。
が西の関ヶ原で官兵衛は頑張る。

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西軍に参加している小倉城を落とす。
官兵衛はここで本当に隠居になる。
長政が52万石で福岡に行く。
代わりに細川忠興が39万石で中津に入城する。
豊前12万石では中津が中心で良かったが、筑前まで領土になると中津ではバランスが悪い。

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忠興は小倉を主城とする。
忠興は司馬遼太郎によれば、実戦的であり、美意識にも優れているが、癇癪持ちである。
城造りにも才能がある。
藤堂高虎が築城の名手と言うが、忠興も優れている。
エピソードがある。真偽は分からないが、真だろう・・・・・・・

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この小倉城を築城している時、海上から小倉城を調べている船があった。
捕まえると幕府の関係者だった。
どこかの城の参考にする為と言う。『ホント????』
その時、忠興は縄張り図(?)設計図(?)を幕府に差し出し、手伝うと申し入れたと言う。
忠興だったら有り得る話である!
政治能力もある!

面白い事があった。
小倉城は、耐震補強工事の為に、H26年4月1日から12月13日まで休館である。
来るのが一カ月早かったか・・・・・・・・
駐車場の管理人に姫路城も工事中だったと言えば、くらべものにならないと言われた。
それは仕方がないか。規模が違う・・・・・・・

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海外に行っているが、歴史建造物はたいがい復旧工事をしている。
模擬天守閣である。
設計者に注文が多かったみたい。
どうしても豪華なものにしたい!
城としては今一か?

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筑前 手向山公園 武蔵・小次郎の碑

新門司から小倉城に行く途中で見つけた標識がある。
武蔵・小次郎の碑!

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山頂まで車で行けたが分からなかった。
ので途中から歩いて行った。

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離れて二つの石碑がある。
ここに作られた意味は?

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宮本武蔵の碑

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小次郎の碑

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手向山公園
福岡県北九州市小倉北区赤坂4丁目

2014年8月28日 (木)

軍師官兵衛 番外編⑤ 俳優とドラマについて

軍師官兵衛の書込みを見ていると面白い。
ちゃちゃの事を記述していた。
若い女優である。
大阪の陣はともかく、関ヶ原まで演じなければならない。
チョッと若すぎる。『ついでに言うともっときれいな女優はいなかったのか?』
荒木村重とのやり取りがある。
小牧長久手の戦いを2分で済まし、荒木村重を長々と演じている。
と書き込みがあった。当たっている。

役柄・登場人物に不満がある。
①   洞ヶ峠で嶋左近の登場は無理だったのか? 関ヶ原で重要になる。
②   石川数正はいずれ秀吉に走る。その場面は無いのだろうと思ったら、言葉だけだった。
③   備中高松城の戦いで、小西行長は出て来なかった。今後九州から朝鮮半島、関ヶ原で重要になるが・・・・・
④   加藤清正・福島正則が出過ぎ。まだそんなに重要ではなのに、重臣の席に連なっている。それより大谷吉継を、もうそろそろ登場させて良いのではないか?
⑤   そう言う意味では藤堂高虎も必要では?
⑥   細川忠興・ガラシャは「本能寺の変」で登場させるべきだったと思う。
⑦   蒲生氏郷も「本能寺の変」で登場させるべきであったのでは?
⑧   関ヶ原の事を思えば、直江兼続も「本能寺の変」の時に出て欲しかった。

大阪城に小早川隆景と安国寺恵瓊が来る。
秀吉の自慢が始まる。三成が追従している。
これに恵瓊が道化役を演じている。
阿諛追従の例であるが、上手く演じている。

石田三成も若いころは良いが、関ヶ原では40歳を演じなければならない。
今の俳優では少し役不足なのではないか?
ひげを生やし始めているが、今一である。
関ヶ原では、安国寺恵瓊、黒田長政、福島正則、細川忠興、吉川広家、大谷吉継、本多正信らが重要になる。
福島正則を徳川陣営に引き込むのは黒田長政!
これを今の二人が演じるのか?????
役不足と思うが・・・・・・

エピソードをもっと入れればよいのと思うが、時間の関係でそうもいかない。
吉川元春と言う武将がいる。
太平記を書写したと言う。戦陣でも続けたと言う。
39冊の書写を完成したとしている。別に自筆の太平記目録1冊もある。
最も原作に近いと認められていたのは神田太平記だが、14巻の欠失があった。
吉川本は神田本に近い内容を有し、ほぼ全巻を完備していることから、貴重な資料とされる。
改めて凄い武将だと思った!
三十四回、九州攻めで死ぬ。重要な武将である!
こういうエピソードをさらりと入れて欲しいが・・・・・・・・
ドラマは時間制限があるし、枝の出来事はあまり出せないと思うが、出して欲しいと思う事も多い!
本能寺以降、展開が早い。
清須会議、賤ヶ岳の合戦、小牧長久手、四国攻めもあっと言う間に終わってしまった。
四国問題は、最近本能寺の変の原因の一つになっている。
描き出したら時間がかかる。
九州攻めも早いだろう。
中津の話も早いのか?
小田原北条攻めで、朝鮮半島になり、関ヶ原か???
ドラマは後4ヶ月である。
毛利との戦いは、知力・体力を駆使した戦いであり、どう転ぶか分からなところがあった。
一手間違えば、負けていたかも知れない。
そういう緊迫感があった!
今は圧倒的な秀吉の力を背景にしている。
実際にそうなんだが、ある意味面白くない!!!

視聴者の不満も多いだろうと思う!

ドキュメンタリーWAVE「激動スコットランド~イギリスからの独立 投票の行方~」

先週見た時は、途中から見たので、今日の再放送で全部見た。
まず住民投票で過半数で独立できる。
2/3とかでは無く、過半数のようだ。
日本の憲法改正、2/3の賛成がいる。
が安倍総理は、国民の大多数が望んでいるのに、そにしばりで出来ないのはおかしいと言っている。
過半数で出来るなら、安倍総理が喜ぶだろう・・・・・・・

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経緯はともかく、スコットランドはそんなに独立したいのか?
このドキュメンタリーだが、構成がが今一ではないかと思う!
最初に賛成派として、ショーンコネリーが登場している。
反対派は、ハリーポッターの原作者が登場する。

原潜基地のある、小さな町の意見が主である。
賛成派として、生活保護の支給の制限で町に帰って来ているシングルマザーがいる。
スコットランドは豊かである。なのに生活保護に回っていない。
要は、イングランドに取られている。搾取されている???
シングルにならなければそんな風に思わなかったと思うが・・・・・・
反対派のレストラン経営者もいる。
賛成派のベーカリー経営者もいる。

原潜基地が危険である。
現実に、危険な場合、どうするかの案内が回ってくる。
この件については当然そうあるべきと思う。
何処かの国、日本では安全な施設なのでそんな案内を回す必要が無いとなる。
危険な事を自ら証明しているとなる。

裕福層は反対であると!
言い方は悪いが、貧困層は賛成である・・・・・

各地で独裁政権が倒れた。
アラブの春・・・・・
オレンジ革命。
チューリップ革命。
バラ革命。
ジャスミン革命。
色々あった・・・・・

体制が変われば、生活環境がよくなると思う!

が現実に、エジプト・リビア等にしても余計に問題になっている感じがする。
イスラエルが危惧した、「アラブの冬」になっている。
スコットランドは独裁体制に対する不満ではない。
が、北海油田もあり資源を自分たちが使いたい。
原潜の基地なんか要らない。
その経費を他に回したい。
賛成派はそう主張する。
失業中の若者が、賛成と言っている。
状況の変化を求めている。
基地があり、町は潤っている・・・・・
バーの経営者の意見がある。
基地内で飲食、買い物の施設もありこちらに回ってこない!
基地問題と独立問題をごっちゃにしている感じがした。
これは製作者の意図なのか?
意図であると思う!NHKも左がかっているのか・・・・・
沖縄を念頭に置いているのではないか?

軍需工場がある。
ここに英国が説得と言うか、脅しをかける!
インタビューがあったが、「反対と言う雰囲気があったが、念押し(?)、強制された感じがする!」
オバマ大統領も存在感がある。
英国もポンドは使わせないと言う。
ならばユーロに変更するのか?
そうすればヨーロッパは支持するのか????

反対派は経済的に成り立つのか心配する。
当然だろうと思う!
野次馬だが、9月の投票が気になる。
独立すれば、奥さんはどうするのか?
RBCは日本に来れるのか?
2016年まではあっと言う間である・・・・・


2014年8月26日 (火)

本・兵庫頭の反乱『道糞流伝―荒木村重』・神坂次郎

将軍家光の苛烈な大名統制に憤る紀州頼宣。彼の幕府転覆の謀略が公儀に漏れた。発覚した場合のことまでを用意周到に計算した冷静な処置により、すべての罪を一身に被り、主家滅亡の危機を救った若き家老の知謀の冴えを描く表題作。織田家筆頭六将に任じられながら、あらぬ風評から謀叛人に落魄した荒木村重を描く「道糞流伝」等、歴史の陰の巨魁を描く傑作歴史譚8編。

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短編と言うのは、主人公を表すのに良いものと思っている。
大河ドラマで荒木村重が重要な役割を果たしている。
その荒木村重を主人公にしている。
やはり村重も戦国武将である。
野望がある。
この時代誰に仕えるのが良いのか?
信長である。
羽柴秀吉、明智光秀、滝川一益と得体の知れぬ者が軍団長になり、需要視されている。
他の武将では考えられない。
梟雄である。
主家を追いだして息子も追いだしている。
騙し討ちみたいなことも、いや騙し討ちをしている。
中川清秀が腹心(?)の配下である。

村重が信長の前に出たのは、義昭を追放する為に上京する途中と言う。
刀に刺したまんじゅうを食べさされた。
村重は食べたと言う。
信長に摂津切り取り放題と言われる。
やはり評価されていたと思うが・・・・・・

天正六年の新年の賀の「朝の茶会」に呼ばれる。
12人の中に入る。
が急速な出世は妬心を生む。
信長の知遇を得てから5年でおかしくなる。
中川清秀の兵が本願寺へ兵糧を入れる。
村重逆心の報を信長は信じなかった。
松井友閑、明智光秀、万見仙千代が有岡に来る。
いずれも村重と親しいと言う?????
信長はどう思っていたのか?
討ち果たす準備を安土城でしていた?
結局反乱するが、問題は中川清秀である。
摂津半国を与えるとの事で村重を裏切る。
原因を作った男が良くやると思う!
30年共に戦野を駆け巡った男の裏切りである。
高山右近と言い村重もやるせなかったのではないか?
この二人が味方なので、摂津一国をあげて信長に謀叛する。
成算はあったんだろう・・・・・・

毛利の援軍は来ない。
広島と兵庫では距離があり過ぎる。
これだけ離れた同盟は成功した例がないと言う。

身一つで逃れ尾道でひっそりくらす。
「道の端にころがっている、犬の糞でござるよ」
荒木道糞!
晩年は秀吉の話し相手となり、道薫と名を変える。
茶人としても有名である。利休の高足七人の一人である。
茶器を投げ出して観る。
利休の癖のようだ。
52歳で亡くなる。
官兵衛の説得の話は出て来ない。
少し寂しいが、村重の半生がよく分かる! 

本・武家盛衰記「小早川隆景」毛利の両川・南條範夫

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非常に良く言われる武将である。
偏見であるが、毛利も秀吉が相手で良かったのではないか?
毛利元就の3男で、有能な人物だったと言う。
次男は吉川元春!
晩年の秀吉にとって、官兵衛、隆景は最高のブレーンであったようだ。
隆景が二人の違いについて自ら述べている。
「官兵衛は一を聞いて十を知る聡明な人物なので、人の話を聞くと即座に明確な回答を出す。時には本意に反することもある。自分は才知において官兵衛にかなわないが、それゆえ充分に熟慮するので後悔することが少ない」
なにか俺の判断の方が正しいと言っている感じがする。

思慮深い性格なんだろう!
元就没後八年!
毛利氏は予想もしないほど拡大された。
隆景は自戒して、
「灯火が消えなんとする時ひときわ光が増すと言う事もあるので用心しなければならない。当家の武名を決するのは今年たるべく、自分の一身など塵ほどにも思っていない」
この年から織田家との対決が始まる。
備中高松城攻防戦の前に、備中七城の城主に覚悟を聞いた。
織田についても構わないと!
この辺りは演出臭いが・・・・・・・
毛利の律義?????
石山本願寺、丹波八上城、播磨三木城、因幡鳥取城(吉川経家を入れてはいる)、摂津有岡城と援軍は送れていない!送れるはずがない。
毛利の援軍を期待して、信長に反乱した武将たちに対してどう思っているのかと聞きたくなるが・・・・・・
思っていてもそれが出来ないほど織田は進んでいたのか?
毛利とは別に秀吉から伊予35万石を与えられる。
後に筑前名島37万石になるが、秀吉からは優遇される。
本能寺の変の隆景の対応に秀吉は感謝している。
その好意があらわれているようだ。
が秀秋の養子先で隆景は犠牲になる。
官兵衛が養子先を探している。官兵衛と言うのが面白い。
策士官兵衛である。堺屋太一言う、この男の策謀好き・・・・・・
ここで毛利と言う話が出て来ている。
驚愕した隆景は探りを入れて、養子先が決まっていない事を知る。
そうして秀秋を小早川家の養子にむかえる。
そうして秀吉から貰った領土を、関ヶ原の裏切りで家康に少しだが増やして貰い、取り潰される!

四国攻め、九州攻め、朝鮮半島と活躍する。
秀吉より1年早く死ぬ。
関ヶ原の合戦時、生きていればどうなっていたか?
輝元も苦労しなくてよかったのかも知れない・・・・・・・

本・吉川元春―毛利を支えた勇将・浜野卓也

三万の秀吉軍と相対した五千名の元春軍は、にわかに川の橋板をはずし、船を陸にあげ始めた。「なんと元春め、自ら退路を断つ気か。このような敵と戦っては、味方の被害は計り知れぬ」秀吉はたまらず姫路へと兵を引き揚げた。―父・元就を補佐して中国を平定、弟の小早川隆景とともに「毛利の両川」と称賛された吉川元春。天下取りの愚を避け、毛利の領国を守り抜いた賢明なる武将の生涯。

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毛利の両川の一人、元春の小説はあまりない。
戦国時代の名将の一人である。
もっとも秀吉から見れば、田舎者になるかもしれないが・・・・・・
最初は秀吉の九州攻めに参加させられた元春を官兵衛が訪ねる。
かって織田の対毛利軍の司令官、秀吉の参謀、官兵衛と戦った仲である。
ここで元春は病気で死ぬ。

元春は山陰の名門、吉川家に養子として入った。
おもに山陰方面を納めている。
あまり目立たないが、戦歴は豊富であり、負けを知らない。
鳥取城への援軍で、5千の兵で3万の秀吉と対戦した。
死を覚悟して陣を構える。損害を恐れて秀吉が引き上げたと言う。
秀吉が恐れたと言うのは考えにくい。
元春を認めていたとはいえ、ここで勝っても損害が多ければ何を言われるのか?
それを恐れて対戦を避けたのだろう。

妻はと不美人と言われる、熊谷信直の娘を選ぶ。
勇猛で知られる熊谷信直の勢力を味方につけるための政略結婚であったと言われている。
「元春が娶れば信直は喜び、元春のために命がけで尽くすだろう」
そういう計算が出来る武将であったようだ。
側室は置かなかった。
子供には恵まれる。
関ヶ原合戦時、三男広家は本家の毛利を救ったとされる。

毛利も対九州大友との戦いがあり、織田と戦うようになる。
織田と戦う事により、元春の名もあがる。
備中高松城攻防戦。
和議がなったが、本能寺の変を知らない。
騙されたと思った元春は、秀吉追撃を主張したと思っている。
隆景は静かに引き上げたほうが良いと思っている。
織田家の跡目争いに、好んで参加する必要はない。

司馬遼太郎、播磨灘物語では、追撃の準備をしている元春を抑える為に、
隆景はドンチャン騒ぎをして元春を抑えようとする。
これで元春は追撃を諦める。
この本では、元春もドンチャン騒ぎをして追撃を抑えている。
これは有り得ないのでは?
隆景がドンチャン騒ぎをしたのは、元春の追撃を恐れたと思うが・・・・・
そうでなければ、元春・隆景の意見が一致していたのなら何もしなくてよいはず!
主人公を良く記述し過ぎではないか????

父元就に従い戦う。
隆景をたてる。
毛利と秀吉と戦野で戦いたい。
がその機会は無かったようだ。あっても秀吉が避けただろう・・・・・
秀吉に九州出陣を命令され、拒むが毛利の為に出陣する。
官兵衛が説得したとある?????
最後は病気で死んだと信じたい!
長男、元長も九州で病気で死ぬ。

志道広良。
「水あっての船、家来あってこその君主」
「君は船、臣は水」(家臣は水であり、その水が無いと船は浮かばない。また、水は簡単に船をひっくり返す。
だから君臣の関係は大切にしなければならない)
毛利隆元にそう言って教育した話は知っている。
この本では、元春にも言っているようだ。

2014年8月24日 (日)

阿波・牛岐城 恋人の聖地 牛岐城城址公園

牛岐城址の頂上付近で面白い物を見つけた。
「恋人の聖地」
但馬竹田城がそうだった。
もう一つ淡路島の「神戸淡路鳴門自動車道/淡路サービスエリア」にも寄った。
規模が違う。
ここはそんなに多くの人が来ないだろう。
その方が良いと思うが・・・・・

春の桜のシーズンには城山一帯をソメイヨシノが埋め尽くす。
夜には頂上の牛岐城趾館にLED(発光ダイオード)によるイルミネーションが輝く。
夏や冬にも多彩なイベントが行われている。
観光課も努力しているのだろう・・・・・

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が看板が今一である。
もっときれいに付けれないのか?
斜めになっているし、止めているのが針金か?

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こうなるか?

軍師官兵衛(第三十四回) 九州出陣

天下惣無事!
島津に攻められている、大友宗麟が秀吉に泣きつく!
宗麟は十字架をかけている。官兵衛も宗麟に十字架を見せる。
九州攻めが始まる。
それより、秀吉の顔つきが悪くなる一方である。
憎々しげな表情である。
ドラマは、相変わらず展開が早い。
九州攻めに官兵衛は名代として行く。
小六が亡くなる。
半兵衛も死に、秀長と官兵衛しか残っていない。

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家康への懐柔策、妹を嫁がせる。
そこまでしても無視されている。
家康の家臣、石川数正の出奔がある。言葉だけだった・・・・・
家康はこたえているのか?
官兵衛が言う。
そんな事は無い。ますます結束が固くなっているのではないか?

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毛利と九州攻めに行く。
吉川元春も出陣せよとの命令がある。
元春は病気である。
それでなくとも秀吉に協力したくない!
隆景も悩んでいる。
備中高松城での講和後の秀吉追撃の主張。
柴田勝家との連携の模索。
隆景は疑惑を晴らすためにも出陣して欲しい。

実際にあったとは思えないが、官兵衛が元春を説得する場面があった。
元春が言う。「もう長くは無い」
官兵衛が言う。「命は捨てる時がある。備中高松城、清水宗治は己の死で多くの命を救った。
「その命、官兵衛にくれ!」
この場面で面白いやり取りがあった。
元春が官兵衛に言う。「お前の口車には乗らぬ!」
播磨三木別所氏が毛利に寝返る。その時、義理の兄・櫛橋政伊が官兵衛に言う。
「お前の口車には乗らぬ!」
脚本・演出が同じなのだろう・・・・・
元春は無理をして出陣する。

官兵衛も人が悪くなっている。
低姿勢ではない。高圧的なっている。
ドラマでは小六に四国勢を率いて貰うつもりだったようだ。
そうならなかった為に、四国勢は島津に敗れることになる!

毛利と官兵衛が小倉城を攻める。
それまでに、有名な筑前岩屋城攻防戦がある。
この場面はかけらも無かった・・・・・
そこまでの必要は無いと言う事なんだろうか?

大友宗麟の息子が出て来ているが、名前も表示されていない。
関ヶ原の時に重要な役割を果たす。
ここは名前だけでも画面に出して欲しかった。

家康が秀吉に臣従する。
ここまでの場面もあっけない!
仕方がないのか?
秀吉との駆け引きをもっと描いて欲しかった。
会見の前の日に、秀吉が家康を訪問する場面が欲しかったが・・・・・
長政が家康に挨拶する場面がある。
関ヶ原で家康に協力する伏線か?
元春が死ぬ。恵瓊がじゅじゅを出している。
恵瓊も坊主である。当たり前だが忘れている。

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島津も最初の勢いが無くなって来ている。
ここはもっと方言を出すべきではないかと思った。
来週は、もう宇都宮鎮房の反乱がありそうな感じである!
楽しみにしておきたい!

2014年8月23日 (土)

阿波・牛岐城 牛岐城趾公園イルミネーション

牛岐城趾、徳島県阿南市富岡町にある。
阿南駅がある。立派な駅であるが日中は1時間に1本である。
駅から5分程度である。

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牛岐城城址公園となっていている。
城門もあり城跡らしくなっている。
牛岐城趾公園管理事務所に、連絡すれば案内が来てくれるみたいだった。
きちんと保存された石垣はある。
ガラス越に見るが、ガラス戸は勝手に開いた。

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夜になると頂上に常設されている『キラキラ・ドーム』や『願いの木』と名付けられたLEDによるイルミネーションが輝やくようである。

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行った時、階段を上がり上りしている男性がいた。
若いですよね!
観光客は二郎一人でした。

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秀吉の四国攻めは、秀長の軍が阿波上陸。讃岐から宇喜多秀家が上陸。
官兵衛は宇喜多秀家と上陸した。
後に官兵衛は阿波を先に攻める案を進言し、秀長に合流した。
木津城を攻撃し、八昼夜にわたる攻撃により、城将の東条関兵衛は開城。
木津城開城後、牛岐城の香宗我部親泰、渭山城(徳島城)の吉田康俊は、
城を捨てて逃れ、残る長宗我部方の拠点は一宮・岩倉・脇の三城のみとなった
双方が主力を投入したのが阿波の戦い。
元親は戦力を伊予・讃岐にも分散せざるを得なかった。
どう見ても負ける戦いだったようだ!

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2014年8月22日 (金)

広島の豪雨対策の首相の判断??????

安倍晋三首相が批判されている。
8月20日夜、広島市の豪雨被害で救出活動が続く中、静養のため官邸から山梨県の別荘に戻った。
土砂災害発生の一報後もゴルフを続けたことに加え、対応の指揮を執るべき首相が東京を離れ再び静養に入ったことに批判があがっている。
森元首相や茂木経済産業相らとゴルフをしていたようだ。
茂木敏充????
この人もよく分からない人間である。

ここぞとばかりに野党が批判している。
民主党の海江田代表。
特に、社民党の又市幹事長が批判している。
今しか攻める時が無いせいか?
公明党の山口代表は「内閣としてしっかり対応している」と首相を擁護している。

首相は夏休み中。20日は土砂災害が発生した後の午前8時ごろから、山梨県富士河口湖町で森喜朗元首相や茂木敏充経済産業相らとゴルフをしていたが、約1時間後に中止。午前11時ごろ官邸に到着した。官邸で被災者救助などに関して情報収集をするなどの対応にあたった。

佐々淳行の危機管理のノウハウがある。
「平時の指揮官、有事の指揮官」から色々記述している。
佐々淳行は、安倍総理に期待している。
が、この時期何かあると想定しなければならない!
首相は休暇を取ってはいけないのか?
ゴルフをしてはいけないのか?
と言う反論もあるだろうが、やはりやってはいけない!
集中豪雨は分かっている。
何かあると思わなければならない。
官邸で少し飲んでたぐらいならいいと思う。
が、山梨県まで静養に行っているのはいかがなものか?
一緒に行っている、森元首相や茂木経済産業相らも何を考えているのか?
古賀茂明が記述していたが、改革派と言われる政治家がいる。
その中に、茂木敏充もいた。
かって、田原総一郎の朝までテレビで(これはたまたま見た)原発が必要と言っていた。
その時データを持って来ていないと言っていた
今はどう言うのか聞いてみたい。
この人も危機管理が出来でいないのだろう・・・・・・

2001年2月に実習船「えひめ丸」とアメリカの原子力潜水艦の衝突事故が起きた。
森元首相は、一報を受けた後もゴルフを続けたため批判され、その後の退陣につながった。
事故当時、安倍首相は官房副長官であり、対応したと言う。
森氏は「あの時は大変なことになった。早く戻った方がいい」と首相に早期帰京を促したという。
その前に、何があるか分からないので、官邸にいたほうが良い。
そういうアドバイスは無かったのかと思う。
安倍総理も、天狗になっているのではないかとも思う!
話は変わるが、昨年末の安倍総理の靖国参拝。
半藤一利が記述していたが、就任一年目に靖国参拝をしたようだ。
これを私的な記念日で参拝したようだ。
私的ではないのか?
これを国益を損なったと見るのか?
よくやったと見るのか?

災害に会われ方は、本当に大変と思う。
がこれでコンクリートで固めて、土建屋に儲けさす必要はない。
それより、危険地区を調査して、対応する方が良いのでは?
そんな事を思いました!

2014年8月21日 (木)

阿波 徳島城 蜂須賀小六の息子、家政の居城!

秀吉の四国攻めが終わり、1585年蜂須賀小六の息子、家政に阿波一国が与えられた。
18万石と言う。25万石の居城である。
小六は辞退したので息子に与えられた。
この時ではないが、淡路も阿波藩に編入された。
司馬遼太郎が記述していたが、明石大橋が出来る前に淡路と徳島は、橋でつながっている。
淡路と言うのは徳島に含まれる方が良いと!
明治維新後に何か事故があり、兵庫県に編入されたと読んだ。
兵庫県民としては辛い意見である。

明石大橋から徳島に入った。
土曜日だったが神戸は混んでいたが、徳島は普通に走れた。
阿波踊りの真っ最中である。

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広場には、徳島大学の文字が入った浴衣をきた若い女性が沢山いた。
色とりどりである。
奥さんは浴衣に目が行っている。
どうもタータンチェックに目が行っているようだ。
駐車場のおじさんが、親切だった。

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城址は公園となっていて整備されている。
蜂須賀家政の像があった。

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戦前は小六の像だったようだ。
戦争中に金属の供により、像を差し出したようだ。
1945年7月4日の徳島空襲で残っていた建物も焼けたようだ。
天守は破却されて、東二の丸天守が天守の代用として建てられた。
もし城を復旧するなら、いろいろ問題がありそう・・・・・・
徳島城が完成した時、すきに踊って良いと言ったのが、阿波踊りの始まりともいいようだ。

秀吉亡き後、三成を襲った七将の一人の名前としてもあげられている。
実際は襲撃していないとも言われている。
どちらにしても三成嫌いであろう。

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2014年8月20日 (水)

70年代 アイドル直撃 ロンドン篇 BCR-サンデー毎日???

奥さんが突然サンデー毎日の事聞いてきた。
こういう時は、何か魂胆がある。
やはりある・・・・

サンデー毎日は、親父が読んでいたので時々目を通していた。
何の話かと思ったら、ベイシティローラーズの事だ!
19日に発売されるサンデー毎日の記事がある。
今見ている。
表紙に大きく、
「ロンドン直撃!今だから話せる ベイ・シティ・ローラーズ」
よくロンドンまで取材に行っている。
「70年代 アイドル直撃 ロンドン篇」とある

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今スコットランド独立で騒がしい。
レスリー・マッコーエンがインタビューに応じている。
エジンバラ出身で、初め油田で働くつもりだったようだ。
やはり北海油田は独立の目玉なんだろう・・・・・
悪がきだったんだろう・・・・
退学になった。それがBCRに繋がったようだ。

初の日本公演の話がある。
空港まで沢山のファンが出迎えたようだ。
その頃は、奥さんはそんな事は出来ない。
その反動で、今必死で活動(?)している。

うちの奥さんは7月にエジンバラにBCRのファンフェストに参加した。
そこでレスリーの奥さんにも会って来ている。
インタビューにはレスリーの奥さんも登場している。
二郎はあまり関心は無いが・・・
昨年の東京と大阪のコンサートにも行っている。
但し500人ぐらいの会場である。
同時期カナダは5000人と言う!
「サバを読んでいるのか?」
今年の12月に新宿で公演を予定している。
又嬉しそうに行くのだろう・・・・・
『帰って来るのか???』

スコットランド独立、国民投票へ!

スコットランドが9月18日、英国からの独立の住民投票を実施する。
住民投票の結果は、欧州全域や世界に大きなインパクトを与える可能性があると言う!
英国は連邦国家?
調べると下記の通りだった。
①   1289年、ウェールズ地方に州制度を敷き、1536年に正式統合
②   1603年、スコットランドとの間に同君同盟を形成。1707年スコットランド合併法により、グレートブリテン王国に
③   1801年、アイルランド合併法により現在の「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」が成立

スコットランドの人口は、約5,200,000人ほどである。
イングランドは、約53,000,000人である。
イギリスとしては、約63,200,000人と言う。
500万の人口の国が出来る。
こういう国は、たいがい資源をもっている。
北海油田がある。
海洋資源もある。
年にスコットランドに行った時、シーフードのレストランで、店員に
「スコットランドの海で取れた魚だ!」
と自慢された。
そこの料理が一番美味しかった。
奥さんは7月に、BCR休暇でスコットランドに行っている。
がそんな話をしないと言う事は、話題になっていないのか?
スコットランドと言えば、ショーン・コネリーにロバート・ショーが好きである。
実際に独立となれば、短期的ながら連合王国はパニックに陥るようだ。
英政府は独立派勝利を前提とした準備をほとんどしていない。
スコットランドの独立は経済的大混乱や通貨問題に発展し、外交政策、軍事問題に及ぶ。
実際に通貨はどうすのか?
ポンドは使わせないと言う。
原潜基地もスコットランドにあるようだ。
これも移転になる。
国境はどうなるのか?
宗教は?
英国国教会があり、スコットランド国教会もあるようだ・・・・・・

こう言う独立は、独立側に資源がある。
それを自分の物にしたい、エゴがある。
ウイグルも資源がある。なので余計に中国からの独立運動が激しい。
何も無ければ話題にもならない。

この独立が認められれば、いたるところで火が噴く!
特にスペインがそうだろう・・・・・
バスク地方がある。又バルセロナもある。カタルーニャ共和国???
知っているだけで、バレンシア地方、アンダルシア地方もある。
日本も琉球共和国がある。
アメリカも南部連合が復活する???
カナダはケベックがある。
中国なんてメチャメチャになりそう??
中国は抑え込むだろうが・・・・・
現在揉めているウクライナのクルミア地区はどうなるのか?
都市国家の集まりになりそう・・・・・

ハリーポッターの作者のJ・K・ローリンは、独立反対のキャンペーンに寄付しているようだ。
今は反対派の方が勝っているようだが、予断を許さないと言う!
どちらにしても、スコットランドは世界中から恨みを買うだろう!

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2007年11月、スコットランド エジンバラ城
城にはイギリス連邦の旗、ユニオンジャックが掲げられているが、独立すればスコットランド国旗になるだろう。

本・勝ち上がりの条件 軍師・参謀の作法・半藤一利 磯田道史

乱世を生き抜いた豊臣秀吉も東郷平八郎も、黒田官兵衛と秋山真之という軍師・参謀がいなければ勝ち残れなかったであろう。天災、経済危機、圧倒的なリーダーの不在。現代という困難な時代にあってこそ、組織を生き抜いた軍師・参謀から、組織で生きざるを得ない私たちが学ぶべきことは多い。二人の歴史家が確かな目で綴った、軍師・参謀の系譜と時代を生き抜く普遍の極意。

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6章からなっている。
① 軍師参謀の役割とは何か
② 治世の時代に生き残る秘訣は何か
③ 天才軍師・名参謀は動乱期にあり
④ 一気にわかる、軍師制度の変換
⑤ 近代日本に名参謀をさがして
⑥ 名参謀の資質
吉備真備から始まる。
そうして太平洋戦争まで行く。

日本人は軍師・参謀が大好きだ。
『策を帷幕の中に巡らし、勝ちを千里の外に決する』
諸葛孔明、楠正成、山本勘介・・・・・
そう言うのが好きだ!
身体が不自由な設定が多い。

参謀・軍師も時代によって違う。
列伝にすれば時代もごっちゃになっている。
昔は何でもやらなくてはならない。
儀式の段取り、作戦、出陣の日とかある。
占いもする。足利学校もあった。
官兵衛・半兵衛は書籍と実践によって軍師となる。
両者共作戦に集中できた。
それ以前の軍師とは違う。
軍事のみに集中できた時代。政治的な軍師・参謀の時代。
動乱の時代と治世の時代とでは参謀が違う。

色々本を読んでいるが、明智光秀に軍師・参謀がいた話は聞かない。
明智秀満?斉藤利三?
織田信長、徳川家康、武田信玄、上杉謙信に本来の軍師・参謀が必要なのか?
迷信深い兵を納得させるために坊主がいる。
武田信玄の家臣、駒井高白斎!
天候に対する雲の動きを記録しておき、天気予想の参考にしていたと言う。
アドバイザー的な感じと思う。
そんなに決定に影響力があるとは思えない。

嶋左近を褒めている。誉め過ぎかなと思う
軍師列伝には出て来る本多正信!
参謀と言われるのはどうかなと思うが、栄達を求めなかった。
人間通だったんだろうと思う。ただし息子正純は調子に乗ったようだが・・・・・
上杉の軍師と言われる直江兼読を処刑しなかった。
すれば、佐竹・毛利・島津の謀臣も処刑しなければならない。
半藤一利が、幕末から昭和に詳しいのでその時代の参謀の話が多い。

参謀の条件!
「はかりごとをするときの目的が矮小化されていないこと。大局観があること」
「願望と現実を見極められる能力」
「参謀にカリスマ性は不要」
「人材など騒がなくても眼玉一つでも居るよ。勝海舟」
「反実仮想力の必要!将来のイフを考えて予測対策を考える能力」
「幕末の桑名の立見尚文!立見に負けた山県有朋は能力を買い、立見を取りたてる」

あまり面白くない話もある。
三八歩兵銃、明治38年の銃を太平洋戦争で使う。
造り過ぎて、銃も玉も余っていたからと言う!
雪印の社長会見。
「疲れている」
レイテ沖海戦の栗田、小柳コンビ。
乗っていた船は撃沈され、疲労困憊だったと言う!
責任ある人が疲れているではどうしょうもない!

安倍総理の靖国参拝がある。

時代毎の軍師・参謀と言うよりも、リーダーと補佐官の役割が記述されていると思う。
面白かったです!

本・小村寿太郎とその時代・岡崎久彦

明治維新から日清・日露戦争を経て、世界の頂点に躍り出た日本。陸奥宗光に見出され、桂太郎内閣では外相として、その外交を一手に担った小村寿太郎は、英米の力を背景にロシアに対抗し、その後日本独自の大陸発展を目指したが…。本書は、興隆期日本の命運を背負った小村寿太郎の生涯とともに、日本近代化の歴史を描く力作評伝である。

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日清戦争までは、著者の「陸奥宗光」を読まなければならない??
小村寿太郎の活躍を描く。
著者の本も何冊か読んでいる。
テレビにもよく登場する。
喋り方がぶっきらぼうである。
当時の日本の政治がよく分かる。
帝国主義がある。日本は遅れて参画した。
なのでイギリスほどの老獪さなんてない。単刀直入である。
日韓併合の過程がよく分かる。
朝鮮半島はどう思っているのか分からないが・・・・・・
当時朝鮮半島は苦しい。
清・ロシア・日本に囲まれている。
日本は防衛上から、朝鮮半島は中立が望ましい。
が中立なんて出来るのか?
ロシアは、満州から朝鮮半島が欲しい。
韓国内もロシアと結びたい勢力がある。
といっても、ロシア・日本・列強とも朝鮮半島の国民の事を思っているわけではない。
自国の事だけしか考えていない。

そういう中で、日露戦争が始まる。
この時期の外相が小村寿太郎である。
頭は良いのだろう。
が親の借金を背負う。
借金取りに追いかけられていたようだ。
が実力がある。外務省でのし上がる。

この時期の国際情勢も大変よく分かる。
日露協商か?日英同盟か?
イギリスは、義和団事件等の日本軍の規律を評価したようだ。
アジアで同盟に値する国と評価した。
が、陸奥宗光、伊藤博文らは、イギリスが日本と同盟を結ぶなんて考えられなかったようだ。
伊藤博文は、それより現実的な日露協商に走る。
この辺りは読んでいて楽しい。
満韓交換説がある。
満州はロシアが取り、朝鮮半島は日本が取る。
勢力範囲を決める。
ただし、清・朝鮮半島の意志は関係ない。
ロシアは日本を侮り、決めるのは日本では無く、ロシアだと!!!!!
しかし列強はロシアの影響が大きくなるのは困る。
イギリスは、ロシアの影響がアジア、インドに及ぶのを避けたい。
複雑である・・・・・・
日露戦争後、列強は朝鮮半島の日本の支配を支持する。

日露開戦から、ポーツマス条約がむすばれるまで記述されている。
日露戦争ではどうしても乃木大将が登場する。
愚将か?名将か?
司馬遼太郎は明らかに愚将説である。
著者は名将説であると感じた。
莫大な損害を出しているが、戦後の日本の評価を上げたのは間違いない。
坂の上の雲にもあったが、ロシア陸軍は負けていない。
日本は奉天でもかろうじて勝ったが、立ち直れないほどの損害を受けている。
ロシアは、まだまだ精鋭を送れる。
海軍は負けたが、陸軍はハルピンに100万の兵を集結させて、勝てばよい考えである。
日本は幸運だったのだろう・・・・・
そこまでしないで講和に持ち込めた。
日露双方、譲られない地点での妥協を図る。
かろうじて、南樺太は日本の物になった。
これはルーズベルトがロシアにそう言ったからと言う。
『イギリスの情報で、皇帝が譲ってもよい。と言う話も読んだことがあるが・・・』

著者言う。
朝鮮半島支配は、現在から見れば暴挙であるが、当時としては他の方策があったのかと!
インド支配のイギリスは、インドに不良イギリス人を入れなかった。
一旗揚げようと言う、不良外人を入れなかった。
そういう人間はオーストラリアに行って貰った?????
それに対して、日本は他に行く所が無いせいか、朝鮮半島に行ったのは不良外人が多かったようだ????
真面目な人も多いと思うが、支配する側の立場で傍若無人な態度だったようだ。
日露戦争で、朝鮮半島は日本軍と共に戦ったわけではない。
世界の眼は、ロシアの勝利が見える。
その時に、日本に協力したとなれば戦後どうなるか?
これは当然の態度と思う。

ともあれ、そう言う帝国主義の時代であった。
列強に入るために最大限の努力をしたのだろう。
当時の世界情勢、日本の情勢、清、朝鮮半島の情勢もよく分かる。
しかしそれを見据えて、進路を決めた明治の政治家たちがいる。
昭和とは違うと言う事か?
こういう本で、朝鮮半島の事を教えればよいと思う!
いつまでも朝鮮半島に好きな事を言われないためにも、そう思う!

後、陸奥宗光から著者のシリーズを読んで行きたい。
『何冊かは買っているが・・・・・』

2014年8月19日 (火)

本・戦国時代の組織戦略②秀長・官兵衛・堺屋太一

著者の評価が高い秀長がいる。官兵衛は高くない!
秀長の事を知ったのは、『司馬遼太郎 豊臣家の人々』によってである。
目からうろこだった。
その後は著者によってである。秀長の長編もある。
兄弟の相克が多い戦国時代に、まれな例である。
補佐役に徹した。かといって武将の能力が無い訳ではない!

豊臣政権が成長する時、武断派と官僚達との対立も秀長が間にたった。
秀吉がやたらと死を命じるのも、秀長の死後であると言う。
主役と補佐役のまれに見るよき例と言う。
自分を殺し、表舞台に立つ事は無かったようだ!
関ヶ原の時に生きていたらどうなっていたのか?
非常に面白いイフであるが・・・・・

最後の章が官兵衛である!
著者は評価はしているが、天才軍師???
そこまで評価していない様だ・・・・・・
播磨の土豪の家老にしか過ぎないが、天下争奪の舞台になる。
織田に付くことで小寺をまとめるが、織田家の誰に申し継ぐのか?
これをあやまれば、四国長曽我部と光秀の関係になる。
秀吉と読む!
広い情報網と冷静な判断力を持つ。
その反面、自信過剰と自己顕示欲の強さが欠点になる。

別所氏離反の加古川評定!
織田が仕組んだとも言われるが、この席を仕切っている官兵衛に対する反感がある。
たかが小寺の家老ではないか?
それが上から目線で命令する。
能力はあってもそのあたりが見抜けない。

荒木村重の説得に、有岡城に行く。
オレなら出来る!
強烈な自信である。
主家に裏切られる。
その報いは身体に残った。
著者も厳しい!当たっていると思うが・・・・・・

復帰後は軍師に復帰する。
調整実務の秀長!
終始作戦、著略を専門に考えた官兵衛。
この機能分担がなされていた時期が、豊臣政権の成長期に当たる。
そして秀長が死ぬ!
官兵衛の策謀癖は止まない!「凄い表現である!」
秀秋を毛利の養子に送り込もうとする。
あわてた小早川隆景は、自分の養子にして毛利本家を守る。
結局小早川家も毛利家も官兵衛にとっても、誰にとっても良くない結果になった。
そうしてなければ、小早川家も関ヶ原でどう行動したか?
九州で動き回った官兵衛も関ヶ原が一日で終わるとは思わなかった。
が官兵衛自らがその種をまいている事になる。

成長過程の豊臣政権。
皆領土を欲しがる。その為に朝鮮半島に出兵する。
がそれをやらなければ豊臣政権はもたなかったと言う・・・・・
朝鮮半島はじめ、強国の侵略を受けた国は災難だろう・・・・・・

本・戦国時代の組織戦略①信長・秀吉・堺屋太一

歴史は教訓の宝庫。「組織」の視点でビジネスマンの基礎教養としての戦国時代を総括。
信長、秀吉、黒田官兵衛ほか組織図・関係図と関連年表を加える。

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著者の本はよく読んでいる。戦国時代の本も沢山ある。
その中で組織論を展開している。
著者独特の眼で記述されている。
印象深いのは、官兵衛を良く思っていない?????
能力は買っているが、性格が悪いと思っている?????
それより弟、秀長をかっている!
著者の評価は高い!

戦国時代は1550年代で前期と後期になる。
面白いのは後期である。
後期は資料もよく残っているので、事実が分かる???
『名将は味方の利点を知って策を練る。凡将は先に味方の欠点をみて脅える』
『名将は常に自軍の長所を活かし、敵の短所を付く。凡将は自分の短所に不満を持ち、敵の長所におびえる』

織田信長の台頭!
出自にとらわれない抜擢!
秀吉、光秀、一益、村重もそうなんだろうが、織田家以外では軍団長までなれない!
人を道具としてみる。何が出来るかの能力を把握している。
この辺りは信玄も同様である。
銭で雇う兵!いつでも戦える。
この時代の兵は百姓が主体である。兵農分離が出来ていない!
農業の繁忙期は出兵できない。戦えない!
それに引き替え信長はいつでも出兵出来る。
戦って信長は負ける。
が相手も引き上げる。農業があるので・・・・・
そうすれば信長が侵攻してくる。
その繰り返しで、相手が根を上げたようだ!
そんな兵だから弱い!弱いなら弱くても勝てる工夫をする。
鉄砲が重要になる。
数をそろえる。世界でも保有数はトップクラスだったと言う。
それを可能にする経済力が信長にはある。
経済官僚のいたのか?
楽市楽座の発想!

信長が目指した貨幣経済の確立。
その為にやった事がる。革命児と言われる所以である!
①   身分制度を破ること。秀吉・光秀・一益の抜擢。
②   関所や「座」の廃止。
③   租税の公平化。
④   貨幣の統一。
⑤   道路・水運の整備、商人を集めた町造り。
⑥   イベントの開催。
当たり前のことだが、信長にしか出来なかった。
信長の大きな欠点。
合理的発想をする。それしかできない。
人も同じと思う。がそんなものではない。
旧態依然とした勢力は信長のやっていることが理解できない。
一向宗との長年に渡る戦い。
比叡山の焼き打ち。
恐らく本能寺の変が無ければ、高野山もどうなっていたか分からない!
家臣がどう思うか、考えもしなかったのではないかと思われる。

組織を再編する。
専門分野の部隊を造る。
機能分担も考える。
公家・寺社関係に詳しい外交官。商業経済に通じた商人、行政能力のある官僚タイプの人間を集めていたようだ!

秀吉の組織論。
良く言われる武断派と官僚達との対立。
これはどこの組織でもある。
例えは悪いが、全国制覇の抗争をした山口組。
偉大な3代目がいても、イケイケの前線指揮者と後方担当者は揉める。
3代目がいた時は大きな問題にはならないが・・・・・・
秀吉は出自も悪く、まともな部下がいない。
半兵衛は早くに死んだため、評価が出来ない。
小六、官兵衛か?
後年大名になる家臣も、秀吉のおかげで出世出来た!
寄り合い所帯である。
これを何とかまとめた秀吉の力は凄いと言う。
そして著者の持論、有能な補佐役、弟秀長の存在がある。

2014年8月18日 (月)

本・天守を巡れば歴史が見える・外川淳

戦乱の時代には激闘の舞台となった城は、今では都市における癒しの空間であり、観光地としても大変な人気を集めている。城は歴史の証言者であり、真実を解明しうる重要なアイテムだ。城を巡っているとさまざまな発見や感動が得られ、歴史のロマンに想いが募るだろう。本書では城好きの視点から、城巡りの入門書として城の歴史や構造を概説。実例を挙げながら、城を正しく、そして楽しく探査する方法を紹介していく。城好きや歴史ファンのための城巡りバイブル。

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内容は下記の通りである。
第一章 天守から見る城の歴史と現状
第二章 天下人の城を探る
第三章 城の正しい見方
第四章 城巡りの楽しみ方
第五章 百名城を極める
著者はプロと言うか専門家である。
城廻のテクニック、著者の装備の説明もある。
流石と言うべきか!真似は出来ない。
二郎はせいぜい城址の説明、案内を見るぐらいしかできない!
撮影のポイントとかも表している。
凄く参考になる。

先日淡路洲本城へ行っている。
3度目だが行く度にむなしくなる。
模擬天主といのは分かっているが、もっとましな天主を造れないのかと!
素人で歴史が好きなので、それも戦国時代の歴史が好きなので、城跡とか古戦場には良く行く。
著者言う、くだらない天守閣を造るぐらいなら、残っている石垣、雑草等の整理をした方が良い。
いかがわしい天主の第一号と言う! 『納得!』
堀があり石垣があり、二の丸・三の丸・天主の位置が分かれば良いのではないか?
市街地では無理だろう・・・・・・
今官兵衛巡りをしているので関係ある城跡に行っている。
淡路洲本城もそのついでに寄った。
天守閣が無かった城である。
コンクリート造りは好きになれない!
浜松城・岐阜城・越前大野城・伊賀上野城・岸和田城・岩国城・今治城・小倉城・平戸城・唐津城・島原城・中津城は天主閣の存在、形状が分からないのに再建した。
コンクリート製である。
天主だけの城もある!

姫路城。改修工事中である!
小学生の時にも改修工事をやっていた。
その時行った事は覚えている。
今回たまたま姫路に行った時、改修の鉄骨をばらしている時であった。
なかなか見応えがあった。
海外旅行に行くと、名所はほとんど工事中である。
大がかりな仮囲いで囲んであり、企業の宣伝に使って改修費用の足しにしている。
これを見るに耐えないと言う人もいるそうだ。
おかしいのではないか?

清須城?清州城?
映画、清須会談では小じんまりした城としていた。納得できる。
が再建された城は豪華な物である。

伊予大洲城は再建された。
コンクリート製ではない。
明治の頃まで天守閣があった。明治なので写真が残っている。
再建し易いとは思う。コンクリート製では無い。こう言う再建は嬉しい。

堀も無く天主閣だけのコンクリート製の再建はもう良いだろう・・・・・・
記録に無い天守閣も要らないと思う!

兵庫県に住んでいるので姫路城、明石城は子供の頃から知っている。
堀、石垣が残っているだけでも嬉しい!
城ってこんな物だと思っていた。
今回死ぬ思いで山城に上っている。
意外と楽しいが・・・・・・
伯耆羽衣城がある。
ここは本当に死ぬ思いだった。
本丸跡に模擬天守閣がある。窓ガラスがはめられているし、中に入れない。
果たして必要だったのか?

最後に日本の百名城が記載されている。
著者は不満がありそう。
各地の城跡を表している。
何が残っているかも分かるようにしてくれている。
大変参考になる案内です。
面白かったです!


2014年8月17日 (日)

軍師官兵衛(第33回)傷だらけの魂

『狡兎死して走狗烹らる』
秀吉が関白になり、豊臣の姓になる。
官兵衛との間に微妙な空気の隙間がある。
四国攻めが終わったが、官兵衛に恩賞は無い。
辞退したと言う。
蜂須賀小六は阿波を、伊予は小早川隆景、恵瓊坊主も伊予の一部を与えられている。
官兵衛の3人の家臣、栗山・母里・井上が恩賞が無い事を愚痴っている。
秀吉の側に殿の事を良く思わぬ者がいる。
と言って画面が変わるが、石田三成の顔が映る。
誰の事かマルバレである。

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道薫とちゃちゃの話が主である。
ちゃちゃが道薫に有岡城の事を聞きたがる。
ちゃちゃ、
「何故謀叛を起したのですか?」
「妻をはじめ家臣が死に、一人生き残って恥ずかしくないのか?」
道薫、
「成算が無ければ謀叛は起していない。右近が裏切ってなければ・・・・・」
「あなた様は、敵の手の中で生き残って恥ずかしくないのですか?」
「化け物なのです。私もあなたも!」
怒った秀吉が道薫の首を刎ねようとする。
官兵衛が笑い出す。
「この男は死にたいだけなのです」
何とかこの場は収まるが、道薫はところ払いになる。
秀吉の顔つきが変わってきている。
醜くなっていると感じたが・・・・・・
官兵衛も人が悪くなってきているが、自信に溢れている。

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道薫には、有岡城落城じの助かった子供がいる。
忠実な家臣に育てられている。
官兵衛のところにいれば道薫に会えるのではないか?
実際に会えたが、最初道薫は無視する。
ところ払いなる前やっと打ち解ける。
だしの子供と言われるが、確かで無さそう。

ドラマでは、官兵衛が九州攻めの命令を受ける。
この場面に秀吉と三成がいる。
三成が恩賞の事言う。
九州攻めが終われば恩賞も与えられるでしょう。
自分がNO2と言う感じ。
官兵衛と秀吉の間に隙間風が出来ている。
と言うより、本能寺の変での官兵衛の一言ではないか?
「天下取りの機会が巡ってきましたぞ!」
思っていても言ってはならない言葉と言う!
このころから警戒されている。
官兵衛の才が必要とされたのは、賤ヶ岳の合戦までなのか?
ここまでは兵力の差は無く、食うか食われるかの世界だった。
今はもう関白秀吉の圧倒的な力の元で策を練る。
昔に比べれば何と楽なんだろうと思うが・・・・・

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官兵衛がキリスト教に入信する。
洗礼を受ける。
入信したのは天正11年、12年、13年とかがある。
司馬遼太郎 新史太閤記では、備中高松城攻めに行く途中に秀吉にキリスト教に入信したことを冷やかされる。
水攻めの堤を作る時、秀吉は「人を動かすのは欲だ!」
官兵衛は言う。「さにあらず、愛であると!」
別の小説では、有岡城に村重を説得に行く時、キリスタンであることを頼りに行く。
小説も難しい!
来週は九州攻めか?
九州は時間をかけて行くつもりである。
頑張ろう・・・・・

2014年8月15日 (金)

本・日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦・NHKスペシャル

昭和55年。東京・原宿にある旧海軍将校のOB団体「水交会」に、日本海軍の中枢にいたエリートたちが集まった。元大尉から中将まで、参加者はのべ40人。月1回の会合は「反省会」と呼ばれ、平成3年まで130回以上、開かれた。「戦争の真実を語り残す」という目的のもと、「門外不出」を条件に、会はすべて録音されていた。開戦を巡り陸軍と海軍では水面下でどのような動きをしていたのか、特攻作戦の本当の発案者は誰でどのような理由で決行されたのか、戦後の東京裁判で海軍軍人を守るために、海軍はどのような手をうったのか?録音されたテープは計400時間。時には出席者間で激論を交わし、戦時中は雲の上の存在だった上官に真実を厳しく追及する場面もあった。この貴重な記録を基に、埋もれていた太平洋戦争の裏面史に光をあてる。

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この取材をされたスタッフには頭が下がる。
大変な苦労をされたと思う。
見つけたのは、古いテープだったので再生には気を使ったようだ。

開戦の決定は?
特攻の発案は?
戦犯について?

開戦の決定!海軍あって国家無し!
読んでいて雰囲気で戦争を始めたとのかと思う・・・・・・・
自分の都合の良い事柄だけを見ている。
東条英機が言ったそうだが、物事は希望的な側面からも見なければならないと言う!
ゆえに日本のエリートたちがシュミレーヨンした開戦後の状況。
当たっていたが、握りつぶしたようだ!
海軍あって国家無し!
喋っている人間も都合の悪い事まで言っているだろうか?
海軍善玉説!
開戦を主導したのは陸軍であって、海軍は反対していた。
軍事予算がある。
海軍は兵器に金がかかる。
そういう事で予算を回してもらっている。
予算を取っているのに、戦争出来ないとは言い難いと言う。
陸軍によるクーデターが発生する???
これを避ける為に陸軍に同調する?????
本当かないな!

問題の石川信吾も出て来る。
第一委員会!課長の委員会だったようだ。
それが力を持つ!
果たしてそんな力があったのか?
あったと言うか、上層部が黙認したようだ。
敵を知り、とあるが敵を知っていない。
南仏に進駐しただけでアメリカがそこまで怒ると思わなかったと言う
開戦後の展望も無し!敵も知らずに戦いに突っ込んだと言う事なんだろう!
反省会で、徴兵された一般の兵士や、空襲で死んだ人に対する話は無かったと言う!

特攻 やましき沈黙・それぞれの戦後。
特攻は中央からの指示ではない。
自発的な物だと!
大西瀧治郎の発案と言われている。
確実に戦果を上げるための戦法だと!
神風、回天、桜花、震洋等がある。
これらの発案者に、黒島亀人の名前がある。

特攻の会談があった
責任者は4人。
その中の一人だけ参加している。
それに回天の指揮官がかみつく!
自身回天の特攻隊を送り出している。
それだけに迫力がある。
回天などはすでに発案されていたようだ。
そんなきれいごとではなかったようだ!
軍令部が承認していたようだ。
それを死者のせいにしている。
一番の問題は、俺も後から行く!
と言って送り出した人たちである。
「映画 永遠の0」の特攻の場面がそうだったんだろう・・・・・・
読んでいても辛くなる。
人を消耗品としか思わない。
発案とされた大西瀧治郎は腹を切った。
責任を取ろうとした!

戦後、特攻の指揮官たちも苦しんだと思う。
元部下に責められる!

戦犯裁判 第二の戦争
海軍は周到に裁判の用意をした。
口裏合わせをやっている。
答弁がバラバラにならないようにしている。
裁判の担当者が言う!
責任は半々だと!陸軍は暴力的、海軍は知能犯である。
BC級の戦犯の話は悲しくなる。
甘んじて責任を被った人も多いのだろう・・・・・・
潜水艦作戦の捕虜虐待。口頭の命令で済まそうとしたが艦長たちが命令書を欲しがった。
こうなると捕虜虐待も相当あったようだ!
避けて通れない話である。
海軍省の光景組織、第二復員省。
徹底してニュルンベルグ裁判を研究している。
連合軍の考えを読む。そうして対策を考える。
海軍は極刑を出さなかった。
これが海軍善玉説になっている。
その為には中央からの捕虜虐待の命令なんか無い事にしなければならない。
命令があったのに、出先の責任と言う事で処刑される。
自分の死で多くの人が助かるのだったら、と言う事で処刑された人もいる。
それで助かった人も多い。
実査に捕虜を斬った人のインタビューもある。
辛かったと思うが・・・・・・
その時代に生きなければ分からない話と思う・・・・・・

良くまとめたと思う!
次はドラマを見たい。オンデマンドでやっているようだ!

本・日本の戦争・田原総一郎

日本はなぜ、あえて「負ける戦争」へ突入していったのか?
少年時代に敗戦を体験した著者が、長年にわたって抱き続けてきた疑問日本はなぜ、世界を敵にまわし「負ける戦争」を始めてしまったのか? 
明治維新で国家を建設し、西欧を懸命に追いかけてきた日本の間違いは、一体どこにあったのか。
「富国強兵」「五族協和」など7つのキーワードをもとに、日清・日露戦争、満州事変、そして「大東亜戦争」へと突き進んでいった近代日本の謎を解き明かし、長く曖昧にされてきた戦争の真実に迫る!

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8月15日が近づいて来る。
ので戦争にかかわる特集も多い。
以前読んだが、読み返してみた。
『NHK特集 山本五十六』の影響もある。
戦闘場面は無い。そこに行きつく過程が記述されている。
7つのキーワードは、四語熟語である。
富国強兵、和魂洋才、自由民権、帝国主義、昭和維新、五族協和、八紘一宇。
明治維新から始まる。
妖怪、岩倉具視。盟友大久保利通ととの策謀。
『最善ならずば、次善。次善ならずばその次善』
幕末から征韓論、日清戦争へと話は進む。
韓国との関係。
何故日韓併合に走ったのか。
分かり易い!
要は遅れて来た帝国主義なんだろう。
それが大国への道と思っている。
弱肉強食の時代である。
イギリス・フランス・ドイツ・ロシア等にとっては当たり前の事である。
日本の防衛に為に、朝鮮半島は中立が望ましい。
が中立なんて出来ない。
となれば親日政権が望ましい。最終的には保護国、植民地が望ましい。
混乱時はいろんな考えがある。
朝鮮半島も清・ロシア・日本とまわりにいる。
どこも手を出したい。
朝鮮半島は古来中国と関係が深い。
朝鮮半島内にも清と結ぶ勢力、ロシアと結ぶ勢力、日本と結ぶ勢力がある。
そこに付け入ったのが日本なのか?
古来半島国家は難しい。
どうしても陸と海から影響を受ける。
現状の南と北に分かれているのが正常なのか?

大国の思惑で物事は運ばれる。
朝鮮半島、清の意向なんて無視される。
それが帝国主義なのか???
日清戦争後の3国干渉。
ロシア・フランス・ドイツで日本の権益を取ってしまう。
日露戦争前の満州はロシア、朝鮮半島は日本の支配と言う交渉がある。
『満韓交換説』
これも当事者、清と朝鮮半島の意向は関係ない。
大国の横暴である????
日本は大国の仲間入りをしたい。
なので朝鮮半島を取らなければ損と思う?

明治の政治家と軍人と昭和の政治家と軍人の差!
日露戦争、どこまで戦えるか終戦プランも持っている。
日清戦争の川上操六、最悪負けた時の事まで考えていたと言う。
ドイツ頼みで正確な情報も無く、バスに乗り遅れるなと開戦に走った。
昭和の政治家と軍人!
読んでいて思ったが、あまり有名?でない研究者、学者の意見が多い。
地道に研究しているのだろうと思う。
ちょっと新鮮な感じがした。

石原莞爾が当然登場する。
特異な思想の持ち主か?
世界最終戦争。
アメリカと日本が争う。
その為に準決勝を勝たなければならない。
相手はソ連である。
その為には国力を充実させなければならない。
ソ連は5か年計画で着々と国力を充実させている。
それに比べて日本は?
そこで満州となる。日本の生命線である。
この辺りは読めば読むほどメチャメチャである。
命令違反はする。
それを処分出来ない。
あの広い中国をどうやって占領できると考えたのか?
思いあがりも相当なものである。
日本を持たざる国と言う。
しかし朝鮮半島、台湾、南樺太と支配している。
どこが持たざる国かと言う意見もある。
南京事件が出て来る。
果たしてあったのか?
今となっては調べようもないし、調べない。
何か言えば歴史認識を言われる。

しかし日米開戦に至る日本の政治は機能していたのか?
反対すれば殺される危険性がある。
2・26事件でのターゲットにされた政治家達、何か恨みもあり標的にされたみた。
天皇が自分たちを支持してくれていると勘違いしている。
実際に現状を憂いていたのは分かるが、どうするのか何も考えていない。

暗号解読の話もある。
交渉内容が解読されている。
そう言えば、大島ドイツ大使の情報は、連合軍とって貴重な情報だったようだ。
ドイツがイギリスとソ連に勝利するとの前提で太平洋戦争を起した。
ヨーロッパの情勢の分析も出来ていない。
イギリス上陸は出来ず、ドイツはモスクワを攻略できない。
情報の収集については、今も変わらない感じがするが・・・・・
明治維新以降の沢山の政治家が登場している。
日本の特に昭和の歴史の反省は、軍部と政治家の行動の分析から始めるべきである。
たまたまBSで、「トラ・トラ・トラ」を放映していた。
これにアメリカに渡す最終通告の解読が進まない。
外務省の緊張感も何もない感じが良く表れていた。
この本を教科書にして明治維新以降から教えればよいと思うが・・・・・
朝鮮半島、中国の事はちゃんと教えるべきと思う。
時間切れでほとんど昭和なんて教えていないと言う・・・・・


2014年8月13日 (水)

NHK特集 『山本五十六の真実』

山本五十六の特集である。
山本五十六と言えば、半藤一利である。
特集でも何度が登場していた。
最近は凡将説まである。そう言う説を聞くと、ムカついてくる。

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山本五十六

このドラマは書簡が中心になっている。
堀悌吉。山本五十六の盟友である。軍政家として有能と言う。
条約派として海軍を追われる。この時山本は相当怒っていたと言う。
山本五十六と堀悌吉の書簡がある。これを朗読する。

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本心を綴っているのだろうと思う。
どちらも地方の出身である。
山本五十六は越後、堀悌吉は大分である。
大分の杵築の出身と言う。
9月中津の方に行く。当然官兵衛巡りの一環である。
杵築にも行くつもりだったので何か因果を感じる。
もう一つ言えば、「映画 トラトラトラ」が放映されていたので見たところである。
堀悌吉は192名中首席で卒業している。
予備役ならずに海軍大臣を務めていれば又違ったと言う。
それほどの大物だったようだ。

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山本五十六、堀悌吉

『映画、聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実』
これに堀悌吉役を演じたのが、坂東三津五郎だった。
今回も朗読役で登場している。

日露戦争、ワシントン軍縮会議、ロンドン軍縮会議、三国同盟、開戦、
戦死までが描かれる。
上下で100分ある。やはり短く感じる。
軍縮会議あたりから海軍、日本はおかしくなっている。
良く言われる対米比率7割。
何故7割で良いのか?
その根拠は無いようだ。
7割確保と言う主張が通れば勝ったとでも思っている?
日本は対米比6割9分7厘5毛でロンドン軍縮会議を調印した。
開戦時期も、7割をわずかにきれるこの時しかない!
石油の事もあるが・・・・・

どこの世界も派閥がある。
海軍も艦隊派、条約派と分かれている。
艦隊派には、超大物伏見宮がいる。
この人が本当に能力があったのか?
それらしい話は聞かないが、宮様であるので存在感があるようだ。
『ガンと言う声もあるようだが・・・・・』

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坂東三津五郎

開戦へ。三国同盟に反対した米内光政、井上成美、山本五十六のトリオ。
暗殺を恐れて海に出す。
連合艦隊司令長官になる。

真珠湾攻撃。
この攻撃の艦隊司令官に南雲忠一がなる。
子供の頃から思っていた。
何と自信のない顔をしているのかと!
真珠湾攻撃後、キンメルを解任してチェスターミニッツを司令官に据える。
28人か29人ごぼう抜きの人事である。
山本は真珠湾攻撃の司令官に小沢冶三郎をもって行きたかったと言う。
がハンモッグ番号が優先されたようである。
山口多聞と言う線もあるが・・・・・
「黒島亀人は出て来なかった・・・」

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真珠湾攻撃

珊瑚海海戦、東京空襲がありミッドウエー海戦になる。
この海戦では暗号が解読されていたのか?
『AF』の場所が分からない。
その為、平文で電報を打つ。「ミッドウエーに真水が不足している」
これに見事に引っかかった日本。
これでAFが分かった。
この海戦についてはいくらでも文献がある。
が、半藤一利が詳しいと思うが・・・・・・

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ミッドウエー海戦、 三隈

山本五十六への攻撃がある。
ラバウルへ赴任する。
本人の強い希望により、前線の視察に行く。
一式陸攻2機に護衛のゼロ戦6機である。
この時は暗号は解読されている。
アメリカは日本の時間通りの行動にかけた。
情報主任参謀、エドウィン・レイトンが言うそう言う。
確かミニッツが、山本に代わる提督がいるのか?
山本以上の能力がある提督なれば困る。
レイトン言う。ミニッツ長官と同じです。代わりはいません!
ミニッツが、ゴ―を出す。双胴の悪魔P38ライトニングが攻撃する。

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P38

この頃に堀悌吉に手紙を出している。
昔の人は偉い!
筆で良く書いていると思う。今じゃワープロで終わりだ。
戦局の見通しが立たない。
愚痴めいた内容である。

山本五十六は死への願望があったのか?
良い時期に死んだとも言われる。
録画して置いておく。
又見直したい。

2014年8月12日 (火)

「誰が養っていると思っているんや?」 言ってはならない言葉なのか???

奥さんがテレビを見ていた。
その中で、離婚の話があったようだ・・・・・・
言ってはならない言葉があると言う。
「誰が養っていると思っているんや?」
奥さん言う。
私なんか何遍言われているか・・・・・・・
と言う事は二郎が言っている???????
口が裂けてもそんな事言った覚えはない!!!!
????????????

マアそれらしい事は言ったかもしれないが・・・・・・・・
親父の言葉。
「俺養子違うからな!」
二郎の言葉。
「誰の金や思っているんや!」
「自分のカードで買え!」
「なんぼほど使ったら気が済むんや!」
それに近い事を言っている感じがしないでもないが・・・・・・・
要は自分が我慢していると言いたいのか?
そうなんだろう・・・・・・
これからは気を付けよう!

昔旅行していた。佐賀の方に行った。
そこで何気なく見たテレビドラマがある。
『十時半睡事件帖』
これが熟年離婚の話だった。
亭主が役目を終えた日、つまり定年になった時妻が家を出て行く。
こうなれば亭主は哀れなものである。
子供達が何を言っても戻らない。
家禄に差があったようだ。
「あなた様はわが家を馬鹿にしておられた」
そんな事を言っていた。
今は定年まで待たない。さっさと別れる。
これも時代なのか?

軍師官兵衛 (番外編④)大河ドラマの影響は凄いのか? 備中岩屋城 城郭放浪記を見て・・・・・・

いつも城廻に参考にしている、城郭放浪記がある。
メチャメチャこのおかげで助かっている。
今の軍師官兵衛めぐりでも参考にさせてもらっている。
改めてお礼を言いたい。
今日開いてみて気が付いた。
「昨日の参照数ベスト5」と言うのがある。
下記の通りである。

①    播磨・山崎城
②    播磨・篠の丸城
③    播磨・長水城
④    美作・岩屋城
⑤    播磨・聖山城

①   ②はなんとなく分かる。
官兵衛の居城として、名所案内で紹介された。
③   ⑤も播磨と言う事だろう。
が④は美作だ。
官兵衛・小六と恵瓊が国境を決める。
その時、地図に赤の筆を入れる。
その時秀吉側にあったのが、岩屋城である。
一瞬であるが二郎でも気が付いた。
ドラマでも1分ぐらいだが場面があった。
当然多くの人が見ている。
それで検索したのだろう・・・・・・

面白いものである。
行って見たろかと思ったが、山城なのでヤメ!!!!
改めて地方自治体が、誘致に走るのが理解できた。

2014年8月10日 (日)

軍師官兵衛(第三十二回) さらば父よ!

ちょっと展開が早すぎる。
冒頭から小牧長久手の戦いになる。
本能寺以降、清須会議・賤ヶ岳の合戦と早い。
小牧長久手めでのプロセスは一切ない。『寂しい・・・・・・』
家康の家臣も、井伊直政・本多忠勝・榊原康政は登場している。
酒井忠次はともかく、石川数正は出すべきではないのか???

小牧長久手の合戦には官兵衛は参画していない。
毛利との国境をどうするか打ち合わせしている。
当然交渉相手は安国寺恵瓊である。
蜂須賀小六も同行している。
戸部新十郎によれば、小六の方が主役である。
地図に赤線を引いて決める。
半国を一国と読む妥協をしている。
その秀吉側に、備中岩屋城がある。
この勢力が講和による立ち退きを拒んだ。
その場面はあった。地侍である。360年の領地と言っていたが・・・・・・
ドラマは拒む場面だけだったが、実際は秀吉に攻められる。
攻めたのは宇喜多勢のようだ。
この場面を出したのは、九州での名門、城井城、宇都宮鎮房と同じ事を官兵衛がするからか?

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ドラマで秀吉がおねに言われる。
官兵衛の居ないところでの合戦は負けている。
何故官兵衛の意見を取り上げないのか???
秀吉はおねに言う。
備中高松城での本能寺の変の知らせが入った時の事である。
この場面は、司馬遼太郎 新史太閤記が面白い。
官兵衛が秀吉に言う!
殿の天下取りの機会ですぞ!
言われた秀吉はぎょっとする。
その通りであるが、ここはそれを言ってはいけない!
言った官兵衛は秀吉にどう思われたか直ぐに察する。
えらい事を言ってしまった。
やはり秀吉は官兵衛を警戒するようになる。
豊前一国では無く、12万石しか与えられなかった原点である。

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秀吉は家康との再戦を考えている。
三成はその考えに賛成である。
官兵衛は家康、三河の田舎侍???家臣を誉める!
家康に対する忠誠心がある。
兵は田舎ほど強い!
都会の兵は弱い!当時で言えば、尾張・摂津・河内・和泉・山城か?????
強いのは越後・甲斐・薩摩・・・・・・
それより家康を孤立させることを勧める。
まわりの反秀吉の勢力を潰していく。
ドラマではなかったが、雑賀攻めがあり、越中の佐々成政攻めもある。
そうして四国・九州攻めがある。
ドラマでは四国攻めがあり、あっと言う間に長曽我部元親が降伏している。
早い!早過ぎる・・・・・・
想像するに、後は九州と関ヶ原に時間を取ると感じたが・・・・・・

黒田長政が山崎領の領民と話する。
この山崎城だが、死ぬ思いで上の主郭まで登った。
実際に足の悪い官兵衛は、ここまで登ったのか?
絶対に登っていないと思う!

長政は若い!
言いたい事を言え、と言っておきながら言われると刀に手をかける。
家臣が心配する。
後藤又兵衛までが心配する。この頃は仲が良かったのか?
そうして祖父に相談に来る。
長政は祖父から子供の頃の失敗談を聞き、遠まわしに諭される。
そして父にはきつく叱られる。

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後年福岡城で一部屋儲けて、決められた日に何を言いに来ても構わないと!
そうやって家臣との対話を図った話もある。
この時は若かったんだろう・・・・・

祖父が死ぬ。庭で孫と遊びながら座りながら陽光を浴びて死ぬ。
同じ大河ドラマ、天地人でも、与六の父が壁にもたれて死んで行く。
同じ演出者なのかと思った?

これからは三成が秀吉の軍師になる。
官房長官と言う!
官兵衛とも対立するだろう・・・・・・
ドラマでは官兵衛はいつキリスト教に入信したのか?
天正12年と言う。
勧めたのは高山右近に蒲生氏郷と言う。
天正15年に秀吉は禁止令を出したと言う。
一応棄教している・・・・・

来週は九州攻めが始まるのか?
落ち着いて見れないのが寂しい・・・・・・・

関連紀行記事 
播磨妻鹿 黒田職隆廟所
播磨・篠ノ丸城 (兵庫県宍粟市)

本・歴史探索入門-史跡・文書の新発見・小和田哲男

歴史に出てくる土地を訪れて、自分なりの新しい発見ができたら、どんなに面白いだろうか。本書はそんな希望をかなえてくれる。歴史の現場を訪ねて多くの研究成果をあげてきた著者が、自分流の調査方法を一から教えてくれる。調べ方のノウハウから現地の人たちとの交流のマナーまで、アドバイスと調査に役立つ基礎知識がいっぱい。探索の楽しみが倍増して、きっと何かが発見できる、待望の入門書。

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特に最近は官兵衛巡りであちこち行く。
城址は昔から良く行っている方だ。
城址と言えば山城がある。
先日から行っている小さな城の山城。
今話題になっていた播磨上月城!
因幡鳥取城の羽衣石城!
伯耆福光城は登れなかったが登ろうとした。
実際に水、食料、燃料(マキか?)、糞尿の始末。
洗濯等出来ないので着た切り雀のはずである!
三木城なんか頑張り過ぎて2年も耐えた。
相当な悪臭が漂っていたのではないかと思うが?
細い坂道を馬に荷物を載せて行ったのであろうか・・・・・・
昔の人は力があった?
そんな事を考えている。

著者の本はよく読む。
著者の調査方法が記述されていて非常に面白い。
言い伝えで、発見した時の驚きと嬉しさ。
古文書を見せて貰いに行く。
2、3時間早ければ見れたが、納屋を壊して焼かれていた時のショック!
明らかに偽物と分かる時、どうするか?
言い伝えなど早く仕入れておかなければこの時代、残らなくなる。
地名から推測できる。
そう言う話が沢山記述されていて面白い。

最近はみんな公開するが、家伝と言う事で見せたがらない人もいる。
日本は系図の方を大切にする。
が系図ほど当てにならないものは無いとも言う。
こういう物は図書館にでも寄付して研究出来るようにすればよいと思うのが・・・・・
何々氏寄贈と言う事にして!
古い文書なんてやはり保存するには手入れがいる。

著者は実際に現地を歩いている。
武田信玄の2万5千の兵が青崩峠を越えた。
実際に行って見ると、とてもそれだけの兵が通れない。
と言う事で他のルートも分かったとある。
そう言えば川中島の戦いでの武田の啄木鳥の戦法!
これも夜中に実際に山道を歩いたがとても行けなかった話もある。

素人が史跡めぐりする。
大層な標識は要らないが、簡単な方向を示す案内は欲しい。
廃城となっていて何もない場合もある。
何か石碑でもあれば行き易いと思うが・・・・
先日行った播磨端谷城、堀切が残っている。
ここも何もないが、案内板と言うか説明の表示板があり楽しかった。

今悩んでいるるのは、愛宕山にいつ行くかと言う事である!
山崎の合戦跡もそうである。
どちらもハイキングコースになっている。

我が家は、史跡には行くだけだが参考になる本だった!


戦国鉄砲集団、根来・雑賀・神坂次郎

神坂次郎の短編集を読んでいる。
重複しているが面白い。
特に紀州の事なので著者は詳しい。
『戦国、根来鉄砲集団の興亡』『戦国鉄砲無頼』『根嶺燃ゆ』『雑賀孫市は三人いた』
読んでいて面白い。
根来寺!
72万石と言う寺領を持っている。
どう言う寺なのかと思っていた。
新義真言宗とある。新義真言宗総本山一乗山大伝法院根来寺?????
高野山の古義真言宗と対立している。
対立しているなら武力がいると思う。
それで根来にも僧兵がいる。
が漫画、小説では忍法を使うように設定されている。
江戸時代、伊賀、甲賀と並んで根来も隠密である。
漫画ではやはり白戸三平が登場させている。

根来、雑賀共秀吉の支配を嫌う。
戦国時代、鉄砲と言えば織田、雑賀、根来が軍団を持っている。
精巧さでは雑賀と言う!
次いで根来と言う。
織田は信長の天才性で勝負する。
雑賀、根来は個人技で勝負する。
鉄砲なんて当時のハイテク技術である。
制作から運用まで、プロ集団なんだろう・・・・・

秀吉の紀州侵攻がある。
どちらも抵抗する。
がこの時期ではもう戦力に圧倒的な差がある。
根来もなまじ鉄砲に頼るから火薬がいる。
この火薬に火矢が打ち込まれ、たまたまそこへ打ち込んだだけなのか?
爆発し、主城と言うべき千石堀城が瞬時に灰塵した。

雑賀孫市については司馬遼太郎はもっと真剣に記述して欲しかった。
小説は面白かった。
モデルは沢山いたのだろう・・・・・
関ヶ原の合戦の前哨戦、伏見城の戦いで名前が出て来る。
著者が雑賀孫市と思われる名前を沢山記述している。
誰が誰か分からない。

根来、雑賀共戦国の異能集団である。
為政者からすれば排除される対象なのか?
まして素直でないし、おとなしくない。武力もある。
短編なので読み易いし、鉄砲集団の事がよく分かると思う。
面白かったです!


2014年8月 8日 (金)

本・水軍『村上水軍戦記』『海賊大将九鬼嘉隆』・神坂次郎

神坂次郎に水軍の短編がある。
瀬戸内海と伊勢の水軍だ。
毛利と織田に分かれている。
これも運命なのか?
どちらも巨大な勢力に属している。
村上水軍は毛利に。
厳島の合戦で毛利元就を勝利に導く。
毛利に味方したのは水軍の権利を認めてくれたからか?
陶晴賢と村上水軍は争う。
水軍はたった一人でも通行料を払わない陶晴賢の船に乗り込み20人と戦う。
そうして死ぬ。
陶晴賢は巨大過ぎた!
我慢の日があるが、厳島の合戦で毛利につき復讐する。
そうして瀬戸内を支配下に置く。
巨大な勢力が迫る。
織田信長!
毛利は石山本願寺への食糧輸送で織田水軍、つまり九鬼水軍と争う!
九鬼水軍も信長に属してから家運が開ける。
そうして毛利と激突する!
織田水軍の大敗である。
村上水軍の方が船戦に慣れている。
ここから信長の天才性が発揮される。
玄人と言うか専門家なんてそんなものだと!
鉄張の船を造る。超ド級の戦艦を造る。
本拠地伊勢で造り、大阪に回航する。
そこで雑賀、谷輪の海賊が襲いかかるが大敗。
いよいよ毛利水軍とも再戦が始まる。
村上水軍はこの戦いの事を知っている。
が毛利水軍大敗!
見事に織田信長は再戦に勝った。
これは戸部新十郎の記述通り、水軍の敗退である。
勝者はそう言う鉄工船を造る発想と能力を持った信長である。

本・小説 大谷吉継・菅 靖匡

秀吉の股肱の臣として政権を支え続けた男。秀吉亡き後、天下分け目の関ヶ原の戦いにおいて西軍にくみし、死の病に冒されながらも、鬼神のごとき働きを示して、東軍総大将、家康の心胆を寒からしめた猛将。
波乱に満ちた大谷吉継の生涯を、活き活きと描く!

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前から思っていたが、関ヶ原の合戦でのIF(イフ)がある。
豊臣秀長が生きていたら。
小早川隆景が生きていたら。
蒲生氏郷が生きていたら。
それに大谷吉継が病でなかったら・・・・・・・
良く思う。
その大谷吉継が主人公である。

少し変わっている。
出身地は何処か?
近江となっている。父が豊後出身である。
悪ガキも悪ガキである。
少年時、秀吉に育てられて、おね?寧々?に育てられる。
この仲間に、加藤清正、福島正則がいる。黒田長政もそうなのか?
この本では政則となっている。
よく分からない!
著者の本は初めて読むが、方言が生々しい。
多分名古屋弁だと思うが、読みにくい!
大坂人の端くれである。播州から神戸までの言葉を聞きなれているので余計に分かり難い!

相当なガキ大将に描かれている。
正則も紀之助相手では腰が引ける。
その悪ガキの中に佐吉もいる。悪ガキではないか!

大谷吉継が主人公なので悪くは記述されない。
が少しまわりの悪がきがあほに見える。
森武蔵守長可、鬼武蔵をぼこぼこにしたとあるが、本当かなと思ってしまう。
前田利家も、徳川家康も一目置く!
秀吉と共に出世する。
関ヶ原で討ち死にするまでが描かれる。

少し気になったのは、らい病になりお茶の席で、吉継の飲んだお茶を、みんな敬遠したが三成が飲んだ話。
関ヶ原前に、宇喜多家の内紛を調整したが失敗した話は無かった。
わざと省いたのだろうか?

関ヶ原で戦死した、もっとも大物だろう・・・・・
最後の湯浅五介と主君を思う心には相変わらず、心が打たれる。

2014年8月 7日 (木)

百貨店の入口の開閉 『厚かましいのは女????』

百貨店に行く。
と言っても買い物ではないが・・・・・・
表からの入口は自分の手で押すか引いて開けるようになっている。
反対側に乳母車の女性がいる。
その時は引いて開けて、乳母車が出やすいようにしている。
たいがいの人は、頭を下げて行く。
それだけでよい!

入る時は押して入るようにしている。
入ったら後ろを見る。
続いては入りそうであれば少し開けたままにしておく。
これもたいがいなの人は手を伸ばして、ガラス戸を抑えて会釈をする。
しょっちゅういると思うが、開いているのでするっと入る女がいる。
後からまだ入って来るのに、後ろも見ずに、ドアマンが立っていると思っているか、
構わずに入って行く。
あとは知らん顔している。
自分さえ良ければよい!!!!!!
いつもどう言う神経かと思っている!

今日後ろから乳母車を押している女性?女がいた!
果たして女なのか?
二郎が開けているドアを当然の如く、携帯?アイフォン・をかけながら入って行く。
当たり前の顔をしている。
当然後ろも見ずに知らん顔している。
女王様なんだろうか?

こう言う連中を見ていると、世も末かなと思ってしまう!
チョッとした気遣いが全然無い!
教育の場では教えないのか?
歳のせいか、チョッとしたことが気になってくる!

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2014年8月 5日 (火)

お客さんから聞いた昔話!

仕事の関係であるが、お客さんの担当者が亡くなった。
ガンである。
手術して、退院して又入院して亡くなられた。
まだ若いので気の毒に思う。
改めてお悔やみを申し上げたい。

亡くなられた方から生前聞いた話がある。
自身勤めてからの話である。
ビルの階段部分で高校生が煙草を吸っていたらしい。
それを注意したようだ。
5,6人いたようだが逆に刃向って来たようだ。
「なんでや!」
そこで揉みあいになりどうも一人がカッターナイフを取り出したようだ。
揉みあううちに足に刺さったようだ。
サア大変!
騒ぎは大きくなる。

Tabaco

どうも事件にしなかったようだ。
可哀想に思ったのかもしれない。
事件にはならなかったが、向うの親は示談と言う形にしたかったようだ。
がそれも断ったようだ。
そのまま事件は忘れられていた・・・・・・
月日は経つ!
5年ぐらい経ったんだろう。
会社にその高校生が訪ねて来たようだ。
警察に行って名前を教えて貰おうとしたらしいが、警察は教えない。
で会社に来たそうだ。
話した係りの人は、会ってくれるかどうか分からないが伝えると。
本人はよく分からないが会う事にした。

会ってみれば見覚えのある顔だったようだ。
「どうしてんねん?」
大学を卒業して就職も決まったと。
あの時何も罪に問われなかったので、無事大学まで卒業出来て就職も決まったと!
改めて、お礼を言いに来たそうだ。
「良かったな!」
と言う事で別れたようだ。

未成年の犯罪でもないが、こういう例もあるのかと思った。
亡くなられた人も、何かの折に話してくれた。
高校生の頃は何かと突っ張っている。
そう言う時のチョットした間違いである。
それから大学にまで行けたのだ。
わざわざ来たのはずっと心に引っかかっていたからか?
良い話と思った!!

美濃・大垣城 関ヶ原の合戦のど真ん中の城

大垣城、関ヶ原で重要な役割を果たした城である。
1500年ごろの築城と言われる。
1945年まで天守閣が残っていた。
が空襲で焼けた。
が写真が残っているので、同じ城として再建されたようだ。
但し鉄筋コンクリート製である。
支配者は変わった。
織田・斉藤・織田と変わり、池田恒興・一柳直末・伊藤祐盛変わり天守閣が造られた。

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関ヶ原の合戦時、伊東盛宗が城主で去就に迷った。
秤にかけた。が迷う。勝つ方に付きたい。
まず三成に居城を明け渡すように求められる。
どうするか?
一度要求を蹴る!そうすれば家康に言い訳が経つ!
ちょっとずるいと思うが・・・・・
蹴ったら再度交渉来るよみが外れた。
三成は敵と思って攻撃して来た。
「まずい!」
この辺り三成も融通が利かないようだ。
結局大垣城を明け渡す。
三成はこの城に信頼できる諸将を置いた。最も少録の大名達だが・・・・・・
結局伊東盛宗は改易される。 

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1635年に戸田氏鉄が入城して幕末になる。
この戸田氏鉄の像があった。
ネームバリューはあまりないと思うが・・・・・・
島原の乱にも出陣している。
美濃大垣は10万石で入城している。
それなりに評価されているのだろう。

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戸田氏鉄の像

城は悪くない城と思う。4層4階の天守が再建されている。
が街中の城である。狭い!
もっと余裕が欲しい!

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尾張・津島神社 信長の経済的基盤の地「津島湊」 

津島神社、鎌倉時代から、木曽三川を渡って尾張と伊勢を結ぶ要衝「津島湊」として、発展した。

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また全国天王信仰の中心地である「津島神社」の門前町として、一時は尾張一の豊かな町として知られた。その後信長までの織田氏三代の経済的基盤が築かれた。

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と言う事で、清須に行った時、熱田神宮と共に行った。

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ここも広い。
かってはもっと賑わっていたと思う。

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尾張・熱田神宮 信長の戦勝祈願の神社

熱田神宮、想像していたよりはるかに広い。

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桶狭間の合戦前に、信長が戦勝祈願したと言う。
負けていればこれほど有名にはならない。
信長は、右筆の武井夕庵に「この戦いは多勢に無勢、苦しい戦いとなる。熱田大神の力を借りて、ぜひ勝利したい」と言う願文を御神前で集結した兵の前で読み上げ戦勝を祈願した。この時本殿の奥から甲冑の触れ合う音が聞こえて、一羽の白鷺が舞い立つと言う吉兆が顕た。信長は「これぞ熱田の大神が我々を護り勝利を導くしるしである!」
と兵を激励したと言う。
賽銭箱に入れた銭がすべて表になった。
神が勝利を祝福していると感動した信長の部下は、意識を高揚させたと言う。
なんとなく、胡散臭い!
信長が仕組んだと言ったほうが可能性は高いと思うが・・・・・
神官が甲冑を合わせたようで、銭は2枚を張り合わせて、ともに表になるように仕組んだと言う。

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第12代景行天皇の時代、日本武尊が東国平定の帰路に尾張へ滞在した際に、尾張国造乎止与命の娘・宮簀媛命と結婚し、草薙剣を妃の手許へ留め置いた。
日本武尊が伊勢で亡くなると、宮簀媛命は熱田に社地を定め、剣を奉斎鎮守したのが始まりと言われる。そのため、三種の神器のうち草薙剣は熱田に置かれているとされ、伊勢神宮に次いで権威ある神社として栄えることとなった。

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景行天皇43年は西暦113年と言う??????
それで平成25年5月8日に「創祀千九百年大祭」が行われた。
そういう事で1900年の案内が目立った。
熱田神宮の歴史が分かるように表示がある。
時代毎にある。見ていて楽しい。
蓬莱伝説があった????????
楊貴妃まで登場している。『しらけた・・・・・』

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参拝客も多い。
駐車場も一杯だったが、駐車出来た。

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いつも思う事がある。
奉納の酒である。あれ本当に酒が入っているのか?

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そう思う事が間違っていそう!
ともあれ立派な神宮である。
機会があればまた来たい!

2014年8月 3日 (日)

軍師官兵衛(第三十一回) 天下人への道

清須会議が始まる。
織田家の跡取りを決める会議である。
それを重臣たちがやるのもどうかなと思うが?
信長の弟もいる。息子も自分が継ぐと言わないのか?
神輿になっている。
『神輿は軽くてパーが良い、と言ったのは実力者小沢一郎』
秀吉はそう思っている。
もっとも勝家もどう思っているのか?

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明智光秀を討った山崎の合戦。
秀吉側で参戦した池田恒興、丹羽長秀の重臣。
清須会議のメンバーは、柴田勝家、羽柴秀吉、池田恒興、丹羽長秀と言う。
滝川一益は外されている。
1対3で秀吉が有利である。
信孝・信雄どちらも大した器量では無さそう・・・・・・
がアホに見える演出はやめて欲しいが・・・・・
特に信雄はたいがいの作品でアホに描かれる。

ドラマはあっけない。
会議は数分で終わった。宿老の選定も無かった。
これでは官兵衛の出番が無い。
映画とドラマでは座る位置、席が違っていた。
右と左で何か違うのか?
秀吉・恒興、勝家・長秀は同じであるが。
違うのだろう!
もっとも三法師をあやす場面は同じようだ。猿でございます!

展開が早い!
のちに秀吉に許される、荒木村重、道糞、道薫が登場した。
再登場はあるのかと思っていたが出て来た。
この場面での登場は今一か?
茶人である。千利休のところで官兵衛に会う。
人間として許せるのか?
途中で官兵衛が席を立つ!
この気持ちはよく分かる。
生き残ることが信長に対して勝ったことになる。
一人だけ生き残った事に対する言い訳である。
そう言い聞かせていると感じた。

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信長の葬儀、滝川一益攻め、賤ヶ岳の合戦と続く。
もう少し掘り下げて欲しい。

長政の縁談が決まる。
小六の娘、糸を秀吉の養女にして嫁がせる。
子供が出来なかったので、後に家康の養女を迎える。
その時は秀吉も亡くなり、関ヶ原の合戦前なので旗幟を鮮明にしたのだろう。
当然官兵衛も賛成しているはずである。

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越前北の庄の落城まで一気に進んだ。
官兵衛の出番はそれほどない。
賤ヶ岳の合戦はもう少し時間を取ってもよかったのでは?

来週は家康が出てきそう。
もう小牧長久手の戦いになるのか?
官兵衛の出番があるのか?
四国攻めも簡単に終わりそう。
九州は一揆の事もあるので時間を取ると信じたい!

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紀行記事、近江・賤ヶ岳②『山上にて』


尾張・總見院 焼け兜

織田信雄」が本能寺の変の焼け跡から探しあてた、信長の兜と伝えられる
「焼け兜」を所蔵している。
清州城の近くなので寄ったが、何か行事があるようなので引き揚げた。

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尾張・清須公園 信長公銅像

清州城からすぐのところに清須公園がある。
「桶狭間山」の表示がある。

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桶狭間の合戦は、攻め降りたのではなく、攻め上がったと言う考えで落ち着いている。
ここの信長と濃姫の像がある。

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夫婦円満や恋愛のパワースポットとして話題になっていると言う。

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四季を通じて散策出来る。
案内に濃姫の事が記述されている。
事実は正室であったことだけでは?
いつまで正室であったのか?

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道三が亡くなった時に美濃へ帰されたとも言う。
案内にもはっきりしたことは分からないと!
といって26歳の信長の横にいるのはどうかなと思うが・・・・
軍師官兵衛では堂々と本能寺の変まで登場している。
そこで死んでいる。
どうかなと思っていたが・・・・・・・


尾張・清須古城跡 織田信長公を祀るお社

小さな祠がある。
「右大臣織田信長公古城跡碑」
感想は特になし。
6月2日の命日には、「信長公顕彰祭」が開かれている。

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ただ「大地震記念碑」があった。
大きな地震だったんだろう・・・・・

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尾張・清須城「清州城」・清須会議の舞台・・・・・・

少し遠出をした。尾張である。神戸から200kmはある。
いよいよ清須?と清州?に行く。
今の城は清州城となっている。
清須会議である。

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住所で言えば、清須市朝日城屋敷1番地1である。
地域や城郭の名称として表記する際「清洲」を使う場合と「清須」を使う場合がある。
信長公記では「清州」、三河物語では「清須」記載されている。
伊勢神宮領を記録した14世紀中頃の『神鳳鈔(じんぽうしょう)』に「清須御厨」として記載されているのが最古の記載としているが諸説あるようだ。
どちらも正しいと言う!
と言うより間違っていないと言う事か!

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築城は室町時代の1405年で尾張守護職斯波義重が下津城の別郭として建てられた。
尾張の中心となり栄える。
1555年信長が入城する。
信長は桶狭間の戦いに勝ち、清須から天下へ踏み出す。
本能寺の変後、清須会議で織田信雄が城主となり改修する。
東西1.6kmの南北2.8kmの巨大な郭域の中に、あらゆる城下町の機能を備えた城塞都市として過去最大の規模になる。

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信雄から、秀次、福島正則、松平忠吉、徳川義直と変わる。
福島正則の城主時代に、関ヶ原の合戦が起こる。
1610年に、家康が清須城廃城と名古屋城築城を命じる。
ここで天下の名城とされた清須城は消える。
今で言うところの県庁の移転みたいなものか?
「清須越え」と言われる移転を行った。

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平成元年(1889年)清州城として再建される。
説明にあったが、日本古来の城郭様式を随所に取り入れている。
つまり各地の城の良いところを取り入れて造ったようだ。
はっきり言えば中途半端な城と言う事と思うが・・・・・・

映画清須会議では小じんまりとした城だった。
コンクリート製が気に入らないので好きな城ではない。
川の橋を渡って清須城に行く。

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この橋がコンクリート製である。
もっと凝って欲しかったが・・・・・・・
天主閣があり、公園があり、信長と濃姫の像もある。
渡る橋のところに石垣があった。
発掘調査で出て来たと思う。

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面白い事に気が付いた。
天守に金の鯱があった。多分間違いない。
何となく面白かった・・・・・・
いろいろ考える事が出来る施設ではある。

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2014年8月 2日 (土)

本・藤堂高虎・『勝者こそが主君』神坂次郎

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最近著者の短編集を読んでいる。
別にこれが目的ではないが、藤堂高虎の短編が2つあった。
分かり易いと思う。
ひいきじみた記述はしていない。
ただ読んで思ったのは、単なるごますり?では無いのだろう。
誠心誠意嘘をつく!
誠心誠意ゴマをする。

年少の時から武勇は優れている。
秀長に仕え播磨にも来ている。
三木城包囲戦に参加している。『読まなければよかった・・・・』
どうも因幡鳥取城、備中高松城の攻防戦にも参加している。
この三城が、どうも反面教師になったみたいと思う。

三城とも城主が切腹している。
さわやかではあるが、負け組になる!
自分は違うと!
先行き不明の世の中、先のある処に行かなければ負け組になる。
著者の記述。
『猫の目のようにかわる乱世の時代を大過なく歩き続けるためには、たえず四辺の状況を先取りし、慎重のうえにも慎重に身を処す』
そうして最終的に徳川家康に近づく。
頼まれもしないのにスパイみたいな事をする。
屋敷を家康に差し出す。『これは効果あるようだ!』
関ヶ原では槍働きと言うより、裏で動き回る。
築城の名手でもある。
外様大名では真っ先に、松平の姓を許されたと言う。

野心や夢と言う摑み所のない無いものは一切信じない。
徹底した現実主義者で、臆病とも思えるほどの警戒心と防御本能がある。
生涯自慢話はしなかったと言う。
家康に来生までまで御奉公しますと言ったが、宗旨がちがうので無理だと言われる。
すぐに日蓮宗から天台宗に改宗したと言う。
徳川の先鋒を、譜代の井伊と外様の藤堂とする。
幕末鳥羽伏見の戦いで見事に裏切る。

藩祖高虎以来の藩訓。『勝馬に乗れ』

障子越に家康が聞いているの知っていて言う。
『せがれが親の目から見てもふつつかでとても領国を保てない。なにとぞ国替を申しつけられますように』
家康が言う。
『藤堂家は代々伊賀・伊勢32万3千9百50石を動かしてならぬぞ!』
保身術もここまで来ると何を言わんかや・・・・・

本・細川幽斎―栄華をつかんだ文武両道の才・春名徹

主人・信長の横死というきわどい政治状況のなかで、幽斎は連歌という文化的行動によってみごと保身をやってのけた。「なんとかあの男の心を獲ってみたい」秀吉は熱烈にそう思うのだった…。室町将軍、信長、秀吉、家康と、常に歴史の中心人物の側近であり続けた幽斎。その類い稀な教養としたたかな出処進退によって乱世を生き抜き、細川家の栄華を勝ち取った男の生涯。

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幽斎の本は初めて読む。が戦国の本を読めば必ずと言って出て来る名前である。
幽斎の生まれから最後までが記述されている。
将軍の御落胤?
これは当時は名誉な事でもあったようだ。
若かり頃から才人である。
文武両道と言うのか?
剣・弓から書道・太鼓・鼓・包丁・お茶・連歌・和歌にも才能がある。
幅広い教養の持ち主と言う!
夜に学問をしたのか?
油を求める場面がある。
と言う事は、目も悪いのではないか?
おべんちゃらも言えるようだ。
信長と同じ午年の生まれである。

有名な『上様は金覆輪の鞍置き馬、私は小荷駄馬で、いつも背中に物を背負っています』
これは早い時期の話のようだ。
信長上洛前の話のようだ。
これをソツないと言うか?

三好長慶、松永弾正、三好三人衆との抗争。
出しゃばらないので目立たない。
トップの次に位置する。
風当たりも弱いのではないか?
明智光秀の与力として能力を発揮した。
教養が箔を付ける。
皆一目置く!
ゴマもすれる。
即興で歌を作れるし、相手が喜ぶ歌も作れる。
信長、秀吉も一目置く。
光秀の反乱時も冷静に判断した。
が細川親子が光秀に味方すればどうなっていたか?
これも面白いIFと思う。

九州にも行く。
島津義久とも親交がある。
朝鮮侵攻時、面白い薩摩の反乱?がある。
この話は滝口康彦の薩摩軍法で知っているが、本気だったのかと思うが・・・・・・
この処理の使者になり収める。
それなりの立場の人が行かなければ話はまとまらない。
幽斎はそう言う人物だったんだろうと思う。

関ヶ原前の田辺城攻防戦。この時67歳と言う。
500VS15,000の籠城戦。
攻める方も適当であったと思うが・・・・・
15,000の兵を関ヶ原に行かさなかったのは評価されている。

77歳で亡くなったが、官兵衛と同じで穏やかな晩年だったようだ。

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大和ミュージアム

  • 20120917_yamato12_2
    呉の大和ミュージアムです。 2012年9月に訪れました。