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2014年9月

2014年9月29日 (月)

軍師 官兵衛(第三十九回) 跡を継ぐ者

演出とはいえ、恐ろしい!
石田三成の顔付が悪くなる一方である。

官兵衛と出会った頃に、家臣は皆働かなければならない!
と言っていた、若々しい希望に燃えている三成!

官兵衛が隠居する。
秀吉は認めない。
何故認めないのかと詰め寄る三成。
三成には、官兵衛の時代は終わったと!
これからは俺の時代だ!!!
表情が憎たらしい!
このままでは、関ヶ原は三成の陰謀と言われかねない・・・・・・・

秀吉もエロジジイになっている!
元から竹中直人にはそう言う資質があるのだろう。
メチャメチャさまになっている!
ちゃちゃが子供を産む。
秀吉も50歳を超えている。
沢山の側室がいるが誰も子供に恵まれない。
長浜時代に、側室に子供が出来た話はあるが・・・・・・・

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この出生について中傷が書かれる。
それは仕方がない。
が犯人捜しを行い、拷問・死罪も出て来る。
官兵衛がそれを止めに来る。

官兵衛と秀吉がにらみ合う。
が秀吉が折れる。
「だから官兵衛が必要だ!」
三成の表情が憎々しげである!

秀吉が死んだあとの天下は誰が取る!
秀吉が楽しそうに言う。
「黒田官兵衛」
小説では、「あのチンバだ!」
今は差別用語で使えないが・・・・・

家督を長政に譲る!
これが認められる。
長政は、おねに挨拶に来る。
一緒に福島正則もいる 。
関ヶ原で、長政は正則を東軍に引き入れる。
関ヶ原でも大活躍した二人である。
今からその布石の場面なのか?
先週は、肥後へ赴く加藤清正が長政に挨拶に来ている。

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そう言えば、増田長盛が初めて登場した。
これから北条攻めが始まる。
北条攻めと言い、信長・秀吉の戦いは補給が第一である。
長束正家もいずれ登場する。
楽しみである。

北条氏政が、伊吹吾朗!
奥さんが、備中高松城の清水宗治の役者に似ていると!
どうかな????

家康が氏政に臣従を勧めている。
来週から小田原評定が始まる。
どう演出するのか????

この放送日に小田原城へ行っている。
観光客は多かったが、別に官兵衛の幟があったわけではない。
関東の雄!『関東人のプライド』がる。
北条にしてみれば、たかが官兵衛か??????
が大河ドラマでは、官兵衛に『光秀・細川幽斎・忠興・ガラシャ』、『北条五代記』共に負けている。
二郎は、『北条五代記』が希望である・・・・・・・・
北条の関東の支城を廻りたかったが・・・・・・・・

名所案内は京都だった!

2014年9月27日 (土)

本・播磨灘物語⑤(雑記)・司馬遼太郎

人間が描かれている。
半兵衛は出家を考えていたと言う。
いずれ秀吉に疎まれることを感じていたようだ。
秀吉の奥底を見ていたのだろうと思う!

官兵衛も信長、秀吉を見ている。
果たしてこれだけ非情になり、裏切った者を許せない信長が、天下の担い手になれるのか?
信長には参謀は居なかったと言う?
沢彦?????
果たして軍師なのか?
信長の天下構想はどうなのか?
家康は本能寺の変までで、三河・遠江・駿河の3か国である。
この大きさは信長にとっては許せる大きさなのか?

秀吉は大きな手柄を立てることを恐れている。
信長に疑われたくない!
その為の気遣いは相当なものと言う。
備中高松城の戦いも秀吉で勝利することを恐れている。
『狡兎死して走狗烹らる』
そうなりたくないので信長の出陣を求める。
半兵衛、官兵衛もそうなのか?

官兵衛は有岡城幽閉から帰って来て、小寺家の元家臣たちに頼られる。
官兵衛は人が良いのか?
アホがいる。
官兵衛に、お前は片足をダメにしただけだ。おれは何もかも失った。
官兵衛を殺すようにそそのかした連中が、忘れたように寄ってくる。
人間なんてそんなものなのか?

官兵衛も秀吉との距離を感じ始める。
警戒されているのが分かる。
早々と隠居するが、秀吉は家督を長政に譲ることは認めたが、隠居は許さなかった。
やはり相談相手として欲しかったんだろう・・・・・・

播磨の一土豪の家老の物語である。
あわよくばと言う気持ちもあったと思う。
秀吉はのし上がったが、官兵衛はそれは出来なかった。
その気持ちが関ヶ原の博打に繋がったのか?

この本は、清須会談、賤ヶ岳の合戦、小牧長久手の戦い、四国、九州、小田原、東北、朝鮮半島とさらりと流している。
これを書けば全8巻ぐらいにはなるのでは?
宇都宮鎮房の謀殺もさらりと流している。
官兵衛の活躍の場が無かったからか?
軍師官兵衛に感謝しなければならない!
おかげで読み返すことが出来た。
やはり面白かったです!

本・播磨灘物語④(本能寺の変)・司馬遼太郎

ここで本能寺の変が起こる!
起こらなければどうなっていたのか?
非常に気になるイフである。
光秀の使者が秀吉の陣に迷い込んだと言うがどうなのか?
包囲している秀吉は煌煌と火を焚いている。
間違うだろうか?
そんな間抜けな使者を使うだろうか?

ともあれ秀吉は早く講和をしたい。
直ぐにでも弔い合戦に行きたい!
ここで恵瓊が呼び出される。
一挙に講和にまとめようとする!
隆景より問題は元春である。

恵瓊は独断で宗治に腹を切らせようとする。
宗治の切腹で毛利が助かる。
官兵衛言う、恵瓊の独断と言う事がミソである。
隆景も返事出来ない。
それを宗治の意志と言う事にする。
この当時城主が切腹して勝ち負けを決めようとする。
播州三木城、因幡鳥取城。
ここも同じ方法を取ろうとする。
が元春は反対する。5か国譲渡に何を言うのか?
が恵瓊が説得する。
秀吉にも立場がある。勝ちと言われなければ信長に何を言われるか・・・・
この一言で元春は黙る!

さわやかに清水宗治が腹を切る。
そうして講和がなる。
毛利が本能寺の変を知る。
サア大変である。
講和は毛利が持ちかけたが、途中から秀吉が熱心になった。
そういう事か・・・・・
隆景は元春らを説得しなければならない・・・・・
案の定、秀吉追撃を主張する。
隆景は、毛利は天下を狙わない!
秀吉との誓詞は守らなければならない!
とりあえず元春は黙る。

信長亡き後の織田家は誰が相続するのか?
光秀を倒せばその資格がある。
今は黙って安芸に帰るべきである。
その中に毛利は入るべきではない!
秀吉に恩を売っておいた方が良い。
と言う高等戦略は元春などの武辺の者には分からない。

案の定、元春らは追撃しようとする。
それを察した隆景は、講和がなったとして陣でどんちゃん騒ぎをやる。
元春はあきらめる!

この秀吉の陣を二人の若者?が見ている。
吉川元長と、後の広家の兄弟である。
元長は広家に追撃しようかと言う。
そうすれば元春も隆景もほっておかないだろう・・・・・
広家は同じような場面に遭遇する。
関ヶ原の合戦で毛利軍を動かさなかった。

備中高松で、秀吉を追撃していたら・・・・・・
関ヶ原で、毛利の大軍を突入させていたら・・・・・・・
広家は生涯、これを苦痛としたようだ!

官兵衛が殿を務める。
そうして中国大返しを行い、光秀と決戦する。
著者は、ここまでを語り、後は適当に流している。
晩年の秀吉を描きたくないのだろう・・・・・
新史太閤記も最後は適当に流している感じがした。


本・播磨灘物語③(備中高松城攻防戦)・司馬遼太郎

備中高松城攻防戦!
この場面は、この播磨灘物語が愁眉である。
何度読んでも飽きない!
役者がそろっている。
毛利輝元、吉川元春、小早川隆景、安国寺恵瓊、吉川元長、吉川経言(広家)。
秀吉、官兵衛、小六といつものメンバーがいる。

備中七城!
この間、幸運にも備中七城に行く事が出来た。
宮路山城、冠山城、高松城、加茂城、日幡城、庭瀬城(撫川城と一緒)、松島城
これらの城主に毛利は去就を聞く。織田に付くか?毛利に付くか?
途中で裏切らないで欲しい。
この時期は宇喜多直家が織田に付いている。
毛利VS織田の最前線になる。
全員毛利に付くことを誓う!
官兵衛の調略も効かない!
まず支城からの攻めが始まる。
冠山城!
実際に小山の上まで登っている。
籠ったのは300騎、総勢3600人と言う。
3600人なら
宇喜多勢が攻めたと言う。

宮路山城、加茂城、日幡城と落とされる。
そうして備中高松城攻めになる。
後日、この時に攻防戦に参加した人から聞き取りをした人がいるようだ。
それが残っている。それを紹介している。
やはり水攻めは秀吉の発想のようだ。
実施部隊はいる。
秀吉の官僚たち。小西弥九郎、石田三成・・・・・・・
現場には官兵衛がいる。
官兵衛が現場の出来事には臨機応変に対応する。

足守川の流水では簡単に湖は出来ない。
ゆるゆると水を満たしていく。
これは無理なのでは?
と思ったら大雨が降った。
秀吉はついているのか?
こうなれば家臣たちは秀吉に盲従する。
この人について行けば・・・・・・
本当に水攻めになった。
秀吉の天才性が発揮されたようだ・・・・・

毛利は3万の軍を率いている。
が目の前の高松城を救えない。
毛利、小早川隆景の苦悩がある。
毛利は根こそぎと言っていい兵力を投入している。
それが秀吉と同じ3万である。
もしここで決戦して勝っても相当な被害が出る。
単に一方面軍に勝っただけである。
織田はこの時機、武田を滅ぼしている。
播磨三木城、丹波八上城、摂津有岡城と落城している。
本願寺も石山寺を退去している。
その兵力を毛利戦につぎ込める!
10万と言う!
無駄な戦いになる・・・・・・

講和しかない!
が吉川元春は戦いたい。戦って敗れても本望である。
隆景は清水宗治に降伏して欲しい。
そうすれば状況が変わり、新たな手が打てる。
が宗治は降伏しない。
切腹して城兵を助ける。
隆景は困る!

安国寺恵瓊が登場する。
恵瓊は織田の実力を知っている。秀吉も知っている。
恵瓊は隆景の考えで交渉に行く。
官兵衛・小六VS恵瓊!
毛利は10か国のうちの5か国を譲渡する。
官兵衛・小六は息を飲む!
毛利、織田の力を冷静に分析しての交渉である。
これはのめるか?
秀吉、官兵衛は受けるべきだと思う。
この5か国は信長の直轄領に出来る。
戦えば恩賞として与えなければならない!
この返事に15日かかる。
使者が備中、安土を往復する日にちである。


本・播磨灘物語② (三木城・有岡城)・司馬遼太郎

播磨だけでなく、既得権にしがみついている勢力は己の家柄を誇る!
秀吉の身分を見下す。
そうすることによって、虚栄心を満足させる。
それなりの敬意を払えと!
がそんな事は秀吉も出来ない。後々やり難くなる!
一旦落とした上月城を毛利に攻められる。
三木城には別所長治は籠っている。
秀吉には兵力が無い。
上月城には毛利が大軍で囲んでいる。
信長は上月城を見捨てるように言う。
戦術としては正しいようだが、ただでさえ悪い織田の評判がますます悪くなる。
現実にそうなる。
播磨で織田に付いたのは、官兵衛の小寺家と三木の別所重棟ぐらいと言う!

信長は援軍をよこして三木城の支城を攻める。
志方城、野口城、神吉城、別府城、高砂城、魚住城、淡河城、端谷城・・・・・・・
自分でも思うがよく回ったと思う!

志方城も落城する。
『軍師 官兵衛』では串橋左京之進は切腹する。
実際はどうなんだろう?
名前も確かなものは分からないみたいである。
生き残って官兵衛の保護を受けたとも言う!

荒木村重が反乱を起す。
起こるべくして起こったのか?
それに付随して、主君小寺藤兵衛が織田を離れる。
それを白紙にするには荒木村重が翻意する事と言われる。
官兵衛は村重の有岡城に行く。
官兵衛は牢に閉じ込められる。
村重の配下の者が、本願寺に兵糧を売った?
この釈明に安土城に行くが、安土城は村重らを討ち取る用意をしている。
これを知った家臣が村重に知らせる。
村重は信長の性格を熟知している。
もはや反乱しかない。
が成算はある。
毛利の援軍である。
この時期播磨別所氏、丹波波多野氏、摂津荒木村重、本願寺と全て毛利頼みである。
兵糧は失敗もあるが入れてくれている。
本願寺は海から援助できる。
著者ははっきり言う。
毛利は播磨・但馬には兵を出せた。
が播磨三木城には援軍を出せない。
船団で兵を送っても、無事に着いたとしても3000人と言う。
彼らは何処に入るのか。
ただでさえ兵糧の問題がある。
そう考えると毛利には期待出来ない。
なのにみんな毛利に期待している。それのみが希望である。
滑稽としか思えないが・・・・・・

官兵衛を、小寺家から殺して欲しいと言う手紙が村重に届く。
こんな目に会えば生きる望みも無くなるのではないか?
裏切ったと思われて松寿丸は殺される。
が半兵衛が助ける。
官兵衛は救い出されるが、考える時間がある。何を考えたのだろうか?

半兵衛が死ぬ。
この時期官衛、半兵衛の二人がいた秀吉はまれにみる幸運をつかんでいた。
有岡城が落ち三木城が落ちる。
有岡城の撫で切り?を見て官兵衛は信長の天下が続くかどうか考える。
あまりにも人を殺している。

びっこになりながら鳥取城攻めに参加する。
この鳥取城攻めの記述は簡単である。
もう少し書いて欲しいが・・・・・・・

そうして便利屋のように使われる。
淡路島にも行く。
そうして備中高松城の攻防戦が始まる。

本・播磨灘物語①(世に出る)・司馬遼太郎

諸国を流浪する牢人の子に生まれながら、つねに広大な世界に思いをはせていた、戦国末期の異才、黒田官兵衛その誕生から死まで、波乱万丈の一生を描く歴史大作。

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読んだのはまだ20過ぎの頃だったと思う。
それほどの感動は無かった。
がそれから一度読み直している。
メチャメチャ面白かった。
今回、「軍師 官兵衛」巡りで読み直す気になった。
本は当然ブックオフで100円の時に買っている。文庫本で4巻である。
足らずは半額セールで買っている。
セコイのか?
同僚に本屋で普通に買えと言われた。
が無理である!これは趣味である!

一気に読めた本である。
生い立ちから記述している。
奥さんの名前は「光」と思っているが、この本では「悠」になっている。
そう言う細かい事を言っても仕方がないのか?
上月城の城主は、上月景貞?上月政範?
この辺りはよく分からない。
赤松政範?る
赤松庶流と言う事と言う。
実際にどうだったんだろうと思う?
最後は家臣に叛かれたのか?
この小説では切腹したことになっている。
家臣が首を差し出したともあるが・・・・・・

話が飛び過ぎた!
近江佐々木源氏の末としている。
が実際はどうだか分からない?
流れ流れて備前福岡から播磨姫路に流れて来る。
目薬の話がある。蛤の貝に入れたと。
ここは実際的な話がある。貝の大きさはそろっていなければならない・・・・・
ともあれ官兵衛にとって播磨は小さ過ぎた。
播磨一国に30の土豪がいる。
その中で三木別所氏、御着小寺氏が大きい。
何もなければ田舎の家老で終わっている。
がこの土地が織田と毛利の対決の場となる。
そうなったおかげで世に出る事が出来た。
そうなるまでに京へ何度か行く。
ここで細川幽斎に会っている。(本当?)
司馬遼太郎独特の人物が描かれている。
そうしてキリスト教に感化される。
えらい早い時期である!

主君小寺藤兵衛がいる。
出来は良くないが、官兵衛は忠実に仕える。
官兵衛がのし上がって来るにつれて、嫉妬心がわいてくる?
同僚にも良く思われない。
出る釘は打たれる?????
この嫉妬心は誰にでもある!
官兵衛一人で、小寺家を織田に付くことでまとめ岐阜に行く。

その前に荒木村重に会う。
ここで織田は出自を問わないと言われる。
村重は織田に付いたおかげで軍団長になっている。
この時から5年後、反乱するが・・・・・・

信長に会い、秀吉に会い、半兵衛に会う。
視野が当然広くなる。
官兵衛は播磨を親織田の地域にする。
が地方の土豪は信長に対する不信感がある。
使い捨てにされる!
毛利は律義である!『これが間違っている??』
お互いに調略を行う。
加古川評定で播磨は織田を離れる。
もっとも秀吉がそうしたと言う話もある。
播磨を信長の直轄領にしたい!
その為には別所を滅ぼさなければならない。
備前宇喜多も攻め滅ぼす気でいる。備前・備中・美作と三国ある。
そんな大きな地元密着の勢力を信長は残したくない!
丹波の波多野氏も同様に滅ぼされる!

2014年9月26日 (金)

肥前名護屋城 秀吉の朝鮮半島侵攻の城 『官兵衛の縄張りによる城』

この城跡は3回目である。
初めて訪れたのは、学生時代だった。
何も無い原っぱだった!
今は充実されている。
ここは幟が多い!
黒田官兵衛が縄張りの城
肥前名護屋城

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と言っても官兵衛で売る必要はない城址である。
観光客も沢山いる。
団体さんが、ガイドの説明を聞きながら歩いていく。

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好きな人は、一日楽しめる。
秀吉のまわりに味方と思える武将を配置している。
家康等は遠方に配置させている。
信号のところで奥さんが声を上げた。
『伊達政宗陣跡』
これが交差点の名前なのか?

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『前田利家陣跡の森』 もあった。駅の道のところである。
家康と利家の兵が、些細なことから喧嘩になり双方引っ込みがつかなくなった。
このころから兵は分かれている。
家康びいき!
利家びいき!
家康嫌いで利家びいきの、蒲生氏郷は利家のところまで来て、いつでも応援できると!
そう言う話もある。

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日頃、利家に近づいてきていながら、こういう時に家康に走る武将もいる。
人間性を見た感じがする。
しかしこんなところで何十万の兵がいれば問題は多い。
それこそ遊女の問題もあったと思う!

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博物館の中に、城の模型がある。
これは見ていて楽しい!
船、安宅船もある。
倭城、朝鮮半島で造られた日本の城の分布もあった。
資料館は楽しめる!

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2014年9月24日 (水)

本・島津義久―勝ち残りの戦略・白石一郎

軍師官兵衛で、秀吉の九州攻めがある。
官兵衛は秀吉の名代で出陣している。
九州統一を目の前にしている島津である。
当主は島津義久、弟に義弘、歳久、家久がいる。
兄弟協力して義久を助ける。
薩摩軍法がある。
一、       一人も敵を殺したる証拠なきものは死罪、その父子親族は重罪に処せらるることあるべし。
一、 わが隊将の首級を敵に委すべからず。この仇を報ずるあたわざる時は一隊ことごとく討ち死にせよ。

滝口康彦の連作集に、薩摩軍法があり、その意味が分かった。
そりゃ強いと思う!

祖父日新斎の評価がある。
『三州の総大将たる材徳、おのずからそなわっておる』
家康の評価がある。
『自ら働かず、人を動かすのが大将である。その点島津義久に及ぶ者は無い』
表だって何もしないと言う事の、皮肉か???

島津義弘:摩利支天の再来と言われた。
島津歳久:始終の利害を察する智計が並びない。
島津家久:戦法戦術の妙を得ている。

弟達に恵まれる。
大隅の豪族、肝属氏を制圧し薩摩北部の菱刈氏を討伐する。
そうして薩摩・大隅・日向を制圧して、九州全土の制圧に向かう。
大友、竜造寺を圧迫する。大友は秀吉に泣きつく。
制圧直前に、秀吉の命を受ける。
が拒否して最後の仕上げが、大友氏の豊後討ち入りになる。
四国長宗我部と同様に、ほぼ九州を制圧しているのに薩摩・大隅・日向にひっこめない。
家中が納得しない。
秀吉の出自を言う。いやしい出であると!
これに異を唱えたのが、三男歳久。
「出生はともあれ今は関白である。ましてや秀吉は無類の戦上手と聞く。関白の命には服すべきであろう」
どうも臆病者とまで言われたようだ。
この時の義久は冴えが無かったようだ。
家臣に、とにかく愚慮であると言われたようだ。
何か予感がしたとも言う。
早々と降伏する。
が歳久は納得いかない。
臆病者とののしった連中が早々に降伏する。
戦うべきだと!
こう言う人は、好きだ!
威勢の良い事ばかり言っている連中にろくな奴はいない!

歳久は降伏を認めず、秀吉の元にも行かなかった。
ここで、梅北国兼の乱?
あまりにもお粗末な反乱である。
アホとしか言いようがない。
この辺りは、『滝口康彦 秋雨の首』が詳しかった。
ともあれ歳久は首を討たれる。
家久も死に、義久と義弘の二人になる。
この関係は、『山田昌之 嫉妬の世界史』に詳しい。


福岡の官兵衛(23) 筑前・岩屋城 高橋紹運玉砕の城 九州征伐の城

20年以上前に一度来ている城址である。
高名な城である。
高橋紹運が700名の城兵と、玉砕した城である。
戦国の世で玉砕と言うのはあまり無い。
島津の猛攻に耐えた日時が、島津の命運を決したと言う。
島津の損害も相当ある。立て直しが必要である。
まして島津本国の兵であればよいが、降伏した戦意に乏しい兵もいる。
兵にも動揺がある。
これにより、官兵衛と毛利の両川の援軍到着の時間が稼げたと言われる。
山城である。攻めにくいと思う。
城側も水の確保はどうだったんだろうか?
そんな事をいつも思ってしまう・・・・・・

大宰府天満宮まで来た。ならば当然岩屋城は来なければならない!
今回は車で来たが、前回は歩いて城址まで来て奥さんが機嫌悪くなった。
何があるかと言えば、
「嗚呼壮烈岩屋城址」 と記された石碑があり、
「高橋紹運の墓」がある!
ファンにはこたえられない!『二郎にも・・・・・・』

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何故そこまで戦えたのか?
二郎が大好きな、吉川経家がいる。
毛利と織田の最前線で戦えるのは幸せである。
歴史に名前が残る。これが地方の土豪達の争いであれば忘れ去られる。
敗れたりとは言っても満足できるだろう!

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白石一郎が記述していたが、大友家は乱れていた。
裏切り、反乱などしょっちゅうである。
その中で、自分は爽やかな最後を迎えたかったのでは?
幸いにも息子が成長している。
そう言う事では無いかと記述していたが・・・・・・・

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駐車場は無い。
道路の両側に城址と墓があるが、前は道路脇だったと思う。
今回来てみて、そんなに奥にあるとは思わなかった。
道路を挟んで、石碑は上に上がる。
墓は、下に降りる。
城址は明るく、墓は薄暗い!

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ハイキングの人が4人ほどいた。
みなさん元気である!
もう来ることも無いと思うが、二度来れて嬉しかったです!

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2014年9月23日 (火)

筑前岩屋城 島津の猛攻で玉砕した城! 最後の一人・白石一郎

島津の九州制圧が、最終段階に来ている。
秀吉の命を無視している!
筑前岩屋城の攻防戦がある。
籠城するのは、大友の家臣、高橋鎮種(のちの高橋紹運)!
ここには行った事がある。
太宰府天満宮から歩いて行った。
途中でオートバイを乗り回している若者に出会った。
どうも事故で仲間が死んだようだ。
ここへ歩いて行ったので、奥さんの機嫌が悪くなった。
おまけに行った先は、石碑と墓しか無い。
『嗚呼壮烈 岩屋城址』
それでも二郎は、嬉しそうな顔をしている。

ともあれここで島津を食い止めた。
攻める島津は3万の兵をもっている。
700余名と共に篭城。2週間の間頑強に抵抗したものの、各出城や砦が次々と陥落し、城主紹運も自ら薙刀を取り敵中に入ったが力尽き、敵陣に矢止めを乞うたのち高櫓の上に登り自害。
残された将兵もあとを追い玉砕、天正14年7月27日落城。
島津は相当な被害があり、立て直しに時間がかかったと言う。
この時間が、官兵衛・毛利の両川の救援の時間を作ったと言う。
いかに島津が強くとも、本国の兵ばかりではない。
降服した兵も使っている。
秀吉の大軍を見れば動揺する。
島津は撤退する。

この小説はこの時の話である。白石一郎の短編である。
この時代、玉砕なんてほとんど無い。
城主が開城して引き上げるか?
それとも腹を切るか?
秀吉の播磨三木城、因幡鳥取城、備中高松城と城主が腹を切り終わる。
島津も寛大な条件での開城を勧める。
が断る!
ここに籠城した足軽がいる。
落城時、この内の一人が逃げ出す。
が島津につかまる。
助けてくれと頼むが、島津に切られる。
『名将高橋紹運をはじめ、足軽雑兵に至るまで、大義をつらぬき、武士の意気地を世に示して、一人残らず討ち死にした!』
有り得る話と思ったが・・・・・
可哀想とと言えば可哀想である。

本・父の肖像・白石一郎 『島津VS肝付』

軍師官兵衛は九州攻めだった。
島津が秀吉に対抗する。

薩摩といえば島津。薩摩守護職である。
その島津より200年も古くから大隈を支配していたのが肝付氏と言う。
大伴旅人から出たと言われる。
宿命のライバルである。
中央の政争にも影響される。
南北朝時代も方や北朝、方や南朝となる。
戦国時代、島津は三州の統一に乗り出す!
15代当主島津貴久、分家筋から本家に入った。
父は日新斎で息子に義久、義弘、歳久、家久といる。
14代まで島津は肝付に押されっぱなしだったようだ。
島津は肝付に宥和政策をとる。
日新斎は貴久の姉を肝付に嫁がす。
おまえが男であったらと、日新斎に言わしめたと言う。
当主は肝付兼継!
肝付は島津に協力する。
そのおかげで三州の統一に成功する。
肝付も、誰のおかげやと言いたい。
和平が保たれる。
貴久と兼継は義理の兄弟になる。
が島津は力のある豪族をほっておけない。
毛利元就に対する井上一族も誅された。
両家の宴会がある。
ここで島津の老臣、伊集院忠朗が「鶴の吸い物が欲しい」。
これに対し肝付側は狐を所望する。
お互い引かない!
伊集院忠朗が素早く、鶴の家紋を斬る。肝付の家紋である。
座っているのは貴久と兼継だけで他は刀に手をかけて今にも斬りあいが始まる気配である。
ここは分かれるが、戦いの火蓋はきられた。
日新斎が和睦に動くが、肝付は受け付けない。
肝付は老臣の首と、狐を一匹所望する。
鶴は肝付の家紋であり、狐は島津の守り神と言う!
双方自軍に取り入れての戦いになる。
5年6ヶ月の戦いだったようだ。
時代を背景にした勢いがある。
島津にはそれがあったようだ。
戦い途中で、鶴を切ったのは日新斎の命令だことが分かる。
嫁いだ日新斎の娘もつらかったと思う!
肝付は島津に臣従することによって生き残る。
が往年の力は無い!
知らなかった話なので面白かったです!

2014年9月21日 (日)

スコットランド独立 否決が上回る!『世界がホッとしている???』

そもそも何故過半数で独立できるのか?
キャメロン首相もよくそんな国民投票を認めたと思うが?
どうもキャメロン首相は、当時では20ポイント以上の差があり独立なんて出来ないと思っていたようだ!
ところがこの結果である。
スコッチウイスキーの販売社は、ホッとしているのか?
しかしヨーロッパはホッとしていられないだろう・・・・・・・

次は法的根拠がないとは言え、スペイン・カタルニアの投票がある。
日本も沖縄で、米軍では無く中韓の軍を駐留させると言う、アホな政治家(?)もいる。
スコットランドもエライ事をやったと思うが・・・・・・・

ニュースでやっていたが、13歳の女学生が、私たちの未来の問題と言っていた。
私たちにも投票させてほしい。
しっかりしている!

この場合、例えばイングランドに近い地方が、スコットランドからの分離を求めればどうなるのか?
当然認められない!
スコットランドは、自分のやった事を忘れて拒否するだろう・・・・
過半数と言うのが問題であると思うが・・・・
一人でも多かったら可決と言うのは考え物ではないかと思うが・・・・・
安倍首相なら喜ぶかも知れないが・・・・・・

独立の根拠は北海油田なのか?
いくら理想論を言っても、金が無ければ何も出来ない。
福祉には金がかかる!
その北海油田もいつまでもあるわけではない!
産業は何があるのか?
毛皮がある???
スコッチウイスキー?
ゴルフ?
ハギス?
はっきり言って美食では売りにならない!!!!!

これからイングランドは、独立されても良いような対策を講じるだろう!
つまり企業等の移転が始まるのではないか?
原潜基地も移転の可能性もあるかもしれない!
当然の対策と思うが・・・・・・

ベルギーもホッとしているのか?
独立が可決されていたら、クリミアも投票になるのか?
プーチン大統領である。
当然そう来るだろう・・・・・・
スコットランドはそんなに搾取されているのか?
そんな事は無いだろうと思うが・・・・・・
今さと思うがどうなのか?

どちらにしても良い結果とは思わないが・・・・・・・

軍師 官兵衛(第三十八回) 「追い込まれる軍師」

宇都宮鎮房が謀殺される。
長政は黒田家の為と思っている。
が、又兵衛は納得していない!
問題は官兵衛に、肥後へ同行している息子の朝房の処遇である。
殺されたのは確かであるが、謀殺か?切腹か?
官兵衛以下、栗山・母里・井上の3人がそばにいる。
呼ばれた朝房は察する!
官兵衛が腹を切れと言う!
朝房は「殺せ!」と言う!
最後は官兵衛自ら刺す!
官兵衛はじめ4人とも泣いている!

この後人質になっている鎮房の娘の処遇がある。
事実は磔になったと言う!
だから姫塚もある!
がドラマは救いがある。
長政に、母・妻はじめ女性一同が反乱する。
娘を逃がす!
「恥を忍んでも生きていればよいと!」
この逃がす役が、後藤又兵衛と言うのが面白い!
結局娘は逃げる。
何か救われる場面である!

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佐々成政は肥後の一揆の責任を取らされて切腹!
秀吉の悪意を感じる。
それより秀吉の表情がだんだん悪くなる!
茶々に対する態度は、エロじじいとしか思えない。
誰かに言われそう!
「二郎も一緒やないけ!」
播州言葉です!

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肥後半国は加藤清正に与えられる。おねが喜ぶ!
将来の明への出兵を意識している。
肥後に赴く清正が長政を訪ねる。
長政・清正・正則はおねに育てられている。
仲は悪くない!
後の三成を襲撃する七将の仲間である。
この酒の席が面白い。
又兵衛が一人で飲んでいる。
長政との不和を意識させているのか?

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権力の頂点に、後少しとなった秀吉!
あと残っている大物は、小田原北条である。
家康が上洛して秀吉と、対北条対策を打ち合わせする。
この時期は、、もう秀吉は北条を滅ぼす気でいる。
でなければ恩賞の土地が無い。

三成の官房長官役が、面白い!
ごますりとも言える追従である。
秀吉に責められている官兵衛!
口をはさむ三成に、官兵衛が一括する!
「殿下と話しているのだ」
三成は黙る!
後に朝鮮半島で、官兵衛に相談に来た三成を、碁をやっていて無視した。
今後はますます微妙な関係になりそう・・・・・・
秀吉と官兵衛の間には、隙間風どころか、大穴が開いている!!!!

秀吉は話が好きだ。
ある時、秀吉の後に天下を取るのは誰か?
家康、利家、毛利、上杉とかの名前があがる。
が秀吉は違うと言う!
「あのチンバだと!」
差別用語で今は使えない言葉である。
今生きている人に対しては使わない。
これを官兵衛は家康から聞く!
初めて会うが、わしにはそこもとみたいな軍師がいない。
と官兵衛をおだてる家康。

結局官兵衛はこの後隠居する!
隠居の歳としては早くない様だ。
官兵衛自身も、親父から家督をついだ歳も同じ頃のようだ。

次週は小田原北条攻めか!
早い展開なのか!
『来週、小田原に行く予定です』

名所案内は、「天徳寺」「合元寺」である。
どちらも行った。
特に天徳寺は、築上町にある。
官兵衛で燃えていた町である。
もっと観光客が訪れると良いにと思うが・・・・・

紀行記事
宇都宮氏の菩提寺 天徳寺
中津 赤壁の合元寺

平成26年9月20日(土) 第40回 東西落語名人選 夜の部 神戸文化ホール

落語に行った。
名人クラスである。
20日、21日とある。
今回は舞台に手が加えられている。

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柳家 三三    五目講釈
月亭 八方    コテコテ劇場 男の花道
笑福亭 鶴光   木津の勘介
柳家 小三治   初天神
中入り
桂 歌丸     短命
桂 文枝     友よ  

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面白かったです!
月日の経つのは早い・・・・・・
学生時代の文化祭に、桂三枝が来てくれた。
交通費だけだったと思う。
三枝時代のまだ出始めのころではなかったか?
三枝が出て来ただけで盛り上がった!

ほぼ3時間の長丁場であった。
入院してたと言う、桂歌丸!
かなり足も悪かったようだ。
「短命」と言うはなしも気になる。
登場と退出時は幕を降ろしていた。

トリは文枝!
内容に、ドキッとした!!!!
年輩の友達の会話!
耳は遠くなったが、トイレは近くなった!
髪の毛が少なくなったが、貯金は多くなった。
奥さんを亡くしている。本人は携帯電話を何処に置いたか忘れる。
その都度奥さんに携帯に電話をかけて貰った!
今は出来ない!
友達が「わしに言え!」
どうやって連絡する。
番号は全部携帯の中である。
紙に書いてもなくす!

笑いを取った場面である。
全部二郎に当てはまる。『泣きたい・・・・・・』
奥さんは大事にしよう!!!
二郎も耳が遠くなったので、チョッと聞こえにくいかった。
特に小三治はボソボソ喋るので聞き取り難い!
落語家は必ず羽織を脱ぐ!
ざこばが言っていたが、脱ぐんだったら最初から着て来なくて良いのに・・・・
きまりですからと・・・・・

楽しく過ごすことが出来ました!

2014年9月20日 (土)

豊前・岩石城 九州征伐の城

豊前・岩石城、九州征伐の城。
ここは騒乱の城である。
秋月種実の24の支城の一つと言う。
もっとも強固な城と言う。
確かに山城でもあり、強固だと思う!
秀吉の九州征伐で、最初の目標になった。
15万と言う兵を率いる秀吉の目の前で戦いが行われた。
蒲生氏郷、前田利長が攻めて1日で落城した。
秀吉が褒めた!
「流石、忠三郎」
「鷹は鳶を産まぬ」
山城である。
麓に、『岩石城武将の碑』がある。

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上に上がれば、模擬天守の建物がある。
余計な事を!
アートセンターになっているようだ。

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しかし攻めるのも大変と思うが・・・・・・
1日である。

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展望台があるようだ。
そこまでは行けない。
ここで我慢しよう!

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豊前 岩石城 
福岡県田川郡添田町大字添田(岩石山)



ナルト 久留米市 月読神社?????

官兵衛巡りで久留米市に行った。
久留米に決めたのは奥さんである。
何か予感がしたのか????
久留米城で、久留米の観光案内の地図を見ていて面白いものを見つけた。
『月読神社』
そんなに大きくはなさそう・・・・・・・
が、調べてみると、ちゃちな神社では無い!

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月読神社は、目の神様や先が見えるという開運の神様といわれている。
月読神社の御祭神は、月読尊で、古来から目の神様として信仰されている。
先を読むと言う事で、開運の神や厄除けの神として崇拝されていた。

『神話』の世界である。いざなぎ神のお子は天照大神と須佐之男神と月読神の3人である。
いざなぎ神が目を洗っている折に生まれたのが月読神であることから、同神が目の神さまと言われるようになった。
伊勢神宮内宮別宮と出羽三山の月山神社内の月読神社が有名。

神社がそんなにあるとは知らなかった・・・・・・・
潮の満ち引きが月の引力により引き起こされることから、
先読み繋がりで、開運、厄除け、安産、海上安全、五穀豊穣、大漁にご利益があるとされている。

又月読神社が目に霊験あらたかと言う事で、植木や苗木の芽がよく出るようにとの願いも込められている。
1月23日~25日は月読神社大祭が開催される。

時間が無いとの事で失敗した!
無理しても行けば良かった・・・・・・・・
ナルトの作者は、これを知っていると思うが!
無限月読・・・・・・・・
実際に、イザナギ、スサノウとか神話から取っている。
月読みも調べたのではないかと思うが・・・・・・

調べると下記の通りあるようだ!
月読神社 (茨城県つくば市市之台)
月讀神社 (茨城県つくば市樋の沢)
月讀神社 (茨城県潮来市)
月讀神社 (茨城県常陸大宮市)
月読神社 (神奈川県川崎市麻生区)
月読神社 (神奈川県相模原市緑区千木良)
月読神社 (京都府京都市西京区)
月讀神社 (京都府京田辺市)
月讀神社 (福岡県久留米市田主丸町)
月讀神社 (鹿児島県鹿児島市桜島町)
月読神社  (壱岐島壱岐郡の式内社)
偏っているのは何か意味があるのか???

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久留米市 月読神社



2014年9月19日 (金)

軍師 官兵衛(番外編⑦) 隆景と官兵衛

九州入部後、肥後で一揆が起こる。
その隙間を狙ったように豊前で一揆が起こる。
豊後は代々大友氏の支配下だ!
となると、筑前に入った隆景は、肥後に応援に入っている。
自分の筑前はどうなのか???
そう言えばあまり反乱の話は聞かないが・・・・・・

貰った国の問題もあると思うが、やはり老練な政治家でもあるのだろう!
この後になるが、秀秋の養子の問題が出て来る。
これを斡旋したのは官兵衛と言う!
堺屋太一言うところの、「官兵衛の策謀好き」となる。
はじめは毛利本家に秀秋を養子で入れようとした。
それを拒否する為に、隆景が犠牲になった!
小早川家に養子として貰い受け、毛利本家を守ったと!

ドラマではどうなるのだろう???
想像するに、官兵衛が小早川家に悪くなる話は持ち込まないだろう!
とすれば誰なのか???

恐らく石田三成と思う。
その話が出た時、官兵衛と隆景が対策を相談した!
ここで毛利本家を守る為に、隆景が犠牲になる。
それしかないということで官兵衛が、隆景の了解を得て動く!

これで秀吉は満足するが、三成は収まらない!
関ヶ原への布石である。
官兵衛は吉川広家と親しい!
小早川家の家臣にも調略している。
元春、隆景に対しては、悪く出来ない!

そんな風に展開すると読むが・・・・・・・

豊前の官兵衛⑰  桑野原・日熊城の戦い 

豊前の城廻が終わり、中津を出ようとしたら幟に出会った。
ここから先、天正15年(1587年)
黒田氏と上毛衆が戦った合戦城跡
「桑野原・日熊城の戦い」

ここで激戦があったのか?
武将の名の幟が沢山あった。

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上毛衆
上毛群(上毛町・吉富町・豊前市)を実質的に支配していた土豪たち。
城や砦が21カ所あったと言う。
官兵に反乱して2度の合戦があったようだ。
これに参加した土豪たちの名前がある。

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良く調べれるものと思う。
官兵衛に反攻し一揆に加わった上毛衆。
日熊小次郎、緒方帯刀・・・・・・・
これらの名前が幟になっているのだろう。
その中で、百富河内守の名前があった。
戦い後に官兵衛に従ったようだ。

道の駅 しんとみが戦いの場だったようだ!

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豊前の官兵衛⑯  豊前 土田城

河内守百富氏の居城。
豊前に入国した官兵衛に従う。
長岩城攻めに参加したようだ。

ここは分かり難かった。
と言うより分からなかった!
近くまでは行けたが、後は分からない!
言ったと言う事実だけは残る。
少し寂しい!

2014年9月18日 (木)

豊前の官兵衛⑮  豊前 大畑城

豊前 大畑城。
加来統直の居城。
国人一揆に参加する。
天正15年、黒田官兵衛・長政と毛利軍に攻められて落城。
反対派最後の落城と言う。これで黒田を不服とする一揆の討伐は終わったようだ。

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七宮宮にある。
案内も新しい。
標識もある。
訪れる人も少ないのだろう・・・・・

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豊前 大畑城
大分県中津市加来(七社宮)

豊前の官兵衛⑭  豊前 池永城

豊前 池永城。
蔦神社の大宮司、池永重則の居城である。
一族と大貞八幡の神官、社僧で籠城!850人と言う!
黒田軍に攻められて落城。
城主は自刃する。

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あまり分かり易くは無い!
道路沿いに幟が欲しい!
道路に、池永城の案内があるが、分かり難い!
若宮八幡神社のところになる。

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豊前 池永城
大分県中津市上池永字城屋敷

豊前の官兵衛⑬ 豊前 犬丸城

豊前犬丸城。
越中守犬丸清俊の居城。
天正15年に黒田軍に攻められて落城。
清俊は秣氏を頼るが、秣氏は官兵衛に付いていたので討たれる。

ここは分かり難い!
工業団地?
にあるので場所は大体わかったが、案内も無く行けなかった。
多分この辺りとは思う!
幟が欲しかった!

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豊前犬丸城
大分県中津市犬丸字居屋敷


2014年9月16日 (火)

豊前の官兵衛⑫  豊前田丸城

宇都宮氏に同調して、佐渡守祐了が籠城。
天正15年に黒田官兵が吉川広家と長政に攻撃させる。
攻められ降伏。
城主は出家したようだ。
と言う事は、あまり重要な人物でもなかったのか???
城址は寺になっている。

長久寺にある。
ここに行くまでが大変!
まず築上町から幟が遠征して来ている。

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まず菅原神社に行く。うらびれたところである。

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次に、野仲山妙相寺に行く。

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そうして長久寺に着いた。
寺の周りには幟は無い。
道は狭く、分かり難い!

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豊前田丸城
大分県中津市福島字寺内(長久寺)

2014年9月14日 (日)

軍師 官兵衛(第三十七回) 城井谷の悲劇

城井城を攻めた長政が完敗する。
長政の坊主の姿は見れなかった・・・・・・・
長政は落ち込んでいる。兵を沢山死なせた。

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ともあれ官兵衛は長政に今後の方針を立てさせる。
城井城を孤立させる。
つまりまわりから攻める。そうすれば自然と主城、城井城は枯れる!!!
毛利の援軍も来て、まわりから攻める。
成功し、実際にその通りになる。

久しぶりの安国寺恵瓊の登場である。
黒田と宇都宮の和議を仲裁する。
宇都宮鎮房は和議を飲む。
息子を官兵衛のところに出仕させる。
娘も侍女として出す。
平和が来るのか?????

肥後の一揆で佐々成政が秀吉に釈明に来ようとする。
が尼崎で切腹を申し付けられる。
成政が叫ぶ!「サルめ!」
これは言ってはならない言葉である。

最近の演出は三成が悪人になっている。
官兵衛を良く演出すと当然三成は悪者である。
最近は秀吉の悪意を感じる。
官兵衛なら豊前を治めれると思ったのに・・・・・・・・

秀吉は宇都宮を許さない。
官兵衛に処分を命じる。
和平は短かった・・・・・・
ドラマでは秀吉に逆らえない。

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官兵衛は鎮房の謀殺を決意する。
官兵衛は肥後に、鎮房の息子、朝房を連れて行っている。
長政が鎮房を招く。当然罠である。
家臣と分けられて、長政に切られる。
家臣も又殺される!
後味の悪い展開である。
まして秀吉は、高貴な人の落とし種と言う噂をばらまいているようだ・・・・・

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次週、宇都宮朝房の切腹(?)謀殺(?)
官兵衛はどうするのか?
娘の磔の場面はあるのか?
寺にでも入れればよいと思うが???

名所案内は中津城と城井神社だった。
中津城の天守は無かったようだ????
では今の天守は何を参考にしたのか?
城井神社を出すなら、隣の扇城神社も出して欲しかった!
又合元寺の赤壁も見たかったが・・・・・・・

関連記事
豊前 中津城 官兵衛・忠興の居城 
豊前 城井神社・扇城神社 宇都宮鎮房謀殺

豊前の官兵衛⑪  豊前 秣城(まくさじょう)

豊前 秣城(まくさじょう)
秣氏は宇都宮の庶流である。
が城主秣大炊介は官兵衛に従う。
一揆にも黒田側で活躍したようだ。

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小高い丘の上にある。
上秣神社が鎮座している。
あまり手入れはされていないようだった!
案内は新しかった!

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豊前 秣城(まくさじょう)
大分県中津市三光上秣


豊前の官兵衛⑩  豊前中津 栗山堂

豊前中津 栗山堂。
奥さんの希望で寄った。
栗山備後利安を祖とする、和菓子屋である。

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幟が沢山立っている。
が店は小さい!

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大きくも出来ないのだろう・・・・・
あまり商売っ気は感じなかった・・・・・・・
奥さんが少しだが買った。

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豊前の官兵衛⑨  豊前中津 浄土真宗本願寺派 寶池山 西蓮寺

豊前中津 浄土真宗本願寺派 寶池山 西蓮寺
天正16年、官兵衛の末弟、光心師が開基。

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黒田官兵衛 ゆかりの寺とある。

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2014年9月13日 (土)

豊前の官兵衛⑧  豊前中津 正寿山 常安寺

豊前中津 正寿山 常安寺
1640年、中津城主、小笠原長継の菩提を弔う為に建立された。

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豊前の官兵衛⑦  豊前中津 閻魔さんのお寺 岡谷山 圓龍寺

豊前中津 閻魔さんのお寺 岡谷山 圓龍寺


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案内を見ていると怖いが、よく読むとそんな事は無い。
いろんな寺がる!

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豊前の官兵衛⑥  豊前中津 円應寺 浄土宗

豊前中津 円應寺 浄土宗。天正15年、黒田官兵衛が開基。

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河童が火事から寺を守った伝説がある。
河童の墓もある・・・・・

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豊前の官兵衛⑤  豊前中津 大法寺 妙見寺日蓮宗一致派

昨夜は中津に泊まった。
今日は朝から寺町を回る。
ここは名前が多い。
加藤清正から種痘の話まである。

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寺町は寺を集めている。
寺を防御の壁としたようだ。
13寺あるようだ。
中途半端になるが、行ったところを紹介したい。


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寺町の入り口にある。大法寺 妙見寺日蓮宗一致派

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鬼子母神、法華経の守護神として日蓮宗、法華経の寺院で祀られることが多い。

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豊前の官兵衛④ 豊前平田城 長岩城に呼応し、落城!

豊前平田城。
宇都宮氏に呼応した、野仲鎮兼の長岩城が落城した時、平田城も落城した。
確かに近い城である。
後に黒田二十四騎の栗山四郎右衛門に与えられる。

この城跡の前を2週間前に通っている。
又行くと言ったら、奥さんが怒った!
「謝ってよ!」
『謝ってるやろ!』
(妻コメ:2週間前に運転中に平田城の案内看板をいくつも見かけたので、「行くの?」と尋ねたら、寝ながら「いかへん!」と言われました)

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ともあれ18時を過ぎている。
小さな山の上にある。
案内のところまで行けたが、登り口は閉鎖されていた。
やはり危ないのだろう・・・・・・

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ただ道路沿いに幟が立っていたが、奥さんは前は無かった。
そう言えば幟が綺麗だ!

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Hirata_3
クリックで拡大します。

今はドラマは佳境に入っている。
『栗山備後利安』の幟である。
タイムリーに立てたのか??

山の上にも幟が沢山立っているようだ!

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写真はフォトショップで明るく修正しています。本当は真っ暗でした。

豊前平田城
大分県中津市耶馬溪町大字平田

2014年9月12日 (金)

豊前の官兵衛③ 豊前一ツ戸城 官兵衛に従う!

豊前一ツ戸城。
鎌倉以来と言う城である。
宇都宮氏に従っていた。
城主中間統胤は、官兵衛が豊前に入った時に、官兵衛に従った。
黒田姓を与えられたようだ。

耶馬渓町にある。今は中津市である!
この城も山城である。
道の駅に行った時に、場所はトンネルの入り口出口にあるまでは分かった。
案の定案内板があった。
ただ上には登れない。簡単に封鎖(?)してある。
17時を回っている。
危ないので閉めたと思うが・・・・・・
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豊前一ツ戸城
大分県中津市耶馬溪町大字宮園字一ツ戸

豊前の官兵衛② 後藤又兵の墓

官兵衛との確執後に黒田家を出奔。
大坂夏の陣後、ここに落ち延びて自刃した伝説があるようだ。
村人が墓を建てたと言う????????
伝説である!!!!

岡城址、佐伯城址、臼杵城址、宇佐神宮と回って来たので時間は遅い・・・・
分かり難かった!
中津市なので幟が大々的に立っているかと思ったが、そうでは無かった!
大体の住所でメッソを付けていたが、分からない!
奥さんが役所の観光課にまで電話して聞いてくれた。
山間で電波状況が悪くてかけなおした。
男性と女性が出たが、幸運な事にどちらもキチンと説明してくれた。
ありがとうございます!
すっぽんの養殖場がある。
そして民宿がある。
そこまで言ったら、標識が出ているので分かると!

実際にその通りだった。
ナビを見ていると、『後藤又兵衛の墓』の表示があった。


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ショック!!!!
駐車場なんかない。
墓は道路沿いにある。道路に車を止めた。
近くの民家のおじさんがこちらを見ていた。
墓に行ってお参りをしていると、おじさんが墓の方に来た。

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「わざわざ訪ねて来てくれてありがとうございます!」
「おかげさまで訪問客も増えた」
「今九州の放送なので、訪問客も多い。有難い事だと!」
真摯な態度だった!

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墓については、冷静に「各地に又兵衛の墓はある」
その通りである!
学生時代の友達に、宇都宮君がいたようだ。
宇都宮一族の末裔のようだ。
そんな話をしていて、他の名所の話になった。
長岩城の話が出た。
入口までだが行ったと言ったら、少し驚いていた。
上まで行けなかったと言ったが、そこまで行ったら行ったと変わらない!
少しヨイショしてくれたようだ!!!!

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Matabei_4
クリックで拡大します

真面目な人であると感じた。
多くの人が訪れればよいと思った!
頑張れ!!
中津をはじめとする、九州の官兵衛ゆかりの地の人達よ!!!!!
おじさん、ありがとうございました!

後藤又兵の墓
大分県中津市耶馬溪町大字金吉(伊福集落)

豊前の官兵衛① 豊前国一揆 官兵衛最大の危機か?

官兵衛最大の危機が訪れる。状況は下記のようだ!
天正15年、豊前国一揆発生!
まず肥後で一揆が発生した。佐々成政あるが無理をした! 
馬ヶ岳城の長政から、「肥後で一揆」と時枝城にいた官兵衛に一報が入った。
官兵衛は大阪城へ急便を送り、折り返しの返事で久留米(集合地)に向かった。
官兵衛が肥後一揆鎮圧に向かう隙を見て、黒田家に従っていた土豪が一揆を起こした。
長政は急を官兵衛に知らせたる。官兵衛は後を小早川隆景に託して豊前馬ヶ岳城に引き返した。
この非常事態を官兵衛は秀吉に窮状を一報、次いで安芸の毛利輝元に援軍を要請した。

長岩城の野中鎮兼の呼びかけで、上毛の日熊城の日熊直次、宇佐高家城の中島房直が挙兵。
早くから黒田に降りていた広津鎮種の広津城に向かった。
黒田勢の背後を狙い、山内城主如法寺孫治郎輝則、川底城主城井弥七朗信次、鬼木城主鬼木掃部助、山田城主山田大膳、八屋城主八屋刑部、東友枝叶松城主内尾主水、西友枝雁股城主友枝大膳らの国人衆も手勢を率いて出陣した。
小土豪と言うべきものの連合か???
黒田軍は日熊城に押さえの隊を置き、国人連合軍と観音原で戦い勝つ。
山田大膳は宇都宮鎮房と並ぶ上毛郡随一の強敵。策を講じて討ちとる。

一揆には城井氏と同族の宇都宮氏一族でも全ての家が参加していたわけではない。
下毛郡長岩城の野仲氏は参加したが、宇佐郡・青山城の佐田氏は参加しなかった。
宇都宮氏一族以外でも田川郡・岩石城の佐々木氏は参加したが、宇佐郡・時枝城の時枝氏は早くから黒田氏に臣従している。

肥後の佐々成政は一揆の責任を取らされて切腹!
となれば、官兵衛もやばかったと思う!

「馬ヶ岳城」「時枝城」「長岩城」には行った。
馬ヶ岳城・長岩城は山城である。登るにはそれなりの覚悟がいる???
どちらも官兵衛の名所になり、宣伝されている。

前回アップした名所案内に、一揆関係の名所を回ったのでアップして行きたい!!!

九州へのフェリー  官兵衛巡り(豊後・豊前・筑前・・・・・・)

先々週中津、別府、国東半島へと官兵衛巡りを行った。
フェリーで行った。
神戸から新門司までの快適な旅だった。
部屋に関してはやはり希望通りに行かない。
今日9月11日、今度は大分である。
大分から回る。
竹田岡城、佐伯城、臼杵城、宇佐神宮と回って中津に行く。
中津で再度官兵衛巡りをする。
その後は久留米方面から福岡に入る。
福岡では奥さんのお友達が待っている。
帰りは新門司からフェリーに乗る予定である。

そこで行きの『さんふらわあ』である。

20140911_sunflower

何を勘違いしたのか、7階にある8部屋の特別屋を頼んでいる。
確かに良い!
部屋は広いし、机もありパソコンも叩ける。
トイレはユニットであるが広いし、洗面器も大きい!
バスはそれほど大きくは感じないが・・・・・・
部屋の外にも出れる。
奥さんは感激している・・・・・・
値段だけの事は有るのか???
が言いたい!
『誰の金やと思っているんや!』
言ってはならない言葉なのか?!!!
(妻コメ:サンフラワーの二人部屋は二段ベッドで、夫には窮屈で眠れないと思いました。初日から寝不足で八つ当たりされたくないですから)

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2014年9月11日 (木)

神戸地下鉄海岸線 みなと元町駅の乗車人数???

仕事の事で、住所を調べた。
確実なのは、みなと元町駅の前である。
それならばみなと元町駅の住所を調べた方が良い。
と言う事で調べたが、付録があった。
駅の乗車人数の事である。
2012年で、1,507人のようだ。
2005年の予測では、7,552人とある。

ついでに調べた。
花時計
2012年で、6,740人のようだ。
2005年の予測では、21,652人とある。

旧居留地・大丸前
2012年で、1,599人のようだ。
2005年の予測では、11,772人とある。

ハーバーランド
2012年で、5,936人のようだ。
2005年の予測では、25,832人とある。

20140911_metro

凄いですよね!
道路の交通量と同じですよね!
これだけ外れるものなのか???
造る時は善意の発想である。
これは間違いないと思う!
それならば何をしても許されるのか?
目的が正しければ(?)、手段は問わない!
まるで関東軍みたいな感じがする。

予測の2割から3割では採算は取れない。
赤字の垂れ流しでもある。
三宮・元町・ハーバーランドには、商業施設がある。
そこで予測からは外れていれば、他は推して知るべしである!
誰も責任を取らない!!
予測に25,832人と出すのも面白い。そんなにシビアな物なのか???
25,000人か26,000人にすれば良いと思うが・・・・・・・
その内に、市民団体が騒ぎ出すのではないか???

2014年9月10日 (水)

本・異端の数ゼロ・チャーリー・サイフェ

この数字がすべてを狂わせる―。バビロニアに生まれ、以来、無を拒絶するアリストテレス哲学を転覆させ、神の存在を脅かすが故にキリスト教会を震撼させ、今日なおコンピュータ・システムに潜む時限爆弾として技術者を戦慄させるゼロ。この数字がもたらす無と無限は、いかに人類の営みを揺さぶり続け、文明を琢磨したのか?数学・物理学・天文学から宗教・哲学までを駆け巡る、一気読み必至の極上ポピュラー・サイエンス。

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最初の話は誰でも分かるだろうと思う。
最後は量子力学にビッグバーンで終わる?
0を意識しないアリストテレス。
アレキサンザーの遠征がある。
インドまで行っている。各民族独自の数え方がある。
一つと沢山。百の数は必要ない。
0は無い。無いと言えばよいので意識されていない。
それが問題だと。
-4、-3、-2、-1、1、2、3,4・・・・・
-4、-3、-2、-1、0、1、2、3,4・・・・・
どちらが正解なのか。
ゼロは何をしてもゼロなのか?
ヨーロッパは0の存在を認めない。認めようとしない。
がインドは柔軟に認める。
ギリシャは規則正しさを求める。
当然黄金比が出て来る。1.618・・・・・
これで株の上昇を説明しようとした金融関係者がいたが・・・・・・
キリストの生誕日も出て来る。
これを紀元0年????
紀元元年!
実際は紀元前4年と思っていたがそうでもなさそう。
0はミレミアムの問題でもありそう!

この本はゼロの話なのか?
沢山の数学者の名前が出て来る。
ピタゴラス・ゼノン・アルキメデス・アリストテレス?
中世に行き天文学の話になる。
コペルニクス、ケプラー!
ニュートン、パスカル、ライプニッツ・・・・・・
微積分まで話が広がる。
そうして宇宙の創造まで行きつく。
ブラックホール、ワームホール・・・・・
現在の膨張する宇宙。
ビッグバーン!
無から生まれ無に帰る。
宇宙はゼロから始まりゼロに終わる。
算数から始まる物理、数学、科学の歴史かと思う本である。

絵がところどころにあり、分かり易い。
数式はもう忘れている。
ゼノンの話は懐かしい!
亀に追いつけないアキレスの話。
学生時代真剣に考えた。
先生に馬鹿にされたのを覚えている・・・・・・
面白い本でした!

2014年9月 9日 (火)

軍師官兵衛の幟③ 国東半島+別府 

九州の関ヶ原、石垣原の合戦は別府市が舞台である。
ここはホームページの案内で詳しく紹介されている。
12カ所ある。
ほとんど幟が立っているので助かった。
まずは別府駅。別府市!
『ようこそおんせん県おおいたへ 黒田官兵衛ゆかりの地』

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そして各地の名所に、
『九州の関ヶ原 黒田軍VS大友軍 石垣原合戦』

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の幟が立っている。赤と白がある。
大変分かり易く嬉しかった。
これが12カ所にある。

次に杵築市に行く。
杵築城が有名である。
『大河ドラマ 軍師官兵ゆかりの地 杵築城の戦い』
この城だけとは思うが幟があった。

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この後国東半島を回る。
国東市である。ここは燃えている???
幟が嬉しい!

安岐城主熊谷内蔵助直陳「石田三成娘婿」(岐阜大垣城戦死)
熊谷外記
関ヶ原の戦い西軍方安岐城代 慶長五(1600)年

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吉弘城にもあると思う。
ヘマして行けなかったが・・・・・

富来城主垣見和泉守家純(岐阜大垣城戦死)
垣見理右衛門
関ヶ原の戦い西軍方富来城代 真田十勇士筧十蔵縁者 慶長五(1600)年
分かり易いし、面白みを感じた!

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2014年9月 7日 (日)

軍師官兵衛の幟② 九州編+播州三木

官兵衛で燃えている!
播州・木之本と熱気を感じた。
が今回九州中津方面でも熱気を感じた。
もっとも温度差はある。
一度幟を紹介している。
続きをやりたいと思う!

まずは播州三木の竹中半兵衛の墓がある。
『二人の軍師 半兵衛 官兵衛 ゆかりの地』

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九州が燃えている。
小倉から中津方面へ向かった。
小倉でもあるかと思ったが、何もない・・・・・
馬ヶ岳城址に向かった。行橋市である。
ここは幟を立てている。
『馬ヶ岳城主 黒田官兵衛』

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馬ヶ岳城は山城である。登り口あたりから立ててくれている。
一時期官兵衛が中津に移るまでこの城にいた。
それを最大限に生かしている。

次に歴史資料館に行った。
この資料館の廻りには幟を見かけなかったが、中にあった。外にも欲しい。
『天正十五年 馬ヶ岳城主 黒田官兵見参』

20140907_hata3

築上町!
役場から燃えていると感じた。
ここは官兵衛より、宇都宮鎮房が中心である。
『軍師 黒田官兵衛 最大の宿敵 城井 宇都宮鎮房』

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この幟は遠征している(?)貸し出しているのか?
ただ最大の宿敵(?)はどうかなと!
城井城にしろ名所の道路には幟が立っている。

中津市である。
『中津で天下の夢を見た 黒田官兵衛孝高 ゆかりの地 大分県中津市』

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ここは官兵衛の名所が多いので、よく立っている。
幟を見れば、なにかあると感じる。
中津市に長岩城がある。
豊前の土豪の反乱時、宇都宮一族になると思うが、野仲氏は反乱に同調して、
後藤又兵衛を先陣とした長政によって攻められて落城。
っ道路から延々と、赤・白・黒の『長岩城』の幟が立っている。
これも珍しい!

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それに比べると、宇佐市、豊後高田市は乗り気でない。
宇佐は、宇佐神宮等ネ名所があるからか?
高田は竹中半兵衛の従兄弟である竹中重利が城主だった。
九州の関ヶ原では、官兵衛に付いた!
幟も何もない!

軍師 官兵衛(番外編⑥)長政と又兵衛

長政と又兵衛の間に何があったのか?
割と小説は読んでいるので知っている話はある!
少しまとめてみた!

城井城攻めの辺りから隙間風が吹いている!
官兵衛の指示を無視して、城井城を攻める。
これは宇都宮鎮房の罠だったようだ。
長政惨敗する。
多くの兵が討ち取られたと言う・・・・・
責任を感じて長政は髪を切る。
坊主になるのかどうかは分からないが・・・・・
これを『勝敗は兵家の常』と割り切ったのが又兵衛と言う!
負けたと言って髪を切ればいつ生やすことが出来るのかと言って、嘲笑った?
と言う話がある。
中津城での宇都宮鎮房の謀殺に、又兵衛は参加しなかったようだ!

朝鮮半島で、主君長政が、朝鮮の兵と戦っているが助けずに見物していた。
これは長政が怒って当然と言うが、世間は見方は違う。
「流石又兵衛、主君に花を持たせた!」
関ヶ原、合渡川の戦いで、長良川で進むか?待機かで藤堂高虎が又兵衛に意見を求めた。
高虎『存念は?』
又兵衛『何が何でも渡るべし!』
勝利を収めたようだ!
家臣を褒められると、島津は喜ぶと言う。
長政はそうでは無さそう!

長政は家臣に、「わしが死ねば代わりはいるか?」
と聞くと、「又兵衛殿がいます!」
とたんに機嫌が悪くなった。
正解は『代わりはいません!』

出奔して細川家にいた頃、細川と黒田が戦えばどうなるか聞かれたようだ。
兵の数により黒田が有利と言ったようだ。
鉄砲隊50挺に、敵の先頭をやってくる槍前槍脇をとにかく撃てと。
5人も撃ち倒せば、長政を討ち取れると言ったようだ。
どんな合戦でも先手に出、諸士と先を争う将でなので、先陣争いの中に長政はいると!
『又兵衛は、長政を悪く言うように見えて、実は武威を語っていた。忠義の厚い、見事な侍である』
と細川家でも評価された。

長政は又兵衛を奉公構えにした。
細川忠興、福島正則、池田輝政が抱えようとした長政は許さなかった。
刺客も放ったが、格が違う。手を出せずに帰ったようだ。
切腹覚悟で帰ったが、逆に加増されたと言う!
ドラマではこの確執をどう演出するのだろうか?

軍師 官兵衛(第三十五回)試練の新天地

キリシタン禁止令と豊前の国に入国の話が主である。
先週中津方面に行った。
知った名所案内が多いのは嬉しい!
来週も行こうかと思っている。
二郎も官兵衛に賭けている!!!!!!!!!!!!!

高山右近が全てを捨てて、キリスト教に生きる。棄教しない!
官兵衛は棄教する。形だけでも・・・・・・
小西行長も棄教する。
今回、小西行長と佐々成政が登場する。
初めての登場と思うが、もっと前から登場させて欲しかったと思うが・・・・・・・
そう言えば、蒲生氏郷も棄教するはずである。
このドラマでの出番は無さそう!『寂しい・・・・・』

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播州山崎から豊前へ国替えになる。
喜ばしい事である。
おねが秀吉を責める。厄介者を遠くにやったのかと?
秀吉は夢の為に官兵衛を九州に持って行ったと。
明国(朝鮮半島)への出兵を意識している!
この豊前6郡、12万石は多いのか?少ないのか?
小早川隆景は筑前名島で35万石と言う。
小和田哲男は、九州への率いた兵の数が違うと言う!
12万石、そんな物だろうと言う意見であった。
馬が岳城に入る。山城である。
ここは案内のところまでは行った。
この天守まで行くのに相当な時間もかかると思った。
行橋市も官兵衛にかけていた。幟も多かった!
資料館も官兵衛にかけていた!!!

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ともあれ宇都宮鎮房が伊予への国替えを命じられる。
本領安堵のはずと納得しない。官兵衛を恨む!
山崎でも播磨を離れたくないと残る者もいる。
お福も行かないと言うが、最後は行く。
お道を久しぶりに見た感じがする。
宇都宮鎮房も400年の地と思っている。
まだ天下が変わったと理解していない!
城井城に籠っているようだ。
官兵衛は静観している。

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長政は宇都宮鎮房を討伐したい。
功を焦っている。
それを煽る若者たち!
長政は官兵衛の家臣が煙たくなっている。
ここへ官兵衛と老臣達が来て、長政をたしなめる!
長政は不満足である。
官兵衛は回り小土豪から討伐していく方針である。
そうすれば城井城は枯れると!
長政は主目的の鎮房を討つべきであると!
この辺りから、長政と又兵衛の間がおかしくなりつつある!
そういう演出をしている。

20140907_kanbei3

肥後で一揆が発生している。
佐々成政が焦っている。
地侍が駆ける!服装も一揆の服装である。百姓達も参加しているのだろう。
官兵衛と隆景が救援に向かう!

豊前では長政が留守を預かっている。
若者たちは不満である。
何故宇都宮鎮房を討たないのか??
そこへ城井城が兵を引いていると!
物見と言うか偵察に行った者が知らせる。
長政は一気にヒートアップする。
又兵衛は止める。官兵衛が帰って来てもからでも遅くない!
が長政は聞かない!
出陣である。

来週は長政の丸坊主が見られるのか?????
又石田三成が相当いやらしく演じられている。
関ヶ原の合戦での演技が想像できる・・・・・

関連記事
豊前 馬ヶ岳城  源平時代からの城 官兵衛の九州での城。

2014年9月 6日 (土)

食べログの記事について これからは自由に記述できる!!!!!

「食べログ」に掲載された店舗情報の削除依頼に応じないのは営業権などを侵害している????
札幌市で和食店側が、情報の削除と損害賠償を求めた訴訟で、札幌地裁は4日、請求棄却の判決を言い渡した。
「商売向けの味ではない」、削除を拒まれ、「削除に応じないのは自由に情報を発信する営業権の侵害で、売り上げ減少を招いた」
しかしこの記事で客が減るかしら???

以前奥さんと一緒に行った店がある。
かなり広い。
お客さんもかなり入っていた。
その割に従業員が少ないと感じた。実際少なかった。
頼んだ物がなかなか来ない。
それでも40分以上待って奥さんの頼んだ物が来た。
二郎の物は来ない。
後から来た客に出している。
当然イライラし始める。
半分ぐらい食べた時に我慢しきれずに従業員に聞いた。
ごはんが無いのでまだ時間がかかる!
アホらしくなって店を出てしまった。

これを奥さんが、食べログに投稿した。
しばらくすると、削除されていた。
もう一度投稿したが、やはり削除されていた。
内容は下記の通りだ!

食べログサポートです。
「CAFE ○○○」にご投稿いただきました口コミに関して、ご連絡させていただきました。
ご投稿いただきました口コミですが、口コミガイドラインの、「6.お店への個人的なクレーム、及びトラブル、支払いに関する内容はご遠慮ください。」
に該当しておりましたので、誠に申し訳ございませんが、削除させていただきました。
食べログは、お食事をした際の主観的な感想・意見を共有する口コミサイトです。
そのため、お店に対する個人的なクレームやお店で起きたトラブルの口コミは、ご遠慮いただいております。
=====削除させていただきました口コミ内容=====

こんな配慮がない店、初めてです!   40分近く待たされて、夫のステーキランチはまだかと聞くと、ご飯がないのでまだ少し時間がかかると言われた。怒って夫は店を出て行った。お茶も出てきてないのに、私のオーダーのお茶つき金額を普通に受け取るスタッフ。
沢山お店に行っているが、こんなの初めて!本当に驚いてます。
忙しくて気がまわらないのはわかりますが、ずっと待たされているお客さんへの配慮が足りません。お店がおおい神戸でそんな接客してたら、淘汰されますよ。

===========================
食べログでは、ユーザーがお店を選ぶ際の参考になる・信頼できる口コミサイトを維持することを目的とし、口コミにガイドラインを設けております。
ご協力のほど、よろしくお願い致します。

都合の悪い話は削除できるようだ!
事実と都合の悪い話は=なのか?
よい話ばかりなのは何か裏がある!
そう言うつもりで見なければならない!
今回の結果では、悪意に満ちた投稿も載せる?????
食べログも大変だろう・・・・・・
載せなければ、何故載せないかとのクレームも来る。
どちらにしても、参考程度にしなければならない。
全面的に信用なんて出来ない。
やらせの店も問題だと思うが・・・・・・・・
こうなると食べログも、余計に大変である!
載せても、載せなくてもクレームが付く。
例えば、我が家みたいに40分待たされて、謝りもしないのは、事実である。
しかし、「商売向けの味ではない」と言うのは主観である。
店もこんな客には来て欲しく無いだろう!
行かなければ良いのだ!
これは載せるべきとは思わないが・・・・・・・・


2014年9月 4日 (木)

豊前 田舎道の風景??????

豊前 中津市の郊外。
素朴な風景がある。
田んぼのあぜ道を通っていると、季節なのか、カエルが跳び跳ねている。
カエルだけでは無い!
田んぼにはカカシが立てられている。
ハタケカカシか?
心が休まる感じになる!

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豊前中津 御霊のもみじ 姫塚の縁者????

姫塚から近い所に幟が立っていた。
標識がある!
それに幟が続いている。
近くの住民は憐れんで、これを祭り霊を慰めた。
後に「御霊社」というようになたった。

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八坂神社仮御殿にあった、もみじの木に、五色の色の苗木を接ぎ木して、本殿に植えた。
今では「御霊のもみじ」という名所になり、「もみじ」や「いちょう」の紅葉が、耶馬溪の秋の終わりには、見頃になるようだ。
順路の標識もある。

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今は夏である。
青々としている。
紅葉では無い。
行けばそこまでである。

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石段には柵があり登っていけない。
調べて見ると、紅葉で石畳を上って行く写真もある。
柵は今だけなのか?
秋になれは開くのか?
とりあえず官兵衛巡りの名所である。

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豊前中津  姫塚 宇都宮の侍女たちの塚・・・・・・

長岩城から城井城に向かおうとしていた。
快調に走る。
途中で幟が見えた。
予定にはなかったが、これは寄らなければならない。

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濡れ髪大明神の祠の東隣りに姫塚がある。
石碑でも何でもない。
この向こうに新しい墓がある。
まぎらわしいと言えば怒られるが、この墓が何かあるのかと思ってしまった・・・・・
関係無い!
宇都宮鎮房誘殺の後、長政に輿入れしていた鎮房の娘鶴姫(別名千代姫)が中津城にいる。13歳と言う。
長政には蜂須賀小六の娘が正妻と思うがどうなんだろう???
人質説もあるようだ。
それの方が分かり易い。

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中津城の川向こうの千本松河原で磔殺された。
彼女は獄舎に自分の処刑用の磔の柱を作っている音を聞き、辞世の句を作ったようだ。
「なかなかに聞いて果てなん唐衣たがために織るはたものの音 」
はたものとは磔刑のことで、布地を織る機(はた)とかけている。
二郎の頭では理解出来ないが・・・・・・・

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この時、姫とともに13人のお供の女性が逃げ出したと言う。
中津城からえらい遠い!
良く逃げて来れたと思うが・・・・・・・・
足も血まみれだったようだ。
が追手はここまで来る。
ここで斬られたようだ。
村人たちは、大きな松の根元に小塚を築いて埋葬した。
近くの住民は憐れんで、これを祭り霊を慰めたと言う。
官兵衛巡りでの名所にはなる。
幟が立っているはずである。

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2014年9月 3日 (水)

豊前 長岩城 又兵衛が先陣を努める。

豊前 長岩城。
野仲氏は宇都宮一族である。
黒田家の支配を嫌い、各地の土豪が反乱する。
野仲氏も反乱する。
秀吉を侮っている。

この城は登り口から見ただけで難攻不落と言う感じがする。
行った時は、登り口は閉鎖されていた。

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ここは上まで行く時間が無い。
いつも参考にしている、城郭放浪記では4時間歩き回ったとある。
そこまで足が持たない。
時間が無い事にして上には行かないつもりだったが、何かあるのか行けなかった。

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説明には1500人が籠城したとある。
対する長政は、又兵衛を先陣として3500の兵で攻めたようだ。
攻撃側は3倍の兵は無い。
それに山城である。
野仲一族は自決して滅ぶ!
想像するに籠城の条件はどうだったのか?
兵糧、水、兵の戦意とかある。
兵が問題だったのではないかと思うが・・・・・・

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ここは道路から脇道に入るが、幟に標識もある。
幟は長い距離だが、要所要所にある。
黒・城・赤の3本の幟が立っている。
小さな駐車場とトイレがある。
トイレは新しい。ウオッシュレット付きである。
下から見ていても楽しい!
行ってみたい城址である!

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豊前 天徳寺 宇都宮鎮房の菩提寺

天徳寺、天慶年間、宇都宮頼房が開いた寺で、当初は天台宗。のちに豊後国より
泉福寺倉山融沢師を迎え、曹洞宗に改宗。 累代宇都宮家の菩提所。
宇都宮鎮房が中心に、左に父、右に息子の墓がある。

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クリックで拡大します。

ここも幟が立っているし、標識もある。
駐車所があり、石段を上がって行く。
もう一方には坂道で、宇都宮鎮房の墓がある。
標識もある。
こちら側から上がった。
宇都宮氏は400年この地をおさめた名門になる。

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宇都宮鎮房が中央、左に父、右に息子

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宇都宮鎮房の墓

竹中半兵衛の墓には、谷原章介が墓参りしていたと思う。
村田雄浩は参ったのだろか?
行っていないだろう・・・・・
行っていれば築上町が騒ぎまくっているはず!
寺と言う感じがあまりしなかった。

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天徳寺
福岡県築上郡築上町本庄36

豊前 JR中津駅 周辺も官兵衛にかけている!!!

中津に着いた日、ホテルから駅の方へ歩いて行った。
駅前の広場は幟がある。
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駅はホームは2階にある。
改札は1階になる。
1階の通路も官米だらけである。

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駅の前のビルを見てビックリ!
ビルに書いてある。来年になったら消すのだろう・・・・・・
九州、大分県は官兵衛にかけている。
関係ある自治体が燃えている???
『ようこそ! 軍師・黒田官兵衛ゆかりの地 中津市へ』
『中津で天下の夢を見た 大河ドラマ 「軍師官兵衛」推進員会』

夢がかなった中津市はじめ九州の自治体!
良かったですよね!

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駅の反対側には福沢諭吉の像があった。
中津は売りがある。

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駅で面白い物を見た。
中津は鱧、こはだが名産のようだ!
知らなかった。
早速その夜は鱧とこはだを食べた。

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熱気、やる気を感じた!

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2014年9月 2日 (火)

豊前 中津 赤壁 合元寺 「染み出る血で、赤い色の壁になった・・・・・・」

『西山 浄土宗 赤壁 合元寺』
官兵衛が姫路から恵心僧都作と伝わる阿弥陀如来を中津に移して、空誉上人を開山に迎えて寺院を建立した。

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この廻りは今寺が多い。寺町である。

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宇都宮鎮房を中津城で謀殺した時、家臣たちが待機していた合元寺に、黒田の手勢が押し掛け全員討ち取られた。
その時の血が、壁にしみ込み、何度白く塗り替えても血がしみだして来たようだ。
それでは赤く塗れば良いと!
それで壁を赤く塗ったので、赤壁寺とも言う!

20140830_kyu_96

この話、胡散臭い!
合元寺が宣伝の為に流した噂ではないか?
それも黒田家と共謀しているのでは?
よく分からないが・・・・・・・・
有名な赤は薄赤と感じたが・・・・・・・・

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合元寺
大分県中津市寺町97
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2014年9月 1日 (月)

豊前 中津城 三斎池 忠興が造った用水路

中津城の三斎池。

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中津城への用水路を忠興が移封されてから引いたようだ。
その水をたたえた池と言う。
大工事だったようだ。
観賞用や防火用水として使用された。
美的感覚に優れている細川忠興である。
良い物なんだろう・・・・・・・

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豊前 城井ノ上城 宇都宮鎮房の居城

豊前 城井ノ上城。
難攻不落の城と言う。
名門 宇都宮鎮房の居城である。

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複雑な地形を利用している。
血気にはやる長政が、官兵衛の留守に攻めて惨敗する!

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今回の中津行きの最後に寄った名所である。
案内と通りに走った。
この町は、名所の近くには幟をたててくれている。
すぐに分かる。
道路上にも矢印の表示がある。
これは嬉しい。助かる!
ここは最初から登るのはあきらめている。

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登り口まで車で行ける。
途中に城があった。
説明は無い。
あるのは『三丁弓の岩』がある。
三人の弓の射手がいれば、敵兵を通さないと言う。

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車で上がれば大きくはない駐車場がある。
霊園になっている。

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「城井ノ上城址 登り口」の石碑がある。
城址まで15分と言う!

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行きたいが時間の問題がある。
ここまで来ただけで満足である。
城址まで行くなら早いうちに行きたい!

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軍師 官兵衛(第三十五回) 秀吉のたくらみ

秀吉が九州に来る。
家康が一応臣従したので、九州に行ける。
家康が秀吉に、今後は殿下に戦いをさせない!
そう言う演出がある。
前回でこのエピソードが出て来るかと思ったが、出なかった。
今回に出た。
長政は単純に感心しているが、官兵衛は裏を読んでいる。

官兵衛と秀吉に隙間風が出来る。
長政と又兵衛との間にも隙間が出来る。
特に長政と又兵衛は、宇都宮鎮房の謀殺より仲が悪くなったと言う。
宇都宮鎮房が登場する。
地元築上町は盛り上がっている。
村田雄浩の写真が多かった。

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姫路関係では、官兵衛が主体である。
がこの町は、官兵衛では無く宇都宮鎮房である。幟が違う。
『軍師 黒田官兵衛 最大の宿敵 城井 宇都宮鎮房
これがあちこちにある。
この幟は、中津城の城井神社にも遠征していた。
もっとも九州自体が、官兵衛に燃えている。
と言っても温度差があるが・・・・・・・

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宇都宮鎮房が官兵衛に本領安堵を求める。
ここは宇都宮鎮房をおさえなければならない。
最初、宇都宮鎮房は病気として行かずに、息子を代理に出したと思う。
本領安堵が希望である。
官兵衛が確約する。

後に秀吉が九州に来た時、宇都宮鎮房は本領安堵を願い出る。
この時は問題ない感じだった。
大名の鉢植え?????
そう言う時代ではなくなっているのが分からない。
秀吉を、草履とりと馬鹿にしている。
名門意識が抜けきらない。

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九州征伐は秀吉が肥後から攻めるが、三成が付いて行く。官兵衛ではない。
官兵衛は秀長と日向路から攻める。
あっと言う間である。
戸次川の合戦も、根白坂の合戦も出ない。
あっと言う間に、島津義久の降伏になる。
この島津をどうするか?
三成は攻め滅ぼすべきと言う。
が官兵衛は死ぬ気で抵抗させてはならないと言う。
この場は官兵衛の言うと通りになる。
三成が官僚としてのし上がってきている。
薩摩に関しては、三成も援助したと思うが・・・・・・
検地等島津には今後の事もあり優遇していたはずと思うが・・・・・・

キリシタン禁止令が出されようとしている。
旧教、スペイン・ポルトガルは信仰を。
新教、オタンダ・イギリスは交易を求める。
スペインやポルトガルが日本を武力で征服してキリスト教を広めようとした。
キリスト教徒を増やして、その保護の為のち軍隊を送り込む。
秀吉は九州に来るまでにその実態は知っていたと。
高山右近が悩む。
この時は、播磨明石船上城の城主である。
播磨勢として九州に行く。

九州で官兵衛は秀吉との隙間を感じる。
豊前を与えると言われる。
豊前は宇都宮鎮房に安堵すると言っている。
来週は宇都宮鎮房の反乱か?
官兵衛が騙したようになる?????
謀殺以降、長政と又兵衛の仲が悪くなったと言われる。
どう演出するのか?

名所案内は、城井ノ上城と三丁弓の岩だった。
放映の日に、城址に訪れた。

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三丁弓の岩 

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    呉の大和ミュージアムです。 2012年9月に訪れました。