« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月

2014年10月31日 (金)

美濃垂井 菁莪記念館 文武両道の教え

美濃垂井 菁莪記念館。

20140923_yashikiato5

陣屋跡のすぐ隣にある。
江戸時代に文武両道の教えの学校として造られた。
模擬の建物である。
幟が立ち、竹中家の歴史の案内がある。
中には入らなかったが、菩提山城、陣屋の復元予想模型があるようだ。

建物の感じが好きになれない・・・・・
隣の公民館に、『さざれ石』と説明があった。

20140923_yashikiato6

20140923_yashikiato7

美濃垂井 菩提山城 半兵衛の居城

美濃垂井 菩提山城 半兵衛の居城
案内図に菩提山城がある。
ハイキングコースに当たる。
1時間以上かかる。

20140923_bodaiyama1

チョッと時間的にも無理がある。
麓から眺めた・・・・・・
しかし良く造ったと感心する。
南北に206m、東西に60mと言う。
相当な規模である。
守るには良いが、生活には不便だったと思う。

20140923_bodaiyama3

20140923_bodaiyama4

20140923_bodaiyama2


美濃垂井 禅幢寺 半兵衛の墓

美濃垂井 禅幢寺。
ここに半兵衛の墓がある。
三木にもあった。
ここは駐車場もあるが、面白い幟があった。
播磨三木から遠征して来ている。

20140923_hanbeihaka4

軍師 竹中半兵衛重治最後の地
三木観光協会

20140923_hanbeihaka5

おかしくは無い。
それより楽しくなった!

20140923_hanbeihaka1

20140923_hanbeihaka2

20140923_hanbeihaka3

20140923_hanbeihaka11_2

墓は花が活けられている。
分かるように標識もある。
この寺は高名なのか?
吉田松陰の友人の墓、芭蕉の関係者の墓もある。
訪れる人も多いのだろうと思う!

20140923_hanbeihaka7

20140923_hanbeihaka8

20140923_hanbeihaka9

20140923_hanbeihaka11

20140923_hanbeihaka13
多くの方が記帳している

20140923_hanbeihaka10
町の案内が置いてあった。



美濃垂井 五明稲荷神社  松寿丸(黒田長政)が匿われた

美濃垂井 五明稲荷神社
官兵衛が有岡城に幽閉される。
裏切ったと思われ人質の松寿丸は殺せと命じられる。
が半兵衛が匿う!
その匿った場所がここと言う!
ここで息子同士、長政と重門が遊んだと言う・・・・・・・

20140923_gomei4

20140923_gomei7

ここは幟が華やかである!
すぐに分かった!
が、大河ドラマが終わったらどうなるのか?
気になります。
官兵衛と半兵衛で売っている???
神社内には大きな銀杏の木があった。
松寿丸が植えたと言う・・・・・

20140923_gomei5

竹中半兵衛重治公
二兵衛
黒田官兵衛孝高公

20140923_gomei3

軍師竹中半兵衛
垂井町

20140923_gomei1

知将竹中半兵衛
いざ出陣!

20140923_gomei2

垂井町は半兵衛にかけている!!!!!

20140923_gomei6

美濃垂井 五明稲荷神社 
岐阜県不破郡垂井町岩手2290

目薬の木!『観光資源なのか?』

大宰府天満宮に行った時に目薬の木を見つけた。
少しやり過ぎではないかと思ったが・・・・・・・

官兵衛巡りをやり始めて、播磨姫路の黒田官兵衛古戦場跡 官兵衛初陣の戦場に行った。
ここに目薬の木があった。
もっとも藤の花もあった。
やり過ぎではないかと思ったが・・・・・・・・

Megusuri_kosenjyo

次は御着城で見つけた。
御着城にあるのはどうかなと思ったが・・・・・・
目薬の飴もある。
官兵衛にかけていた・・・・・・・・

Megusuri_gochaku

播磨妻鹿城がある。
秀吉に官兵衛は姫路城を差し出した。
そして自身は妻鹿城(別名:国府山城)に入った。
ここは登り口があり、その入口に石碑もある。
そこに目薬の木があった。
ここは官兵衛の城である。
あってもおかしくないが・・・・・・・

Megusuri_mega

9月に九州に行った。
官兵衛巡りの一環である。
太宰府天満宮に行った。
沢山の人で賑わっている。
ここで官兵衛は晩年を過ごしている。
如水の使った井戸がある。
ここに目薬の木もある。

Megusuri1

この目薬の話も本当かどうか分からない。
とあるところで言っていたが・・・・・・・
楽しくはあるが・・・・・・・

2014年10月29日 (水)

福岡の官兵衛25 黒田六端城 筑前・麻底良城

筑前・麻底良城
黒田六端城の一つ。筑前六端城とも言われる。
対細川忠興用に、豊前の国との国境に設けられた城である。
栗山備後守利安が城主である。

車で近くまでは行ける。
麻底良神社に石碑がある。

20140913_asa1

20140913_asa2

20140913_asa3

探したが石碑しか見当たらなかった。
柿の植樹がしてある。
柿狩りも出来る。
泥棒もいるのではないかと思うが・・・・・・・・

20140913_asa5

20140913_asa6

20140913_asa7

筑前・麻底良城
福岡県朝倉市杷木志波(麻天良神社)

福岡の官兵衛⑯ 松尾城 黒田六端城 朝倉郡東峰村

松尾城、黒田六端城の一つ。筑前六端城とも言われる。
対細川忠興用に、豊前の国との国境に設けられた城である。
中間六郎右衛門統胤が城主である。

道の駅に行けば幟がある。

20140912_matuo9

20140912_matuo1

20140912_matuo2

黒田六端城  松尾城主
黒田六郎右衛門
東峰村も、官兵衛に便乗している?????
村が頑張っているのは嬉しいが・・・・・・・
標識もしっかりしている。

20140912_matuo3

陶芸の郷でもありそう。
案内図を見て松尾城が分かった。

20140912_matuo10

チャンと表示と幟がある。
山城であるので登るのは時間が無い。
登り口に案内がある。
それだけでも嬉しい!

20140912_matuo11

20140912_matuo5

20140912_matuo4

20140912_matuo6

20140912_matuo7

松尾城
福岡県朝倉郡東峰村

2014年10月28日 (火)

軍師官兵衛(第四十三回)如水誕生

着々と家康が動いている。
長政と正則が招待されている。
長政は秀吉にそれほど恩を感じていないのか???
長政は後の関ヶ原で家康のために活躍した。
もっとも大きなものは正則を引き込んだことであろう。
その二人が家康の饗応を受けている。
本多忠勝・井伊直政が酒を注ぐ。
あまり感じは良くない。

20141026_kanbei3

官兵衛は危ない。
三成の罠にはまる。
あわや切腹かと・・・・・・・・
が助かる。
沢山の助命嘆願が来ている。
秀吉が言う。
極めつけは茶々からだと。
おねが上手くいって茶々に書かす。
面白い場面である。

官兵衛は死んでは終わりだと割り切る。
秀吉に頭を下げる。
「まだ生とうござる」
頭を丸めて出家する。
如水と名乗る。
何とか救われるが、おねに頼まれる。
何かと思ったら秀次の相談役である。
秀頼が生まれた為に、秀次の立場が危うい。
実子がいないので、関白に就任している。
が秀頼が生まれた。みんな疑っているが・・・・・・
日本を五つに分けて、その内の一つを秀頼に治めさせてほしい。
と秀吉が言う。

秀次は不安である。
その不安を納めさせるために官兵衛が行く。
そして秀次の娘と秀頼の婚約を申し入れる。
秀吉は喜ぶ!
が三成は面白くない。
そもそも官兵衛が許されたのも面白くない。
三成は秀次の事件には関係ないとされている。
が立場上関係していると思うが・・・・・・・・
次回は秀次の切腹まで行くのか???
この時の秀次はどうすればよかったのか。
それこそ出家でもすれば良かったのか???
実子が出来ればたいがい相続は揉めるようだが・・・・・・・

秀次の切腹。
小早川秀秋の養子の件。
再度の朝鮮出兵。
秀吉の死。
関ヶ原と続くと思う。後2カ月ほどである。
展開は早そうである。

20141026_kanbei4

官兵衛の水の五訓がある。
結論は、官兵衛ではないみたいだが・・・・
①   自ら活動して他を動かしむるは水なり 。
②   障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり 。
③   常に己の進路を求めて止まざるは水なり。
④   自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり 。
⑤   洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり 雪と変じ霰と化し疑っては玲瓏たる鏡となりたえるも其性を失わざるは水なり。

四角な器にも円い器にも、水は器に応じてはいる。
蒸気と言うのは江戸時代の言葉だそうである。
如水と言う名前は感じが良いが・・・・・


2014年10月27日 (月)

福岡の官兵衛(24) 筑前 名島城 小早川隆景の城

筑前、名島城。 
九州征伐後、小早川隆景が伊予から移封してきた。
35万石と言う。

20140914_najima2

20140914_najima3

秀吉には評価されている。
隆景はこだわりがある。
水軍を持っている。
ゆえに水城が好きなのか?

20140914_najima4

20140914_najima11_2

城址は名島神社のところにある。

20140914_najima7

20140914_najima5

黒田長政も福岡に移った時、最初に名島城に来たようだ。
黒田は水軍にこだわりわない!

20140914_najima8

20140914_najima9

20140914_najima12

筑前 名島城 
福岡県福岡市東区名島(名島城址公園)

福岡の官兵衛(22)黒田六端城 筑前・若松城 福岡県北九州市若松

筑前・若松城 
黒田六端城の一つ。
筑前六端城とも言われる。
長政は忠興と仲が悪い!
従って対細川忠興用に、豊前の国との国境に設けられたと言う。
黒田二十四騎の三宅若狭守家義が城主である。

20140915_wakamatu1

現在遺構は残っていない。
若戸大橋の付近にあったと言う!

20140915_wakamatu2

20140915_wakamatu3

筑前・若松城
福岡県北九州市若松

福岡の官兵衛(21) 黒田六端城 筑前・黒崎城 福岡県北九州市八幡

筑前・黒崎城。
黒田六端城の一つ。筑前六端城とも言われる。
対細川忠興用に、豊前の国との国境に設けられた城である。
黒田二十四騎の井上周防守之房が城主である。

20140915_kurosaki6

20140915_kurosaki10

20140915_kurosaki9

春日神社で場所を教えて貰った。
車で行ける。駐車場もある。
ここも一夜城の祭りがありそう。
城址は公園として整備されている。
新旧の石碑が面白かった。

20140915_kurosaki4

20140915_kurosaki7

20140915_kurosaki8

まばらに散歩に来ている人がいる。
ここは井上周防守之房と、黒崎の縁は深そう!

20140915_kurosaki1

20140915_kurosaki2

20140915_kurosaki11

20140915_kurosaki3

筑前・黒崎城 
福岡県北九州市八幡

福岡の官兵衛⑳ 筑前黒崎 春日神社

筑前黒崎 春日神社
黒崎城を探していると幟が沢山見えた。
これは寄らなくてはならない!

20140915_kasuga1

20140915_kasuga2

軍師黒田官兵衛
ゆかりの黒崎宿

20140915_kasuga3

20140915_kasuga6

春日神社だった。
ここが城址かと思ったが違った。
が関係は深い!
境内で車を荷物を整理していた女性に聞いてみた。
親切に観光案内を出してくれて説明してくれた。
有難い事です!

20140915_kasuga4

筑前黒崎 春日神社
福岡県北九州市八幡西区藤田1丁目10-44

福岡の官兵衛⑲ 黒田六端城 筑前・鷹取山城 福岡県直方市(鷹取山)

福岡県直方市(鷹取山)  筑前・鷹取山城   
黒田六端城の一つ。筑前六端城とも言われる。
対細川忠興用に、豊前の国との国境に設けられた城である。
黒田二十四騎の母里多兵衛友信が城主である。
後藤又兵衛基次の出奔後は益富城へ移る。

20140915_takatori1_2

ここは分からない!
恐らくここと思い車で上がった。
行けるところまで行った。

20140915_takatori2_2

そこの案内板で、鷹取山があり、城址のマークがあった。
当然歩いて行かなければならない。
ここで止めたが、ここに案内板と石碑が欲しかった・・・・・・・
贅沢なのか????

20140915_takatori3


福岡の官兵衛⑱ 黒田六端城 筑前・益富城 後藤又兵衛の城 福岡県嘉麻市

福岡県嘉麻市 、筑前・益富城
黒田六端城の一つ。筑前六端城とも言われる。
対細川忠興用に、豊前の国との国境に設けられた城である。
問題の、黒田二十四騎の後藤又兵衛基次が城主である。
この城から出奔したようだ。

20140915_masutomi1

20140915_masutomi2

20140915_masutomi3

ここはある程度は車で上がれる。
駐車場は無い。

20140915_masutomi6

20140915_masutomi5

一夜城の伝説がある。
秀吉お得意のはったりである!

20140915_masutomi11

20140915_masutomi12

本丸跡は公園になっていて、休憩も出来る。
そこまで行くのに枯れ葉が道を覆っている。
行く途中に、空堀の表示もある。
後藤又兵衛が出奔した後、母里太兵衛が城主を努める。
行き応えのある城でした!

20140915_masutomi9

20140915_masutomi7

20140915_masutomi8

筑前・益富城
福岡県嘉麻市中益

2014年10月25日 (土)

福岡の官兵衛⑰ 曹洞宗 聖壽山 麟翁寺 母里太兵衛の墓

福岡、曹洞宗 聖壽山 麟翁寺。
この寺は母里太兵衛の墓がある。
そして益富城があり、又兵衛・太兵衛の両者にゆかりがある。
それで幟も両者の幟である。
派手である!

20140915_mori1

軍師官兵衛
大河ドラマ「軍師官兵衛」
後藤又兵衛 ゆかりの地
~黒田二十四騎~

軍師官兵衛
大河ドラマ「軍師官兵衛」
民謡 「黒田節」日本号の主人公
母里太兵衛 ゆかりの地
~黒田二十四騎~

20140915_mori2

20140915_mori3

20140915_mori7

20140915_mori5

20140915_mori6

太兵衛の出生の地には行っている。
又兵衛の墓にも言っている。
又兵衛の出生地にも行くだろう。(地元である)
日本号の説明もある。

20140915_mori9

20140915_mori8

麟翁寺
福岡県嘉麻市大隈町1023

水森かおりコンサート ~歌謡紀行~ 神戸国際会館10月25日

水森かおりのコンサートに行った。
ここで2回目である。
楽しいコンサートである。
神戸の前は八尾!

歌い終わると、両手を天に突き出す。ガッツポーズなのか?
ぴょんぴょん跳び跳ねる。
本人も楽しいだろう・・・・・・

20141025_kaori

司会は西寄ひがし!
コロコロと舞台を転げまわる・・・・・・
水森かおりが舞台から降りて客席に行く。
ファンサービスである。
その間舞台が空く。
クロールから背泳ぎまではしゃぎまくる。
ゼイゼイ言っているが・・・・・・
お客さんは年配が多い。
我が家も年配になる。
昭和48年8月31日生れで41歳!
今なら若いと思うが・・・・・・・・
最初のドレスは赤!
安芸の宮島、松島紀行から始まる。
神戸のコンサートは6回目。
一流の条件。
紅白歌合戦、日本レコード大賞、神戸国際会館と言って笑わせる。
11年連続紅白出場!
最後のドレスは、昨年の紅白で着たドレス。ドレスは桂由美。
自分で行っていたが、きゅうりの輪切りをはりつけた物????

ひとり薩摩路、熊野古道と続く。
昭和歌謡紀行・・・・・
下町の太陽。
良い日旅立ち。
高原列車が行く。
大阪ラプソティー。
瀬戸の花嫁。
南国土佐を後にして。
花。
何曲か歌ったが、この時は握手しながら歌っている。
慣れているとはいえ大変そうである・・・・・・・

自分の持ち歌が始まる。
北国の春を歌いたかったようだ・・・・・・・

鳥取砂丘。
五能線。
ひとり長良川。
伊勢めぐり。
島根恋旅。
しあわせによりそって。

島根恋旅は山陰では鳥取に続く。
観光大使もやっているようだ。
遣島使??
しあわせによりそって、は掛け声が入る。
「かおり!!」

東尋坊、輪島朝市、釧路湿原、白川郷、庄内平野 風の中等が無かったのが寂しい!
行く先々で、ファンサービスでその都市が一番良いと言っている。
楽しいコンサートでした!!


福岡の官兵衛⑮ 福岡城 天守はあったのか?

福岡城
流石52万石の城である。
大きい!
天守はあったのか?
無かったのか?
そう言う議論が出る事自体面白い!

20140915_fuku12

多分無かったんだろう!

20140915_fuku13

ここは幟が多い。
幟は嬉しい!
軍師官兵衛
福岡城
軍師官兵衛
ドラマ館

私たち、戦国ヒロイン
ふくおか 官兵衛です
Girls

黒田家ゆかりの地
まち歩き
福岡市観光案内ボランティア

20140915_fuku14

天守までは軽い散歩程度で行ける。
天守からの眺めはなかなか良い!

20140915_fuku1

20140915_fuku2

20140915_fuku3

20140915_fuku4

20140915_fuku5

20140915_fuku6

20140915_fuku10

20140915_fuku9

20140915_fuku11

福岡城
福岡市中央区城内




福岡の官兵衛⑭ 警固神社 神功皇后以来

福岡市、警固神社

20140915_ken1

神功皇后が三韓征伐を行った時、皇后の船団を守り勝利に導いた警固大神を、現在の福岡城の辺りに祀った。
福岡城築城時に、長政によってここに再建された。

20140915_ken2

「三韓征伐」
何となく問題になりそう!
がこのまま行くべきである!

20140915_ken3

20140915_ken4

警固神社
福岡市中央区天神2丁目2−20

福岡の官兵衛⑬ 浄土宗 少林寺 長政の夫人(家康の養女)の菩提寺!

福岡市、浄土宗 少林寺。

20140915_syou2

長政が蜂須賀小六の娘を離別して、家康の養女を迎えた。
政略結婚である。
関ヶ原前である。

20140915_syou3

これにより黒田家と蜂須賀家は絶縁状態になった?????
蜂須賀家も家康の養女を迎えていたのではないか?

この家康の養女の菩提寺である。

20140915_syou9

20140915_syou7

行けば市街地の道路沿いにある。
工事中である。

20140915_syou8

20140915_syou6

少林寺
福岡市中央区天神3丁目6-14

2014年10月24日 (金)

福岡の官兵衛⑫ 瑞風山 東林禅寺

福岡市、瑞風山 東林禅寺

20140915_tourin1

固く閉まっていた。

20140915_tourin2

拒否されているのか?????
三代目藩主光之の重臣が建立した。
この重臣が、利休の言動録を発見した。
「南方録」として世に出した。

20140915_tourin3

20140915_tourin4

東林禅寺
福岡市博多区博多駅前三丁目7


福岡の官兵衛⑪ 南岳山 東長密寺 

福岡市、南岳山 東長密寺。 

20140915_tocyo1  

歴代の藩主の墓がある。
奥さんに「お墓ばかりやないの!」
言われてしまった・・・・・・

20140915_tocyo10

二代目藩主忠之が再建した。
二代目ともなれば、政治的な事が多くなるのだろう・・・・・・
寺の再建に忠之の名前が良く出る!

20140915_tocyo3

ここは福岡大仏があった。
部屋内に納められている。

20140915_tocyo4

いろんな宗派の寺を再建しているようだ・・・・・・

20140915_tocyo5

20140915_tocyo9

20140915_tocyo7

20140915_tocyo8

東長密寺
福岡市博多区御供所2-4



2014年10月23日 (木)

福岡の官兵衛⑩ 崇福禅寺② 黒田家代々が眠る菩提寺

福岡市、崇福禅寺
ここで面白い物を見た。
壁の表面がはがれている。
中が見える。
見ていると、20センチぐらい毎に瓦(?)が入っている。
スジが通ったようになっている。
一度に積めないので、何回かに分けて積んでいるのだろう・・・・・
その様子が分かり面白かった!

20140915_byo18

20140915_byo17

奥さんが地蔵尊にお参りをした。

Img_8243

20140915_byo13

入口にお菓子屋さんがある。
「吾妻屋饅頭」
柏餅を買った。
ついで見ていると、紅白の砂糖がある。
『黒田官兵衛の紋所 藤巴が目に入らぬか?』
300円で買ってしまった・・・・・・・

20140915_byo8

20140915_byo10

20140915_byo15

崇福禅寺
福岡市博多区千代4丁目7−79

福岡の官兵衛⑨ 崇福禅寺① 黒田家代々が眠る菩提寺

福岡市、崇福禅寺 黒田家代々の菩提寺
山門の道路が工事中である。
横から入れる。

20140915_byo1

駐車場に入れた。

20140915_byo2

団体客も多い。
境内は広い。
中にお菓子屋さんがあった。
今は売れてそう・・・・・・・

20140915_byo3

黒田家代々の墓に行くが、途中は一般のお墓である。
あまりうろつかない方が良い!

20140915_byo4

墓は重厚である。
案内で分かるようになっている。
婦人たちの墓もある。

20140915_byo5

20140915_byo6

20140915_byo12

藩祖如水、初代長政となる。

20140915_byo11

崇福禅寺
福岡市博多区千代4丁目7−79

2014年10月22日 (水)

福岡の官兵衛⑧ 大社筥崎宮 祭りの真っ最中

大社筥崎宮 祭りの真っ最中だった。

20140915_maturi2

恵光院へ行く途中に屋台が並んでいるのを見た。
秋祭りの真っ最中!

20140915_maturi6

博多三大祭 放生会大祭 9月12日~18日
屋台の用意が忙しそうだった!

20140915_maturi5

一の鳥居は長政が建立。
創建は923年。
1274年の元寇の時社殿を焼かれたと言う!
1546年に現在の本殿と拝殿が大内義隆により再建。
1954年に小早川隆景が楼門を再建したとある。

20140915_maturi3

大きな幟が二つ!『万民和楽』
もう一つは『天下太平』と思うが・・・・・・・

20140915_maturi4

大社筥崎宮
福岡市東区箱崎一丁目22-1

福岡の官兵衛⑦ 高野山 真言宗 恵光院

福岡市、高野山 真言宗 恵光院。

20140915_temple1


20140915_temple2

二代目藩主忠之が建立した。
天正15年と言えば、官兵衛は豊前である。
利休が秀吉を招いて茶会を開いた場所と言う。
6月には菩提樹の花が咲き誇るようだ!

20140915_temple5

20140915_temple7


20140915_temple4

20140915_temple8

恵光院
福岡市東区馬出5-36-35

2014年10月21日 (火)

神戸、一宮神社の秋祭り

10月19日(日) 一宮神社の側に食事に行った。
今は秋祭りか?

20141019_maturi4

鬼瓦みたいな人が、槍(?)を持っている。

20141019_maturi5_2

20141019_maturi6

神輿を担いでいるのは子供達。
まだ小さい。

20141019_maturi1

ここで交代のようだ。
もっとやりたい!
と言っていました。

20141019_maturi2

女の子も巫女になっている。

20141019_maturi3

一生懸命やっている。
楽しいひと時でした!

三つ子の魂、いつまでか・・ナルト映画の前売り券

ナルトの連載が終わる。
最後の方は付いていけなくなっていた。
ともあれ終わるが、劇場版の映画が年末に公開される。
奥さんは観に行く気満々である!
はっきり言ってチケットは夫婦割で一人1,100円になる。
無理して前売り券を買わなくてもよい。
前売り券は1,400円だ!
が特典が付くので前売り券を買っている。
銭勘定が出来ないのかと言いたい!!!
特典にJCカバー(?)が付く。
3種類あり、ナルト、サスケ、カカシとなる。
ナルトとカカシを選んだようだ。
これは正解か?

20141006_naruto1


がブルガリアのベネッタちゃんはサクラのファンである。
もうチャン付けではないだろうが・・・・・
どうせなら送ってあげたらよいのにと思うが・・・・・・

最近BCRの事と言い、若かりし頃に出来なかった事を今やり放題である!
三つ子の魂、百までか?

2014年10月19日 (日)

軍師官兵衛(第四十二回) 太閤の野望

豊臣秀次に、宇喜多秀家が登場した。浅野長吉も登場した。
秀次は関白を譲られる。
秀家は朝鮮攻めの大将である。

文禄元年(1592年)朝鮮侵攻が始まる。
文禄2年(1593年)秀頼が生まれる。
ドラマは怪しい!
茶々が三成にもう一度子供を産むと言う。
この雰囲気が何とも言えない感じがするが・・・・・・・・
秀吉のエロ爺ぶりがさまになっている・・・・・
よだれを垂らして・・・・・・
実際に生まれるが、この出生に関しては色々噂が立ったようだ。
この年に官兵衛は朝鮮から引き上げる。

20141019_kanbei4

実りのない戦いだったようだ。
遠征軍とは言え、指揮系統がはっきりしない。
加藤清正と小西行長の対立。
総大将の宇喜多秀家はまだ若い。
統率力にかけるのではないか・・・・・・・
石田三成ら奉行は兵站を担当している。
名代として、作戦にも口を出す。
戦略ではない。殿下の意向を言うのみである。
朝鮮半島までも距離はわずかと思うが、朝鮮水軍に負けている。
ドラマでも兵糧が無いと不服を言っている場面がある。
長政が三成に言っている。
刀に手をかけて、あわやと言う場面になる。
文禄の役で、又兵衛は敵兵と争っている長政を助けなかった。
これ以降二人の仲が悪くなる。
この場面は無かったので寂しい・・・・・・

20141019_kanbei2

豊臣家の成長主義。
恩賞の土地を朝鮮に求めたのか??
最終的には釜山まで撤退する。
この時官兵衛は名護屋に戻るが、三成に謀られる・・・・・
官兵衛は秀吉に叱責される。
「誰が帰って来いと言った!」
命令違反だと責められる。
『ここまでやるか!』
官兵衛も三成に呆れる!
朝鮮で官兵衛は浅野長政と碁を打っていて、訪ねてきた三成たちを無視した。
この話を秀吉が持ち出す。
情けなくなる官兵衛!
得意げな三成!
ついでに言うと、増田長盛のキャスティングは今一である。
もう少し秀才型が良いのではないか?

20141019_kanbei1

黒田の陣はまとまっている。
長政と三成は仲が悪い。
ここは吉川広家も出て来て欲しかった。
三成と仲が良かった武将はいるのか????
小西行長も良くない。大谷吉継がいるがあまりいなそう・・・・・・・

ドラマでは水軍の戦いは出て来ない。
金がかかるからか・・・・・・・
日本軍の補給不足を李舜臣の補給路遮断と言われていたが、そうでは無さそう。
補給不足は内陸部に進出した部隊に対してで、海路での補給は確保されていた様だ。
補給路が李舜臣の朝鮮水軍により「遮断された」と解釈するのは誤りのようだ・・・・・・
と言っても、水軍は負けたのは事実のようだが・・・・・
敵地の中を補給するのは大変である。
まして補給線が伸びきっている。
言葉も分からない。

この後になるが、文禄3年(1594年)小早川秀秋が隆景の養子になる。
従来は官兵衛が、秀吉に秀秋の養子先として毛利家の持って行こうとする。
それを小早川隆景が、自家へ引き受けることにより、毛利本家を守ったと!
ドラマではそんな雰囲気はまったくない!
来週以降に秀次の切腹があり、秀秋の養子の話もあると思う。
全部三成の策謀になりそう・・・・・
それを官兵衛が納める話になりそう・・・・・・
来週は、官兵衛は如水になる!
慶長の役では、次男の熊之助が渡航中に水死する。
人が死ぬ話が多くなりそうである・・・・・・・

今日の名所案内は名護屋城だった!
関連記事
肥前名護屋城 秀吉の朝鮮半島侵攻の城 『官兵衛の縄張りによる城』

福岡の官兵衛⑥ 飯田覚兵衛 屋敷跡 大銀杏

飯田覚兵衛 屋敷跡 大銀杏。

20140915_icyo3

飯田覚兵衛は清正の家臣である。
森本義太夫と共に他家にも知られる。
二郎の事である。
司馬遼太郎で名前は知った。
軍事的な才能がある。
これは分からないと言う。
持っていても戦いが無ければ才能も発揮できない。
死ねば終わりである。
なのでその才能は見つけれないと言う。
戦国時代である。戦いは多い!

20140915_icyo1

この3人の悪がき時代の話を小説にしている。
3人で勝負して、負けた者が家来になる。
清正が勝った。
月日が経ち、清正が約束の実行を求めに来た。

森本義太夫は素直に応じた。
が覚兵衛は違う方に進みたかった。
この場面は面白かった。
流石清正は上に立つ武将である。
約束と違うと言う、森本義太夫を抑えて、
「わしが仕える人でなければいつでも辞めて良い」
そう言う風に言った様だ!

20140915_icyo2

それ以来、辞める事を何度も思ったが、その前に清正に褒められ、褒美を与えられてその機会を逸した!
清正亡き後、二代目を頼まれるが出奔した。
長政が抱えたようだ!
そんな話を思い出した。

大銀杏は修復中????
現在再生治療中である!
道路沿いにあり、JTと思うが敷地内にある。
なんか見ていて、大銀杏が可哀想になってきた!

20140915_icyo4_2





福岡の官兵衛⑤ 安国寺 朝早くからの観光!早過ぎたか?

福岡市、安国寺。
安国寺恵瓊とは関係ない。
朝早くから出かけたので、寺の人達が境内と道路を掃除している。
これはやばい!
早々に引き揚げた・・・・・・

20140915_ankoku1

20140915_ankoku2

1600年長政が豊前から遷座させた寺と言う。
1635年に焼失。
二代目藩主忠之が援助して再建された。
山門の仁王像は西日本屈指と言う。
夜な夜な飴を買いに行く幽霊の墓がある????????

20140915_ankoku3

20140915_ankoku4

筑前の刀鍛冶、信国の墓もあるようだ。

安国寺
福岡市中央区天神3丁目14−4

福岡の官兵衛⑤  光雲神社② 歴史がある

福岡市、光雲神社。
官兵衛にまつわる、福岡での歴史がある。
順番に記述している。
ここは某企業が燃えているのだろう!
黒田入国からある。

20140914_terujinjya2_1

20140914_terujinjya2_2

20140914_terujinjya2_3


20140914_terujinjya2_4

20140914_terujinjya2_5

20140914_terujinjya2_6

光雲神社
福岡県福岡市中央区西公園13−1

福岡の官兵衛④  光雲神社① 『幸運を呼ぶ幸運の鈴』

福岡市、光雲神社。
幟がある。

20140914_terujinjya1

2014年NHK大河ドラマ
軍師 官兵衛
黒田加兵衛・長政公をお祀りする
幸運を呼ぶ 光雲神社

20140914_terujinjya2

筑前福岡 黒田武士顕彰会
福岡黒田藩伝柳生新陰流兵法
筑前 荒津会

20140914_terujinjya11

少し変わっている????
柳生新陰流が出て来たのにはビックリ!
官兵衛に賭けているのか???

名前は、はじめ「こううんじんじゃ」かと思った。
が、「てるも神社」だった。
車で上まで行ける。
境内は広くは無い。

20140914_terujinjya5

ここには、母里但馬守太兵衛友信の像がある。
案内に黒田二十五騎の一人とある。
二十五騎???
二十四騎では無かったのか??

20140914_terujinjya3

神社の人に聞くと、長政を入れて二十五騎だと!
世間では二十四で通っているのだからここは二十四騎で良いと思うが・・・・・
この案内も見え難い!
時代を感じるが・・・・・

時間が時間なので、参拝客はいなかった!

20140914_terujinjya10


20140914_terujinjya4

光雲神社
福岡県福岡市中央区西公園13−1

福岡の官兵衛③  円應寺 光の墓

20140914_teru1

福岡市、円應寺。

20140914_teru3

ここも幟がある。
ただおかしかったのは、播磨志方から幟が遠征している。
嬉しいような・・・・・・

20140914_teru8

光の墓がある。

20140914_teru5

訪れていた夫婦の奥さんに聞かれた。
光の墓はどれでしょうか?
聞く相手を間違えている!
奥さんがアイフォンで探して教えてあげた。
別府から来ていると!
軍師 官兵衛のファンであろう。
焼けて再建されている!

20140914_teru6

20140914_teru9

20140914_teru7

円應寺
福岡県福岡市中央区大手門3−1−7

福岡の官兵衛② 大宰府天満宮 如水の井戸

大宰府天満宮、参拝に行く道筋に幟が沢山あった。

20140914_ido7

黒田官兵衛
ゆかりの地 大宰府
黒と白がある。
幟が沢山立っている。
何かあるのだろう。
『如水の井戸』

20140914_ido1

20140914_ido4

20140914_ido3

官兵衛が、大宰府に草庵を建てて、二年間隠棲の際に使った井戸と言う!
若い女性が、中を見ようとした!

20140914_ido5

二郎も見てみた!

20140914_ido2

ここで笑ってしまった!
目薬の木があった。
当然官兵衛ゆかりである・・・・・・・

20140914_ido6

福岡の官兵衛① 大宰府天満宮 沢山の参拝客がいた!

佐賀県の名護屋城から、福岡の大宰府天満宮に来た。
車の時間はかかる。
一度来ている。
その時は電車だった・・・・・

20140914_dazaifu1

歳を取ったのか?
前の風景が思い出されない。
お土産物屋は沢山あった。
今回も「名物」を食べた。
連休で人も多い。
天気も良い!

20140914_dazaifu4

そのせいなのか、騒がしい!!!!!
粛々という感じではない!
お参りをするのに行列が出来ている。
信じられない・・・・・・・

20140914_dazaifu5

大宰府も官兵衛に賭けている。
幟が沢山あった。
お守りを買って帰った・・・・・・・

20140914_dazaifu6
飛び梅

阿刀田高の意見ではないが、これほど参拝客が多ければ、御利益もなかなか帰って来ない!
同意見である!
あまり参拝客のない小さな神社に参った。
『楓社』
夫婦円満とある!

20140914_dazaifu8

20140914_dazaifu7


20140914_dazaifu2

20140914_dazaifu3

2014年10月17日 (金)

第32回兵庫版画同好会展 10月14日(火)~19日(日)

第32回兵庫版画同好会展
毎年恒例の版画会である。

20141016_hanga1

センタープラザ東館2階 「ギャラリーあじさい」で展示している。
今年も先輩から案内状が来ていた。
我が家も恒例になっている。

20141016_hanga2

先輩がいる、今日16日の午前に行った。
「お前に言われたないワ!」
と言われそうだが、毎年見ていると上手くなっている????
上手くなっていると言うのは合っていないかも知れないが・・・・・・・
今年の作品も見て、きれいだなあと思った!

20141016_hanga3_2

技巧に走っている????
「もう来るな!」と言われるかも・・・・・・

20141016_hanga4_2

先輩も自信がありそう。

版画展の作品の写真集はこちら

三田ホテルの試食会に招待されて・・・・・・・・・・

実は試食会の案内が、食べ歩きのブログに来ていた。
チョッと信じられなかった。
私なんかが行ってもよいのかと思ってしまった。
嬉しくなりそこらに連絡して、みんなに呆れられた!
「三田ホテル 皐花飯店 こうかはんてん」である。
三田市の市花はサツキである。
そこから名前をとっている。
10月15日の水曜日に行った。
少し緊張していたが・・・・・・・・・
三田ホテルはすぐに分かった。

駐車場はほぼ一杯だった。
駐車場からホテルに行く途中に、レストランの宣伝があった。
店の案内と料理長が紹介されている。
和洋中にスウィーツとそろっているようだ。
期待に胸が震える・・・・・・

20141015_1_2

ホテルに入ると、係員が二人立っている。
営業企画支配人と、案内を送ってくれた担当者である。
要件を聞いてくれる。
試食会に来たとは思えなかったようだ。
試食会に来たのと、名前を言ったら、にこやかな顔がもっとにこやかになった!
「お待ちしていました!」
若い係員が、「私が連絡させて貰いました」
急に大物になった感じがした!『自分でもアホかと思う・・・・・』
名刺を出して自己紹介してくれた。
若い係員が選び出してくれたようだ。後で奥さんに官兵衛巡りの事を聞いたみたい。
そのままエスカレーターで2階まで上がって、店に連れて来てくれた。
もっと沢山の招待客がいるのかと思っていた。
係りの人が、「招待客は厳選していると」
実際に招待客は見かけなかった。
余計に緊張する!
レストランの副支配人、皐花飯店の料理長、アシスタントマネージャーが挨拶に来てくれた。
またまた緊張する!
席に案内されると、メニューがあり、案内に二郎のフルネームがワープロで打ってある。
ホテルのサービスの良さを感じさせる。

20141015_1_6

最後に帰る時はみんな挨拶してくれた。
そんな大物でもなんでもないのだが・・・・・
副総支配人まで挨拶してくれた。
ホテルから車で出る時、最初の営業企画の係員が見送ってくれた。
選んでくれて、ありがとうございます!
感謝感謝です!
料理にもサービスにも大満足しました!
美味しかったです!!!!!

試食会の料理内容はこちらのリンク

2014年10月14日 (火)

本・虚けの舞・伊東潤

本能寺の変から十年。天下人となった秀吉は朝鮮出兵の大号令を発した。その前線、肥前名護屋陣にいた二人。秀吉からすべてを奪われた信長の息子・信雄と、秀吉に滅ぼされた北条家の生き残り氏規。この苛烈な時代を二人はいかに生き抜こうとしたのか。絢爛たる桃山文化を背景に描かれる落魄者たちの戦国絵巻。

20141014_book1

権力者に振り回される二人の男!
名将、北条氏康の息子氏規。
織田信長の息子信雄。
二人の男の人生が、現在と過去に交差する!
物語は朝鮮侵攻の城、名護屋城から始まる。

信長の息子でありながら、本能寺の変後役に立たず、うつけと言われる信雄!
織田家の跡目争いからも外れている。
100万石を貰い、家康と組んで秀吉に対抗する。
北条攻めでほとんど何も出来ない!
移封を断り、秀吉の逆鱗に触れ無一文になる。

北条一門でも早くから信長、秀吉に臣従すべきと考える。
が、小田原城は謙信も信玄も攻めきれなかった!
その自信が秀吉と戦うようになる。
韮山城で戦い、開城したとは言え名将と言われる。
のちに河内で小さく北条の名を残す。
明治維新まで続く!

この二人が主人公なのはどうかな?
運命に翻弄されているのが共通点なのか・・・・・・・

天下人、秀吉に逆らえない!
信雄は、北条戦が終わった後、家康の領土への移封を断る。
待ってたとばかりに無一文で追放される。
小説では罠臭い!
北条戦後、恩賞として与える土地が無い。
信雄の100万石は、恩賞として与えたい。つまり信雄は改易したい!
実際に、対徳川対策として、律儀者と言われる大名を東海道に配置した。
『全部期待外れだったようだが・・・・』
最初から加増を受けてはいけないと、入れ知恵される。
そのようにするが、秀吉が怒る!!!
この辺は、猿芝居か???
しかし有り得る話であると思うが・・・・・・
それにしても100万石もありながら、秀吉に一太刀浴びせようとは思わなかったのかと思う!!!
家臣も家臣だと思うが・・・・・・・

しょせん飾りだったのか?
父が偉ければバカ息子は辛い!

北条も複雑である。
秀吉に滅ぼされたので、無能の集まりのように言われている。
特に四代目氏政は、よく言われない。
がそうだろうか?
結果から全て判断されている感じがする。
氏規は今川家に人質として出される。
その時に、家康と一緒に人質生活をしている。
西国を見ている。
つまり信長、秀吉の力も理解している。
北条が上洛した時は、氏規は行っている。
が官位が無く、バカぬされたようだ。
これは秀吉の遠謀なのか?
秀吉に対して恭順を主張したが、認められず戦う。
名将である。
韮山城に籠城し、この城の価値が無くなった時に開城する。
兄、氏政・氏照は切腹したが、河内で小さく家を残す!

信長との思い出。
本能寺の変。
清須会議。
小牧長久手の戦い。
北条攻め。『ここは可哀想になる場面である』
改易。
秀吉に媚を売る。
この人生をどう思うか?

氏規は読んでいてもまだ救いがあるが、信雄は救いが無いと感じる。
この二人に関しては、良く知らなかっただけに面白かったです!

2014年10月13日 (月)

軍師 官兵衛(第四十一回) 男たちの覚悟

ドラマの最後の方に中津城で黒田家の会議がある。
中津城は天守が無かったと言うが・・・・・
当時は、長政が当主である!
従って上座にいる。
その横に官兵衛がいる。
当主をたてている!
が、北条氏政は家督を氏直に譲っているが、上座に座っていた。
なのか釈然としないが・・・・・・

20141012_kanbei4

秀吉を見ていると権力者、独裁者はああなるのかと思う!
弟秀長が死ぬ。
表に出ず、秀吉を支えた。Best of No2と言う!
秀吉政権は利休、秀長のコンビが支えていたと言う。
秀長が死に、利休が切腹さされる。
陰湿な政権内の権力争いがある。
三成らの官僚と言うより、三成なのか?
堺屋太一が秀長の事を褒める!
三成らと、正則たちが対立する。
事の是非はどうかわからないが、まず官僚たちを一喝する。
その後官僚たちの政策を採用する。
そうやって政権を維持してきたと言う・・・・・・・

利休も問題が無い訳ではない!
落語 『はてな茶碗』桂南光で聞いたが、これを思い出した。
名人、茶金さんが茶碗を見て、首を傾げたら、何百両と値段が付く。
ただの茶碗でも・・・・・・・
三成が利休に、茶器に法外な値段をつけて、不当に利益を得ていると讒言する!
無いとは言えない話である・・・・・・・

20141012_kanbei2

秀吉は鶴松を溺愛する!
が、かぞえで3つで亡くなる。
もう子供は出来ないとあきらめる。
ただでさえ出生が疑問視されている。
三成と茶々が思わせぶりに目でものを言っている。
最初におねが秀吉と官兵衛の間をとろうとするが、秀吉は怒って席を立つ!
秀吉は言う、「軍師はわしが選ぶ!」

鶴松が亡くなった後、秀吉を官兵衛は慰める!
秀吉は、朝鮮半島を通って明国征服を考える。
朝鮮に案内させようとする。
が小西行長は無理なのが分かっている。
これを官兵衛に相談する。
官兵衛は、今は国力を増す時だと説くが聞いて貰えない。
小西行長も官兵衛に相談するのは、三成とそれほど仲もよくなかったのか?
だから関ヶ原で戦意が無かったのだろう・・・・・・

20141012_kanbei3

鶴松を亡くしたショックから秀吉は立ち直る。
そうして明国侵攻を何が何でもやると宣言する。
『猿め、死に場所を失うて狂うたか』
と言ったのは蒲生氏郷か!!!
もっとも言ったのは、小牧長久手の合戦の時と言う。
この場面、韓国・中国では放映すれば、ブーイングだろう・・・・・・
官兵衛は反対するが、逆に命令される。
九州に城を造れと!
加藤清正が手伝う!
何処なのか?
官兵衛の縄張りによる名護屋城である!
この時、九州と朝鮮の地図がある。
墨で書いてある。
現在ならカラーコピーである。
当時はそう言う専門家がいたのだろう。
右筆は分かるが、地図を書く専門家もいたのだろうか???
それに朱で名護屋を囲む!

来週は朝鮮侵攻になるのか?
まだ豊臣秀次が登場しない。
単にナレーションで済ますのか???
蒲生氏郷、前田利家、上杉景勝、宇喜多秀家、藤堂高虎、細川忠興は登場していない!
伊達政宗、直江兼続、嶋左近、真田昌幸もまだである。
北条攻めで、原因を作ったとされる名胡桃城の話も無かった。
恐らく登場しないのではないか???

朝鮮半島では、長政と又兵衛の確執。
官兵衛と三成ら奉行たちとの確執が始まる。
あの憎々しげな三成を見なければならないのか・・・・・・
見物ではあるが・・・・・・

関連記事
肥前名護屋城 秀吉の朝鮮半島侵攻の城 『官兵衛の縄張りによる城』

2014年10月12日 (日)

本・戦国大名の婚姻戦略・渡邊大門

戦国大名はむやみに合戦を行いはしなかった。同盟を結び、戦を避ける知恵を持っていた。
それが政略結婚である。合戦以上に行われた政略結婚の様相を七つのパターンで紹介し、戦国時代の真の姿にアプローチしていく。

20141012_book1

読んでいて、オーストリアのハスプブルク家の話を思い出した。
婚姻により勢力を拡大する。
洋の東西を問わずに、子供は多い方が得なのか???
こうなると、身内に恵まれない秀吉は哀れである!
家康は一門の人間も多い。
一門の娘を養女として、嫁がせる。
政略結婚である。
秀吉は身内が少ないうえ、あまり出来の良いのがいなかったようだ・・・・・・

①   時代に翻弄された浅井三姉妹    「江」の運命
②   小さき戦国武将の知恵       宇喜多直家
③   戦国大名の盟主同士の婚姻     甲駿相三国同盟
④   戦国大名と寺社との婚姻      尼子氏の出雲大社戦略
⑤   中小規模の国人が戦国大名となる道 毛利元就
⑥   戦国大名と公家との婚姻      今川氏と秀吉
⑦   婚姻戦略の終焉          家康と武家諸法度 

お市の方の娘、三姉妹!
皆攻略結婚である。
江は、最終的には徳川秀忠に嫁いだが、すべて秀吉の策謀である。
その例が記述されている。

甲駿相三国同盟!
著者も記述しているが、甲駿相三国に同じ年頃の子供がいたと思う。
それが無ければこの同盟は成り立たない????
そんな事は無いだろう・・・・・
一門からその年頃の子供を探すのではないか?
北条氏は子供が多いと思う!
武田信玄、武田家も多そう・・・・・
信長も多いと思う。家康もである。
それでも攻略の為の子度は足りない。
なので養女になる!
一門の人間は多い方が良い!
とねれば秀吉は可哀想なのか???
もっともこの同盟の会合、駿河国善得寺の会合は現在では否定されている。
同盟が破綻すれば娘は実家に帰される。
この同盟の破綻の原因は、信長と謙信、家康にあるのか???
黒田長政も関ヶ原の前に家康の養女を貰う!
蜂須賀家の娘を離別して・・・・・・・

毛利元就、宇喜多秀家がのし上がっていく。
これは婚姻を上手く利用しているようだ!
梟雄と言われる所以でもある。
同規模の国人、家臣と婚姻を通じてのし上がる。
その過程で当然裏切りもある!
元就の吉川家と小早川家の乗っ取り???
そう言う話が記述されている。

権威を取り込む!
その例として、尼子氏の出雲大社の戦略が記述されている。
これは面白い!
当然攻略結婚である。
が双方にメリットがある!
出なければ尼子も娘を嫁に出さない!
署名の話がある。
二人署名する時は、二段目の人の方が一段目より高貴な人になる。
嫁いだ尼子の娘が二段目に署名しているようだ!
と言う事は、尼子が出雲大社を支配している????
出雲大社は民衆に対しても力があったようだ!
宗教勢力の力は馬鹿に出来ない!
こういう話は他でもあるのだろうか???

そこで思い出したのは、オーストリアのマリアテレジア!
娘に恵まれたが、娘は自分の幸福より、オーストリア王女としての責を果たすことを望む!
実際に結婚相手は、どうにもならない男も多かったようだ・・・・・・
がハプスブルク家は多産系である。
子供は多い・・・・・

秀吉は自身の関白就任に婚姻を利用したようだ。
秀次に公家の娘を迎える。
ここら辺は読んでいても面白い!
もっとも秀次が切腹した時、女性も処刑されたようだ。
権力者秀吉に取り入る公家もいると言う事だろう・・・・・・

戦国武将は家臣の婚姻に制限をかけている。
上手くいっている時は良いが、敵なった場合困る。

家康は、両親の結婚と離別、自身の結婚と離別。
子息、子女さらに養女、養子を駆使した同盟などあらゆる政略結婚を経験している。
怖さも旨みも知っている。
太平になったら当然制限をかける。
江戸時代の婚姻は不自由だったようだ。
知っている話も多いが、初めて知った話も多く面白かったです!

2014年10月11日 (土)

本・実録 戦国北条記 戦史ドキュメント・伊東 潤

大注目の歴史小説家が渾身の思いを込めて描く、あなたの知らない、そしてフィクションではない戦国北条氏の生き方・戦い方。 これを読めば、あなたの北条氏に対する考えはもちろん、乱世であった戦国時代とそこに生きた人々へのまなざしが変わるはずです。

201411011_book1

最近著者の本はよく読む!
大変面白い。
戦国時代の関東がメインで、甲信越も書く。
関東なので知らない話も多く、読んでいても楽しい。
北条の関東における戦いが、記述されている。
あまり読んだことが無いので、大変興味深い!!!
子供頃は、と言うよりつい最近まで、「伊勢新九郎」伊勢の出身で、中年の星と思っていた。
がそうでもなさそう。
備中出身は確認されているようだ。が、その証拠を探す苦労が大変である。
ともあれそんな年ではない!もっと若い・・・・・・
ロマンが無くなる・・・・・

早雲、氏綱、氏康、氏政、氏直と続き、秀吉に滅ぼされる。
関東は複雑である。
土豪が多いと感じた。
それも名門と言われる小土豪が・・・・・・
鎌倉公方、堀越公方、古河公方・・・・・・
足利幕府はかなりいい加減である。
これに扇谷上杉、山内上杉。
やりたい放題なのか?
京も同じようなものだろうが、織田信長がいる。
軍師官兵衛で、播磨の土豪が一挙に毛利に付いた。
三木城攻防戦が始まる。
この三木城の支城を回った。
城の名前の城主は、ほとんど滅亡した。
それだけ妥協しなかったと思う!

そう言う意味では、北条も甘いのではないか?
臣従すると言えば直ぐに裏切る。
これの繰り返しと言う。
悪く言えばよく関東を保てたと思う!

早雲は「五公五民」から「四公六民」の税制に改め、領民の支持を受けた。
「クールな現実主義者」
「己を知っていた」

あまり知られていない、氏綱の話も多い。
目立たないが、名将と言う。
『祿壽應穏(禄寿応穏)』
「禄(財産)と寿(生命)は応(まさ)に穏やかなるべし、領民全ての禄を寿を北条氏が守っていく」
素晴らしいと思うが・・・・・・・
『義を違いては、たとえ1国、2国切り取りたるとはいえども、後代の恥辱』
『勝って兜の緒を締めよ』
『適材適所を心得よ』
北条を保つために苦労したようだ。
議を貫いた戦いに終始した、稀有な武将と言う!

三代目氏康。
日本三大奇襲戦に一つ、河越合戦が有名である。
この合戦の状況もいろいろありそう?
果たして真実は????
氏康は、上杉謙信・武田信玄・今川義元とまわりに強敵が多い。
そして関東の諸将!
その中で早雲以来の領国統治の基本。
『万民哀憐』 『百姓尽礼』
著者はべた誉めである。戦国期を代表する名将と言う!!!

氏康の事績がある。
検地と所領役帳による効率的かつ平等な両国統治。
納法や升の統一。
他にもいろいろある。
優れていたのだろう!

氏康と言えば、今川・武田との「善得寺の会盟 三国同盟」が有名である。
謙信は気に入らないだろう・・・・・・・
謙信に小田原城を包囲される。
信玄が動き、謙信は引き上げるが、関東の諸将は謙信から離れる。
この辺り、信濃へ侵攻した信玄は着実に従わせている。
もっとも信玄亡き後はメチャメチャになる。
信長も着実に従わせるか、滅ぼしている。
そう思うと、謙信・氏康は甘いのか???
直ぐに裏切られているようだ。
氏康の時代に、謙信・信玄に小田原城を包囲されている。
この時も、信長・秀吉が相手であれば、小田原城も落ちていたかも分からないと思うが・・・・・
北条は一門には恵まれていると思う!
人材は多そうだが・・・・・・

織田信長の登場で各地の武将は、苦労する!
今川家は衰退する。武田・徳川に領土を侵食される。
三国同盟が破綻する。
氏康は信玄と手を切り、謙信と結ぶ!
遠交近攻になる!
が機能しなかったようだ。
家督を氏政に譲る!

氏政は無能と言われている。
が悪く言われ過ぎている。
氏政は、武田との同盟回復に走る。
謙信との同盟はメリットが無かったようだ。
が氏政は、天下統一に走る、信長と戦わなければならない。
それなりの対策を講じているが、信長は今までの武将とレベルが違ってきている。

面白い記述があった。
「祿壽應穏」 『民を本位とした思想』と言う。
が、信長の「天下布武」と争う。
北条も変わる!
勝頼に上野に攻め込まれる。
佐竹、結城等関東の諸将も反北条に走る。
この時、氏政は信長に通じる。
織田の配下での生き残りにかける。
そこまで北条は追い詰められている。
が武田家は信長配下の家康との攻防戦がある。
そして滅ぼされる。
信長から北条には恩賞は無い。
上野一国は滝川一益に与えられる。
そこで本能寺の変が起こる。
神流川の戦いで北条は滝川一益を敗退させる。
本能寺の変が天正十年。
開戦が天正十七年。
この期間に北条として対策ななかったのか?
家康との同盟が頼りだったのか・・・・・・・

秀吉も北条対策は一貫性が無い。
臨機応変に対応していると言うより、気まぐれを感じる。
氏規が上洛した。
が官位も無く恥をかかされた???
これにより氏政は上洛を渋ったようだ・・・・・・
なにか秀吉の悪意を感じる。

著者は、「北条氏滅亡と秀吉の策謀・森田善明」を勧めている。
先に読んでいるのが、両方読めば北条の状況がもっとよく分かる。
面白かったです!

2014年10月10日 (金)

本・日本合戦譚(小田原陣)・菊池 寛

20141010_book2

学生時代に一度読んでいる。
大変面白かったのを覚えている。
今、軍師 官兵衛が小田原の陣が始まるところである。
菊池寛の合戦譚の中に、小田原の陣がある。
改めて読も返して見た。
北条は負けたので、何も言えないと思うが、きつい!!!
まず氏政の評価である。
2つエピソードがある。
①刈りいれた麦を見て、麦めしを作れと言った話。
②汁を飯にい一回ではなく、二回かけた話がある。

どちらも氏政のバカさ加減を面白くしているエピソードである。
もし父氏康が本当に氏政を馬鹿と思ったなら、当主にした責任があるはずである。
菊池 寛の意見はそうみたい。
北条を亡ぼしたのは、氏政のように記述している。
しかしそうなんだろうか???
『そんな事はないと思う!』
ちょっと100年関東に覇を唱えた、北条を馬鹿にしている感じがする。
秀吉に早くから上洛して、臣従すべきだったとも言う。
これもどうなんだろうか?
一戦もせずに、臣従すれば世間の目はどう見るのか???
四国、北陸(越中)、紀伊、九州と秀吉は攻めた。
残るは関東の北条に、東北である。

話は飛ぶが関ヶ原の合戦がある。
毛利に上杉は1/3に縮小された。
宇喜多は滅んだ!
100万石以上の大国は目の敵にされるのだろう・・・・・・・
関東に70万石ぐらいで残し、家康を牽制させるのも一つの方法と言う。
これもどうかなと思うが・・・・・・・

家康の事を記述している。
『強い者に対した時だけ、信義を振り回すのが一番であると確信している家康の処世術の要決である』
メチャメチャ当たっている!!!

官兵衛の話もある。
北条を裏切ろうとした松田憲秀。長男は同調したが二男は同調せず主君に訴え出た。
秀吉は二男を殺せと命じたが、官兵衛はすっとぼけて長男を殺した。
父に忠実なのか?
主君に忠実なのか?
読んでいて北条に厳しすぎると感じた!!!

2014年10月 9日 (木)

本・戦国鎌倉悲譚 剋・伊東 潤

小田原北条家の尖兵、玉縄北条家の当主・氏舜は一門を率いて関東の戦場を駆けめぐっていたが、心中では仏門への憧憬を捨て切れず、己の生きる道に思い悩んでいた。里見家より人質として送られて来た気高く美しい尼僧・青蓮尼を一目見たときから、その苦悩は一層深まる。理念と情念の相剋を描いた胸に沁みる物語。

20141010_book1

著者の本は何冊か読んでいる。
これからもっと読むだろう・・・・・
関東戦国史、北条の物語である。
北条は、氏が付く名前が多いのは知っていた。
そのうちに名前が無くなるのではないかと思った・・・・・
小田原が本城で各地に支城がある。
あの高名な忍城もそうである。
これを一門が守っている。
玉縄北条家の当主・氏舜はやさしすぎる。
家臣を思う気持ちがある。無駄に死なせたくないと思っている。
それが命令違反にもなる。
戦いなんて大局を見れば、小は犠牲にならなければならない時がる。
軍師 官兵衛の三木城見殺しもそうなんだろう。
が本人は出来ない!
それに仏門へのあこがれがある。
が当主である以上それは出来ない。
苦悩がある。
人質として送られて来た気高く美しい尼僧・青蓮尼を一目見る。
この母親が自由奔放に生きたようだ。
動揺する。

関東は乱れている。戦いが多い。
その中で氏舜は生きる道を探る。
が氏舜の青蓮尼への思いを見透かしたように、青蓮尼を還俗させて氏舜に嫁がせる話が持ち上がる。
氏舜はまんざらでもないのか?
青蓮尼も好意は抱いている。
が青蓮尼は自らの顔を焼いてまで、仏門に生きようとする。

北条を巡る情勢が変わってくる。
北条幻庵、北条氏規等も登場する。
そして家督を弟氏勝に譲り、仏門に入る。
そうして青蓮尼と仏の道を通じて一緒になる。
が時代は進んでいる。
秀吉の小田原北条攻めが始まる。
否応なしに巻き込まれる。
交渉役に本多平八郎忠勝が出て来る。
氏舜が指名される。仏門に入っているが・・・・・・・
降服を勧められる。
大勢をみて判断する。これ以上の戦いは意味がない。
が裏切り者と言う家臣もいる。
そうして家臣に矢を放たれて死ぬ。
死して初めて青蓮尼と一緒になれる。
なかなか乾いた味の小説である。


2014年10月 8日 (水)

本・城を噛ませた男・伊東潤

「奴に城を取らせる。そして俺は国を取る。」乱世に雄飛するため、希代の謀略家・真田昌幸が仕組んだ秘策とは?大勢力がふづかる狭間で、ある者は平身低頭し、ある者は乾坤一擲の勝負に出る。生き残りをかけ、なりふり構わず戦う人間を熱く描いた渾身作全五編!

20141008_book1

著者の本は最近よく読む。
面白い!
5作品ある。関東の事はあまり良くは知らない。
著者のように特徴ある武将を取り上げてくれると嬉しい・・・・・・
①   見えすぎた物見 天徳寺宝衍(佐野房綱)
②   鯨のくる城   高橋短波守政信
③   城を噛ませた男 真田昌幸、猪俣能登守那憲
④   椿の咲く寺   今福短波守虎高
⑤   紅雪左文字   板岡部紅雪

面白い内容だ。

見えすぎた物見
大国の狭間の小国の生きざまか?
北条、上杉の間にたち、その都度裏切る。
今どちらに属しているかも分からない時がある。
小国の苦労、悲劇がある。
佐野房綱は藤原秀郷の末と言う。
なまじ名門ゆえの苦労もある。
北条氏政、上杉謙信にも対面して責められる。

鯨のくる城

変った作品である。
それゆえ鯨が重要になる話は面白い。
が高橋短波守政信の生き様は面白い。

城を噛ませた男 

真田昌幸は「表裏比興の者」と言われる。
誉め言葉なのか?
この小説ではかなりあくどく描かれている。
騙された方が悪いのか?
武門の嘘を知略と言う!
最も過大評価されているところはある?????

椿の咲く寺 
  
今福短波守虎高、名前が悪い。高虎?????
武田に仕え、勝頼滅亡後家康を狙う。
死んだと思われているが、息子と共に生きている。
尼となっている娘に協力する。
がここに徳川の忍びが暗躍する。
最後は悲劇的な結果になる。

紅雪左文字
これは面白い!
北条、豊臣、徳川と仕える。
回想と言うか子供頃の話から始まる。
これが最後に生きて来る。
北条の為に尽くす。
父の遺言がある。
家宝の太刀を貰う。
見たところ普通の太刀だが、ひとたび抜けば人の眼をとらえて離さない。
人には妬心がある。
ようは出しゃばるなと言う事なんだろう。

有能だったんだろう。
色々な功績がある。
対外交渉にも行く。顔も広くなる。
小田原北条の滅亡後、秀吉に仕える。
が石田三成とささいな事?で感情的になる。
上手くいっていない。
ゆえに秀吉亡き後家康に仕える。
そうして関ヶ原を迎える。
家康に小早川秀秋を味方に引き入れるように頼まれる。
ほぼ味方に引き込むが、今一信用できない。
家康が秀秋に空手形?を出しているように、三成もエサをちらつかしている。
家康は不安である。どうにかせいと言う!
ここで最初の小ども頃の話と繋がる。
面白い話である。
こう言う知られていない武将たちの小説は好きだ。
短編なのが良い。
面白かったです!

2014年10月 7日 (火)

本・首獲り・伊東潤

戦場の武功の証は獲った敵方の「首」によって決まる。下級武士たちの手柄を巡る争いは、なんと浅ましく、また儚いものか。運命はなぜこうも皮肉を好むのか。「頼まれ首」「もらい首」「拾い首」など、戦国時代の「首獲り」の明暗の中に、欲の頸木から逃れられない人間の悲喜劇をみた、万感胸に迫る名品全6編。

20141007_book2

①   頼まれ首
②   間違い首
③   要らぬ首
④   雑兵首
⑤   もらい首
⑥   拾い首
虚しい事である。
戦国時代の関東、北条氏の戦いで兵はいかに手柄をたてるのか?
どうしても首が恩賞の対象になる。
どちらかと言うと正々堂々と戦って首を取った話ではない。
狡い話である。
首に付いている単語を読んでいても内容が想像できる。
兜首を取りたいが、顔なんて分からない。
首の確認をするにも分からない。
取った首も時間が経てば腐敗する。
誰か分かららなくなる。
貰い首、譲り首は禁じられている。
そんな話が主である。

①   友人の取った首を自分の手柄とする。ばれる!
②   こそこそ首を取りに行く。手負いの武者がいればよい。味方の首を取る。
③   この作品は堂々としている武者の話である。縁起物である。
④   雑兵の首と思っていたが、一つ兜首が入っていた。これを貰った後の顛末が面白い。
⑤   死に行く親友から首を譲られる。が正直に言えない。
⑥   拾った首がある。誰かが首を落している。うかつに自分の物に出来ない。がしてしまう。

そう言う人間の弱さを記述している。
本当にこう言う話はあったんだろうと思う。
地方と言えば語弊があるが、田舎の方が多かったと思うが・・・・・
『田舎とは????』
あっと言う間に読める本です。
縄田一男が解説しているが、著者をべた誉めである!


本・北条氏照・伊東潤

小田原北条氏百年の最期にふさわしい“有終の美”を飾った男・北条氏照。三代目・氏康の三男として生まれ、第二次国府台合戦での活躍、越相同盟の実現、八王子城の築城など、「武」と「智」を兼ね備えた氏照こそが、北条氏を関東制覇へと導いたといっても過言ではない。豊臣秀吉による小田原攻めでは、徹底抗戦を主張し、始祖・早雲の夢「王道楽士」を追い続けた義将の生涯を描く力作長編。

20141007_book1

『祿壽應穏(禄寿応穏)』
「禄(財産)と寿(生命)は応(まさ)に穏やかなるべし、領民全ての禄を寿を北条氏が守っていく」

と言う事のようだ。
信長の「天下布武」とは対照的な 『民を本位とした思想』と言う
早雲は「五公五民」から「四公六民」の税制に改め、領民の支持を受けた。
三代氏康の三男であり、有能と言う。
歴史は勝者に都合よく記述される。
四代氏政がいる。

氏政の有名な逸話として2度汁かけの逸話がある。食事の際に氏政が汁を一度、飯にかけたが、汁が少なかったのでもう一度汁をかけ足した。
父の氏康が、嘆いた話!
「毎日食事をしておきながら、飯にかける汁の量も量れんとは。北条家もわしの代で終わりか」
結果として氏政が北条家の滅亡を回避できなかったことが、この逸話を有名にした。
が当主は氏直である。全て氏政の責任にするのはどうかなと思うが・・・・・
この逸話は後世の創作で、同様の内容は毛利元就と輝元の話としても伝えられている。
負ければ何を言われるのか分からない。
要は勝てば官軍か?

関東を制覇するのは辛い。
土豪?
沢山の名門がある。
信長は徹底的に逆らう者を滅ぼした。
北条は上杉謙信、武田信玄と争わなくてはならない。
武蔵、上野、下野、駿河、甲斐・・・・・・
関東の土豪、名門!
常陸佐竹、多賀谷と言う名前も出て来る。
関東だけではないが土豪は勝つ方に付く。すぐに乗り換えるようだ。
この辺りの関東の歴史には疎い。神戸に住んでいるせいもある。

北条氏は一門が多い!
氏照の兄氏政が当主である。
弟に、三郎景虎、親豊臣・徳川の氏規、妹が武田勝頼に嫁いで勝頼に殉じた!
戦国の世と言え上杉、武田に翻弄されている感じ。
上杉の家督争い。景勝VS景虎!
勝頼が樋口与六の調略、金に目がくらみ景勝に付く。
この時、上杉景虎・武田勝頼・北条氏政の同盟が機能していれば面白かったとは思うが・・・・・・
何処もそうなんだろうが、関東は寝返りが多い。
上杉、武田、北条とも調略が激しい。
信長も相当裏切られている。
となると家康は凄いのだろう!
大物は石川数正ぐらいか・・・・・
北条高広。きたじょうでほうじょうではない。
謙信に属し、景虎に付く。その後は北条に付く。
真田も似たようなものだ!

ともあれこの複雑な関東で戦っていく。
主人公は悪く書かれない。
氏照はさわやかなに描かれる。
信念を持っている。
それゆえ一門とも意見が違うことも多い。
ともあれ兄氏政に協力する。
こうなると北条を滅ぼしたと言われるのは、二人にとって酷な話と思える。
しかし関東に覇を唱えている。戦わずして秀吉に屈するのは北条の否定になる。
氏照と違い、氏規は豊臣に臣従することで生き残りを図ろうとする。

北条の言い分。
毛利、上杉は優遇されている。
家康も秀吉が頭を下げている????
それなりの対応を北条にもしても良いのではないか?
が秀吉は最初から北条を潰す気でいる。
恩賞として与える土地の確保か?
どのみち北条は滅ぼされる運命だったのか?
著者の本は何冊か読んでいる。
これからも読んで行きたい!

2014年10月 6日 (月)

軍師 官兵衛(第四十回) 小田原の落日

小田原攻めが始まる。
関ヶ原への布石が着々と出て来る。
おねと茶々!
官兵衛と三成!
家康の存在!
官兵衛と家康が歩きながら話をしている。
それを見ている三成!
物の言い方が、権威を背景にしている!

20141005_kanbei4
石田三成

長束正家、浅野長吉が登場した。
今気が付いたが、前田利家が出て来ない!
小田原攻めでは、上杉景勝と並んで登場してもおかしくは無い!

官兵衛と秀吉との距離が大きくなる。
そう言う風に演出している???

北条攻めが始まる。
諸将を集めて三成が作戦を説明する。
官兵衛に秀吉が意見を求める。
大軍に兵法無し!
小細工をしても意味が無い???

開戦の原因となった真田との胡桃城の話は無い。
あくまで秀吉に臣従してこない話が主である。
ここへ久しぶりに小早川隆景が出て来た。
そう言えば安国寺恵瓊はどうなっているのか?
石田三成が城攻めを命じられる!
結局失敗する!
官兵衛は、ざま見ろと言う顔をしている。

隆景が秀吉に進言する。
元就の例を出す。
一大歓楽地に変る。
石垣山城!
北条もビックリする!
今の小田原城の天守から石垣山城が見える!
そんなには離れていない!

秀吉の城攻めは余裕がある。
まして天下を治めている。
かっての三木城、高松城のように双方が総力を挙げての戦いでは無い!
北条も援軍は期待できない。
が、謙信・信玄に攻められても守り切った城である。
自信がある!
この籠城戦に北条は総動員をした。
年少者から老人まで招集した。
やはり無理がある!
支城を次々と落とされる。
又、開城に追い込まれる。
ドラマでは登場しないが、北条氏規!
氏政、氏照の弟である。
この韮山城も開城に追い込まれる!
残っているのは、石田三成が水攻めを行った忍城と言う。
秀吉の意向で、無理やり水攻めを行ったとも言う!
どちらにせよ、堤がきれて水が逆流したようだ。

20141005_kanbei1
おいこまれた北条

北条の当主は氏直である。
氏政は大殿である。
評定の場があるが、上座は氏政が座っている。
何か割り切れない場面である・・・・・
官兵衛が降服の使者を出すように進言する。
誰が?
徳川殿と言う!
が家康は辞退。秀吉にもっと適任者がいると勧める。
家康と秀吉がそろって官兵衛を見る!
官兵衛は単身、小田原城へ行く!
長曽我部元親、佐々成政、島津義久を許したように、北条も許されると!
実際は、伊豆一国なのか?
何処かは分からないが・・・・・・・
結局取り潰される。関東へ家康を移封する。
家康を京から遠ざける。
氏政・氏照は切腹。
当主氏直は高野山へ追放・・・・・
官兵衛は、約束が違うと!

そもそも秀吉も北条を許す、許さないと方針が変わっている。
家臣に与える恩賞は、やはり北条を潰さねばならない!

城攻めに失敗した三成が大きな顔をして戻っている。
「殿下」と秀吉を呼び止めても無視される!
天下統一がなったとしても、官兵衛は居場所が無いのを実感している場面だ!

北条は、氏直が翌年病死。氏則が河内狭山で1万石以下ながら家を保つ。
明治維新まで存続している!

伊達政宗らの小田原参陣の場面は無かった。
会津で奥州支置を行う場面も無い!
官兵衛に関係ないからなのか?

人間ドラマとは言え、あまり楽しい場面ではない!
秀吉と三成、茶々がだんだんいやらしく演じられている。
そんな物なんだろう・・・・・・・

朝鮮半島はあまり興味が無い。
関ヶ原まで退屈するかもしれない・・・・・・
が、朝鮮半島では、長政と又兵衛の確執がある。
どう演出するか楽しみである!

名所案内は小田原城と石垣山城だった。

関連記事
軍師官兵衛 相模 小田原城③ 小田原城
軍師官兵衛 相模 小田原城④ 石垣山城

2014年10月 5日 (日)

本・疾き雲のごとく・伊東 潤

継母と弟を斬り堀越公方となった足利茶々丸。遊女・香月を伴い奥修善寺の隠し湯へ赴いた茶々丸は、湯壷で痩せぎすの若僧と打ち解ける。その正体も知らず―(「修善寺の菩薩」)。戦国黎明期を駆けた伊勢宗瑞こと北条早雲とは破滅の凶手か、革命の嚆矢か。宗瑞が照らし出す名だたる武将たちの光と影を描いた名篇集。

20141005_book3

著者の本は何とも言えない味があると思う。
北条早雲が狂言回しになる。北条早雲と言う方が分かり易のではないか?
と言っても早雲に時代に北条は名乗っていない?
正体不明で登場する。
何か策を持っている。不気味である。
多分この人が早雲と直ぐに分かる。
関東戦国史の事はそれほど知らない。
司馬遼太郎が書かないせいか?

関東戦国史!
登場人物は多岐にわたる。
堀越公方、古河公方、山内上杉、扇谷上杉・・・・・
甲信越も舞台になる。

各短編ごとに主人公がいる。
太田道灌、扇谷上杉定正、足利茶々丸、仏師玄舜、今川氏親、三浦道寸。
足利茶々丸は何故茶々丸のままだったのか?
いつも疑問に思っていた??
年少なのかと思っていた。
足利茶々丸がメインの小説は珍しいのではないか?

それぞれの話が新鮮で面白い。
太田道灌の謀殺。自信家過ぎたのか?

仏師玄舜、陰謀に巻き込まれる。最後は信念に従ったのか・・・・

鎌倉時代の北条VS三浦。
血の繋がりのない北条VS三浦。
この争いも面白い。
どちらも北条の勝利なのか?

戦国時代は簡単に武将同志は会えない。
書状以外の通信手段は無い。
手紙でお互いの誤解を解き、信頼関係を維持、構築していたと言う。
それを怠れば、謀殺、戦争になる。

この題材の小説を読むのはめったにない。
これから著者の本はもっと読むだろう。

本・北条氏滅亡と秀吉の策謀・森田善明

約束を破る、時代が読めない―こんな田舎大名だから北条氏は滅んだのか?
歴史の定説に反し、最初から北条氏の滅亡を狙っていた秀吉の権謀術策を暴く!

20141005_book2

著者と言うか、歴史学者は大変である。
定説と言うか、固定観念はなかなか抜けない。
関東に覇を唱えた北条氏!
この領土に匹敵するのは、毛利元就の領土か???
謙信、信玄さえ落とせなかった小田原城!
三代目、氏康までは名将と言われる。
四代目氏政、五代目氏直は評価されていない。
氏政は、いつも飯にかける汁を一回ではなく、二回かけたと言って氏康にけなされる。
毎日の事なのに、一回で出来ないのか??
なんせ悪く言われている。
関東戦国時代。
謙信、信玄に北条、土豪達も沢山いる。
伊達死、最上氏、葦名氏、佐竹氏、結城氏はじめ出目のよいのが一杯いる。
これらが中央と手を結ぶ。
北条氏政も、信長に誼を通じている。
勝頼が滅び、上野が滝川一益に与えられる。
上野は北条は自分の領土と思っている。
ここら辺は、周辺の諸将の思惑もあり難しい。
ともあれ本能寺の変で、北条も救われた。
ここで家康と領土を決める。
信濃・甲斐は家康が、上野は北条が取る。
なんい第二次世界大戦の、チャーチルとスターリンのバルカン半島の勢力争いを感じさせる。

秀吉は上杉と同盟を結ぶ。
となれば、上杉の敵の北条は、秀吉の敵になる。
そして家康の同盟者である。
秀吉の敵と認識される。

小牧長久手の戦いがある。
織田信雄、家康連合軍VS秀吉である。
局地戦に勝った家康は、この評価を最大限に生かす。
この時北条も家康から援軍を求められる。
が関東が騒がしく援軍を出せなかった。

秀吉はまわりから潰していく!
紀州雑賀、四国長曽我部、越中佐々成政・・・・・・
残るは九州と関東になる。
地図があったが、尾張織田信雄、三河・遠江・駿河・信濃・甲斐は家康。
関東相模・武蔵・伊豆・上野・下野・上総・下総・安房は北条となっている。
つまり東海道は大国が押さえている。

この歪な状態は続かない!
織田信雄・家康・北条と連合すればどうなるか?
織田信雄は脱落!秀吉に降る。
各地の反秀吉勢力は、各個撃破されている。

著者の記述は面白い。
はじめ秀吉は、家康を滅ぼす気だったようだ。
が天正十三年に地震が発生している。
これにより、家康の領土は被害が無いが、まわりに被害がある。
それで家康を攻撃しにくくなったようだ。
そしてそれより先に九州の平定を優先した。
地震と言うのは初めて知った。

もし秀吉が家康を攻めればどうなっていたか?
小牧長久手の合戦のように、双方が決戦を求めれば決着は早い。
が家康が籠城したらどうなるのか?
家康は野戦の名人である。
秀吉は城攻めの名人である。
やはり家康の負けだろうと思う!
同盟者は北条しかいない!

話がそれたが、最初は北条も秀吉は許すつもりだったようだ。
北条氏規が上洛する。
国替えはあると思うが・・・・・・
が秀吉は方針を変更する。
北条は滅ぼす!

納得できる話であるが、上洛には金がかかる。
氏規は上洛出来たが、当主の上洛はもたついていたようだ!
それまでに開戦となっても良いように金を継ぎこんでいる!
結局上洛できないままに開戦になったようだ!

間に立つ家康は苦悩する。
秀吉側にも派閥がある。
上杉と親しい三成のグループ。
富田一白、津田盛月、施薬院全宗たちが北条の窓口になる。
北条も気の毒である!

四国攻めがある。知らなかった話である!
長沙我部元親は秀吉に臣従するつもりだったと言う。
阿波と讃岐を返上し、土佐と伊予を領土とする。
人質も出すと言う事でまとまっていた。
が先に、小早川隆景に土佐と伊予を与えると約束していたので、隆景がゴネた!
そで四国攻めが行われた。
多分本当だろう・・・・・

越中の佐々成政攻めも、成政は戦う前から降伏していたが、秀吉は許さなかったと言う!

九州攻めも、戦いはやりようによっては避けれたと言う!

デモンストレーションの意味もあったと言う!
三月一日の出陣にこだわっていたようだ!

開戦の理由の真田昌幸の名胡桃城の事件。
著者の見解は、北条はハメられたと言う事である。
有り得る話である。
だいたい真田からして、武田、北条・徳川・上杉・豊臣と保護者を変えている。
確かに信用出来ない人物である。
開戦理由を作る為に、真田が動いた。
北条滅亡後、信濃の領主は国替えを命じられているが、昌幸のみはそのままで加増されていると言う!
有り得る話どころか、真実と思うが・・・・・・

降伏後も、長宗我部元親、佐々成政、島津義久は許されている。
が北条は切腹である!
秀吉の悪意を感じるが・・・・・・

面白い本でした!
定説と言うのは、勝者によって作られる?????
北条もアホの集まりでは無かったようだ!
北条も秀吉が家康にやったような、誠意(?)を見せて欲しかったようだ!
仮にも関八州の王者である!
そこが田舎者と言うのか??
面白い本でした!

本・箱根の坂・司馬遼太郎

民を愛さぬ守護・地頭など滅びるがいい!徒手空拳、伊豆・相模を手中に収め戦国時代の先駆となった快男児、北条早雲の鮮烈な生涯!

20141005_book1

昔一度読んでいる。
今回の「軍師 官兵衛」により読み返した。
本は前から買っていた。
当然古本屋である。
人間変わるものである。
昔はそれほど面白みを感じなかったが、改めて読むとメチャメチャ面白い。
苦労したせいなのか?
播磨灘物語・覇王の家・空海の風景・城塞・・・・・・
戦国時代が主である。

読んでいて思うのは、今の時代の風景で考えてはいけない。
織田信長の時代とは違う。
早雲の時代は道も狭い。軍の移動も迅速に出来ない。
鉄砲も無い!
兵農分離も進んでいない。
著者の本では良く出て来る。室町幕府の無能さ!
どちらかと言うより民の事等知らない。
そう言う時代に駿河今川家に妹?が嫁入りし早雲が駿河に行く。
妹?妹分?
名門伊勢氏の末流である。
備中にも支流があると言うがが、備中出身とは記述されていない。
歳も不明であるようだ。小田原城を手に入れたのは64歳、88歳で死んだとされる。
応仁の乱!
主役の一人、足利義視の申次衆である。
これに宗教が絡む。
一向宗、時宗、禅・・・・・・・
この辺りは知識が無い。
が恐ろしい感じがする・・・・・・

まともに戦いもせずに、裏切りが多い。
別に高邁な思想があっての戦いではない。
どちらにつけば益になるか?相続、土地・・・・・
欲得勘定の世界のようだ。
双方に兵を送る場合もある。
民のこと等考えてはいない!

妹の夫、今川義忠が死ぬ。
当然家督争いがある。妹の生んだ嫡男は幼い。
一族に実力者がいる。
早雲以下七人が駿河に行く。
この七人も事情がある。早雲の仲間と言えるのか?
ここからまず跡目相続の内輪もめが始まる。
太田道灌が早雲に会う。
駆け引きがあるが、お互い名人である。
太田道灌は主人に殺される。
両上杉に三浦氏!
結局クーデターになり、家督争いに決着が付き、早雲は伊豆から関東侵攻をたくらむ。
三浦道寸!
鎌倉時代の、北条義時VS三浦義村!
時代は変わり、同じ北条VS三浦の戦いになる。
早雲は北条の名前を使わなかった。
が何故北条と言われるようになったのか?
それも記述されている。

早雲は民の事も考える。
『四公六民』
教科書では教えてくれなかったが・・・・・
『五公五民』と教えられた。
早雲は善政をひいた。魂胆がありそうだが・・・・・
他の国の百姓も早雲の元に行きたがる。
善人ではない!謀略も使う。やはり戦国武将である!
主人公は悪く書かれないが、知らなかった早雲の治世がよく分かり面白かった。
これを読んでから思うが、大河ドラマは『北条五代記』をやるべきと思うが・・・・・

2014年10月 4日 (土)

軍師官兵衛 相模 小田原城⑥、大河ドラマへの期待!

大河ドラマは地域振興になる。
今、官兵衛巡りをやっている。
誰が?
二郎が・・・・・
姫路、木之本、中津の熱気を見れば、大河ドラマに賭けるのは分かる。
『北条五代観光推進協議会』がある!
小田原城にも、このポスターがあった。

20140928_houjyo_drama1

北条氏にゆかりある10市2町が、北条を活用した観光事業を展開する。
10市2町は下記のとおりみたい。
岡山県井原市、静岡県沼津市、三島市、伊豆市、伊豆の国市、神奈川県相模原市、鎌倉市、小田原市、箱根町、東京都八王子市、埼玉県川越市、寄居町。

これをやれば関東の北条の支城巡りが出来る。
各地も燃えると思うが・・・・・・
はっきり言えば、真田では無く、北条をやって欲しかった。
北条は真田に負けたのか????

ともあれ残念である。
やれば是非に巡りをしたい!

20140928_houjyo_drama2


軍師官兵衛 相模 小田原城⑤ 北条氏政、氏照の墓

北条氏政、氏照の墓
メイン通りから路地に入ると、北条氏政、氏照の墓がある。

20140928_houjyo2

20140928_houjyo1

4代目が氏政である。
3代目、氏康が、氏政が飯に汁を2回かけたと言って嘆いた。
毎日やっていて、1回で出来ないのかと!!!!
そうだろうか?
確実を期すために2回かけたのかもわからないと思うが・・・・・
どうも氏政、5代目氏直は負けたせいもあるが、よく言われない。
何でも悪く言われている感じがするが・・・・・

20140928_houjyo3

20140928_houjyo4

責任をとって、兄弟そろって切腹した。

20140928_houjyo5

20140928_houjyo3_2

ここには、「幸せの鈴」がある。
願い事をかけて「鈴」を持ち帰り、かけた願いがかなったら、「幸せの鈴」を結びに来てくださいとある。
「幸せの鈴」がいっぱいになれば、ここに眠る領主への、何よりの供養になる。

20140928_houjyo7

20140928_houjyo6_2

最近伊東潤の本をよく読むようになった。
北条関係も多い。氏照の本もある。

2014年10月 3日 (金)

軍師官兵衛 相模 小田原城④ 石垣山城

相模 石垣山城。
秀吉が本陣を構えた。
小田原城からもそんなに遠くは無い。
天守からは、標識がある。

20140928_odawara21

一夜城と言うが、本格的な城である。
今回はここからの眺めで許して貰おう・・・・・

20140928_odawara22


軍師官兵衛 相模 小田原城③ 小田原城

相模 小田原城。
再建された天守である。
戦国時代の城ではない。
江戸時代の城である。
天守も資料があるが、その場所でないようだ。
理由はあるのだろう・・・・・

20140928_odawara10

20140928_odawara2

北条の居城である。
北条は、領民の事を考えていたと言う。
町も綺麗だっと言う!

20140928_odawara12

20140928_odawara11

どうも最初は秀吉は北条を残すつもりだったようだ。
が最終的には滅ぼすことにしたようだ。

城の展示物は見ていて楽しい。
写真はダメ!

20140928_odawara3

20140928_odawara4

20140928_odawara8

20140928_odawara5

20140928_odawara1

20140928_odawara9


2014年10月 2日 (木)

軍師官兵衛 相模 小田原城② 小田原城歴史見聞館

小田原城歴史見聞館。
入場料はいる。当たり前か?

20140928_odawarashi_1

観光客は多い。
ボラティアの人も多い!
燃えている!!!
小田原城の模型があった。
こう言うのは楽しい。

20140928_odawarashi_2

20140928_odawarashi_3

総合監修に、「小和田哲男」の名前があった。
映像もある。
なかなか楽しいところです。

20140928_odawarashi_4


軍師官兵衛 相模 小田原城① 小田原駅にて

奥さんが東京に行く!
何をしに行くのか?
BCRのコンサートである。
よくやると思う!
が、おかげで小田原に行く事が出来た。
日曜日の昼に小田原駅で待ち合わせした。
駅はきれいである。
駅から出てみれば、大きな小田原の提灯がある。

20140928_odawara1

駅の北側には、北条早雲の像がある。
もっと単純なデザインで良かったのではないか???

20140928_odawara2

20140928_odawara3

よく分からないが、二宮尊徳の像もあった。
当然小田原出身である・・・・・

20140928_odawara4

20140928_odawara5

駅の西に城がある。

20140928_odawara6


« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト
無料ブログはココログ

カテゴリー

大和ミュージアム

  • 20120917_yamato12_2
    呉の大和ミュージアムです。 2012年9月に訪れました。