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2014年10月13日 (月)

軍師 官兵衛(第四十一回) 男たちの覚悟

ドラマの最後の方に中津城で黒田家の会議がある。
中津城は天守が無かったと言うが・・・・・
当時は、長政が当主である!
従って上座にいる。
その横に官兵衛がいる。
当主をたてている!
が、北条氏政は家督を氏直に譲っているが、上座に座っていた。
なのか釈然としないが・・・・・・

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秀吉を見ていると権力者、独裁者はああなるのかと思う!
弟秀長が死ぬ。
表に出ず、秀吉を支えた。Best of No2と言う!
秀吉政権は利休、秀長のコンビが支えていたと言う。
秀長が死に、利休が切腹さされる。
陰湿な政権内の権力争いがある。
三成らの官僚と言うより、三成なのか?
堺屋太一が秀長の事を褒める!
三成らと、正則たちが対立する。
事の是非はどうかわからないが、まず官僚たちを一喝する。
その後官僚たちの政策を採用する。
そうやって政権を維持してきたと言う・・・・・・・

利休も問題が無い訳ではない!
落語 『はてな茶碗』桂南光で聞いたが、これを思い出した。
名人、茶金さんが茶碗を見て、首を傾げたら、何百両と値段が付く。
ただの茶碗でも・・・・・・・
三成が利休に、茶器に法外な値段をつけて、不当に利益を得ていると讒言する!
無いとは言えない話である・・・・・・・

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秀吉は鶴松を溺愛する!
が、かぞえで3つで亡くなる。
もう子供は出来ないとあきらめる。
ただでさえ出生が疑問視されている。
三成と茶々が思わせぶりに目でものを言っている。
最初におねが秀吉と官兵衛の間をとろうとするが、秀吉は怒って席を立つ!
秀吉は言う、「軍師はわしが選ぶ!」

鶴松が亡くなった後、秀吉を官兵衛は慰める!
秀吉は、朝鮮半島を通って明国征服を考える。
朝鮮に案内させようとする。
が小西行長は無理なのが分かっている。
これを官兵衛に相談する。
官兵衛は、今は国力を増す時だと説くが聞いて貰えない。
小西行長も官兵衛に相談するのは、三成とそれほど仲もよくなかったのか?
だから関ヶ原で戦意が無かったのだろう・・・・・・

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鶴松を亡くしたショックから秀吉は立ち直る。
そうして明国侵攻を何が何でもやると宣言する。
『猿め、死に場所を失うて狂うたか』
と言ったのは蒲生氏郷か!!!
もっとも言ったのは、小牧長久手の合戦の時と言う。
この場面、韓国・中国では放映すれば、ブーイングだろう・・・・・・
官兵衛は反対するが、逆に命令される。
九州に城を造れと!
加藤清正が手伝う!
何処なのか?
官兵衛の縄張りによる名護屋城である!
この時、九州と朝鮮の地図がある。
墨で書いてある。
現在ならカラーコピーである。
当時はそう言う専門家がいたのだろう。
右筆は分かるが、地図を書く専門家もいたのだろうか???
それに朱で名護屋を囲む!

来週は朝鮮侵攻になるのか?
まだ豊臣秀次が登場しない。
単にナレーションで済ますのか???
蒲生氏郷、前田利家、上杉景勝、宇喜多秀家、藤堂高虎、細川忠興は登場していない!
伊達政宗、直江兼続、嶋左近、真田昌幸もまだである。
北条攻めで、原因を作ったとされる名胡桃城の話も無かった。
恐らく登場しないのではないか???

朝鮮半島では、長政と又兵衛の確執。
官兵衛と三成ら奉行たちとの確執が始まる。
あの憎々しげな三成を見なければならないのか・・・・・・
見物ではあるが・・・・・・

関連記事
肥前名護屋城 秀吉の朝鮮半島侵攻の城 『官兵衛の縄張りによる城』

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