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2015年1月17日 (土)

1月17日 阪神大震災の日に思う事!

もう何年になるのか?
平成7年である。20年になる。
良く覚えている。
その時は播磨町に住んでいた。
朝仕事に出かける前に震災になった。
大きな音がして、一瞬何事かと思った。
地震と言う事は分かったが・・・・・・・・
我が家は被害は無かったので、どうしようかと思った?
後で気が付いたが、食器が何個か割れていた。
ニュースを見ていてもよくわからな。
とりあえず車で神戸三宮に向かった。
明石までは順調に走った。
それからが走らない。

20150117_e2_2

朝の7時前に出て、三宮に着いたのは16時過ぎだったと思う。
須磨のあたりで家が燃えていた。
それを横目に見て走ったが、どうなるのかと思った?
三宮は人気もあまり無かった。傾いているビルもある。
最初携帯も繋がったが、しばらくするとパンクである。
帰りはガソリンが無く、ようやく開いているスタンドを見つけた。
ここも釣りは出ない。
払った金額の、5千円だったら計算して5千円分入れてくれた。
帰りはまだスムーズに帰れた。

20150117_e


それからが大変だった。
建築業に従事しているので、死ぬ思いで復旧作業にかかった。
三宮のメインと言うべき建物の復旧を担当した。
どこの会社も各地から応援に来ていた。
言葉が面白かったが・・・・・・・
北海道から九州、四国と来てくれた。
東京からも多かった。
やはり波長が合わないと思ったのは、二郎だけか?

ともあれ建物が復旧し、お客さんが入った時は新聞にも大きく出ていた。
今は三宮も様変わりしている。
これからも計画があり、色々変化あると思う。

20150117_e1


東北の大震災もあり日本はいつ地震が来てもおかしくない。                                    

備えあれば憂いなしと言うが、なかなか出来るものではない。
ニュースで東北の自動車教習所の避難の責任の判決が出ていた。                                 

『東日本大震災の津波で常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生と事務職員計26人が死亡したのは、学校が安全配慮を怠ったためだとして、遺族が学校な どに計約19億6700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は13日、学校に約19億1000万円の支払いを命じた。』
教習所に責任があるとしていた。
責任が無いとは言えないが、あまりに他人のせいにし過ぎではないか?
「お金を貰っても、子供は帰って来ない!」
そう言う話なら、金は何処かに寄付でもするのかと思ってしまうが・・・・・・
大体19億円も支払う能力があるのかと!

畑村洋太郎が記述していた。
言い伝えがある。
『地震が来れば最低限のやる事をやって、何が何でも高い所に逃げろ!』
やる事と言うと、火を消す事だろう・・・・・・
北海道南西沖地震の時、テレビの放送で観たが、奥さんと子供を亡くした人がいた。
奥さんは高い所に逃げようしたが、津波に巻き込まれたようだった。
気の毒に思う!
『映画 八甲田山』
死が運命なら、生もまた運命である!

阪神地方、瀬戸内海に面しているところは、四国のおかげで津波の心配があまり無い。
東北はもろに津波の心配がある。
シカゴの博物館で観たが、『TUNAMI』の実験装置があった。
津波は世界語である。
自動車教習所で亡くなった人は気の毒と思う。
がそうなると、教習所をその場所に建てる事を許可した責任まで追及される。

近いうちに地震もあると思える。
コンクリートで守るのではなく、個人として何をまずすべきか考える必要があると思うが・・・・・・・・・・

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