本・【猛】列伝 真田幸村と大坂の陣・渡邊 大門
信繁が築いた真田丸とは?真田昌幸が信繁に与えた作戦とは?方広寺鐘銘事件の背景とは?牢人たちはなぜ豊臣方に集まったのか?大坂冬の陣は避けられなかったのか?
50の謎が明らかに。
来年の大河ドラマが真田である。
なので真田関係の本が出ている。
来年になれば、本屋は真田ばやりになるだろう・・・・・・・
著者の本はよく読んでいる。
著者も「真田幸村と真田丸: 大坂の陣の虚像と実像」があり、読まして貰っている。
最近は信繫と言う名前の方が良く通っている。
幸村(信繫)から、信繫(幸村)に表現が変わっている。
幸隆から信繫までの真田の歴史を、テーマ別に記述している。
第一章 大阪の陣とは?
第二章 真田一族の謎を探る
第三章 大阪の陣の謎を探る
第四章 真田信繫(幸村)の謎を探る
第五章 大阪の陣の人々
第六章 信繫(幸村)の最後の戦い
大阪の陣はなぜ起こったのか??
真田のルーツは何か??
通説が紹介されて、そに後に検証があるのは著者の特徴と思っている。
書き方が、通説が本当かと思わせる・・・・・・・・
大阪の陣がメインである。
それまでに幸隆、昌幸と真田の歴史を記述してある。
武田信玄の配下になる。
秀吉に属して、家康と対立し、関ヶ原に至る。
九度山に配流される。
九度山での生活があり、大阪城に入城する。
六文銭、赤備えの説明もある。
九度山にも六文銭は多くあった。
赤備えは武田家から伝わる。
飯富虎昌から山県昌景へ。
武田家崩壊後、家康は武田の旧臣を召し抱え、その赤備えを井伊直政に付属せしめる。
目立つので、赤備えにしたようだが・・・・・・
思うが昌幸も過大評価されている。
一流の戦術家では有数の存在であると思う。
が家康相手に一戦できるほどの実力は無いと思うが・・・・・・
そもそも関ヶ原で許されて、大阪と目と鼻の先の九度山に配流されること次第、家康から見れば大した存在でないのだろう・・・・・・
関ヶ原で奮戦した宇喜多秀家は八丈島に流されている。
無害とも言える安国寺恵瓊も死罪である。
世間的な評価が高すぎる。
大阪城に入城したと聞いて、恐怖で身体が震えた話があるが、絶対にない!
それほど恐れているなら紀州なんかに配流しないと思うが・・・・・・・
信繫なんかは、無視されていたのだろう・・・・・
ところが大阪に陣での活躍で尾ひれがついている・・・・・・
昌幸の秘策もどうかなと思う??
面白いが・・・・・・・
ロマンが無くなる・・・・・・・・・・・
真田の抜け穴がある。
子供の頃は信じていた。
今はロマンのかけらもない。
抜け穴は掘らなければならない。
「映画 大脱走」がある
この映画で脱出の為にトンネルを掘る。
その苦労が面白かった。
だいたい抜け穴なんてどんな大きさなのか?
立って歩ける大きさ???
這って進むのか??
大脱走ではトンネル内を台車みたいなものが通り、うつぶせになって人が乗る。
それぐらいの大きさしか掘れない。
と言う事は距離も知れている。
掘る地盤は何か???
岩盤なら内密で掘れない。道具も人もいるし、音もでる。
金堀衆に頼むのか????
(そんな金があるのか?)
抜け穴は地上面より下にある。
ゆえに雨、水が入る。湧水も出て来る可能性がある。
その仕舞はどうする???
平地に掘るのではない。山ありゃ谷もある。
測量はどうするのか??
掘っている方向が正しいかどうか分かるのか??
なにより掘った岩・土はどうやって外に出すのか???
秘密でなんか出来ない!!!
抜け穴の中の明かりは松明か???
煤だらけになるし、酸素の供給は???
そんな事を考えていると無理なのはわかる!!!
入城した牢人衆が記述されている。
列伝である!
これは面白い!
明石掃部、細川興秋、毛利勝永、後藤又兵衛、長曽我部盛親と言うところが面白い。
キリシタンが入城しているが、宣教師は豊臣政権が復活してもキリスト教は布教出来ないと思われていたようだ・・・・・・
奉公構えになり、大阪城に入城した牢人も居る。
戦国最後に戦いと言う事になる。
牢人も勝った時の報酬の大きい方に属した。
徳川が勝っても、摂津・河内・和泉の3ヶ国しか分ける土地は無い。
真田丸はあったのか???
出丸はあったが、信繫が造ったかどうかは分からない???
ここには先に後藤又兵衛が入っていた。
次に真田信繫が入り、真田丸と言われるようになった???
後世に名前は残った!!
十勇士、信繫が死ななかった話があるが、伝奇だろう・・・・・
最後の状況も色々記述されている。
人物像、風貌等歴史に名前が残ったので、良いように話は造られている。
通説を、著者は否定している分けではないが、検証すれは否定的な意見になる。
面白かったです!
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