ポーランド

2015年8月24日 (月)

本・ポーランド電撃戦・山崎雅弘

1939年9月1日、英仏と同盟を結ぶ『東方の軍事大国ポーランド』に攻め込んだドイツは、わずか1か月でその国土を蹂躙、ソ連とともにポーランド領を分 割併合した。この「ドイツ電撃戦の始まり」といわれる戦争は、どのように戦われたか。また、「第二次世界大戦の発火点」とされるこの戦争は、どのような経緯のもとに始まったのか。独ソ英仏の熾烈な外交戦とポーランドの特異な歴史を描く力作。

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ポーランドは、ワルシャワ・クラクフに行ったことがある。
ワルシャワでは、ドイツのポーランド侵攻、カチンの森ポーランド将校の虐殺、対戦末期のワルシャワ蜂起!
これがポーランドのトラウマになっているのかと思った。
その映像も見た。JU87が映える!

この本は何年か前に買っている。
本屋ではよく見ていた。著者の本は初めてである。
大国に挟まれた小国、中国は辛い!
かっての山岡荘八の徳川家康のキャッチフレーズがある。
大国駿河今川と尾張織田に挟まれた小国三河松平の運命!
ポーランドも辛い!
プロシア・オーストリア・ロシアに囲まれ国自身が消滅していた時代がある。
第二次世界大戦前はドイツ・ソ連に挟まれている。
軍事大国ではないが、それなりの軍事力はある。

10世紀からのポーランドの歴史が記述されている。
分割されて、国も消滅した時期がある。
地政学がある。
第1次は、ロシア・プロイセン・オーストリアによる一部分割。
第2次は、ロシアとプロイセン。
第3次は、ロシア・プロイセン・オーストリアにより分割併合で国が消滅。
ポーランドは大国ではない。
が中国である。目障りである。
第一次世界大戦、ドイツとロシアが味方にするために独立と言う約束手形を出す。
こうなると条件が良い方に味方するようになるが、実査に約束は守られないようだ・・・・・・・・
国境も自国の意思に関係なく決められる。

第2次世界大戦前のドイツの戦争計画がある。
チェコ侵攻は     『緑の場合』
ポーランド侵攻は   『白の場合』
ルクセンブルク3国にフランスは 『黄・赤の場合』
アメリカも対戦国相手の戦争計画は色だった・・・・・・
日本はオレンジだったようだが・・・・・・・・

当時のヨーロッパの強国は、ドイツ・イギリス・フランス・イタリア・ソ連になるのか?
第1次世界大戦の敗戦国ドイツは賠償による不満がある。
ドイツ人が多く住む地域も今はドイツではない。
その地域の回復をドイツは目指す。
チェコスロバキアが最初にターゲット?
スロバキアは親独の国のようだ。
ポーランドもポーランド人だけではない。ウクライナ人もいる。
ウクライナ人の分離独立??
ソ連が後押ししている。
現在も変わらいようですが・・・・・・
ポーランドもドイツに見習いチェコ領土の一部を自国領土に編入しようとする。
あまり同情は出来ないと思っているが・・・…
このチェコ侵攻時、英仏が強硬に出て戦争になれば、反ヒトラーのクーデターが起こることになっていたようだ!
英仏が妥協したために起こせなくなったようだ!

外交は難しい!
誤ったメッセージを送る。
送らないようにするが、誤解する。
会談の派遣する人間の問題もある。
早く着けば足元を見られると思い、ゆっくり時間をかけて移動する。

自国の戦力の把握がある。
ポーランドはまだ騎兵を活用していた。
訓練されていて、精鋭である。
が時代は進んでいる。
伝令に頼るポーランドに対し、無線によるドイツ!

ポーランドはドイツ・ソ連の間を、イギリス・フランスを巻き込んで泳ごうとしていたようだ。
それが間違いと思うが・・・・・・・・
自信過剰なのか?
自国ポーランドは重要な国でどこも救ってくれるとでも思ったのか?
イギリスは戦争は避けたい。その為ポーランドが全面的にポーランドを救ってくれると思うのは間違いとのメッセージ(?)を送る。
ポーランドはフランスは陸続きなので援軍をよこしてくれると思っている。
知っている有名なドイツの将軍の名前が出て来る。
ルントシュテット、グデーリアン、マンシュタイン、ライへナウ、ホト・・・・・・・・
空軍ではリヒトフォーヘン・・・・・・・
ドイツはこのポーランド戦で多くの戦訓を得たようだ。
電撃戦の基礎をつかんだようだ!
が失敗も多い!
輸送機Ju52から爆撃する。
乗り入口を開けてスコップで焼夷弾を投下していたようだ。
自軍に流れて陸空軍が険悪になりかけたようだが・・・・・・・・
ちょっと信じられない話だが・・・・・・

ポーランドも善戦した!
読んでいて辛くなる。
特に優秀と言うかできる人間を将来の邪魔としてシベリアに送られる。
軍将校をカチンの森で殺される。
こういう記事を見て日本の隣国はどう思うのだろうか???
チェコ・ポーランドと第2次世界大戦が始まった状況が大変よく分かった!

2012年11月11日 (日)

ポーランドの歴史 (ケンブリッジ版世界各国史)・イェジ ルコフスキ・フベルト ザヴァツキ

ポーランドに行く前に、歴史の読んでおきたかった。ポーランドの通史である。
ブルガリアに行く前も、このシリーズの、ブルガリアを読んだ。
著者は一人が18世紀、もう一人が19世紀の専門家である。
やはり長い!

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100ページほどはパリ行きの飛行機の中で読んだ。
残りはポーランドへ行く前日に読み終えた。
ポーランドは、ロシア、プロシア、オーストリアの緩衝地帯になる。(フィンランドは大国ロシアとスウェーデンに挟まれている)
1795年にヨーロッパの地図から消えた。
第一次世界大戦の後のポーランドは、その前といちじるしく異なり、第二次世界大戦に又異なったと言う
そもそもポーランド人とは何ぞや?
国内はウクライナ人、ザクセン人、アルメニア人、リトアニア人、ベラルーシ人、タタール人、ユダヤ人等人種のウツボなんだろう。
宗教も今はカトリックでまとまっているのだろうが、プロテスタント、ロシア正教を押し付けられていた時代もある。
国の名称からして多い。
ポーランド王国、ワルシャワ大公国、ポーランドリトアニア共和国、ポーランド会議王国、クラクフ自由都市・・・・・・
強いポーランドは要らなかったようだ。
大国ロシア、プロシア・・・・・・・
強いポーランドは要らない。
ロシアはよく言われていた。
国境の間に緩衝地帯を欲しがる。それも味方の。
ドイツ、プロシア、オーストリアが強くなれば困る。
陸続きで大変だ。
それを抜きにして国が成り立たない。
面白い記述があった。
第一次世界大戦末期に、ボルシェビキ軍とポーランド軍との、近代での最後の最大の騎兵戦行われ、ポーランドは勝った。
これは最後の栄光なのか?

ドイツのポーランド侵攻とワルシャワ蜂起。
避けて通れない歴史である。
地政学の問題も多い。
学校で歴史を教えるのは苦労が多そう。
学生も覚えるのに大変だろう!
地図ひとつ見ても、年代毎に違う。西へ東へ国境が動く。
これからのロシアとの付き合い。西欧との付き合い。
カジ取りが大変である。
理解は出来たとは言い難いが、最後まで読み通せた。(誉めてやりたい!)
バルカン半島の他の本も読んでみたい!

2012年10月20日 (土)

ポーランド4日目、最後の日、ワルシャワ空港へ

ホテルに荷物を取りに帰り空港へ!
タクシーを呼んでもらおうとしたら、ホテルタクシーで送ってくれた。
これも60ズウォティと決まっているようだ。
分かりやすくていいと思うが・・・・・
14時ごろだったが市内は渋滞した。
チョッとイライラした。
14時半には空港に着いた。
運転手はかなり高齢だったが、親切だった。

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空港に着いたが搭乗手続きがいっぱいの人がいた。
これだけの人がヘルシンキに行くのかと思うとゾッとする。
が奥さんが乗り継ぎだから何処へ行くのかわからないと。
中国人の団体がいた。荷物が多い。
それで重量の問題なのか、時間がかかっている。
荷物を開けている人もいる。
その都度、添乗員なのか?若い男性が走り回っていた。

イライラして待っていると日本語が聞こえた。
年輩の団体。政治家か業界の団体と感じた。女性はいなかった。
添乗員?に対する態度が横柄だった。
そうやって待っているうちに見なくてもいいものを見た。
空港にLGの大きな看板があった。
目に付くところにある。そう言う戦略なんだろう!

荷物の重量は21.8kと20kで無事に通れた。
サスペンダーをしているのでいつも引っかかる。
あと何回引っかかるのか?
少し心配になる。
中国人は、荷物にビニールをかけていたから帰国するのだろう。
奥さんは、係員にベイジン(北京)?と聞かれた。
と言う事は直通便があるのか?
日本人は乗り継ぎだろう。
37番乗り口に行くと日本人誰もいない!
ヘルシンキ行には日本人は二人だけだった。
少し休憩して
時間は遅れたが無事出発。

ポーランド4日目、最後の日、ワルシャワ市内観光

軍事博物館より文化科学宮殿に向かう。 ここまで来たら市内を一望したい。

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と言うわけで30階まで上がった。
やはり30階から見ると迫力はある。

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上がる前に、レオナルドダヴィンチの簡単な展示があるので見て上がった。
当然、シロテンを抱く貴婦人もあった・・・・・・
大きい建物だが教会でもなく国会議事堂でもない。
単に力を見せびらかせている建物か?
50年も経っているのでこれからの補修も大切である。
外壁の補修など大変である。
足場だけでもどうするのか?
歴史的な建物の補修には、企業の垂幕に広告が入る。
それも重要な収入である。
この建物に広告する企業はあるのか?
まして周りに当てつけの様に高層建物が建設中である。
見えないようにしているのか?

そうこうしている内に12時を過ぎた・・・・・

ポーランド4日目、最後の日、ワルシャワ市内観光、軍事博物館の中

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見ていて楽しい。
騎士の時代からの鎧、馬の鎧、槍、刀、弓、鉄砲などが並べられている。
服装もある。
絵もあり時代の変化が面白い。
火縄銃も大きいものがある。銃身も長い。びっくりする。
見学していると高校生ぐらいの団体に出会った。
銃を持たせて、どんなものか体験させている。
皆床にへたり込んでいる。
通るのが悪いのかなと思っていたら、向こうから通ってくれと言われた。
展示は中世から現在まで続く。
二郎は見ごたえ十分だった。
第二次世界大戦前ぐらいと思うが、長身のライフルがあった。
たぶん対戦車ライフルと思う。
バズーカ砲が出来るまで、歩兵の持つ兵器で戦車と戦えたライフルだと言う。
銃弾も凄い!
そんな展示が並んでいる。
サブマシンガン、ステンもあった。
楽しく興味深く見物できた。

2階の屋に暗い部屋がある。
すぐに何か分かった。
カティンの森の展示場だ。テーマがテーマだけに暗い。
ここは早々に引き揚げた。

ポーランドのロシアに対する思いは複雑と思う。
ポーランドの有能な人材は、戦争で相当無駄に亡くなっている。殺されたのか?
大国ドイツとロシアに挟まれた国の悲劇は辛いものがある。

ポーランド4日目、最後の日、ワルシャワ市内観光、軍事博物館、外部の庭

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スホーイ22

久しぶりの軍事博物館だ。
入口を入ると庭になっている。
そこに兵器が並べられている。
よく分からないが、庭だけだったら料金はかからない?
最初にT34が置いてある。
三野正洋曰く、好走守三拍子そろった、第二次世界大戦の最優秀の戦車だ。
5万両以上造られたと言う。
そして、ソ連製戦闘機スホーイ22とミグ29がある。

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ミグ29

奥に行けばミグ21がある。
まだ現役である。
小型で使いやすいのか?

庭にはヘリコプター、重砲、ソ連の第二次世界大戦の戦闘機、爆撃機も並んでいる。
見ていて気分がいい!

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ミグ21

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博物館の入口にはM4シャーマンがあった。
これも5万両近く造られた。
やはり背が高かった。
どうせなら、T34、M4シャーマンとあるなら、ドイツ5号パンテルもあれば壮観だと思った。アメリカ、ソ連、ドイツの戦車がそろう。

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T34

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M4シャーマン

今日は何か催し物があるみたい。
軍人が沢山来ていて、建物の中庭にはテントが張ってる。

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重砲の車輪が木造のがあった。
戦闘機ではメッサーシュミットやスピットファイヤーは当然ない・・・・・・・

ポーランド4日目、最後の日、ワルシャワ市内観光へ出発

軍事博物館に行く。
最初の日のワルシャワのガイド、カシャさんが行き方を教えてくれていた。
トラムで行く。乗り場も切符の買い方も教えてくれている。
駅の売店で切符を買う。
ここで面白い事に気が付いた。切符売り場が濃い水色と白だ。
何かみずほ銀行のキャッシュコーナー見たいだったので面白かった。

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奥さんの指示に従いトラムの乗り場に行く。
何かトラムの番号が違う!
そこで戻り、売店で場所を聞いた。
店の人は知らんふりだったが、たばこを買っていた女性が外に出て来てくれて階段を示して教えてくれた。
感謝が絶えません!
無事ヤシの木の前の駅で降りたが、歩く方向が分からない。
横断歩道を渡っている女性に聞いたら、わざわざ止まって少し戻って方向を示してくれた。200mぐらいと教えてくれた。
当然赤信号に変わっている。
申し訳ありませんでした!
ガイドさんが言っていたが、ポーランド人は親切ですヨ!
その言葉が身にしみました!
ありがとうございます!

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大通りに一本だけヤシの木があり、目印になる

2012年10月19日 (金)

ポーランド3日目、クラクフ観光、クラコフからワルシャワへ

列車に乗って席を探したら、そのコンポーメントに6人座っている。
奥さんが怪訝な顔をしたら、真ん中の男性がチケットを見て何か言うと窓際の席の人間が出て行った。
思えば分っていたと思う。
その時は席を替わって貰えばいいと思っていたと思うが、日本人だったので戸惑ったのではないかと思う!
そうこうしている内に列車は発車した。
ゾフィアさんはちゃんと発車するまで見送ってくれた。
改めてありがとうございました!

列車は順調に進む。
コーヒーのサービスがあった。
先ほどの中心的な男性が親切に英語で聞いてくれた。
やはり親切と思う。
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そうこうするうちに、その男性はコンポーネントから出て行った。
空いている席に移っただと思う。
出ていく時、こちらに会釈をしていった。
入口の二人がパソコンを開いて仕事を始めた。
見なくてもいいのに見てしまった。サムソンの字が映える。
もう一人はこちらから見えない。
奥さんが見てくれたが、東芝だった。
複雑な気持ちだった・・・・・・
検札にも来たが何事もなく終了。

トイレに入口側の人が立ったので二郎も今だと思い出て行った。
トイレから戻ると、入口の人は二郎の帰りを立って待ってくれていた。
ありがたいことです!
無事ワルシャワ駅に着きました。
駅のファーストフード店でサンドイッチを買ってホテルに帰った。
今日の観光は無事終了しました。

ポーランド3日目、クラクフ観光、クラコフ駅で

喫茶店から駅まで行くと17時5分前だった。

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列車はもう来ている。
ガイドさんに礼を言って、リンゴとみかんを渡した。
ここで二郎と記念撮影した。
自分で言うのもなんだが、いやらしいオッチャンにしか見えない。
ゾフィアさん、ありがとうございました!
大変楽しく観光できました!

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ポーランド3日目、クラクフ観光、ヴァヴェル城~喫茶店~クラコフ駅へ

ヴァヴェル城からは火を噴くドラゴン、気球などが見えた。

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気球は市街地を一望できる。それはそれで楽しいと思う。
それから城を出て散策した。

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街並みは観光の為もあるが整理されている。
変な出店もなく、綺麗だと思う。
途中で酒屋に寄った。
奥さんがお土産にウオッカとはちみつ酒を買った。

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それからゾフィアさんのお勧めの喫茶店?に行った。
チョコレートが売りの店で、チョコレートの制作が見れる。
コーヒー紅茶にチョコレート入りもある。

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紅茶にチョコレートとハーブが入っている。おいしかった!

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