九州 (島津・竜造寺・大友他)

2015年2月 5日 (木)

本・こんなに面白いとは思わなかった!関ヶ原の戦い・渡邊大門

「西軍が敗北した本当の理由は?」「石田三成と徳川家康は最初から対立していたのか?」「宮本武蔵は東軍か?西軍か?」その後の日本の歴史の流れを決定づけた「天下分け目の一戦」を、気鋭の歴史学者がQ&Aの形式で様々な角度から検証する!

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黒田官兵衛もこの形式の50のQ&Aだった。
著者の得意とする形式なんだろう・・・・・・・

第一部      豊臣秀吉没後のさまざまな謎
第二部      政治情勢をめぐるさまざまな謎
第三部      関ヶ原合戦前哨戦の謎
第四部      関ヶ原合戦における攻防の謎
第五部      諸大名たちのその後の謎

著者の本はよく読んでいるので、理解している話も多い。
一番印象に残った話。細川忠興の側室の数が15人と言う話!
秀吉と変わらない。
こうなると忠興のガラシャに対する態度はいかがなものかと思うが・・・・・・・

関ヶ原については、「司馬遼太郎の関ヶ原」を学生時代に読んだ。
メチャメチャ興奮した!
司馬遼太郎が記述しているのなら史実と思ってしまう。
最近ロマンが無くなって来ている。
七将に追いかけられて家康の屋敷に逃げ込んだ。
これは三成の作戦と言うが、実際は無かったようだ。自分の伏見屋敷に逃げ込んだようだ。
秀吉存命の頃から三成と家康は対立していた????
どうもそうではなさそうな感じである。
三中老と言う役職も無かったみたいである。
家康の私婚の相手は、伊達・福島・蜂須賀家である。これに黒田長政が入っていない。
これは前から疑問に思っていた!!!!

第二部の、政治情勢をめぐるさまざまな謎は面白い。
上杉景勝の会津移封。
越後の年貢を会津に持って行ったという。
これで越後堀氏と揉める。
ただ会津の蒲生氏が先に持って行ったと思っているが・・・・・・・・・
景勝・兼続と三成の連携は無かったようだ!
直江状の話は山ほどある。
家康に対する挑戦状は後で付け加えられたようだ。
小山評定はあったのか。
ドラマ関ヶ原では、福島正則役の丹波哲郎が名古屋弁丸出しで会議をリードする。
丹波哲郎は役者である!上手い!!!
この場面が今でも目に焼き付いている。
実際はどうなのか?????
合戦時は、西軍・東軍とは言わなかったようだ。

三成の前面の敵と並ぶ、関ヶ原の激戦地、宇喜多秀家と福島正則の戦い。
宇喜多秀家1万7千と福島正則6千の激突である。
宇喜多勢は精鋭なのか?
どうも違うようだ。精鋭なら福島隊は壊滅している。
やはりロマンが無くなってくる・・・・・・・・・・・・

第三部が関ヶ原合戦前哨戦の謎。第四部の関ヶ原合戦における攻防の謎
徳川本軍は秀忠か?
この話題もいろんな本で読む。
どちらとも言えないと!
家康の下には、本多忠勝に井伊直政がいる。
秀忠には榊原康政がいる。
秀忠軍を残したと言う話もあるが、結城秀康も残っている。
どうでしょか?
嶋左近がいる!どれだけの武将だったのかよく分からない!
家康と五分では戦えないだろうとは思う・・・・・・・・・
宮本武蔵は関ヶ原の合戦時、何処で戦ったのか?
本戦の関ヶ原か、九州なのか?
徳川か?石田か?
これは武蔵も悪い。ちゃんと記録を残していない。
どうも九州のようだが・・・・・・・・

いろんな話があり面白い。
第六部      最後が諸大名たちのその後の謎である。
著者の本はよく読んでいるので、知っている話も多いが、面白い本でした!

 

2014年9月24日 (水)

本・島津義久―勝ち残りの戦略・白石一郎

軍師官兵衛で、秀吉の九州攻めがある。
官兵衛は秀吉の名代で出陣している。
九州統一を目の前にしている島津である。
当主は島津義久、弟に義弘、歳久、家久がいる。
兄弟協力して義久を助ける。
薩摩軍法がある。
一、       一人も敵を殺したる証拠なきものは死罪、その父子親族は重罪に処せらるることあるべし。
一、 わが隊将の首級を敵に委すべからず。この仇を報ずるあたわざる時は一隊ことごとく討ち死にせよ。

滝口康彦の連作集に、薩摩軍法があり、その意味が分かった。
そりゃ強いと思う!

祖父日新斎の評価がある。
『三州の総大将たる材徳、おのずからそなわっておる』
家康の評価がある。
『自ら働かず、人を動かすのが大将である。その点島津義久に及ぶ者は無い』
表だって何もしないと言う事の、皮肉か???

島津義弘:摩利支天の再来と言われた。
島津歳久:始終の利害を察する智計が並びない。
島津家久:戦法戦術の妙を得ている。

弟達に恵まれる。
大隅の豪族、肝属氏を制圧し薩摩北部の菱刈氏を討伐する。
そうして薩摩・大隅・日向を制圧して、九州全土の制圧に向かう。
大友、竜造寺を圧迫する。大友は秀吉に泣きつく。
制圧直前に、秀吉の命を受ける。
が拒否して最後の仕上げが、大友氏の豊後討ち入りになる。
四国長宗我部と同様に、ほぼ九州を制圧しているのに薩摩・大隅・日向にひっこめない。
家中が納得しない。
秀吉の出自を言う。いやしい出であると!
これに異を唱えたのが、三男歳久。
「出生はともあれ今は関白である。ましてや秀吉は無類の戦上手と聞く。関白の命には服すべきであろう」
どうも臆病者とまで言われたようだ。
この時の義久は冴えが無かったようだ。
家臣に、とにかく愚慮であると言われたようだ。
何か予感がしたとも言う。
早々と降伏する。
が歳久は納得いかない。
臆病者とののしった連中が早々に降伏する。
戦うべきだと!
こう言う人は、好きだ!
威勢の良い事ばかり言っている連中にろくな奴はいない!

歳久は降伏を認めず、秀吉の元にも行かなかった。
ここで、梅北国兼の乱?
あまりにもお粗末な反乱である。
アホとしか言いようがない。
この辺りは、『滝口康彦 秋雨の首』が詳しかった。
ともあれ歳久は首を討たれる。
家久も死に、義久と義弘の二人になる。
この関係は、『山田昌之 嫉妬の世界史』に詳しい。


2014年9月23日 (火)

筑前岩屋城 島津の猛攻で玉砕した城! 最後の一人・白石一郎

島津の九州制圧が、最終段階に来ている。
秀吉の命を無視している!
筑前岩屋城の攻防戦がある。
籠城するのは、大友の家臣、高橋鎮種(のちの高橋紹運)!
ここには行った事がある。
太宰府天満宮から歩いて行った。
途中でオートバイを乗り回している若者に出会った。
どうも事故で仲間が死んだようだ。
ここへ歩いて行ったので、奥さんの機嫌が悪くなった。
おまけに行った先は、石碑と墓しか無い。
『嗚呼壮烈 岩屋城址』
それでも二郎は、嬉しそうな顔をしている。

ともあれここで島津を食い止めた。
攻める島津は3万の兵をもっている。
700余名と共に篭城。2週間の間頑強に抵抗したものの、各出城や砦が次々と陥落し、城主紹運も自ら薙刀を取り敵中に入ったが力尽き、敵陣に矢止めを乞うたのち高櫓の上に登り自害。
残された将兵もあとを追い玉砕、天正14年7月27日落城。
島津は相当な被害があり、立て直しに時間がかかったと言う。
この時間が、官兵衛・毛利の両川の救援の時間を作ったと言う。
いかに島津が強くとも、本国の兵ばかりではない。
降服した兵も使っている。
秀吉の大軍を見れば動揺する。
島津は撤退する。

この小説はこの時の話である。白石一郎の短編である。
この時代、玉砕なんてほとんど無い。
城主が開城して引き上げるか?
それとも腹を切るか?
秀吉の播磨三木城、因幡鳥取城、備中高松城と城主が腹を切り終わる。
島津も寛大な条件での開城を勧める。
が断る!
ここに籠城した足軽がいる。
落城時、この内の一人が逃げ出す。
が島津につかまる。
助けてくれと頼むが、島津に切られる。
『名将高橋紹運をはじめ、足軽雑兵に至るまで、大義をつらぬき、武士の意気地を世に示して、一人残らず討ち死にした!』
有り得る話と思ったが・・・・・
可哀想とと言えば可哀想である。

2014年3月 6日 (木)

篝 火・尾崎 士郎

亡き豊太閣の遺志を無視して、着々と自己の勢威を拡大する家康に、真正面から対決を迫る石田三成。天下分け目の関ヶ原を背景に、三成と西軍諸将たちの、それぞれの生きざまを鮮烈に描いた傑作。 

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司馬遼太郎のエッセイの中にあった話。
尾崎士朗を司馬遼太郎が新聞記者の時代にインタビューしたようだ。
司馬遼太郎自身が言っているが、接待下手だと
尾崎士朗に 「ここに一本の酒があれば申し分ないのに・・・・」
と言われて、あわてて酒を手配したと言う。
その話で、「篝 火」 の話が出ていた。
名作だと!
それを覚えていて読みたくなった。
が本は売っていない。売っていない事は無いが探さなければならない。
こう言う時はどうするか?
全集を探す。全集の中にあるはずだと!
日本文学全集であった。
ブックオフで200円!割引きもある・・・・・
自己満足に浸っている!

尾崎士朗も何冊か読んでいる。
この篝火は、関ヶ原の合戦の、大垣城から関ヶ原の戦いを描いている。
主に西軍の諸将の話で、上杉主従、秀忠、真田昌幸、黒田如水らの話は出て来ない。家康もわずかしか出て来ない。
大垣城から関ヶ原へ夜間移動する。
その時、篝火が見える。
それを兵が見る!目印にする・・・・・・
揺れる篝火、小さくなり又大きくなる・・・・・

その状況が楽しいが・・・・・
一番の問題は、石田三成の禄高なのか?
やはり少ない!
宇喜多秀家、島津義弘、小西行長、小早川秀秋、毛利輝元等には、なかなか命令できない。
それなりの処遇で命令しなければならない。
三成の某臣、嶋左近がいる。
左近の意見が通り、島津の提案が退けられる。
面白いはずはない。
まして島津は実績がある。鬼島津と朝鮮の役では恐れられた。
小西行長もそう言う風に記述されている。
考えてみれば、嶋左近の実績はほとんど知られていない!
石田三成の限界が記述される。小録ゆえの、実践不足の・・・・・・
三成も辛かったと思う・・・・・・

西軍諸将の名前が沢山出て来る。
大谷行部、平塚為広、戸田重政、舞兵庫、蒲生郷舎、湯浅五助・・・・・
皆戦って死んだようだ。
小早川秀秋の家臣、松野主馬!
好きな武将だ!己を貫いた・・・・・・
裏切りが無かったら、家康の本陣に血刀を下げて突っ込んでいたと言われる!

読んでいて楽しい本である。
播州竜野の城主は脇坂家!
関ヶ原で裏切り、大谷隊に襲いかかる。
好きになれない。
なので竜野も好きではない?
『怒られそうです!』
短くまとまっていて、面白い本でした!

2013年6月26日 (水)

嫉妬の世界史・山内 昌之

喜怒哀楽とともに、誰しも無縁ではいられない感情「嫉妬」。時に可愛らしくさえある女性のねたみに対し、本当に恐ろしいのは男たちのそねみである。妨害、追放、殺戮…。あの英雄を、名君を、天才学者を、独裁者をも苦しめ惑わせた、亡国の激情とは。歴史を動かした 「大いなる嫉妬」 にまつわる古今東西のエピソードを通じて、世界史を読み直す。

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よく分かる話である。
嫉妬・・・・・・
出る釘は打たれる!
例も面白い!各界の話がある。
まず君主がいる。君主と臣下の話。
分かり易い例。島津久光と西郷隆盛。
意地があり、素直に言う事が聞けない。嫉みがある。素直に才能を認めれない。
黙っておけばよいものを、気に障る事も平気で言う・・・・・・
アレキサンドロス大王、三国志の孫権も部下を信用出来ない。
猜疑心の塊だったようだ。
エルサレム奪回のサラディンも主君にねたまれたようだ・・・・・・・

女の嫉妬!
洋の東西を問わず女はこわい!
改革の敵は女だと言う!(中西輝政・・・・)
これは中国に嫌と言うほどの例がある。
この本にある、劉邦の妻の呂后、出ていなが武則天・西太后・妲己・末喜といる。
これらの女性は、宮城谷昌光でよく知っている。
トルコのスレイマン大帝も、絶世の美女を手に入れたが、ろくな結果になっていない。
女は怖い! 

兄弟の対立!
兄をたてた武田信繁。No2に徹した羽柴秀長・・・・・・
徳川家光の異母兄弟、保科正之。
逆の例として、島津義久・義弘・歳久・家久の兄弟。
歳久・家久が亡くなり、残った義久、義弘の対立。
関ヶ原も1000人ほどしか送られてこないで、名を残した義弘。
朝鮮出兵で鬼島津と恐れられた義弘。
兄の嫉妬を買ったのか・・・・・
義経よ頼朝、尊氏と直義、家光と忠長・・・・・
一杯ありそう・・・・・・ 

天才と秀才!
石原莞爾と東條英機。
秀才は天才に嫉妬する。
天才の発想を、秀才は出来ない。
永田鉄山も天才だったと言う。
東條は能仕であったと言う。几帳面にメモを取る。
それだけの存在だったんだろう・・・・・
東條上等兵と言った石原莞爾は大したものだと思う。
が、天才は組織をまとめれないと言う!
東條英機もねちねち復讐したと思う! 

独裁者の嫉妬!
スターリンはトハチェススキー将軍に嫉妬した。
毛沢東も劉少奇に復讐した。
ヒトラーはドイツの伝統ある参謀本部に嫉妬した。そこでお気に入りの将軍を見出す。
本流から外れているロンメル将軍!
そのロンメルも自殺に追い込まれる・・・・

森鴎外の話は初めて読んだ。
森鴎外も人間だったようだ。
文学ももって復讐する?
面白い話だ!
学会の話は良く分からない! 

この本ではないが、村松劭がよく記述している。
東ローマ帝国皇帝ユスティニアス!最大版図となる。
その将軍、ベリサリウス。有能このうえない将軍!
どんなに嫉妬され冷遇されても忠誠をつくしたと言う!
こう言うのは例外なのか?

面白かったです!

2013年5月28日 (火)

真説 関ヶ原合戦・桐野 作人

今年は関ヶ原合戦400年、様々な形で関ヶ原合戦が取り上げられている。また、関ヶ原周辺では様々なイベントが行われ、観光客を集めている。しかし、関ヶ原合戦には実に謎が多い。
後年、ドイツの軍事顧問メッケル少佐は、両軍の布陣を一目見て西軍の勝利を断言した。圧倒的優位の西軍がなぜ敗れたのか。
小早川は関白の位をけってまでなぜ裏切ったのか。毛利、島津はなぜ戦闘に参加しなかったのか。気鋭の歴史作家が、関ヶ原の謎に迫る。関ヶ原合戦ガイドマップ付き。


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最初に思った事がある。
家康の手紙の数が多いと言う。
戦場で良く書けたと思うが・・・・・
専門で書く家臣がいたのだろうと思う。
これが残っている。
ここでふと疑問に思った!
誰が運ぶのか?
戦場で運ぶ。忍びが運ぶのか?
関所もありゃ、山、川、谷もある。
途中で奪われる事は考えないのか?
暗号にはなっていない!
それに本物かどうか?その判断基準は? 

日本の歴史では、5大老、5奉行、3中老と教えられた。
どうやらこれは後付けのようだ!

この本でも出て来るが、前から疑問に思っていた事を記述する!
宇喜多秀家の兵は精鋭なのか?
何度も言うが日本の戦国史は司馬遼太郎によって得られた。
その作品、「関ヶ原」 の中でも関ヶ原の第一戦は、宇喜多隊と福島隊の激戦から始まる。
宇喜多隊17000と福島隊6000の闘いである。
これが互角の戦いになっている。
宇喜多隊に後詰がないので攻め込んで来れないとあった。
どちらにしても3倍弱の戦力差がある。
秀家、正則とも戦意は高い!
学生時代だったが、何故一挙に撃破出来ないのか?
そう言う疑問は持っていた。

最上義光を攻めた上杉軍、直江山城守!
これも何故一挙に抜けなかったのか?
まして名将と言われる、直江が直々に兵を率いている。
これも疑問に思っていた!

そう言う疑問の解答がある本である。
家康と秀忠が率いた軍団がある。これは秀忠軍が徳川本軍ではないか?
そう言う事は無さそうだが・・・・・・
面白かったです!

2011年11月30日 (水)

10大戦国大名の実力 『家』から読み解くその真価 」 榎本 秋

これは古書だ!100円だ! 前回関ヶ原を読んだのでいい本を見つけたと思った。

下剋上の時代にあって、次々と日本各地に登場した戦国大名。彼らはどのように組織を統率し、乱世のなか、天下を目指したのか―。本書は、伊達家、佐竹家、上杉家、北条家、武田家、織田家、斎藤家、毛利家、長宗我部家、島津家を取り上げ、豊富な成功と失敗の事例を分析していく。そこからは、現代の人や組織がサバイバルするためのヒントも多く得られるはずだ。 

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代表的な大名が紹介されている。 妥当な戦国大名だ!
書いて欲しいのは蒲生家・今川家・三好家・尼子家・竜造寺家・大友家があると思う。
が、蒲生家はやはり氏郷で名を上げた為、家では紹介し難いかもしれない。
これもページ数が少ないので簡単な紹介になっている。
佐竹家はやはり興味がある。短くても読みがいがあった。
斎藤家はどうやら司馬遼太郎 「国盗り物語」 は間違いのようだ。
チョッと寂しいが、研究者はよくこう言う文献を探すものだと思う。
斎藤道三は親子で国盗りをしたようだ!

一代の方が波乱万丈で面白かったが・・・・
これから史実と思われていた事が違ってくるのだろう。
チョッと寂しい!
内容は簡単で分かり易いと思う!
一気に読めた。   

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    呉の大和ミュージアムです。 2012年9月に訪れました。