大谷吉継

2015年5月18日 (月)

越前 金崎宮 1000本のソメイヨシノ!

敦賀、金崎宮。

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明治23年、尊良親王を祀る官幣中社金崎宮が金ヶ崎城址に創立された。
明治25年、には恒良親王が合祀され、、明治26年に、現在地に社殿が竣工して遷座した。
勤王佐幕で翻弄されているのか???

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階段を上がっていく。

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途中に愛宕神社がある。
物静かなところである。

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金崎宮
福井県敦賀市金ケ崎町1

2015年5月15日 (金)

越前 気比神宮 「北陸道総鎮守」と称されて朝廷から特に重視された神社

敦賀、気比神宮。

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ここも観光客は多かった。
社殿はほとんどは第二次世界大戦中の空襲で焼失したので、現在の主要社殿は戦後の再建になる。

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空襲を免れた大鳥居は「日本三大鳥居」にも数えられる壮麗な朱塗鳥居であり、国の重要文化財に指定されている。

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また境内社の角鹿(つぬが)神社は「敦賀」の地名発祥地であると伝える。
そのほか祭事では多数の特殊神事が現在まで続き、古図、古面等の有形文化財を伝えている。

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「長命水」
亀から水が出ている。
長命なので亀なのか??

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芭蕉の像もある。
「氣比宮古殿地の事」の案内があった。
由緒ある地とは感じた。

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気比神宮
福井県敦賀市曙町11−68




越前 真願寺 敦賀城礎石

敦賀市、真願寺 

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ここは駐車場がないと思ったが、あるようだ。
門の所に、「大谷吉継 敦賀城跡」の石碑がある。

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境内には、「敦賀城礎石」がある。

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真願寺
福井県敦賀市結城町14−1

2015年5月13日 (水)

越前 真願寺 大谷吉継の供養塔

真願寺、ここは、「敦賀城主 大谷吉継公 供養塔」がある。

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駐車場に案内が大きくある。

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若い女性が、レンタサイクルで回っているようだ。
供養塔を一生懸命見ていた。
何かの勉強か???

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真願寺
福井県敦賀市結城町14−1


敦賀 八幡神社 絵馬

敦賀 八幡神社。

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静かなところにある。 なかで植木の手入れをしていた。

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中に大谷吉継と思われる絵馬がある。

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中に敦賀郷土資料館があった。 が閉まっていた!!!

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敦賀 八幡神社
福井県敦賀市三島町1丁目3−3



越前敦賀城・大谷吉継の城

この5月の連休中に行く場所を決めた。
そんなに混んでいない所を選んだつもりだった・・・・・・・・
が名神で5時間かかった!
京都近辺が渋滞していた。
観光客は多かった・・・・・・・

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敦賀城に行った。

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関ヶ原で大谷吉継の陣と墓に行った。
今も花が供えられていた!
関ヶ原の戦場で死んだ武将の中では一番大物である。
西軍に属したため改易となり後に越前国福井に入部した結城秀康の領するところとなったが一国一城令により破却された。
城の面影は無い!
敦賀西小学校の所に案内がある。

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石碑が新しい!
大分出身(異説もある)

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越前敦賀城
福井県敦賀市結城町


2015年2月 5日 (木)

本・こんなに面白いとは思わなかった!関ヶ原の戦い・渡邊大門

「西軍が敗北した本当の理由は?」「石田三成と徳川家康は最初から対立していたのか?」「宮本武蔵は東軍か?西軍か?」その後の日本の歴史の流れを決定づけた「天下分け目の一戦」を、気鋭の歴史学者がQ&Aの形式で様々な角度から検証する!

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黒田官兵衛もこの形式の50のQ&Aだった。
著者の得意とする形式なんだろう・・・・・・・

第一部      豊臣秀吉没後のさまざまな謎
第二部      政治情勢をめぐるさまざまな謎
第三部      関ヶ原合戦前哨戦の謎
第四部      関ヶ原合戦における攻防の謎
第五部      諸大名たちのその後の謎

著者の本はよく読んでいるので、理解している話も多い。
一番印象に残った話。細川忠興の側室の数が15人と言う話!
秀吉と変わらない。
こうなると忠興のガラシャに対する態度はいかがなものかと思うが・・・・・・・

関ヶ原については、「司馬遼太郎の関ヶ原」を学生時代に読んだ。
メチャメチャ興奮した!
司馬遼太郎が記述しているのなら史実と思ってしまう。
最近ロマンが無くなって来ている。
七将に追いかけられて家康の屋敷に逃げ込んだ。
これは三成の作戦と言うが、実際は無かったようだ。自分の伏見屋敷に逃げ込んだようだ。
秀吉存命の頃から三成と家康は対立していた????
どうもそうではなさそうな感じである。
三中老と言う役職も無かったみたいである。
家康の私婚の相手は、伊達・福島・蜂須賀家である。これに黒田長政が入っていない。
これは前から疑問に思っていた!!!!

第二部の、政治情勢をめぐるさまざまな謎は面白い。
上杉景勝の会津移封。
越後の年貢を会津に持って行ったという。
これで越後堀氏と揉める。
ただ会津の蒲生氏が先に持って行ったと思っているが・・・・・・・・・
景勝・兼続と三成の連携は無かったようだ!
直江状の話は山ほどある。
家康に対する挑戦状は後で付け加えられたようだ。
小山評定はあったのか。
ドラマ関ヶ原では、福島正則役の丹波哲郎が名古屋弁丸出しで会議をリードする。
丹波哲郎は役者である!上手い!!!
この場面が今でも目に焼き付いている。
実際はどうなのか?????
合戦時は、西軍・東軍とは言わなかったようだ。

三成の前面の敵と並ぶ、関ヶ原の激戦地、宇喜多秀家と福島正則の戦い。
宇喜多秀家1万7千と福島正則6千の激突である。
宇喜多勢は精鋭なのか?
どうも違うようだ。精鋭なら福島隊は壊滅している。
やはりロマンが無くなってくる・・・・・・・・・・・・

第三部が関ヶ原合戦前哨戦の謎。第四部の関ヶ原合戦における攻防の謎
徳川本軍は秀忠か?
この話題もいろんな本で読む。
どちらとも言えないと!
家康の下には、本多忠勝に井伊直政がいる。
秀忠には榊原康政がいる。
秀忠軍を残したと言う話もあるが、結城秀康も残っている。
どうでしょか?
嶋左近がいる!どれだけの武将だったのかよく分からない!
家康と五分では戦えないだろうとは思う・・・・・・・・・
宮本武蔵は関ヶ原の合戦時、何処で戦ったのか?
本戦の関ヶ原か、九州なのか?
徳川か?石田か?
これは武蔵も悪い。ちゃんと記録を残していない。
どうも九州のようだが・・・・・・・・

いろんな話があり面白い。
第六部      最後が諸大名たちのその後の謎である。
著者の本はよく読んでいるので、知っている話も多いが、面白い本でした!

 

2014年11月25日 (火)

本・大谷吉継―「関ケ原」に散った仁将・野村敏雄

盟友・石田三成との信義を貫き、関ケ原の合戦で壮絶な最期を遂げた仁将・大谷吉継。
秀吉に見出され、賤ケ岳の合戦で戦功をあげ、越前敦賀城主となり、豊臣政権の奉行として活躍する。「関ケ原」以前の吉継を克明に描く本書は、秀吉の死後、諸大名が裏切りと日和見に終始するなか、正義と至誠に殉じた吉継の人となりを見事に描出する。

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真面目な小説である。
大谷吉継が主人公なので、当然よく描かれる。
三成と共に秀吉に仕える。
才能はあるのだろう。
秀吉の長浜城主時代の、家臣の知行が記述されている。
三成も吉継も100石も無い。山内一豊が350石である。
播州へ行く。そして賤ヶ岳となり、朝鮮半島へ軍監として行く。

武将でもあるが、官僚でもある。
検地等、地味な仕事もこなす。
若かりし頃がよく分かる。
らい病を発して身を引く。
病気になってからは、加増も断る。
今までのような奉公ができない!
真面目な性格なんだろう。
後に秀吉の太刀持ちを救う。そう言うやさしさもある。
三成とは親しい。
茶会でお茶を三成が飲み干す場面はあった。
朝鮮半島でも苦労する。
この朝鮮半島の戦いもよく分かるように記述されている。
官兵衛が碁をやっていて、吉継らを待たす話は無かった。
武断派の武将達にも評価されている。
宇喜多秀家の内紛の調停に入る。
徳四天王の一人、榊原康政にも協力を求めるが、家康に止められる。
康政は戦いだけでなく、調整も出来る事を見せたい。『本多正信に対する反感か?』
家康も人が悪い。
直接言わずに、「礼金が欲しいのか?」
そう言われれば引き下がる。

関ヶ原へ三成に殉じる。この間あまりページを割いていない。
が相談されたのが、遅かったのは納得出来ない。
が最大限の協力をする。
そうして関ヶ原で討ち死にする。
関ヶ原の戦場で死んだ武将の中で、もっとも大物だろう。
吉継切腹時の、湯浅五助と藤堂高利の話も出て来ない。
この話は載せて欲しいと思った。残念!
仁将と言う言葉が似合う武将である。

本・石田三成・小和田哲男

豊臣政権の官房長官というべき地位にあって、秀吉の右腕として辣腕をふるった三成。本来、名官房長官として歴史に書き記されるべき三成が、いつ、なぜ、どのようにして「姦臣」に仕立て上げられてしまったのか。千利休切腹事件、豊臣秀次失脚事件、蒲生氏郷毒殺説など、三成の策謀といわれる事件の真相を、丹念な史料の再検証から究明するとともに、戦下手の三成を重用した背景から、平和の時代の参謀像にもせまる力作評伝。

石田三成については、学生時代に読んだ司馬遼太郎、関ヶ原でイメージは出来た。
それ以来変わっていない。
著者の本はよく読んでいる。
最近の軍師 官兵衛巡りで読み返した。
ブックオフで見つけた本である。
同じ系統の明智光秀と並ぶ名著と思うが・・・・・・

水戸光圀の三成忠臣説がある。
五稜郭で最後まで新政府に抵抗した榎本武揚。
別に佞臣と言われたわけではない。
神君家康に抵抗した三成。
メチャメチャ偉いと思うが・・・・・・・
何故三成だけ悪く言われるのか?
最近は言われ無いようにになって来ていると思うが・・・・・・

三成の生い立ちから、いろんなエピソードを交えて、出世していく様子がよく分かる。
近江水口で4万石を貰い、嶋左近を抱える。
がどうもそに事実は無さそう・・・・・・
『夢とロマンが無くなる・・・・・・』

三成がかかわったとされる事件。
①   千利休の切腹。
②   加藤光泰の死。
③   蒲生氏郷の死。
④   豊臣秀次事件。
⑤   加藤清正蟄居。
⑥   小早川秀秋左遷。

②~⑥までは関係ないと言う。
三成は、蒲生氏郷と豊臣秀次の死後二人の家臣を抱えている。
実際に三成がかかわっていたら家臣が仕えるのか?
まして関ヶ原では蒲生系の家臣は奮戦している。
何事も秀吉に事実を伝えるのが三成の仕事と言う。
判断は秀吉がやる。
千利休に関しては権力争いがあるようだ。
秀長が死に、バランスが崩れたようだ。
しかしこの程度の事なら、かの高名な本多正信ならいくらでもやっていそうと思うが・・・

職務に忠実であり、潔癖な性格なのか?
秀吉の死後、三成を追いかけまわした七将に一人、浅野幸長が言ったと言う。
「三成が死んでから、世の不平を不平と思わなくなった!」

五大老、五奉行と、当時そう呼ばれていたのかどうかは分からない様だ。
分析があるが、読みずらい・・・・・・・
毛利輝元が季節外れであるが、珍しいと言って「桃」を献上したようだ。
が三成は、季節外れの物であたってはは困る、と言う事で受け取らなかった。
恨みは残りそう・・・・・
が輝元も、家臣には三成を大切にせよと言っていたようだ。

戦場での働きは今一か?
むしろ兵站、ロジェステックに才能を発揮した。
近江人なので頭の回転は速い。計数に明るい。
官房長官であり、総務・人事・経理のトップである。
どこの世界でも前線と後方は対立する。
清正24万石、三成19万石でバランスをとっている。
秀吉も考えている。
こうなると本多正信は人間通と思う!!!!
謀臣と割り切っている。録も求めなかった。

関ヶ原の合戦時、ともあれ関ヶ原に8万の大軍を集めた。
まだ田辺に1万5千、伊勢にも1万5千と集めている。
15歳で秀吉に仕え、近くで秀吉を見ている。
ゆえに世間は家康に対抗できると考えているので、あれだけ集まった。

東軍勝利のあかつきには、毛利輝元は改易される。
しなければ恩賞として与える土地が無い。
と三成は言う。
しかし三成も空手形を発し過ぎではないか????
真田昌幸に3ヶ国与えると言う。
徳川250万石の土地が手に入るとはいえどうなのか?
もし毛利が奮戦して勝てば恩賞はどうなのか?
四国・九州で与えるのか。上杉、宇喜多にしてもそうだが、大大名が残ってしまう。
大谷吉継が可哀想・・・・・・・
関ヶ原は、小早川秀秋が陣を構えた松尾山に、本来毛利輝元を入れる予定だったと言う。
松尾山籠城戦!
著者言う、「三成の壮大な家康迎撃作戦」
強い者になびく戦国の論理が生きていたと言う。

三成の政権構想。
石田執権政治と言う。
世襲によるものとする。
北条は一門が多い。が三成はどうなのか?
無理ではないか?余計に天下は乱れると思うが・・・・・

最後に人望について。
大谷吉継、直江兼読、佐竹義宣、三成の遺児をかくまった津軽為信、島津義弘も
三成と親しい。
三成に殉じた家臣も多い!
嫌われ役だったんだろう!

2014年11月 4日 (火)

軍師官兵衛「番外編」 テレビドラマ・関ヶ原(1981年正月放送)

テレビドラマ・関ヶ原
30年以上前になる。
放送時に見た。
そして月日は流れる・・・・・・・
今年になってから官兵衛巡りをしている。
その関係で関ヶ原にも行っている。
又見たくなった。
奥さんは流石である。
光テレビで放送されていたのを録画している。
嬉しそうに見た!
やはり面白い!
役者が全然違う!

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徳川家康  森繁久弥
本多正信  三国連太郎

豊臣秀吉    宇野重吉
石田三成    加藤剛
島左近     三船敏郎

良く集めたと思う。
前田利家    辰巳龍太郎
淀       三田佳子
おね?     杉村春子
まつ      沢村貞子
細川ガラシャ  栗原小巻
初芽      松阪慶子
阿国      木の実ナナ

三成を襲った七将ら
福島正則    丹波哲郎
加藤清正    藤岡弘
細川忠興    竹脇無我
鳥居元忠    芦田伸介
宇喜多秀家   三浦友和
大谷吉継    高橋幸次
直江兼続    細川俊之
安国寺恵瓊   神山繁
小西行長    川津祐介 

偏見になるが、軍師官兵衛の増田長盛役が今一と思っている。
関ヶ原では、平田昭彦である。
オールスターと銘打っているだけにあるだけに敵役と思っている。

ドラマは原作通りに展開する。
最初に左近が医者の叔父のところに行く。
それをつけている忍びの物とのやり取り。
叔父の医者が、大滝秀治で独特の喋りをする。
面白い場面である。

秀吉が死に、家康の策謀が始まる。
原作通りである。
三成を襲う七将。
加藤清正・福島正則・黒田長政・細川忠興・浅野幸長・池田輝政・加藤嘉明。
家康が一喝する!
迫力がある。

初芽は要らない役であると思うが・・・・・
となると、出雲の阿国も要らない。名古屋山三郎も要らない。
出て来るべきは、官兵衛、藤堂高虎、伊達政宗、細川幽斎ではないかと思うが・・・・・
関ヶ原までの流れが非常によく分かる。

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上杉景勝・直江兼続と三成・左近の盟約がある。
直江状がある。どうも偽書のような感じがするが・・・・・
家康が三成挙兵を聞いて小山から撤退する。
ドラマでは景勝が追撃をしようとするが、兼続に止められる!

三成挙兵時の、家臣を前にした宣言の場面がある。
「我を助けよ!」
この場面は好きだ。
そしてこう言う場面は、鳥が飛ぶか、風が舞う!
実際に鳥、多分カラスと思うが飛ぶ!

黒田長政。
福島正則を引き込む。
酒が入っている丹波哲郎の正則が良い!
それを説得(??)
いや騙す場面は面白い。
尾張弁と言うか、言葉が面白い!

三成の性格が良く出ている。
三成より実戦経験が豊富な島津義弘の意見を取り合わない。
わずか1千の兵を救うために兵を動かせない。
家康は鳥居元忠のような譜代の家臣がいない。
犠牲になってくれない。
宇喜多秀家の夜襲の策も取り合わない。
自身の観念に凝り固まっている!
それがよく分かる!

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大谷吉継が高橋幸冶。
三成に言う。
「この命くれてやる!」
実際に関ヶ原で戦ったのは、三成・秀家・吉継と言う。
善戦していた。

戦いに敗れて、最後は捕えられる。
百姓が三成をかくまう。
逃げ切れないと思った時に、三成は百姓に訴えさせる。
妻を離別してまで、三成を匿った百姓の義に答えた。

城門に座らされた三成に対する武将達の態度がある。
福島正則:お互いののしり合う!
細川忠興:目礼をして通り過ぎる。「一番良い」
黒田長政:羽織をかけて慰める。原作では長政の最後の仕上げと言う。
     後世の評判、評価に対する演技と言う。
小早川秀秋:忠興に止められが三成に会いに行く。三成の毒舌がさえる!
面白い場面である。

初芽は尼になる。
原作は官兵衛が訪ねる。ドラマは官兵衛は出ない。
そうして言う。
「あの男は成功した!」
三成のような寵臣まで家康に走ったら、世の中の秩序はどうなるのか?

ドラマではこの役は、本多正信になる。
家康と正信の会話。
ああも簡単に裏切れるものなのか?
面白いドラマです!
とくに実際に名所廻りをしているのよく分かりました!

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    呉の大和ミュージアムです。 2012年9月に訪れました。